更新がかなり滞っているので・・・
2008/04/15(Tue)
大神神社へ行かなくなって随分経ちますが、
先日、久しぶりに大神神社のご神体である「三輪山」に登ってきました。
実は、中学生の頃から住んでいる家(現在は両親だけが住んでいます)からは、この「三輪山」というのがとてもよく見えているのですが、登ったことがなく、「頂上の磐座、見ておいで」という勧めもあり、ふらりと行ってきました。
ずっと以前は、登るためには肉食を断ち、斎戒沐浴をし、当日は白装束で登らなければいけなかったのですが、現在では「300円」さえ払えばどなたでも、どんな服装でも登ることができるようで、かなり「ゆるく」なっていることに、びっくりしました。
「フツーのハイキングコース」の感覚です山と空
お金を払って登る「正規ルート(?)」以外にも、ルートはあるようなので、ご興味のある方は探して下さい(笑)。

お不動さんがまつられている滝場までは緩やかな道が続きますが、それを過ぎると岩と木の根っこを足がかりとして、少々キツイ坂を登っていきます。
頂上の磐座(いわくら)は、春の陽にキラキラと光って、きれいでした。

昨今のスピリチュアル・ブームのためか、人だらけでした・・・。






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第五十七巻 第一篇 照門山颪 < 第一章 大山 (1451) >
2008/02/07(Thu)
第一篇 照門山颪(てるもんざんおろし)


< 第一章 大  山(だいせん) (一四五一) >


 金輪奈落(こんりんならく)の地底から      風輪(ふうりん)、水輪(すいりん)、地輪(ちりん)をば
 貫(つらぬ)き出(い)でたる大高峰(だいかうほう)   伯耆(はうき)の国の大山(だいせん)は
 日本(にほん)大地(だいち)の要(かなめ)なり  白扇(はくせん)空(そら)に逆様(さかさま)に
 懸(かか)りて沈む日本海             八岐大蛇(やまたをろち)の憑依(ひようい)せる
 大黒主(おほくろぬし)の曲津見(まがつみ)が  簸(ひ)の川上(かはかみ)に割拠(かつきよ)して
 風雨(ふうう)を起(おこ)し洪水(みづ)おこし    狭田(さだ)や長田(ながた)に生(お)ひ立ちし
 稲田(いなだ)の姫(ひめ)を年々(としどし)に   悩ませ人の命(いのち)をば
 取らむとせしぞ歎(うた)てけれ           大正(たいしやう)十二癸(みづのと)の
 亥年(ゐどし)の春や如月(きさらぎ)の      日光(につくわう)輝く夜見ケ浜(よみがはま)
 小松林(こまつばやし)の中央(まんなか)に   堅磐常磐(かきはときは)に築きたる
 神の恵(めぐみ)の温泉場(おんせんば)     浜屋旅館の二階の間(ま)
 いつもの通り横に臥(ふ)し            真善美愛(しんぜんびあい) 第九巻(だいくくわん)
 波斯(ペルシヤ)と月(つき)の国境(くにざかひ) 朝日もきらきらテルモンの
 山の館(やかた)に住(す)まひたる        小国別(をくにのわけ)が物語(ものがたり)
 三千年(さんぜんねん)の末迄(すゑまで)も   その功(いさをし)を残したる
 三五教(あななひけう)の三千彦(みちひこ)が  難行苦行(なんぎやうくぎやう)の経緯(いきさつ)を
 いよいよカータルブラバーサ            マハーダルマ・タダアガタ
 唯(ただ)一言(いちごん)も漏(も)らさじと     東(ひがし)の窓に向(むか)ひつつ
 万年筆(まんねんひつ)を走らせる        夜見(よみ)の浜風(はまかぜ)颯々(さつさつ)と
 吹き来(く)る度(たび)にカーテンが        バタリバタリと拍子(ひやうし)取り
 言霊車(ことたまぐるま)押し来(きた)る     アゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
 御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましまして     五十(ごじふ)と七(なな)つの物語
 完全(うまら)に委細(つばら)に述べ終(を)へて 綾(あや)の聖地の家苞(いへづと)に
 なさしめ給(たま)へと大神(おほかみ)の    御前(みまへ)に謹(つつし)み願(ね)ぎまつる
 朝日は照るとも曇るとも             月は盈(み)つとも虧(か)くるとも
 仮令(たとへ)大地(だいち)は沈むとも      誠(まこと)一つの三五(あななひ)の
 教(をしへ)の主意(しゆい)を一通り       写さにやならぬ神の法(のり)
 湯にあてられて瑞月(ずゐげつ)が       腹(はら)をガラガラ下(くだ)らせつ
 下(くだ)らぬ理窟(りくつ)を交(こきま)ぜて   浜辺で取れた法螺貝(ほらがひ)の
 止度(とめど)もなしに吹き立てる。

               ○

 三五教(あななひけう)は大神(おほかみ)の直接内流(ちよくせつないりう)を受け、愛(あい)の善(ぜん)と、信(しん)の真(しん)をもつて唯一(ゆゐいつ)の教理(けうり)となし、智愛勇親(ちあいゆうしん)の四魂(しこん)を活用させ、善(ぜん)の為(ため)に善を行(おこな)ひ、用(よう)の為に用を勤(つと)め、真(しん)の為に真を励(はげ)む。故(ゆゑ)に其(その)言行心(げんかうしん)は常に向(むか)ひ、神と共にあり、所謂(いはゆる)神(かみ)の生宮(いきみや)にして天地経綸(てんちけいりん)の主宰者(しゆさいしや)たるの実(じつ)を挙(あ)げ、生き乍(なが)ら天国に籍(せき)を置き、恰(あだか)も黄金時代(わうごんじだい)の天人(てんにん)の如(ごと)く、神の意志(いし)其儘(そのまま)を地上の蒼生(さうせい)に宣伝し実行し、以(もつ)て衆生一切(しゆじやういつさい)を済度(さいど)するをもつて唯一(ゆゐいつ)の務(つと)めとして居(ゐ)たのである。故(ゆゑ)にバラモン教ウラル教其他(そのた)数多(あまた)の教派(けうは)の如(ごと)く、自愛(じあい)又は世間愛(せけんあい)に堕(だ)して知らず識(し)らずに神に背(そむ)き、虚偽(きよぎ)を真理(しんり)と信じ、悪(あく)を善(ぜん)と誤解するが如(ごと)き行動は取らなかつたのである。神より来(きた)れる愛(あい)及(およ)び善(ぜん)並(ならび)に信真(しんしん)の光に浴(よく)し、惟神(かむながら)の儘(まま)に其実(そのじつ)を示すが故に、麻柱(あななひ)の教(をしへ)と神から称(とな)へられたのである。自愛及び世間愛(せけんあい)に堕落(だらく)せる教(をしへ)は所謂(いはゆる)外道(げだう)である。外道(げだう)とは天地惟神(てんちかむながら)の大道(だいだう)に外(はづ)れたる教(をしへ)を云(い)ふ。これ皆(みな)邪神界(じやしんかい)に精霊(せいれい)を蹂躙(じうりん)され、知らず知らずに地獄界(ぢごくかい)及び兇党界(きようたうかい)に堕落(だらく)したものである。外道(げだう)には九十五の種類があつて、其(その)重(おも)なるものは、カビラ・マハールシと云(い)ふ。このカビラ・マハールシは、即(すなは)ち大黒主(おほくろぬし)の事であり、三五教(あななひけう)の真善美(しんぜんび)の言霊(ことたま)に追(お)ひ捲(まく)られて自転倒島(おのころじま)の要(かなめ)と湧出(ゆうしゆつ)したる伯耆(はうき)の国(くに)のマハールシ(大山(だいせん))に八岐大蛇(やまたをろち)の霊(れい)と共に割拠(かつきよ)し、六師外道(ろくしげだう)と云(い)つて外道の中にても最も勝(すぐ)れたる悪魔(あくま)を引き率(つ)れ天下(てんか)を撹乱(かくらん)し、遂(つひ)に素盞嗚尊(すさのをのみこと)のために言向(ことむ)け和(やは)されたのである。六師外道(ろくしげだう)とは、ブランナーカーシヤバ、マスカリー・ガーシヤリーブトラ、サンジヤイーヴイ・ラチヤーブトラ、アザタケー・シヤカムバラ、カクダカー・トヤーヤナ、ニルケラントー・ヂニヤー・ヂブトラの六大外道(ろくだいげだう)である。此(この)外道(げだう)は古今東西(ここんとうざい)の区別なく今日(こんにち)と雖(いへど)も尚(なほ)天下(てんか)を横行闊歩(わうかうくわつぽ)し、暴威(ばうゐ)を逞(たくま)しうして居(ゐ)るのである。
 ブランナーカーシヤバとは君臣(くんしん)、父子(ふし)、夫婦(ふうふ)、兄弟(きやうだい)、朋友(ほういう)等(など)の道(みち)を軽(かろ)んじ、現界(げんかい)の一切を無視し、生存競争、優勝劣敗をもつて人生の本義(ほんぎ)となし、軽死重生(けいしぢゆうせい)の主義を盛(さかん)に主張し、宇宙一切は総(すべ)て空(くう)なり、無(む)なり、人間の肉体は死滅(しめつ)するや否(いな)や煙(けむり)の如(ごと)く消え果(は)て、死後の霊魂(れいこん)等(など)は決して残るものでない。果(はた)して死後に霊魂(れいこん)ありとすれば、例(たと)へば唐辛(たうがらし)を焼いて灰となし、尚(な)ほ其後(そのあと)にも唐辛(たうがらし)の辛味(しんみ)存(そん)するや、決して存在せざるべし。是(これ)を思へば人間死後の生活を論(ろん)ずるは迂愚の骨頂(うぐのこつちやう)なり、迷妄(めいまう)の極(きは)みなりと断案(だんあん)を下(くだ)す唯物論者(ゆゐぶつろんしや)の如(ごと)きものである。次に、
 マスカリー・ガーシヤリーブトラは、一切(いつさい)衆生(しゆじやう)の苦悩も歓楽(くわんらく)も決して人間の行因(ぎやういん)に依(よ)るものではない。何(いづ)れも自然に苦楽(くらく)が来(く)るものである。例(たと)へば茲(ここ)に一つの種子(しゆし)を蒔(ま)くに、其(その)種子(しゆし)は肥(こ)えた土の日当(ひあた)りよき所(ところ)に蒔(ま)かれたのは、他(た)に勝(すぐ)れて発達し、枝葉繁茂(しえうはんも)し、麗(うるは)しき花を咲かせ、麗しき実(み)を結び、人に愛せらるるに引き替(か)へ、同じ種子でありながら、痩(や)せた土地に蒔かれ、或(あるひ)は陰裏(かげうら)に蒔かれた時は十分の光線(くわうせん)を受くる事能(あた)はず其(その)発育も悪(あ)しく、花も小さく、満足な実(み)も結ばないやうなものである。然(しか)るに其(その)種子に善悪(ぜんあく)は決してない。同じ木から取つた同じ種である。又(また)其(その)種(たね)には決して善(ぜん)の行(おこな)ひも悪(あく)の行ひもない。唯(ただ)蒔かれた所(ところ)の場所即(すなは)ち境遇(きやうぐう)によつて、或(あるひ)は歓喜(くわんき)に浴(よく)し、或は苦悩に浸(ひた)るのである。故(ゆゑ)に人間は、蒔かれた所が悪(あし)ければ、何程(なにほど)気張(きば)つてもよき場所に蒔かれた種に勝つ事は出来ない。故に人間の苦楽には決して行因(ぎやういん)はないものだ、と主張する無因外道(むいんげだう)である。又(また)是(これ)を自然外道(しぜんげだう)とも云(い)ふ。次に、
 サンジヤイーヴイ・ラチヤーブトラと云ふのは、人間は決して修業なんかする必要がない。天地の草木(くさき)を見ても春が来れば自然に花が咲き、秋が来れば自然に実が生(な)り、冬が来れば自然に葉が散る如く、八万劫(はちまんごふ)が来れば自然に人間の苦は尽きて道(みち)を得(う)るとなすものである。要(えう)するに自暴自棄(じばうじき)、惟神中毒(かむながらちうどく)の外道(げだう)であつて、是(これ)を無因外道(むいんげだう)の一種となすのである。二十世紀の三五教(あななひけう)には此種(このしゆ)の人が随分(ずいぶん)混入(こんにふ)して居(ゐ)るやうである。次に、
 アザタケー・シヤカムバラ、此(この)外道は現世(げんせ)に於(おい)て、何でも構(かま)はぬ、苦しみさへして置けば、きつと他生(たしやう)に於(おい)て、天国に生れ、無限の歓楽(くわんらく)に浴(よく)し、百味(ひやくみ)の飲食(おんじき)を与へられ、栄耀栄華(えいえうえいぐわ)に平和の生活を永遠無限に送られるものとなし、人間として営むべき事業も為(な)さず深山幽谷(しんざんいうこく)に身を潜(ひそ)め、火物断(ひものだち)をしたり、穀食(こくじき)を避け、松葉(まつば)を噛(しが)み、芋(いも)などを掘り、空気を吸ひ、寒中(かんちう)真裸(まつぱだか)、真裸足(まつぱだし)となりて寒さを耐(こら)へ、夏は蚊に刺されて所有(あらゆる)苦しみをなし、其(その)苦(く)の報(むく)いを来世(らいせ)に得(え)むとする所謂(いはゆる)苦行外道(くぎやうげだう)である。此(この)外道も亦(また)今日(こんにち)は随分(ずいぶん)彼方(あちら)此方(こちら)に現(あら)はれて居(ゐ)る。さうして真理(しんり)に暗き現在の人間はかかる苦行外道を指(さ)して真人(しんじん)となし、聖人(せいじん)と尊(たふと)び神仏(かみほとけ)の如く尊敬するものである。斯(か)かる苦行外道(ぐぎやうげだう)を尊敬する人間も亦(また)、同気相求(どうきあひもと)むるの理(り)によつて知らず識(し)らずに地獄道(ぢごくだう)に籍(せき)を置いて居(ゐ)る小外道(せうげだう)である。次に、
 カクダカー・トヤーヤナ、この外道はバンロキズム(汎理論(はんりろん))、スピリチユアリスチツク バンセイズム(唯心的汎神論(ゆゐしんてきはんしんろん))だとか、バンフシキズム(汎心論(はんしんろん))だとか、アーセイズム(無神論)だとか、ブルラリズム(多元論)だとか、モニズム(一元論(いちげんろん))だとか或はソシアリズム(社会主義)アナーキズム(無政府主義)だとか、ニヒリズム(虚無主義)だとか、コンミユニズム(共産主義)だとか、種々雑多(しゆじゆざつた)の利己的(りこてき)、形体的、自然的、世界的愛に対して意見を盛(さかん)に主張し、無形の霊界に対して一瞥(いちべつ)も呉(く)れず、且(かつ)霊界や神仏(しんぶつ)を無視しながらも、現界に於(おい)ても徹底する能(あた)はず、霊界に於(おい)ては等閑(なほざり)ながらも、或時は些(すこ)しく霊界の存在を認めて見たり、或時(あるとき)は現界計(ばか)りに執着したり、精神の帰着点を失(うしな)ふたり、二途不摂(にとふせつ)の異見外道(いけんげだう)である。次に、
 ニルケラントー・ヂニヤー・ヂブトラ、此(この)外道は、人間の苦楽と云(い)ふものは素(もと)から因縁(いんねん)が定(きま)つて居(ゐ)るものだ、例へば三碧(さんぺき)の星(ほし)はどうだとか、九紫(きうし)の星はどうだとか、子(ね)の年に生れたからどうの、丑(うし)の年に生れたからどうだとか、身魂(みたま)の因縁(いんねん)が好(よ)いとか悪いとか、宿命説(しゆくめいせつ)に堕落(だらく)した宿命外道(しゆくめいげだう)である。斯(かか)る宿命外道は如何程(いかほど)神仏(しんぶつ)を信仰するとも、自分の定(さだ)まつた運命を転換する事は出来ない。何事も運命と諦(あきら)めて其道(そのみち)に殉(じゆん)ずるより外(ほか)はない。オタマ杓子(じやくし)は鯰(なまづ)に似(に)て居(ゐ)るが、少し大きくなると手足が生(は)へて蛙(かへる)になつて了(しま)ふ。どうしても鯰(なまづ)になる事は出来ない。それ故(ゆゑ)因縁(いんねん)の悪いものが神を信じた所(ところ)で誠(まこと)を尽(つく)した所で決して立派なものになれさうな事はない。何も前世(ぜんせ)の因縁性来(いんねんしやうらい)だと断定をくだす無明暗黒(むみやうあんこく)なる常見外道(じやうけんげだう)であるが、斯(かく)の如(ごと)き外道は、何(いづ)れも神(かみ)或(あるひ)は仏(ほとけ)以外の所見(しよけん)にして、各(おのおの)一派の学説を立て、科学に立脚(りつきやく)したる霊魂研究でなければ駄目(だめ)だとか、或(あるひ)は神仏(しんぶつ)の名を標榜(へうばう)する事を忌(い)み嫌(きら)ひ、太霊道(たいれいだう)だとか、二燈園(にとうえん)だとか、或は何々会(なになにくわい)だとか、勝手な名を附(ふ)して霊界を研究せむとする所謂(いはゆる)常見外道(じやうけんげだう)である。現代は此(この)外道(げだう)最も蔓延(まんえん)し神仏(しんぶつ)の名を称(とな)ふるよりも霊智学(れいちがく)だとか、神霊研究だとか、霊学研究会だとか云(い)ふ科学的名称に隠(かく)るるを以(もつ)て文明人の態度らしく装(よそほ)ひ、蟻(あり)の甘きに集(つが)ふが如く集まり来(きた)つて、雲の彼方(かなた)の星を探らふとする如き外道である。斯(かく)の如きニルケラントー・ヂニヤー・ヂブトラは三五教(あななひけう)の中(うち)からも折々(をりをり)発生したものである。何(いづ)れも自尊主義(じそんしゆぎ)の慢心(まんしん)から、斯(かか)る外道に知らず識(し)らず堕落(だらく)するのである。
 序(ついで)に十二因縁(じふにいんねん)を略解(りやくかい)して置く、人間には、
  一、無明(むみやう)、   アヰ‘ドヤー
  二、行(ぎやう)、      サンスカーラ
  三、識(しき)、       ボヂニヤーナ
  四、名色(みやうしき)、  ナーマルーバ
  五、六入(ろくにふ)、   サダーヤタナ
  六、触(しよく)、      スバルシヤ
  七、愛(え)、        エータナー
  八、愛(あい)、       ツルシユーナー
  九、取(しゆ)、       ウバーダーナ
  十、有(う)、         バワ゛
 十一、生(しやう)、      ヂヤーナ
 十二、老死(らうし)、     ヂヤラー・マラナ
の十二因縁がある。
 無明(むみやう)とは、過去一切の煩悩(ぼんなう)を云(い)ひ、行(ぎやう)とは過去煩悩の造作(ざうさ)を云ひ、識(しき)とは現世(げんせ)母(はは)の体中(たいちう)に托(たく)する陰妄(いんばう)の意識を云ふ。名色(みやうしき)の名(みやう)とは心(こころ)の四蘊(しうん)であり、色(しき)とは形質の一蘊(いちうん)である。六入(ろくにふ)とは、母の体中(たいちう)にある中(うち)に於(おい)て六根(ろくこん)を成(じやう)ずるを云ふ。触(しよく)とは三四才(さんしさい)迄(まで)に外的(ぐわいてき)の塵埃(ぢんあい)の根元(こんげん)に触(ふ)るるを覚(おぼ)ゆる状態を云ふ。愛(え)とは生れて五六才(ごろくさい)より十二三才(じふにさんさい)迄の間(あひだ)に強く外部の塵埃(ぢんあい)を受けて、好悪(かうを)の識別(しきべつ)を起(おこ)すを云ふ。愛(あい)とは十四五才(じふしごさい)より十八九才(じふはちくさい)までの間(あひだ)に外塵(ぐわいぢん)を貪(むさぼ)り愛する念慮(ねんりよ)を起(おこ)すを云ふ。取(しゆ)とは二十才(にじつさい)以後(いご)一層(いつそう)強く、外塵(ぐわいぢん)に執着の念を生ずるを云ふ。有(う)とは、未来三有(みらいさんう)の果(くわ)を招くべき種々(しゆじゆ)の業因(ごふいん)を造作(ざうさ)し、積集(せきしふ)するを云ふ。生(しやう)とは未来六道(みらいろくだう)又(また)は八衢(やちまた)の中(うち)に生ずるを云ふ。老死(らうし)とは未来愛生(みらいあいしやう)の身体(からだ)、又(また)遂(つひ)に朽壊(きうくわい)するを云ふ。この十二因縁はどうしても人間として避(さ)くべからざる事である。併(しか)し乍(なが)ら、此(この)十二因縁の関門(くわんもん)を通過して初めて人間は神の生涯に入(い)り、永遠無窮(えいゑんむきう)の真(しん)の生命(せいめい)に入(い)つて、天人的(てんにんてき)生活を送るべきものである。然(しか)るに総(すべ)ての多くの人間は九十五種外道のために身心を曇らされ忽(たちま)ち地獄道(ぢごくだう)に進み入(い)り、宇宙の大元霊(だいげんれい)たる神に背(そむ)き、無限の苦を嘗(な)むるに至(いた)るものが多い。故(ゆゑ)に神は、厳瑞二霊(げんずゐにれい)を地上に下(くだ)し天国の福音(ふくいん)を普(あまね)く宣伝せしめ、一人(ひとり)も残らず天国の住民たらしめむと、聖霊(せいれい)を充(みた)して予言者に来(きた)らせ給(たま)ふたのである。如何(いか)に現世(げんせ)に於(おい)て聖人(せいじん)賢人(けんじん)、有徳者(いうとくしや)と称(とな)へらるる共(とも)、霊界の消息に通ぜず、神の恩恵を無(な)みするものは、其(その)心(こころ)既(すで)に神に背(そむ)けるが故(ゆゑ)に、到底(たうてい)天国の生涯を送る事は出来難(できがた)いものである。約束なき救ひは決して求められないものである。故に神は前(さき)にシヤキヤームニ・タダーガタを下(くだ)して霊界の消息を世人(せじん)に示し給(たま)ひ、又(また)ハリストスやマホメツト其他(そのた)の真人(しんじん)を予言者として地上に下(くだ)し、万民(ばんみん)を天国に救ふ約束を垂(た)れさせられた。されど九十五種外道の跋扈(ばつこ)甚(はなは)だしく、神の約束を信ずるもの殆(ほとん)ど無きに至(いた)つた。それ故世は益々(ますます)暗黒(あんこく)となり、餓鬼(がき)、畜生(ちくしやう)、修羅(しゆら)の巷(ちまた)となつて仕舞(しま)つた。茲(ここ)に至仁至愛(しじんしあい)なる皇大神(すめおほかみ)は、この惨状を救はむが為(ため)に、厳瑞二霊(げんずゐにれい)を地上に下(くだ)し、万民に神約(しんやく)を垂(た)れ給(たま)ふたのである。あゝされど無明暗黒(むみやうあんこく)の中(うち)に沈める一切の衆生(しゆじやう)は救世(きうせい)の慈音(じおん)に耳を傾(かたむ)くる者は少ない。実(じつ)に思うて見れば悲惨(ひさん)の極(きは)みである。あゝ惟神霊幸倍坐世(かむながらたまちはへませ)。

                    (大正一二・三・二四 旧二・八 於伯耆国皆生温泉浜屋 加藤明子録)






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第五十七巻 真善美愛 申の巻 < 総説歌 >
2008/02/03(Sun)
総  説  歌


     神が表(おもて)に現(あら)はれて         善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける
     善(ぜん)の中(なか)にも悪(あく)があり      悪(あく)の中(なか)にも善(ぜん)がある
     善悪正邪(ぜんあくせいじや)はオーニーの    知識の程度で判(わか)らない
     唯(ただ)何事(なにごと)も惟神(かむながら)    神の御旨(みむね)に任(まか)すのみ
     此(こ)の世(よ)を造りし神直日(かむなほひ)    心(こころ)も広き大直日(おほなほひ)
     只(ただ)何事も人の世は              直日(なほひ)に見直し聞き直し
     世の過(あやま)ちは宣(の)り直せ         人は神の子神の宮
     天津使(あまつつかひ)のエンゼルの       その精霊(せいれい)に神格(しんかく)を
     充(みた)され肉体(にくたい)人(じん)に容(い)り  天地経綸の神業(しんげふ)に
     奉仕せむため生(うま)れ来(き)ぬ         アゝ惟神(かむながら)々々
     御霊(みたま)幸(さち)はへましまして       此の世の終(をは)りに日地月(につちげつ)
     誠(まこと)の神が降(くだ)りまし          瑞(みづ)の御霊(みたま)に神業(しんげふ)を
     任(よ)さし玉(たま)ひし尊(たふと)さよ      世は常暗(とこやみ)となり果(は)てて
     黒目(あやめ)も判(わ)かぬ時(とき)なれど    光の神は御空(みそら)より
     鳩の如(ごと)くに降(くだ)りまし          空前絶後(くうぜんぜつご)の神業(しんげふ)を
     経綸(けいりん)さるるぞ有難(ありがた)き    国の御祖(みおや)の大御神(おほみかみ)
     厳(いづ)の精霊(みたま)に神格(しんかく)を   充(み)たし予言者の体(たい)に依(よ)り
     出口(いつき)の守(かみ)と現(あらは)れて    この世を照(てら)し玉(たま)ふ世は
     漸(やうや)く近づき来(きた)りけり        仰(あふ)ぎ敬(ゐやま)へ四方(よも)の国
     青人草(あをひとぐさ)の末(すゑ)までも     三五教(あななひけう)の御教(みをしへ)は
     最後の光明(くわうみやう)艮(とど)めなり    眼(まなこ)を醒(さ)ませ耳開(ひら)き
     神の生宮(いきみや)予言者の          貴(うづ)の言霊(ことたま)守るべし
     アゝ惟神々々                   御霊(みたま)幸(さち)はへましませよ
     朝日は照るとも雲るとも             月は盈(み)つとも虧(か)くるとも
     地震(つちゆ)り海は浅(あ)するとも       誠(まこと)一つは世を救ふ
     エスペラントやバハイ教             紅卍字教(こうまんじけう)や普化教(ふけけう)も
     残らず元津大神(もとつおほかみ)の      仕組(しぐ)み給(たま)ひし御経綸(ごけいりん)
     その外(ほか)諸々(もろもろ)の神教(しんけう)は 此の世の末(すゑ)に現はれて
     世を立直(たてなほ)す為(ため)ぞかし     国会開(こくくわいびら)きが始まりて
     十二の流れ一時(いつとき)に         清く流るる和田の原(はら)
     底井(そこゐ)も知れぬ海潮(かいてう)の   深き思ひぞ計れかし
     いよいよ五六七(みろく)の世となれば     山河草木(さんかさうもく)言ふも更(さら)
     禽獣虫魚(きんじうちうぎよ)も押並(おしな)べて 神の仁慈(じんじ)の露(つゆ)にぬれ
     一入(ひとしほ)清き霊光(れいくわう)を    照らし栄ふる世とならむ
     仰ぎ敬(ゐやま)へ神の徳(とく)        慶(よろこ)び奉(まつ)れ神の愛。

         大正十二年旧二月十日

                                    皆生温泉にて



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第五十七巻 真善美愛 申の巻 < 序文 >
2008/02/03(Sun)
序   文


 伯耆国(はうきのくに)皆生温泉(かいけをんせん)浜屋旅館(はまやりよかん)の見晴(みはら)し佳(よ)き二階の広間を当(あて)がはれ、朝日の光と大山(だいせん)の雄姿(ゆうし)を眺(なが)め乍(なが)ら、大正十二年如月(きさらぎ)八日(やうか)より十日(とをか)迄(まで)三日間(みつかかん)にていよいよ第五十七巻(だいごじふしちくわん)を口述(こうじゆつ)し了(をは)りぬ。
 スーラヤ(日天子(につてんし)) チヤンドラ・デーワブトラ(月天子(ぐわつてんし)) サマンタガン(普光天子(ふくわうてんし)) ラトナブラバ(宝光天子(ほうくわうてんし)) アワバーサブラ(光耀天子(くわうえうてんし))の守護の下(もと)に、漸(やうや)く印度(ツキ)の国波斯(フサ)の国境(こくきやう)テルモン山(ざん)の昔物語(むかしものがたり)を大要(たいえう)述(の)べ了(をは)りました。顧(かへり)みれば瑞月(ずゐげつ)が神の大道(おほぢ)に入(い)りしより満二十五年に相当(さうたう)する今日(こんにち)、富士(ふじ)の神使(しんし)に導かれ神教(しんけう)を伝へられたる今日(こんにち)、出雲富士(いづもふじ)とて名(な)も高き大山(だいせん)の雄姿(ゆうし)を拝(はい)し、三保の松原(みほのまつばら)に等(ひと)しき夜見ケ浜(よみがはま)の白砂青松(はくしやせいしよう)の磯辺(いそべ)を筆者(ひつしや)と共に逍遥(せうえう)し乍(なが)ら、今昔(こんじやく)の感(かん)に打たれ、思はず歎息(たんそく)せざるを得(え)ない。隠岐(をき)の嶋(しま)は遠く波間(なみま)に浮び、幽(かす)かに山(やま)の頂(いただき)を顕(あら)はし、三保ケ関(みほがせき)の霊地は眼前(がんぜん)に横(よこた)はり日本海の波に漂(ただよ)へるが如(ごと)く見えて居(ゐ)る。八大竜王(はちだいりうわう)ナンダナーガラーシヤ(歓喜竜王(くわんきりうわう))、ウバナンダ(善歓喜竜王(ぜんくわんきりうわう))、サーガラ(海竜王(かいりうわう))、ワーシユキ(多頭竜王(たとうりうわう))、タクシヤカ(視毒竜王(しどくりうわう))、マナスヰン(大身大力竜王(たいしんたいりきりうわう))、ウツパラカ(青蓮華色竜王(せいれんげしよくりうわう))、アナワタブタ(無悩清涼竜王(むなうせいりやうりうわう))、は鼓(つづみ)を打つて吾等(われら)一行(いつかう)を迎へ給ふ。北村隆光(きたむらたかてる)、加藤明子(かとうはるこ)、藤田(ふぢた)、松田(まつだ)、紙本(かみもと)の諸氏(しよし)を始め谷川常清(たにかはつねきよ)氏、湯浅清高(ゆあさきよたか)並(ならび)に米子(よなご)支部信者、及び近国(きんごく)の信者諸氏(しよし)の日々(にちにち)の訪問を歓喜(くわんき)し乍(なが)ら、神の恵みのまにまに五七の巻(まき)を演(の)べ了(をは)る。時(とき)しも綾(あや)の聖地(せいち)より三代直澄教主(さんだいなほずみけうしゆ)は大本瑞祥会々長(おほもとずゐしやうかいかいちやう)井上留五郎(ゐのうへとめごらう)氏及び前会長湯川貫一(ゆかはくわんいち)氏と倶(とも)に来(きた)らる。瑞月(ずゐげつ)は感極(かんきは)まつて言(い)ふを知らず。茲(ここ)に序文に代(か)へ一言(いちごん)を記(しる)すことと致しました。

       大正十二年旧二月十日

                                 於伯州皆生温泉


        竹藪(たけやぶ)を切り払(はら)ひてゆ小雀(こすずめ)の
             声さえもなき長閑(のどか)な城址(じやうし)


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第三巻 第九篇 隠神の活動 <第三十五章 宝の埋換 (135)>
2007/10/29(Mon)
第九篇 隠神の活動


<第三五章 宝の埋換(うめかへ) (一三五)>

 大道別(おほみちわけ)は道彦(みちひこ)と改名し、南高山(なんかうざん)の城内に長くとどまり、大島別(おほしまわけ)夫妻の非常なる信任を受け、南高山の八島姫(やしまひめ)を娶(めあ)はせて、わが身の後継者たらしめむとし、大島別みづから道彦に向つてその旨をうち明し、しきりに勧めて止(や)まざりにける。
 また八島姫は生命(いのち)の恩人なる上、道彦の英傑なるに心底より心をよせ、ぜひ道彦の妻たらむことを祈願しつつありける。道彦は親子の日々(にちにち)の親切にほだされて、これを素気(すげ)なく辞退するに苦しみゐたりける。
 あるとき大島姫は、身体(しんたい)にはかに震動しはじめ、両手を組みしまま上下左右に振りまはし、城内くまなく駆けめぐり、これを静止すること困難をきはめたり。大島別は大いにこれを憂慮し、地の高天原(ちのたかあまはら)にむかつて、国治立命(くにはるたちのみこと)の救助を祈願せり。道彦はただちに姫の狂暴を取押へむとして後を追ひ、表の階段の上にて姫とともに格闘をはじめける。
 その刹那、道彦は階段より顚落(てんらく)して頭部を負傷し、流血淋漓(りんり)失神不省(ふせい)の態(てい)となりぬ。大島姫は初めて口をきり、
 『われは南高山の年古くすむ高倉(たかくら)といふ白狐(びやくこ)なり。道彦はわが頭首(かしら)を打滅(うちほろぼ)せしにより、その仇(あだ)を報ゆるために姫の体内を借り、これを階下になげつけ、傷口より毒血(どくち)を注ぎいれたれば、彼はたちまち聾唖(ろうあ)となり、痴呆となり、かつ発狂の気味を有するにいたるは火をみるよりも明(あきら)かなり。アヽ嬉しや、喜ばしや』
と肩を前後左右にゆすり、足踏みして愉快気に哄笑(こうせう)するにぞ、八島姫はおほいに悲しみ、道彦を抱(いだ)きおこし、別殿にかつぎこみて種々(しゆじゆ)介抱に手をつくしたれども道彦の容態すこしも変らず、八島姫の言葉にたいして何の反応もなく、ただただ‘げらげら’と涎(よだれ)をたらして笑ふのみなりける。
 大島姫はふたたび身体を前後左右に震動させながら、大島別にむかひ、
 『われはもはや道彦を術中に陥れたれば、これに憑依するの必要なし。イザこれより常世城(とこよじやう)に遁(に)げ帰らむ』
と言ふかとみれば、大島姫はバツタリ殿中にうち倒れたり。諸神司(しよしん)は右往左往に周章狼狽して水よ薬よと騒ぎまはりしが、やうやくにして大島姫は正気に復し、さもはづかしき面色(おももち)にて大島別の前に平伏し、城中を騒がせし罪を拝謝したりける。ここに道彦は真正(しんせい)の聾唖にして、かつ痴呆にかかり、全快の望みなきものと一般に信ぜらるるにいたりけるぞ口惜(くちを)しけれ。
 道彦は白狐の高倉と旭の二柱(ふたはしら)にみちびかれ、南高山の山頂にある数多(あまた)の珍宝を調査すべく上(のぼ)りゆく。されど痴呆と思ひつめたる神司(かみがみ)らは、道彦の行動に毫(がう)も注意を払はざりしは、道彦にとりて非常なる幸福(さいはひ)なりける。
 道彦は、夜陰に乗じ白狐の案内にて山頂に登りみれば、常世姫(とこよひめ)の間者(かんじや)なる高山彦(たかやまひこ)は、山頂の土を開掘(かいくつ)し、すでに種々の珍宝を奪ひ、常世の国に帰らむとして同類とともに、あまたの荷物をこしらへたる最中なりき。そこへ突然道彦が現はれきたりたれど、高山彦は痴呆にして聾唖なる道彦と思ひ、少しも懸念せず種々の宝を掘出(ほりだ)し、かつ貴重なる宝物を道彦の背に負はせ、山を下(くだ)らしめむとせり。一味の曲者(くせもの)はおのおの宝を背負ひ、山を下りゆかむとするこの時、高倉、旭の白狐はにはかに千仭(せんじん)の谷間を平地と見せかけたれば、いづれも平坦の道路(みち)と思ひ誤り、残らず谷間におちいり、岩角に傷つき、あるひは渓流に流され、ほとンど曲者の一隊は全滅しをはりしぞ愉快なれ。
 高山彦も大負傷をなし、つひに滅亡せしかば、道彦は白狐に導かれ谷間を下りけるに、不思議にも、その谷間は自分のかつて顚落(てんらく)したりし同じ箇所なりき。すべての宝は皆この谷底に集まりありければ、白狐の指示(さししめ)すままにその宝を一所(ひとところ)にあつめ、土を掘りてこれを深く秘め蔵(かく)し、その上に千引(ちびき)の岩をもつて覆ひ、何くはぬ顔にて帰り来たりける。
 南高山の城内には、高山彦以下のあまたの神司(かみがみ)の姿見えざるに不審をおこし、四方八方に手配(てくば)りして、その行方を探しつつありしところへ帰り来たりし道彦の衣類には、血が一面に附着しゐたれば、大島別は、道彦の衣類の血を見て、やや不審を抱(いだ)きつつありけるところへ、数多の神司(かみがみ)は高山彦の屍骸(なきがら)を担ぎ帰り来たりぬ。しかして数多の神司(かみがみ)の渓流に落ちて苦しみ、ほとンど全滅せることを委細に奏上したりける。時しも高山彦の従臣なる高彦(たかひこ)は、危難をまぬがれ帰り来り、道彦のために全部滅ぼされむとしたることを、涙とともに奏上したりける。
 大島別は烈火のごとく憤り、長刀(ちやうたう)を引抜き、真向(まつかう)から道彦に斬りつけたるに、道彦はヒラリと体(たい)をかはし、手をうつて笑ひながら後退(あとしざ)りしつつ、
 『ここまで御座れ、甘酒のまそ』
と踊りつつ城門をにげだしたり。八島姫は血相かへて道彦の後を追ひつつ門外に出(い)づるや、たちまち暗(やみ)にまぎれて行方をくらましにける。
                        (大正一〇・一二・六 旧一一・八 外山豊二録)




             腹(はら)借りて賤ケ伏家(しづがふせや)に産声を
                  あげたるひとの神の子珍らし






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