第七篇 天地の大道 <第四七章 天使の降臨 (九七)>
2007/06/16(Sat)
第七篇 天地の大道(だいだう)


<第四七章 天使の降臨 (九七)>

 ここに常世姫(とこよひめ)は、竜宮城に敗れ、金毛八尾(きんまうはちび)の悪狐(あくこ)と変じ、常世城に逃げかへり、魔神(ましん)八頭八尾(やつがしらやつを)の大蛇(をろち)とともに、天下を席捲(せきけん)せむとし、ロッキー山(ざん)、ウラル山(さん)、バイカル湖および死海にむかつて伝令をくだした。死海の水はにはかに沸騰し、天に冲(ちう)するまもなく、原野(げんや)を濁水に変じて悪鬼(あくき)となつた。つひにウラル山はにはかに鳴動をはじめ、八頭八尾の悪竜(あくりう)と化し、あまたの悪竜蛇(あくりうじや)を吐きだした。
 バイカル湖の水はにはかに赤色(せきしよく)をおび、血なまぐさき雨となつて、四方八方に降りそそいだ。つぎに揚子江の上流なる西蔵(チベツト)、天竺(てんじく)の国境青雲山(せいうんざん)よりは、しきりに火焔(くわえん)を吐きだし、金毛九尾(きんまうきうび)の悪狐となり、その口よりは数多(あまた)の悪狐を吐き、各自四方(しはう)に散乱した。
 天足彦(あだるひこ)、胞場姫(えばひめ)の霊より出生したる金毛九尾白面(はくめん)の悪狐は、ただちに天竺にくだり、ついでウラル山麓の原野(げんや)に現はれた。ここに常磐城(ときはじやう)といふ魔軍の城がある。その王は八頭八尾の悪竜の一派にしてコンロン王といふ。青雲山より現はれたる金毛九尾の悪狐は、コンロン王の前に現はれ、たちまち婉麗(ゑんれい)ならびなき女性(によしやう)と化し、コンロン王に愛されつひにその妃(きさき)となり、名をコンロン姫とつけられた。
 コンロン姫はウラル山一帯を掌握(しやうあく)せむとし、まづコンロン王を滅ぼさむとして仏頂山(ぶつやうざん)の魔王、鬼竜王(きりうわう)に欵(くわん)を通じてゐた。コンロン王の従臣コルシカはコンロン姫の悪計を悟り、夜陰(やいん)に乗じてこれを暗殺した。コンロン王は鬼竜王の悪計を知り、悪竜をして、近づき攻撃せしめた。鬼竜王は、死力をつくして戦ふた。このとき常世国(とこよのくに)ロッキー山より常世姫の魔軍は黒雲(こくうん)となり、風に送られて、仏頂山近く進んだ。空中よりは黒き雲塊(うんくわい)雨のごとく地上に落下し、たちまち荒鷲(あらわし)と変じ、猛虎(まうこ)となり、獅子(しし)と化し、狼となつて諸方に散乱し、ここに驚天動地(きやうてんどうち)の大混乱が始まつたのである。敵味方の区別なく、世界は大混乱状態に陥り、味方の同士打(どうしうち)は諸方に勃発(ぼつぱつ)した。
 海上には黒竜火焔を吐きつつ互ひに相(あひ)争ひ、勝敗定まらず、暴風吹き荒(すさ)み、血雨(ちあめ)滝のごとく降(くだ)り、洪水おこりて山をも没せむとするにいたつた。天空には幾千万とも数かぎりなき怪鳥(くわいてう)翼(つばさ)をならべて前後左右にかけめぐり、空中に衝突して、あるひは地上に、あるひは海上に落下し、火焔は濛々(もうもう)としてたちあがり、高き山はほとんど焼けうせ、水上は地震のために巨浪(きよらう)山をなし、天地もほとんど破壊せむばかりであつた。
 このとき地の高天原(ちのたかあまはら)に、国治立命(くにはるたちのみこと)現はれたまひ、大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)に命じて、天上の天則をもつて地上に宣伝せむとしたまうた。八百万(やほよろづ)の神司(かみ)はこの旨(むね)を奉戴(ほうたい)し、天の鳥船(あまのとりふね)に乗り諸方に駆(か)けめぐり、天則を芭蕉(ばしやう)の葉に記し、世界各地に撒布(さんぷ)せしめた。されど一柱(ひとはしら)とてこれを用ゐる者はなかつた。かへつてこれを嘲笑するばかりである。大八洲彦命はやむをえず、一(ひと)まづ地の高天原に帰還された。
 このとき天上より嚠喨(りうりよう)たる音楽聞こえ、数多(あまた)の従神をともなひ、いういうとして地の高天原めがけて降(くだ)りきたる荘厳な女神(めがみ)があつた。女神は第一着に竜宮城に現はれ、城内にしばし光玉と化して休息し、ふたたび元の女神となり、従神とともに地の高天原なる、国治立命の宮殿に着かせたまひ、
 『この度の地上の大混乱たちまち天上に影響し、天上の状態はあたかも乱麻(らんま)のごとし。一時(いちじ)も早く大地を修理固成(しうりこせい)し、もつて天上の混乱を治められよ。吾(われ)は日の大神(ひのおほかみ)の神使(しんし)、高照姫命(たかてるひめのみこと)なり』
と伝へられた。
 国治立命は神意を畏(かしこ)み、すみやかに地上の混乱を治め、天界を安全ならしめ、もつて天津大神(あまつおほかみ)の御目(おんめ)にかけむと答へられた。高照姫命は大いに喜び、大神もさぞ御満足に思召(おぼしめ)すらむ。妾(わらは)は急ぎ貴神(きしん)の答辞を復命(ふくめい)したてまつらむ、と喜び勇んで天上に紫雲(しうん)とともに帰りたまうた。

                 (大正一〇・一一・八 旧一〇・九 栗原七蔵録)


             神界の真(まこと)の神業(しんげふ)は産業(さんげふ)に
                  あらねど唯一(ゆいつ)の實業(じつげふ)と知れ


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第七篇 天地の大道 <第四六章 天則違反 (九六)>
2007/06/15(Fri)
第七篇 天地(てんち)の大道(だいだう)


<第四六章 天則違反(てんそくゐはん) (九六)>

 ここに天稚彦(あめのわかひこ)は唐子姫(からこひめ)の妖魅(えうみ)に誑(たぶ)らかされ、諸方を流転(るてん)し、山野河海(さんやかかい)を跋渉(ばつせふ)し、雪の朝(あした)霜の夕(ゆふべ)に足を痛め、風雨(ふうう)に曝(さら)され、晩秋の案山子(かかし)の如きみすぼらしき姿となりて万寿山(まんじゆざん)の城下に現はれ、神司(かみがみ)の門戸(もんこ)をたたき、乞食(こじき)の姿となつてあらはれた。
 たまたま吾妻別(あづまわけ)の門戸をたたく者がある。その音はどこともなくことなれる響きあるを感じ、吾妻別はみづから立つて門を開(ひら)きみれば、一個の賎(いや)しき漂浪神(さすらひがみ)が立つてゐて、命(みこと)の顔を眺め、
 『汝(なんぢ)は吾妻別に非(あら)ずや』
といつた。命の従臣(じゆうしん)滝彦(たきひこ)は走りきたり、その神司(かみ)にむかつて、
 『汝はいづれの神司(かみ)か知らざれども、吾(わが)門戸に立ち、吾(わが)主人(あるじ)にむかつて名を呼捨(よびす)てになす不届者(ふとどきもの)、一時(いちじ)も早くこの場を立去(たちさ)れ。否(いな)むにおいてはこの通り』
といふより早く、棍棒(こんぼう)をもつて頭上を殴打した。そのはずみに急所をはづれて笠は飛び散つた。漂浪神は眼光(がんくわう)烱々(けいけい)として射(い)るごとく、言葉するどく、
 『無礼者』
と罵(ののし)つた。
 吾妻別は始めて天稚彦の成(な)れの果てなることを覚(さと)り、従臣の無礼を謝し、ねんごろに手を引き万寿山城内に迎へたてまつり、新しき神衣(しんい)を奉献(たてまつ)つた。今までの案山子(かがし)のごとく窶(やつ)れたる神司(かみ)は、たちまち豊頬円満(ほうけふゑんまん)なる天晴(あつぱれ)勇将と変りたまうた。吾妻別は信書を認(したた)め、滝彦を使者として竜宮城につかはし、稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)に、
 『天稚彦、万寿山に還(かへ)りたまひ、しばらく休養されしのち、ふたたび竜宮城に帰還したまはむとす。すみやかに歓迎の準備あらむことを乞ふ』
といふ意味の文面であつた。
 大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)はまづこの信書をひらき、一見(いつけん)して大いに悦(よろこ)び、稚桜姫命は定めて満足したまはむと、みづから心中(しんちう)雀躍(こをどり)しながら、稚桜姫命の御前(みまへ)に出(い)で、委細(ゐさい)言上(ごんじやう)した。
 命(みこと)はさだめて御喜びのことと思ひきや、その御顔(おんかほ)には怪しき雲がただようた。側(そば)近く仕へゐたる玉照彦(たまてるひこ)は、にはかに顔色(がんしよく)蒼白(さうはく)となり、唇はぶるぶると震へだした。
 大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)は、合点(がつてん)ゆかず、その場を引退(ひきさが)つた。このとき滝彦(たきひこ)は、天稚彦の今までの御経歴を語り、かつ稚桜姫命にたいし、大(だい)なる疑(うたがひ)を抱(いだ)き給ふことを述べた。
 大八洲彦命は一室(ひとま)に入(い)りて、双手(もろて)を組み思案に時を移し、この度の命(みこと)の態度といひ、玉照彦の様子といひ、実(じつ)に怪しさのかぎりである。しかし律法厳しき竜宮城の主神(しゆしん)として天則を破りたまふごとき失態あるべき理由なしと、とつおいつ煩悶苦悩(はんもんくなう)してゐた。
 しばらくあつて城内はにはかに騒がしく、天稚彦の御帰城なりとて、右往左往に神司(かみがみ)は奔走しはじめた。ここに花森彦は大八洲彦命の前に出(い)で、夫君(をつとぎみ)の御帰城なり、一時(いちじ)もはやく稚桜姫命みづから出迎へたまふやう、御執成(おとりな)しあらむことをと、顔に笑みを含んで進言した。
 花森彦はすでに善道に復帰(たちかへ)り、律法をよく守りつつあれば、唐子姫(からこひめ)を奪はれしことは、少しも念頭にかけてゐなかつた。ここに稚桜姫命は周章狼狽(しうしやうらうばい)のあまり、袴(はかま)を前後(まへうしろ)にはき、上衣(うはぎ)の裏を着るなどして、あわてて出迎へられた。しかして玉照彦は相変らず、御手(おんて)をひき命(みこと)を労(いたは)りつつ迎へた。
 天稚彦は、いきなり物をもいはず鉄拳(てつけん)を振りあげ、玉照彦を打ちすゑた。稚桜姫命はおほひに驚き、玉照彦を抱(いだ)きあげむとしたまうた。
 玉照彦は息もたえだえに、
 『われは厳重なる規律を破り、天則に違反し、ここに命(みこと)のために打たれて滅びむとす。これ国治立命(くにはるたちのみこと)の御神罰(ごしんばつ)なり。許したまへ』
と真心より大神(おほかみ)に祈りを捧げ、たちまち城内の露(つゆ)と消えた。
 諸神司(しよしん)はこの光景をながめ、二神司(にしん)の間(あひだ)をいかにして宥(なだ)め奉(たてまつ)らむやと苦心した。
 このとき国治立命は神姿(しんし)を現はし、二神司(にしん)の前に立ち、
 『夫婦の戒律を破りたる極重罪悪神(ごくじうざいあくしん)なり。天地の規則に照し、天稚彦、稚桜姫命は、すみやかに幽界にいたり、幽庁(いうちやう)の主宰者たるべし』
と厳命(げんめい)された。地上を治め、その上(うへ)天上にいたりて神政を掌握(しやうあく)さるべき運命の神、稚桜姫命は、やがては天より高く咲く花の、色香(いろか)褪(あ)せたる紫陽花(あぢさゐ)や、変ればかはる身の宿世(すぐせ)、いよいよここに、二神司(にしん)は地獄の釜の焦起(こげおこ)し、三千年(さんぜんねん)の、忍びがたき苦しみを受けたまうこととなつた。

                  (大正一〇・一一・八 旧一〇・九 外山豊二録)


               国々に御名(みな)を変へさせ玉ひつゝ
                    救ひの為(ため)に降(くだ)ります主(きみ)

               天(てん)のはて地(つち)のきはみもおつるなく
                    照らす光と現(あ)れし救主(きみ)はも


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第七篇 天地の大道 <第四五章 天地の律法 (九五)>
2007/06/13(Wed)
第七篇 天地(てんち)の大道(だいだう)


<第四五章 天地(てんち)の律法 (九五)>

 地の高天原(ちのたかあまはら)に宮柱(みやはしら)太(ふと)しき立て千木(ちぎ)高(たか)しりて鎮(しづ)まりゐます、国治立命(くにはるたちのみこと)、豊国姫命(とよくにひめのみこと)の二神(にしん)は、神界のかくまで混乱の極(きよく)に達し、収拾(しうしふ)す可(べ)からざるにいたりしは、諸神人(しよしん)に対し、厳格なる神律(しんりつ)の制定されざるに基(もと)づくものなりとし、ここに天道別命(あまぢわけのみこと)とともに律法を制定したまうた。
 その律法は内面的には、「反省(かへりみ)よ。恥(は)ぢよ。悔改(くいあらた)めよ。天地(てんち)を畏(おそ)れよ。正しく覚(さと)れよ」の五戒律であつた。また外面的の律法としては、「第一に、夫婦の道を厳守し、一夫一婦たるべきこと。第二に、神を敬ひ長上(ちやうじやう)を尊(たふと)み、博(ひろ)く万物(ばんぶつ)を愛すること。第三には、互ひに嫉妬(ねた)み、誹(そし)り、偽(いつは)り、盗み、殺しなどの悪行(あくかう)を厳禁すること」等(とう)の三大綱領(かうりやう)である。
 この律法を天下に広むるに先立ち、まづ竜宮城および地の高天原より実行し、これが模範を天下万神人(ばんしん)に伝示(でんじ)し堅(かた)く遵奉(じゆんぽう)せしむることと定められた。これより高天原(たかあまはら)は規律正しく、ことに一夫一婦の道は厳格に守られてゐた。
 竜宮城も地の高天原も、天使(てんし)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)、大足彦(おほだるひこ)らの機略縦横(じうわう)の神策により、常世姫の魔軍を伐(う)ちはらひ、平穏無事に治まり、諸神司(しよしん)は太平の夢に酔ひ、花に戯(たはむ)れ、月を愛(め)で、荘厳(さうごん)なる神楽(かぐら)を奏上して神の御祭(みまつり)を盛大に挙行し、舞ひ遊ぶ黄金時代(わうごんじだい)となつた。
 しかるに遠き国々はいまだ泰平(たいへい)ならず、したがつて大神(おほかみ)の律法もゆきわたるまでに至らなかつた。茲(ここ)において稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)は天上および天下泰平の御喜びに、盛装を凝らして諸神司(しよしん)の遊楽場(いうらくぢやう)へ出場(しゆつじやう)遊ばされ、高座(かうざ)より愉快気(ゆくわいげ)にこれを眺めてをられた。このとき、眉目清秀(びもくせいしう)なる年(とし)若き男神司(だんしん)は、長き袖の錦衣(きんい)を着(ちやく)し中央に立ち、音楽につれて淑(しと)やかに舞ひはじめた。実(じつ)に万緑叢中紅一点(ばんりよくそうちうこういつてん)の観があつた。時に稚桜姫命は、にはかに顔色(がんしよく)蒼白(さうはく)となり、吐息をつき、その場に倒れ伏したまうた。
 大八洲彦命以下の神将は驚いて介抱(かいはう)し、奥殿(おくでん)に送りたてまつり、柔かき夜具(やぐ)を八重(やへ)に重ね、その上に命(みこと)を安臥(あんぐわ)させたてまつり、いろいろと介抱に余念なかつた。神司(かみがみ)はめいめいに病床を訪ね、いろいろの薬草を遠近(をちこち)の山々より求め来(きた)つてこれを勧めた。されども命は御首(みくび)を振つてこれを拒絶したまひ、命の様子は日をおふて疲労を増すばかりであつた。神司(かみがみ)は種々(いろいろ)と手をつくし、心をつくした。されど、命の病気にたいしては何の効能もなかつた。このとき命は思ひ切つたやうに、神楽の舞(まひ)を見せよと仰せられた。直ちに諸神司(しよしん)は準備に取りかかり、命の御前(みまへ)に神楽を奏上した。音楽につれて数多(あまた)の乙女は長袖(ちやうしう)をひるがへし、淑(しと)やかに舞ひはじめた。諸神人(しよしん)の歓呼の声、拍手の響きは天に轟(とどろ)くばかりであつた。
 稚桜姫命はその舞曲(ぶきよく)を一心(いつしん)に眺め、眼(まなこ)を諸方に配り、また「あゝ」と吐息をもらして床上(しやうじやう)に伏したまうた。大八洲彦命は御病(おんやまひ)のかへつて重(おも)らむことをおそれ、舞曲を中止し、自分はただ一柱(ひとり)枕頭(ちんとう)に侍(じ)して看護に余念なかつたのである。夜中(やちう)稚桜姫命は、
 『あゝ玉照彦(たまてるひこ)、玉照彦』
と連呼された。大八洲彦命はあわてて、
 『玉照彦は如何(いか)にいたせしや』
と問ひたてまつつた。命(みこと)は何の返答もなく、すやすやと眠らせゐたまうのであつた。
 大八洲彦命はただちに玉照彦を招き、命の看護を命じた。それより稚桜姫命の御病(おんやまひ)は日に日に恢復(くわいふく)し、玉照彦は命のそば近く奉仕することとなつた。雨の夜(よ)も風の荒き日も瞬時(しゆんじ)も御傍(おそば)を離したまはず、玉照彦を掌中(しやうちう)の玉(たま)のごとくに愛されたまうた。

                 (大正一〇・一一・八 旧一〇・九 桜井重雄録)


             一家内(いつかない)和合(わがふ)なければ自棄自暴(じきじばう)
                  遂(つひ)には離散の憂目(うきめ)見るべし


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第六篇 神霊の祭祀 <第四四章 魔風恋風 (九四)>
2007/06/12(Tue)
第六篇 神霊の祭祀


<第四四章 魔風恋風(まかぜこひかぜ) (九四)>

 言霊別命(ことたまわけのみこと)は思はざる濡衣(ぬれぎぬ)を着せられ、如何(いか)にもしてこの疑(うたがひ)を晴らし、身の潔白を示さむと焦慮し、かつ常世姫(とこよひめ)を悔い改めしめむとした。されど孤独の身となりし命(みこと)はいかんとも策の施すべき道がなかつた。そこでいよいよ意を決し、万寿山(まんじゆざん)に落ち延びた。
 言霊別命の境遇に同情したる数多(あまた)の神司(かみがみ)は、命(みこと)の後(あと)をおふて万寿山に馳集(はせあつ)まつた。
 重(おも)なる神将は、吾妻別(あづまわけ)、鷹松別(たかまつわけ)、河原林(かはらばやし)、玉照彦(たまてるひこ)、有国彦(ありくにひこ)、森鷹彦(もりたかひこ)らの諸神将であつた。勇猛なる神軍は期せずして日(ひ)に月(つき)に集まりきたつた。このこと常世姫の耳に雷(らい)のごとく響いてきた。常世姫はおほいに驚き、八王大神(やつわうだいじん)常世彦(とこよひこ)をして万寿山を攻撃せしめむとした。時しも竜宮城は常世姫のために陥落し、稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)は神国別命(かみくにわけのみこと)以下の神将とともに、言霊別命の駐屯(ちゆうとん)せる万寿山に逃れたまうた。
 ここに言霊別命は、礼をつくしてこれを迎へ奉(たてまつ)り、竜宮城を回復せむとし、かつ言霊別命以下の清廉潔白(せいれんけつぱく)にして、至誠至実(しせいしじつ)の神たることが初めて悟られた。
 稚桜姫命の来臨(らいりん)とともに万寿山はますます開拓され、つひには堅城(けんじやう)を造り、鉄壁(てつぺき)をめぐらし、実(じつ)に難攻不落(なんこうふらく)の城塞となつた。
 この時、智勇兼備(ちゆうけんび)の勇将にして、紅葉別(もみぢわけ)といふ軍神があつた。この神司(かみ)あまたの神軍を率ゐて来(きた)り、言霊別命に面謁(めんえつ)せむことを申込んだ。言霊別命はまづ吾妻別に面会せしめ、その来意(らいい)を尋ねさせた。紅葉別は常世姫の奸策を聞き義憤(ぎふん)をおこし、自ら進んで万寿山に参加し、彼を亡ぼし天下を太平に治めむと欲し、協心戮力(けふしんりくりよく)もつてミロク神政の神業(しんげふ)に参加せむと、殊勝(しゆしよう)にも誠意を表(おもて)にあらはして参加せむ事を申込んだ。吾妻別はおほいに喜び、これを言霊別命に委細(ゐさい)進言した。紅葉別は戦闘に妙(めう)をえたる武神(ぶしん)である。言霊別命は稚桜姫命とはかり、紅葉別をして万寿山の主将たらしめむとした。このとき竜宮城はすでに常世姫の占領するところとなり、ついで地の高天原(ちのたかあまはら)も、橄欖山(かんらんざん)も敵手(てきしゆ)に落ちてゐた。シオン山(ざん)の総大将(そうだいしやう)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)は、逃れきたれる大足彦(おほだるひこ)の国(くに)の真澄(ますみ)の鏡(かがみ)をもつて、敵軍を山上より射照(いてら)した。たちまち山頂より幾十万とも知れぬ巨巌(きよがん)湧出(ゆうしゆつ)して中空(ちうくう)に飛び、美山彦(みやまひこ)、国照姫(くにてるひめ)、武熊別(たけくまわけ)の魔軍の集団めがけて雨のごとく落下し、一方(いつぱう)鏡に射照(いてら)されてその正体を露(あら)はし、たちまち悪鬼(あくき)、大蛇(だいじや)、悪狐(あくこ)の姿と変じ、鬼城山(きじやうざん)めがけて逃げ散つた。
 ここに大八洲彦命は宮比彦(みやびひこ)を祭祀(さいし)の長(ちやう)とし、安世彦(やすよひこ)を主将とし、一部の神軍をもつてこれを守らしめ、ただちにその勢(いきほひ)をもつて竜宮城に攻め寄せ回復戦を試みた。真鉄彦(まがねひこ)は地の高天原にむかひ、磐樟彦(いはくすひこ)は橄欖山(かんらんざん)にむかひ、吾妻別、大足彦は竜宮城にむかひ、国の真澄の鏡を取り出し、敵軍を照(てら)し、かつ大八洲彦命の神言(かみごと)を奏上するや、たちまち暴風吹きおこり、浪(なみ)は山の如く立荒(たちすさ)び、城はほとんど水中に没した。常世姫の身体(しんたい)よりは異様の光(ひかり)現はれ、金毛八尾(きんまうはちび)の悪狐(あくこ)と化し、黒雲(こくうん)を巻きおこし、常世城めがけて遁走(とんそう)し、部下の魔軍は諸方に散乱して、竜宮城も地の高天原も再び神軍の手に帰つた。ここに稚桜姫命は、言霊別命、吾妻別らを率ゐてふたたび竜宮城に帰還したまうた。万寿山は鷹松別、有国別らの諸神将をしてこれを守備せしむることとなつた。話(はなし)かはつて天稚彦(あめのわかひこ)は、唐子姫(からひこめ)に心を奪はれ、壇山(だんざん)を捨ててなほも山奥深くわけいり、
 『お前と一緒に暮すなら、たとへ野(の)の末(すゑ)山(やま)の奥(おく)、虎狼(とらおほかみ)の住家(すみか)にて、竹の柱に茅(かや)の屋根、手鍋(てなべ)提(さ)げてもかまやせぬ』
といふような状態にて、わづかの庵(いほり)を結び夫婦(ふうふ)きどりで暫(しばら)く暮してゐた。
 ある時天稚彦(あめのわかひこ)は近辺(ほとり)の山に分け入(い)りて、兎(うさぎ)を狩(か)つて帰つてきた。唐子姫は夫の留守に気を許し、辺(あた)りに響く鼾声(かんせい)を発し、よく寝入(ねい)つてゐた。天稚彦はひそかに外より覗(のぞ)いて見た。唐子姫の姿はどこへ行つたか影もなく、寝間(ねま)には銀毛八尾(ぎんまうはちび)白面(はくめん)の悪狐(あくこ)が睡(ねむ)つてゐる。天稚彦はおほいに驚き、かつ怒(いか)り、
 『この邪神(じやしん)奴(め)、わが不在を窺(うかが)ひ、最愛の唐子姫を喰ひ殺し腹(はら)膨(ふく)らせ、安閑(あんかん)と仮眠(いねむ)りをるとは心憎し。妻の敵(かたき)、思ひ知れよ』
と弓に矢をつがひ、悪狐をめがけて発止(はつし)と射(い)かけた。この時遅く、かの時(とき)速く、悪狐はたちまち白煙(はくえん)となつて消え失せた。いづこともなく唐子姫の声として、
 『われは常世姫の部下の魔神(ましん)なり。竜宮城を占領せむために花森彦(はなもりひこ)を誘(おび)き出し、今また汝(なんぢ)をこの山奥に誘ひ、その通力(つうりき)を失はしめたり。吾(われ)はこれより常世の国に馳(はせ)帰り賞賜(しやうし)に預からむ。汝はすみやかに竜宮城に還(かへ)り、この失敗を包み隠さず物語り、唐子姫に眉毛(まゆげ)をよまれ、尻(しり)の毛も一本も残らず引(ひき)抜かれたり。悔し残念を耐(こば)りこばりてここまで還りきました。今までの罪はお許し下さいと、女房の稚桜姫命に頭(かしら)を下げて、三拝九拝(さんぱいきうはい)せよ』
と言葉途切るるとともに、カラカラと嘲笑(あざわら)ひの声次第に遠くなりゆくのであつた。命(みこと)は大いに怒(いか)り、声する方を中空(ちうくう)目がけて矢を射つた。矢は危(あやふ)くも命の肩先をすれすれにうなりを立てて落ちきたり、実(じつ)に危機一髪の間(あひだ)であつた。天稚彦はこれより諸方を流浪(るらう)し、種々(しゆじゆ)の艱苦(かんく)を嘗(な)めつつすごすごと竜宮城に帰ることとなつた。

                  (大正一〇・一一・八 旧一〇・九 加藤明子録)


               楽々と深き教(をしへ)をときさとす
                    厳(いづ)の言(こと)の葉(は)たふとかりける


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第六篇 神霊の祭祀 <第四三章 濡 衣 (九三)>
2007/06/11(Mon)
第六篇 神霊の祭祀


<第四三章 濡 衣(ぬれぎぬ) (九三)>

 シオン山(ざん)はかくのごとく大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)の機略(きりやく)縦横(じうわう)の戦略によつて、容易に抜くこと能(あた)はず、かつ三方(さんぱう)の神将ますます勇気を増しきたり、魔軍はもはや退却するのやむなき苦境に陥(おちい)つた。
 このとき常世姫(とこよひめ)より密使が来た。
 『汝(なんぢ)らはいかに苦境に陥るとも断じて一歩も退却すべからず。持久戦をもつて大八洲彦命以下の諸神将を、シオン山に封鎖せよ。われは竜宮城をはじめ、芙蓉山(ふようざん)、モスコー、ローマ、竜宮島をこの機に乗じて占領せむ』
とのことであつた。
 美山彦(みやまひこ)、国照姫(くにてるひめ)、武熊別(たけくまわけ)はこの命(めい)を奉(ほう)じて、あくまでも退却せざることになつた。ここに竜宮城の諸神将は、芙蓉山およびローマ、モスコーの魔軍の攻撃にあひ、苦戦の情況を察知し、神国別命(かみくにわけのみこと)、元照彦(もとてるひこ)をして、ローマ、モスコーへ向はしめ、真鉄彦(まがねひこ)をして芙蓉山に向はしめた。竜宮城には言霊別命(ことたまわけのみこと)、花森彦(はなもりひこ)、主将としてこれを守ることとなつた。言霊別命は内部の統制にあたり、花森彦は敵軍の襲来に備へた。
 常世姫の夫神(をつとがみ)八王大神(やつわうだいじん)常世彦(とこよひこ)は、三軍(さんぐん)の将(しやう)として芙蓉山を始めローマ、モスコーの攻撃に全力を注ぎ、常世姫は魔我彦(まがひこ)、魔我姫(まがひめ)とともに再び竜宮城に入(い)り、稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)に深く取入(とりい)り、表面猫を被(かぶ)つて柔順(じうじゆん)に仕へてゐた。しかして言霊別命、花森彦を失墜せしめ、みづから城内の主権を握らむと考へてゐた。
 常世姫は常世の国より来(きた)れる容色艶麗(えんれい)並びなき唐子姫(からこひめ)を城中に入れ、言霊別命、花森彦に近く奉仕せしめた。唐子姫の涼しき眼(まなこ)は、つひに花森彦を魅(み)するにいたつた。花森彦は唐子姫に精神を奪はれ、大切なる神務を忘却し、夜(よる)ひそかに手を携(たづさ)へて壇山(だんざん)に隠れ、ここに仮夫婦(かりふうふ)として生活をつづけた。
 言霊別命は力とたのむ花森彦を失ひ、ほとんど為(な)すところを知らなかつた。花森彦の妻(つま)、桜木姫(さくらぎひめ)はおほひに驚き、かつ怒(いか)り、かつ怨(うら)み、涕泣煩悶(ていきふはんもん)の結果つひに発狂するにいたつた。言霊別命以下の神将は大いにこれを憂(うれ)ひ、いかにもして花森彦の行衛(ゆくゑ)を探り、ふたたび城内に還(かへ)らしめ桜木姫に面会せしめなば、たちまち全快せむと協議の結果、神卒を諸方に派遣し、その行方(ゆくへ)を探らしめた。城内はおひおひ神卒の数(すう)を減じ、漸次(ぜんじ)守備は手薄(てうす)になつた。
 桜木姫はますます暴狂(あれくる)ふのである。言霊別命は今や稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の前に出(い)で、シナイ山(ざん)の戦況を奏上する時しも、桜木姫は走り来(きた)つて言霊別命を抱(いだ)き、
 『恋しき吾(わ)が夫(をつと)ここにいますか』
と、かつ泣き、かつ笑ひ、無理に手も脱(ぬ)けむばかりにして、自分の居間に帰らむとする。常世姫は心中(しんちう)謀計(ばうけい)の図(づ)にあたれるをよろこび威丈高(ゐだけだか)になつて、『言霊別命』と言葉に角(かど)を立てて呼びとめ、
 『汝(なんぢ)は行状(ぎやうじやう)悪(あし)く内外(ないぐわい)ともにその風評(うはさ)を聞かぬものはなし。しかるに天罰(てんばつ)は眼(ま)のあたり、いま稚桜姫命の御前(みまへ)にて醜態(しうたい)を暴露(ばくろ)したり。桜木姫の発狂せしは貴神司(きしん)が原動力なり。これを探知したる花森彦は温順の性(たち)なれば、過去の因縁と断念してすこしも色(いろ)に表(あら)はさず、桜木姫を汝に与へ、みづからは唐子姫(からこひめ)とともにこの場を遁(のが)れたるなり。花森彦は決して女性(をみな)の情(なさけ)に絆(ほだ)されて、大事(だいじ)を誤るがごとき神司(かみ)に非(あら)ず。しかるに危急存亡(ききふそんばう)の場合、命(みこと)をしてかかる行動に出(い)でしめたるは、全く汝(なんぢ)が罪のいたすところ、これにてもなほ弁解の辞(じ)あるや』
と、理(り)を非(ひ)にまげ、誣言(ぶげん)をもつて稚桜姫命の心を動かさむとした。言霊別命は居(ゐ)なほつて常世姫にむかひ、
 『こは奇怪(きくわい)なることを承(うけたま)はるものかな。貴神司(きしん)は何の証拠あつて、かくのごとき暴言を吐きたまふや』
と言はせもはてず、常世姫は眼(まなこ)を怒(いか)らし、口を尖(とが)らし、少しく空(そら)を仰いで、フフンと鼻で息をなし、
 『証拠は貴神司(きしん)の心に問へ』
と睨(ね)めつけた。
 桜木姫は言霊別命を花森彦と誤解し、狂気の身ながらも常世姫にむかつて飛びつき、
 『汝は何故(なにゆゑ)なれば最愛の吾夫(わがをつと)にたいし、暴言を吐くか。われは夫に代り、目に物(もの)見せてくれむ』
と、いふより早く髻(たぶさ)に手をかけ、力かぎりに引(ひき)ずりまはした。常世姫は声を上げて救(たす)けを叫んだ。城内の神司(かみがみ)はこの声に驚いて諸方より駆(か)けつけた。
 言霊別命の濡衣(ぬれぎぬ)は容易に晴れず、稚桜姫命の厳命(げんめい)により、竜宮城を追放さるることとなつたのである。ここに稚桜姫命は常世姫の誣言(ぶげん)を信じ、言霊別命を追放し、花森彦を壇山(だんざん)より召還(せうくわん)し、城内の主将たらしめむとしたまうた。ここに天稚彦(あめのわかひこ)は協議の結果壇山にむかひ、花森彦を招き帰らしめむと出発せしめられた。天稚彦は容色美(うるは)しき男子(をのこ)にして、稚桜姫命を助けてゐた。
 天稚彦は天の磐船(あまのいはふね)に乗つて壇山にむかひ、花森彦に稚桜姫命の命(めい)を伝へ、かつ唐子姫(からこひめ)との手を断(き)り、一時(いちじ)も早く帰還せむことを伝へた。
 花森彦はおほひに悦(よろこ)び、ただちに迷夢(めいむ)を醒まし、天の磐船(あまのいはふね)に乗つてただちに竜宮城に帰還し、稚桜姫命の帷幄(ゐあく)に参ずることとなつた。
 城内は常世姫、花森彦の二神司(にしん)が牛耳(ぎうじ)を執(と)つてゐた。実(じつ)に竜宮城は常世姫の奸策(かんさく)によつて、何時(いつ)破壊さるるか分らぬ状態であつた。
 天稚彦は唐子姫の姿を見るより、にはかに精神恍惚(くわうこつ)として挙措(きよそ)動作(どうさ)度(ど)を失ひ、つひに手に手をとつて山奥深く隠遁(いんとん)し、竜宮城へは帰つてこなかつた。
 稚桜姫命といふ美(うるは)しき妻神(つまがみ)があり、また八柱(やはしら)の御子(みこ)のあるにもかかはらず、唐子姫に心魂を鎔(とろ)かしたるは、返す返すも残念な次第である。

                (大正一〇・一一・八 旧一〇・九 外山豊二録)


               高天原(たかあまはら)紫微(しび)の宮居(みやゐ)を地(ち)にうつし
                    天国(てんごく)たつるあななひの道(みち)

               霊国(れいごく)の月(つき)の稜威(みいづ)を地(ち)にうつし
                    世人(よびと)を照らす三五(あななひ)の道(みち)


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第六篇 神霊の祭祀 <第四二章 甲冑の起源 (九二)>
2007/06/10(Sun)
第六篇 神霊の祭祀


<第四二章 甲冑(かつちう)の起源 (九二)>

 南方(なんぱう)の敵将武熊別(たけくまわけ)は、美山彦(みやまひこ)および国照姫(くにてるひめ)の二回の計略もぜんぜん失敗にをはり、尋常(じんじやう)一様(いちやう)の画策にては容易に目的を達しがたきを知り、部下の魔軍をことごとく数千万の黒熊(くろくま)と化(くわ)せしめた。
 さうして東軍(とうぐん)の吾妻別(あづまわけ)、南軍(なんぐん)の大足彦(おほだるひこ)、西軍(せいぐん)の磐樟彦(いはくすひこ)の陣営にむかひ、夜陰(やいん)に乗じて、一(いつ)せいに咆哮怒号(はうかうどがう)の声とともに襲撃した。三軍(さんぐん)の神将卒は不意の襲撃に驚き右往左往に散乱した。武熊別は勢(いきほひ)を得て、まつしぐらにシオン山(ざん)の山頂目がけて馳(は)せのぼり、大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)の陣営を襲(おそ)ひ、かつ十六社(じふろくしや)の宮を破壊せむとした。大八洲彦命以下の神将は不意の襲来に驚き、みづから奥殿(おくでん)に入(い)り、宮比彦(みやびひこ)とともに天津神(あまつかみ)にむかつて救援を請(こ)ひたまふた。
 このとき十六社の宮は既に武熊別の部下なる数多(あまた)の黒熊に破壊されむとする間際(まぎは)であつた。たちまち社殿の扉は自然に開(ひら)かれ、中より数千万羽の金鵄(きんし)あらはれ、黒熊の群(ぐん)にむかひ、口より火焔(くわえん)を吐き、縦横無尽(じうわうむじん)に翔(かけ)めぐつた。
 数千万の黒熊はたちまち毛を焼かれ、一時(いちじ)に羆(ひぐま)となつて熱さに悶え苦しみつつ、北方(ほくはう)の雪山(せつざん)目がけて遁走(とんさう)し、積雪(せきせつ)の中に残らずもぐり入(い)り、やうやく焼死をまぬがれた。
 焼死をまぬがれた熊の群(むれ)は、火傷(やけど)のために表皮は全部剥落(はくらく)して真裸(まつぱだか)となつた。熊の群は雪山(せつざん)に雪を分け土を掘り、穴を作つてその中に潜(ひそ)み、傷の癒(い)ゆるを待つた。さしも激しき火傷は漸次(ぜんじ)恢復(くわいふく)して、全身ことごとく白毛(はくまう)を生じ白熊(しろくま)と変化(へんくわ)した。
 山麓にありし東西南(とうせいなん)の諸神将(しよしんしやう)はやうやく散軍を集め、陣営もとに復(ふく)し、勇気はますます隆盛であつた。武熊別はあまたの味方を失ひ、ふたたび国照姫の魔軍をかつて再挙を企(くはだ)てた。今度は魔軍を数千万の亀と化し、山上目がけて密かに這ひ登らしめた。山上は亀をもつて埋(うづ)もれた。亀は一斉に口より火焔(くわえん)を吐き、四十八棟(よんじふはちむね)の社殿および幄舎(あくしや)を一時(いちじ)に焼尽(やきつく)し、神軍を全部焼滅(やきほろ)ぼさむとする勢(いきほひ)であつた。神軍はこれを見て、一々(いちいち)亀の首を斬(き)らむとした。数万の亀は一時(いちじ)に首を甲(かふ)の中に潜め、打てども斬れども何の痛痒(つうよう)も感ぜず、ただカツカツ音(おと)の聞ゆるばかりである。
 亀はだんだん折重(をりかさ)なつて山を築(きづ)き、諸神将を取囲(とりかこ)み、一歩も動かざらしめむとした。さうして口々に烈(はげ)しき火焔(くわえん)を甲(かふ)のなかより紅蓮(ぐれん)のごとくに吐きだし、神軍を悩ますのであつた。
 ここに大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)は宮比彦(みやびひこ)に神策を授け、十二社(じふにしや)の神殿に到らしめた。さうして神殿に奉献されたる神酒(みき)を一滴づつ数百の甕(かめ)にうつした。たちまち天に黒雲(こくうん)おこり、大雨(たいう)降りそそぎて、瞬(またた)くうちに数百の甕(かめ)は満ちあふれた。その雨水(うすゐ)は全部芳醇(はうじゆん)なる神酒(しんしゆ)と化した。このとき何処(いづく)ともなく数十羽の怪しき鳥族(てうぞく)現はれて、甕に浸(ひた)り、羽撃(はばた)きしていづくともなく消え去つた。
 芳(かんば)しき酒の匂ひは山上に溢(あふ)るるばかりであつた。この匂ひを嗅(か)いだ数万の亀の群(むれ)はにはかに首を出し、先を争うて酒甕(さけがめ)の前に駆(か)けりつき、背のびをなし、首を長く突出(つきだ)して残らず甕の酒を飲み干し、敵地にあるを忘れて、一(いつ)せいに酔狂(ゑひくる)ひ踊りまはつた。
 このとき山上の神将神卒は、彼らを討つは今この時なり。醒めては容易に討つこと難(かた)しと、おのおの刀を引抜(ひきぬ)き首を一(いつ)せいに斬らむと計(はか)つた。大八洲彦命はこれを遮(さへぎ)り、諸神司(しよしん)をして亀群(きぐん)の酔狂(すゐきやう)状態を観覧せよと命じた。
 神将神卒は命(めい)にしたがひ、袖手(しうしゆ)傍観(ばうくわん)することとなつた。亀はますます面白き手つきをなして踊り狂ひ、たがひに争ひを始めた。その光景は何ともいひえない面白き場面であつた。
 山上の神将神卒は思はず手を拍(う)ち、つひには亀の踊(をどり)の面白さに引きつけられて、自分もそろそろ歌を唄ひ、亀の群に交(まじ)つて敵味方ともに踊り狂うた。そろそろ亀は毒が廻(まは)つた。黒血(くろち)を吐く、仰向けに倒れる、そろそろ苦悶しはじめた。たちまち味方の神将神卒は帯刀(たいたう)を抜き、亀の首をずたずたに斬り放ち、残らずこれを亡ぼし、甲(かふ)を剥(は)いで各自の武具となし、これを身に鎧(よろ)うた。これが戦争に甲冑(かつちう)を着(ちやく)するにいたつた嚆矢(かうし)である。

                (大正一〇・一一・八 旧一〇・九 谷口正治録)


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第六篇 神霊の祭祀 <第四一章 十六社の祭典 (九一)>
2007/06/08(Fri)
第六篇 神霊の祭祀


<第四一章 十六社(じふろくしや)の祭典 (九一)>

 シオン山(ざん)は難攻不落(なんこうふらく)の堅城鉄壁(けんじやうてつぺき)にして、如何なる鬼神(きしん)といへども、これを攻略するは容易の業(わざ)に非(あら)ず。ここに西方(せいはう)の陣を固(かた)むる敵将国照姫(くにてるひめ)は鬼雲彦(おにくもひこ)、清熊(きよくま)らと謀(はか)り、謀計(ばうけい)をもつてこの目的を達せむと画策(くわくさく)した。
 しかるにシオン山(ざん)の本営にては、神明(しんめい)の霊威(れいゐ)と、天使(てんし)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)の明察とにより、探女(さぐめ)の真相を探知し、危(あやふ)きを免(まぬが)れたる神恩(しんおん)を感謝し、かつ味方の無事を祝福するため、盛大なる祭典が執行された。神軍の過半(くわはん)は祭典に列(れつ)し、をはつて各(かく)もとの守備につき、また半分の余る神軍は交代して、山上の祭典に列する仕組であつた。
 十六社(じふろくしや)の宮(みや)にはおのおの八塩折(やしほをり)の酒(さけ)を大(だい)なる甕(かめ)に充(みた)して供進(ぐしん)された。敵の軍臣(ぐんしん)に非(あら)ざるものは何神(なにがみ)といへども、その当日のみは参拝を許さるることとなつた。
 ここに数多(あまた)の女性(によしやう)あり、順礼(じゆんれい)の姿に身を装ひ、麗しき顔(かんばせ)したる美姫神(びきしん)続々して山上へ登り、この祭典に列し、かつ神威の無限なるを口をきはめて讃美しつつあつた。時しも十六社の祭典は一時(いちじ)に行はれ、神饌(みけ)神酒(みき)を捧ぐるものは若き女性(によしやう)ならざるべからず。しかるに今は戦場のことなれば女性の影もなく、男臣(なんしん)の武者(むしや)ぶり勇ましけれど、いづれの男臣も何となくあきたらぬ思ひに沈みつつありし時なれば、麗しきあまたの女性の数寄(すき)を凝らして参上(まゐのぼ)り来(きた)れる姿を見て、大いに喜び、身心(しんしん)を‘とろ’かし、中には眉や目尻を下(さげ)る軍神さへあらはれた。いづれ劣らぬ花紅葉(はなもみぢ)、色香(いろか)争ふその態(さま)に、並(なみ)ゐる神将神卒も見惚(みと)れつつ、戦ひの庭(には)にあることをも打ち忘れてゐた。
 宮比彦(みやびひこ)はその美(うつく)しきもつとも年(とし)若き女性(によしやう)に向ひ、
 『今は戦場のこととて神に仕ふる乙女の一柱(ひとはしら)だもなし。願はくは汝(なんぢ)ら神に至誠(しせい)奉仕の信仰あらば、直ちに立つて神饌(みけ)神酒(みき)を供(きやう)せよ。また技芸あるものは立つて神楽(かぐら)を奏(そう)し奉(たてまつ)れ』
と呼ばはつた。天女(てんによ)に等しき神の乙女は一斉に立つて神饌神酒を供し奉り、かつ神楽を奏して神慮(しんりよ)を慰め奉(たてまつ)つた。祭典の式も無事終了し、諸神司(しよしん)は神卒に至るまで直会(なほらひ)の宴(えん)に坐(ざ)し、神饌神酒を拝戴(はいたい)することとなつた。数多(あまた)の乙女は酒杯(しゆはい)の間(あひだ)に往来して盛(さかん)に取りもつた。酒はおひおひまはつてきた。忽(たちま)ち呂律(ろれつ)の廻(まは)らぬ者、眼(め)を剥(む)く者、耳の聞えぬ者、頭(かしら)の痛む者、手足の痺(しび)れる者、吐く者、下痢(くだ)す者、腹を痛め胸を苦しめ七転八倒(しちてんはつたう)黒血(くろち)を吐く者もできてきた。そこにもここにも石ころのやうに転げまはつて、不思議な手つきをなし虚空(こくう)を摑(つか)んで倒れむとする者も現はれてきた。
 たちまち十六社の神殿鳴動(めいどう)し、各宮々の扉は自然に開(ひら)かれ、中より数多(あまた)の金鵄(きんし)現はれて宴席(えんせき)の上を縦横無尽(じうわうむじん)に飛び舞うた。今まで苦しみつつありし一同は残らず元気恢復(くわいふく)して一柱(ひとはしら)の怪我(けが)あやまちもなかつた。今まで花顔(くわがん)柳腰(りうえう)の乙女と見えしは魔神(ましん)の変化(へんげ)にて、見るみる面相(めんさう)すさまじき悪鬼(あくき)と化し、あるひは老狐(らうこ)と変じ、毒蛇(どくじや)となつて、四方(しはう)に逃げ散つた。これは国照姫(くにてるひめ)以下の神軍剿滅(そうめつ)の残虐なる奸策(かんさく)であつた。
 ここにシオン山の全軍は、神助(しんじよ)により全部その危難を救はれ、以後戦場に酒と女性(じよせい)を入(い)れぬこととなつた。

                (大正一〇・一一・六 旧一〇・六 桜井重雄録)


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第六篇 神霊の祭祀 <第四〇章 山上の神示 (九〇)>
2007/06/06(Wed)
第六篇 神霊の祭祀


<第四〇章 山上の神示 (九〇)>

 ここに大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)は、稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の神命(しんめい)を奉じ、シオンの霊山(れいざん)にのぼり地鎮祭(ぢちんさい)をおこなひ、かの顕国(うつしくに)の御玉(みたま)の母岩(ぼがん)の現はれたる聖跡(せいせき)を中心として、十六社(じふろくしや)の白木(しらき)の宮(みや)を造り、鵜(う)の羽(はね)をもつて屋根を覆(おほ)ひ、金銀珠玉(きんぎんしゆぎよく)種々(しゆじゆ)の珍宝をちりばめ、荘厳優美(さうごんいうび)たとふるにものなく、旭(あさひ)に照り夕陽(ゆふひ)に輝き、その状(さま)は目も眩(まばゆ)きばかりであつた。
 一つの宮に一つの玉を神体(しんたい)として祭り、十二社(じふにしや)と称(とな)へた。他(た)の四個の宮には、鶴野姫(つるのひめ)、大森別(おほもりわけ)、生代姫命(いくよひめのみこと)および姫古曽の神(ひめこそのかみ)を鎮祭し、荘厳なる祭祀(さいし)は挙行された。
 その他(た)、楼門(ろうもん)、広間等(とう)大小三十二棟(むね)を造り、いづれも白木造りにして桧皮(ひのきがは)をもつて屋根を覆(おほ)ひ、千木(ちぎ)、堅魚木(かつをぎ)等(とう)実(じつ)に崇高(すうかう)の極(きは)みであつた。この十六の宮とともに四十八棟(よんじふはちむね)となり、あまたの重臣はこれに住みて神明(しんめい)に日夜奉仕した。
 ここに宮比彦(みやびひこ)を斎主(さいしゆ)とし、一切の神務(しんむ)を主宰せしめられた。シオン山(ざん)はもとより荘厳なる霊山(れいざん)である。しかるに今や四十八棟(よんじふはちむね)の瀟洒(せうしや)たる社殿幄舎(あくしや)は建て並べられ、荘厳の上になほ荘厳を加へた。
 このとき常世姫(とこよひめ)の部下たる美山彦(みやまひこ)、国照姫(くにてるひめ)は杵築姫(きつきひめ)を武将とし、鬼雲彦(おにくもひこ)、清熊(きよくま)ら数多(あまた)の魔軍を率ゐて鬼城山(きじやうざん)を立ちいで、東西両方面より、シオン山を占領せむと計画しつつあつた。また南方よりは別働隊として主将武熊別(たけくまわけ)は、荒熊(あらくま)、駒山彦(こまやまひこ)を率ゐ、シオン山を奪取せむとし、ここに東西南(とうざいなん)三方(さんぱう)よりこれを占領するの計画を定めた。
 このこと忽(たちま)ち天使大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)の知るところとなり、東の山麓には吾妻別(あづまわけ)を主将とし、香川彦(かがはひこ)、広足彦(ひろたるひこ)を部将として防衛の陣を張り、西の山麓には磐樟彦(いはくすひこ)を主将とし、上倉彦(かみくらひこ)、花照彦(はなてるひこ)を部将とし、あまたの神軍をもつてこれを守らしめた。南方の山麓には大足彦(おほだるひこ)を主将とし、奥山彦(おくやまひこ)、安世彦(やすよひこ)を部将とし、あまたの神軍と共にこれを守らしめ、北方(ほくぱう)の山麓には真鉄彦(まがねひこ)少しの神軍と共に万一に備へることとなつた。また山上の本営には大八洲彦命を総大将として真道彦命(まみちひこのみこと)、花森彦(はなもりひこ)、谷川彦(たにがはひこ)、谷山彦(たにやまひこ)が固く守ることとなつた。
 三方(さんぱう)より押寄せたる敵軍は、難攻不落(なんこうふらく)の霊山を攻撃せむとするは容易の業(わざ)に非(あら)ず、遠くこれを囲みて睨(にら)み合ひ、互ひに火蓋(ひぶた)を切らざること長きに渉(わた)つた。ここに南軍(なんぐん)の将(しやう)武熊別は探女(さぐめ)を放つて一挙にこれを討ち破らむとし、南軍の神将(しんしやう)大足彦の陣営を夜(よる)ひそかに足音を忍ばせ、横切る女性(によしやう)があつた。数多(あまた)の神卒(しんそつ)は怪しみ、四方(しはう)よりこの女性を囲み捕(とら)へて大足彦の陣中に送つた。女性の衣(ころも)をことごとく剥(は)ぎあらため見るに、一通の信書があつた。これは東軍(とうぐん)の敵将美山彦にあて、武熊別より送るところの密書のやうである。
 その文意は、
 『常世姫(とこよひめ)すでに竜宮城を陥(おとしい)れむとす。されど敵は克(よ)く防ぎ、克く戦ひ容易に抜くべからず。大国彦(おほくにひこ)の援軍を乞(こ)ひ、大勢(たいせい)をもり返したれば、味方の士気頓(とみ)に加はり来(きた)り、竜宮城の陥落は旦夕(たんせき)に迫る。汝らは吾(われ)らを顧慮(こりよ)するところなく、全力を尽してシオン山を攻め滅(ほろぼ)せ。時を移さず竜宮城を屠(ほふ)り、地の高天原(ちのたかあまはら)の諸神将(しよしんしやう)を討伐(たうばつ)し、その機に乗じて応援に向はむとの、常世姫の密書来(きた)れり。これを貴下(きか)に報告す』
と記してあつた。
 大足彦は南軍の指揮を安世彦に一任し、ひそかに遁(のが)れて竜宮城の警衛(けいゑい)に尽力してゐた。安世彦はこの密書を探女の手より奪ひ大いに驚き、吾妻別、真鉄彦、磐樟彦を山上の陣営に集めて密議をこらした。諸将はおほいに驚き、シオン山は難攻不落(なんこうふらく)にして、一卒(いつそつ)これに当れば万卒(ばんそつ)進むあたはざるの要害なり、軍の半(なかば)を割(さ)き速やかに一方の血路を開き、竜宮城に応援せむことを決議され、その決議の結果は大八洲彦命の前にいたされた。大八洲彦命はしばし思案に暮れゐたりしが、直ちにその決議を排し諸将にむかひ、
 『竜宮城には大足彦警衛のために帰還しをれば、深く案ずるに足らず。加ふるに真澄姫(ますみひめ)、言霊別命(ことたまわけのみこと)、神国別命(かみくにわけのみこと)ら智勇兼備の神将の固く守りあれば、いかなる邪神もこれを抜くあたはざるべし。これ必ず敵の奸策(かんさく)ならむ』
と事もなげに刎(は)ねつけられた。このとき安世彦色(いろ)をなしていふ。
 『貴神(きしん)は稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の御上(おんうへ)を憂慮したまはざるや。万一この密書にして偽りなれば重畳(ちやうでふ)なり。されど油断は大敵、当山は寡兵(くわへい)をもつて克(よ)く衆(しう)を防ぐに足る。しかるに竜宮城陥(おちい)りなば、地の高天原もまた危(あやふ)からむ。是非に応援軍を出し、もつて竜宮城の危急を救ひたまへ』
と決心の色を表はし、容易に意志を枉(ま)ぐべき形勢は見えなかつた。
 真鉄彦、磐樟彦、吾妻別も、安世彦の提案に賛成した。部下の神卒(しんそつ)はこの風評を耳にし、大部分は竜宮城の危険を信じ、一時(いちじ)も早く帰城せむことを唱ふるにいたつた。
 大八洲彦命は断乎としてその衆議を排し、決心の色を表はし、
 『しからば諸神司(しよしん)は吾(わ)が指揮を用ゐざるや。今は詮(せん)なし、たとへわれ一柱(ひとはしら)になるとも、当山は誓つて退却せじ、また一卒(いつそつ)をもわれわれは帰城応援せしむるの意志なし』
と主張した。ここに宮比彦(みやびひこ)は恭(うやうや)しく神前(しんぜん)に出(い)で神勅(しんちよく)を奏請(そうせい)したるに、たちまち神示あり、
 『探女(さぐめ)をわが前に伴ひきたれ』
とあつた。宮比彦は神示を大八洲彦命に恭しく伝へた。大八洲彦命は安世彦に命じ、神示のごとく探女を神前に曳(ひ)き来(きた)らしめ、庭石(にはいし)の上に引据(ひきす)ゑた。たちまち探女の身体(しんたい)は上下左右に震動し、かつ自ら口を切つて、
 『武熊別(たけくまわけ)の密使にして、実際は竜宮城の陥落近きにありといふは虚偽なり。貴軍(きぐん)の士気を沮喪(そさう)せしめ、かつ陣容を紊(みだ)し、その虚に乗じ一挙にシオン山を攻略せんずの攻軍の奸計(かんけい)なり』
と白状するや、たちまち大地に倒れた。
 ここに諸神将は神明(しんめい)の威力と、大八洲彦命の明察力に感嘆し、今後は命(みこと)の命令には一切背かずと誓つた。
 探女は大八洲彦命の仁慈(じんじ)によつて、神卒に守られ、武熊別の陣営近く護送せられたのである。

                 (大正一〇・一一・六 旧一〇・七 外山豊二録)


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第六篇 神霊の祭祀 <第三九章 太白星の玉 (八九)>
2007/06/05(Tue)
第六篇 神霊(しんれい)の祭祀(さいし)


<第三九章 太白星(たいはくせい)の玉(たま) (八九)>

 竜宮城の従臣(じゆうしん)鶴若(つるわか)は、黄金水(わうごんすゐ)より出(いで)たる十二の玉(たま)の中(うち)、一個の赤玉(あかだま)を命(いのち)にかへてアルタイ山(さん)に逃れ守つてゐたが、竹熊(たけくま)一派の奸策(かんさく)に陥り、つひにこれを奪取されて無念やる方(かた)なく、つひには嘆きのあまり、精霊(せいれい)凝(こ)つて丹頂の鶴(たんちやうのつる)と変じたるは、さきに述べたところである。
 丹頂の鶴は昼夜(ちうや)の区別なく、天空高く、東西南北に翔(かけ)めぐつて声も嗄(か)れむばかりに啼(な)き叫んだ。その声はつひに九皐(きうこう)に達し、天(てん)の太白星(たいはくせい)に伝はつた。太白星の精霊(せいれい)生代姫命(いくよひめのみこと)はこの声を聞き、大いに怪しみ、その啼くゆゑを尋ねられた。ここに鶴若は、
 『われは、わが身の不覚不敏(ふかくふびん)より大切なる黄金水(わうごんすゐ)の宝を敵に奪はれ、大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)に謝する辞(ことば)なく、いかにもして、この玉を探し求め、もつて竜宮城に帰参(きさん)を願ひ、再び神人(かみ)となり、この千載一遇(せんざいいちぐう)の神業(しんげふ)に参加せむと欲し、昼夜(ちうや)の区別なく地上を翔(かけ)めぐり探せども、今にその行方(ゆくへ)を知らず、悲しみにたへずして啼き叫ぶなり』
と奉答(ほうたふ)した。生代姫命は、
 『そは実(じつ)に気の毒のいたりなり。われは十二の白鳥(はくてう)を遣(つか)はし、黄金水(わうごんすゐ)の宝に優(まさ)れる貴重なる国玉(くにたま)を汝に与へむ。汝が敵に奪はれたる玉は今や死海に落ち沈めり。されどこの玉はもはや汚(けが)されて神業(しんげふ)に用ふるの資格なし。されば、われ新(あらた)に十二の玉を汝に与へむ。この玉を持ちて竜宮城に帰還し、功績をあげよ』
と言葉をはるや、忽然(こつぜん)としてその神姿(しんし)は隠れ、白気(はくき)となりて太白星中(たいはくせいちう)に帰還された。たちまち鳩のごとき白鳥(はくてう)天より降(くだ)るをみとめ雀躍抃舞(じやくやくべんぶ)した。されど鶴若は、わが身一つにして十二の白鳥(はくてう)の後(あと)を追ふはもつとも難事中の難事なり、いかがはせむと案じ煩ふをりしも、天上より声ありて、
 『汝は天空もつとも高く昇り詰め、玉の行方(ゆくへ)を仔細(しさい)に見届けよ』
といふ神の言葉が聞えてきた。
 鶴若はその声を聞くとともに天上より引(ひき)つけらるるごとき心地して、力のかぎり昇り詰めた。このとき十二の白鳥は諸方に飛散してゐたが、たちまち各地に降下するよと見る間(ま)に白き光となり、地上より天に沖(ちう)して紅霓(こうげい)のごとく輝いた。
 鶴若はその光を目あてに降(くだ)つた。見れば白鳥は一個の赤玉(あかだま)と化(くわ)してゐる。鶴若は急いでこれを腹(はら)の中(なか)に呑み込んだ。また次の白気(はくき)の輝くところに行つた。今度はそれは白玉(しらたま)と化してゐた。これまた前のごとく口より腹に呑み込んだが、かくして順次に赤(あか)、青(あを)、黒(くろ)、紫(むらさき)、黄(き)等(とう)の十二色の玉をことごとく腹に呑み込んだ。鶴若は、身も重く、やむをえず低空を飛翔して、やうやく芙蓉山(ふようざん)の中腹(ちゆうふく)に帰ることをえた。
 芙蓉山の中腹には種々(しゆじゆ)の色彩鮮麗なる雲(くも)立ちあがつた。この光景を怪しみて、清国別(きよくにわけ)は訪れて行つた。すると其処(そこ)には立派なる女神(によしん)が一柱(ひとはしら)現はれて、十二個の玉を産みつつあつた。清国別は怪しみて、
 『貴神(きしん)は何神(なにがみ)ぞ』
と尋ねた。女神(によしん)は答ふるに事実をもつてし、かつ、
 『この玉を貴下(きか)は竜宮城に送り届けたまはずや』
と頼んだ。この女神(によしん)は鶴野姫(つるのひめ)といふ。
 清国別はここに肝胆(かんたん)相(あひ)照らし、夫婦の約(やく)を結び、竜宮城に相(あひ)携へて帰還し、この玉を奉納せむとした。
 しかるに夫婦の契(ちぎり)を結びしより、ふたりはたちまち通力(つうりき)を失ひ、次第に身体(しんたい)重く、動くことさへままならぬまでに立ちいたつた。
 ふたりは神聖なる宝玉はともかく、夫婦の契によりてその身魂(みたま)を瀆(けが)し、通力を失ひたることを悔い、声をはなつて泣き叫ぶ。
 その声はアルタイ山(さん)を守る守護神(まもりがみ)大森別(おほもりわけ)の許(もと)に手にとるごとく聞えた。大森別は従臣の高山彦(たかやまひこ)に命じ、芙蓉山にいたつてその声の所在(ありか)を探らしめた。
 高山彦は命(めい)を奉(ほう)じ、ただちに芙蓉山に天羽衣(あまのはごろも)をつけて、空中はるかに翔(かけ)り着いた。見ればふたりは十二の玉を前に置き泣き叫んでゐる。高山彦は大いにあやしみ、
 『汝(なんぢ)、何故(なにゆゑ)なればかかる美(うつく)しき宝玉を持ちながら、何を悲しんで歎(なげ)きたまふや』
と問ふた。ふたりは答ふるに事実をもつてし、かつ、
 『貴神司(きしん)はこの十二の玉を竜宮城に持ちゆき、大八洲彦命に伝献(でんけん)したまはずや』
と口ごもりつつ歎願(たんぐわん)した。
 高山彦はこの物語を聞き、しばし頭(かうべ)を傾け、不審の面持(おももち)にて思案の体(てい)であつた。たちまち物をも言はず、ふたたび羽衣を着(ちやく)し、アルタイ山めがけて中空(ちうくう)はるかに翔(かけ)り去つた。
 後(あと)にふたりは絶望の念にかられ、その泣き声はますます高く天上に届くばかりであつた。ふたりのまたの名を泣沢彦(なきさはひこ)、泣沢姫(なきさはひめ)といふ。
 高山彦はアルタイ山に帰り、大森別に委細を復命した。大森別は、
 『こは看過(みのが)すべからず。汝も共にきたれ』
といふより早く天の羽衣(あまのはごろも)を着(ちやく)し、芙蓉山に向つた。さうして心よくふたりの請(こひ)を入れ、十二個の玉を受取り、ただちに竜宮城にいたり、この玉を奉献(ほうけん)した。
 大八洲彦命は大いに喜び、ただちに千載(せんざい)の神国守護(しんこくしゆご)の御玉(みたま)とせむと、シオン山(ざん)に立派なる宮殿を造営し、これを安置した。
 シオン山は竜宮城の東北に位(くらゐ)し、要害堅固(えうがいけんご)の霊山(れいざん)にして、もしこの霊山を魔軍の手に奪はれむか、地の高天原(ちのたかあまはら)も竜宮城も衛(まも)ることのできない重要な地点である。
 ここに棒振彦(ぼうふりひこ) 仮(かり)の名(な)美山彦(みやまひこ)、高虎姫(たかとらひめ) 仮の名国照姫(くにてるひめ)は、この霊地を奪ひ、かつ十二の宝玉をとり、ついで竜宮城および地の高天原を占領せむとして、主(しゆ)としてシオン山に驀進(ばくしん)した。かくていよいよシオン山の戦闘は開始さるるのである。

               (大正一〇・一一・六 旧一〇・七 谷口正治録)


             みづみづしをしへの主(きみ)の御姿(みすがた)は
                  空照り渡る月のかんばせ

             春の朝(あさ)露(つゆ)にほころぶ白梅(しらうめ)の
                  花にもまして美(うるは)しき救主(きみ)


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第五篇 神の慈愛 <第三八章 歓天喜地 (八八)>
2007/06/03(Sun)
第五篇 神の慈愛


<第三八章 歓天喜地(くわんてんきち) (八八)>

 清照彦(きよてるひこ)は、最愛の妻に死に別れ、厚くこれを葬(はうむ)るのいとまもなく、言霊別命(ことたまわけのみこと)の進退(のつぴき)ならぬ厳命に接し、ただちに高白山(かうはくざん)に向ひ、呑剣断腸(どんけんだんちやう)の思ひをなして、骨肉の父母 両親を討滅(たうめつ)するのやむなき窮境(きうきやう)にたちいたつた。されど神命(しんめい)辞(じ)するに由(よし)なく、大義(たいぎ)を重んじ、ここに血をもつて血を洗ふ悲惨なる戦闘を開始した。
 荒熊彦(あらくまひこ)、荒熊姫(あらくまひめ)は一方血路(けつろ)を開き辛うじて免(まぬが)るることを得た。この時清照彦は、ただちに追撃せばこれを滅ぼすこと実(じつ)に容易であつた。されど敵といひながら、肉身(にくしん)の情(じやう)にひかされ、わざとこれを見逃し、心の中にその影を拝みつつ、父母の前途を気遣ひ、いづれへなりとも両親の隠れて安く余生を送らむことを祈願した。親子の情としてはさもあるべきことである。
 荒熊彦は、散軍を集めて尚(なほ)も懲りずまに羅馬城(ローマじやう)に進み、決死の覚悟をもつて戦ふた。されど天運(てんうん)つたなき荒熊彦は力尽き、つひに大島彦(おほしまひこ)のために捕虜となり、夫婦ともに密(ひそか)に幽閉され、面白からぬ幾(いく)ばくかの月日(つきひ)を送つた。
 清照彦は、風の共響(むたひび)きに両親の羅馬(ローマ)に敗れ、幽閉され、苦しみつつあることを伝へ聞きて、心も心ならず、煩悶苦悩(はんもんくなう)しつつ面白からぬ月日を淋(さび)しく送つてゐた。清照彦は忠義に篤く、孝道(かうどう)深き神司(かみ)なれば、その心中の煩悶(はんもん)は一入(ひとしほ)察するに余りありといふべし。清照彦は雨の朝(あした)風の夕べに空を仰いで吐息を漏らし、われ両親の憂目(うきめ)を見ながら坐視(ざし)するに忍びず、これを救はむとすれば主命(しゆめい)に背き、大逆(たいぎやく)の罪を重ぬるにいたるべし。あゝ両親といひ妻といひ、今は或(あるひ)は幽界に、あるひは敵城に囚はれ、子(こ)たるもの如何(いか)に心を鬼畜(きちく)に持(ぢ)すとも忍び難し、‘いつそ’自刃(じじん)を遂げ、もつて忠孝の大義(たいぎ)を全うせむ、と決心せる折しも、また飛報(ひはう)あり、
 『荒熊彦夫妻は、羅馬(ローマ)において大島彦のために殺されたり』
と、これを聞きたる清照彦は矢も楯(たて)もたまらず、吾(われ)は山海(さんかい)の洪恩(こうおん)ある恋しき両親に別れ妻に別れ、生きて何の楽しみもなし、自刃(じじん)するはこの時なりと、天に向つて吾身(わがみ)の不遇を歎(なげ)き号泣し、短刀を逆手(さかて)に持ち双肌(もろはだ)脱いで覚悟をきはむるをりしも、天空より光(ひかり)強き宝玉眼前に落下するよと見えしが、たちまちその光玉(くわうぎよく)破裂して、中より麗しく優しき女神(めがみ)現はれたまひ、
 『吾(われ)は天極紫微宮(てんきよくしびきう)より来(きた)れる天使なり。天津神(あまつかみ)は汝(なんぢ)が忠孝両全の至誠(しせい)を憐れみたまひ、ここに汝を救ふべく吾(われ)を降(くだ)したまへり。汝しばらく隠忍(いんにん)して時を待て、汝がもつとも敬愛する両親および妻に再会せしめむ。夢疑ふなかれ』
との言葉を残して、再び鮮光(せんくわう)まばゆき玉(たま)と化(な)り天上にその影を隠した。後(あと)に清照彦は夢に夢見る心地して、合点のゆかぬ今の天女(てんによ)の言葉、われは憂苦(いうく)のあまり遂に狂(きやう)せるには非(あら)ざるか。あるひは父母、妻を思ふのあまり、一念凝(こ)つて幻影を認(みと)めしに非ずやと、みづから疑ふのであつた。されどどこやら心の底に、一道(いちだう)の光明(くわうみやう)が輝くのを認めた。何はともあれ、吾(われ)ここに自刃せば、たれか両親および妻の霊(れい)を慰むるものあらむ、と心を取り直し、時節を覚束(おぼつか)なくも待つことに決心した。
 待つこと幾星霜(いくせいさう)、山は緑に包まれ、諸々(もろもろ)の鳥は春を謳(うた)ひ、麗しき花は芳香を放ち、所(ところ)狭きまで咲き満ち、神司(かみがみ)はその光景を見て喜び勇み、あたかも天国の春に遇(あ)へるがごとく舞ひ狂ふてゐた。されど清照彦の心の空はますます曇り、花は咲けども、鳥は歌へども、諸神司(しよしん)は勇み遊べども、自分に取つては見るもの聞くもの、すべてが吾(われ)を呪ふもののごとく、悲哀の涙はかはく術(すべ)なく、日(ひ)に夜(よ)に憂愁(いうしう)の念は増すばかりであつた。
 清照彦は天の一方を眺め、長大嘆息(ちやうだいたんそく)を漏らす折しも、天空高く数十の鳥船(とりふね)は翼(つばさ)を連ね高白山(かうはくざん)めがけて降(くだ)り来(きた)るあり、いづれの鳥船にもみな十曜(とえう)の神旗(しんき)が立てられてあつた。清照彦は、かかる歎(なげ)きの際、又もや竜宮城よりいかなる厳命の下(くだ)りしならむかと、心を千々(ちぢ)に砕きつつ重き頭(かしら)を痛めた。
 鳥船はたちまち清照彦の面前(めんぜん)近く下(くだ)り来(きた)りて、内より言霊別命(ことたまわけのみこと)、元照彦(もとてるひこ)、梅若彦(うめわかひこ)は英気に満ちたる顔色(がんしよく)にて現はれ来(きた)り、言霊別命は第一に進んで清照彦にむかひ慇懃(いんぎん)に礼を述べ、かつ容(かたち)を改め正座(しやうざ)に直り、
 『われ今、稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の神使(しんし)として、当城に来(きた)りし理由は、汝(なんぢ)に賞賜(しやうし)のためなり』
と云(い)ひをはつて、数多(あまた)の従臣に命じ善美を尽した御輿(みこし)を鳥船(とりふね)よりかつぎおろさしめ、清照彦の前に据ゑ、
 『汝は忠孝を全(まつた)うし、かつ至誠(しせい)をよく天地(てんち)に貫徹したり。国治立の大神(くにはるたちのおほかみ)は深くこれを嘉(よみ)して汝に珍宝を授与し賜ひたり。謹んで拝受されよ』
と莞爾(くわんじ)として控へてをられた。清照彦は不審の念ますます晴れず、とも角(かく)もその好意を感謝した。前方の輿(こし)よりは顔色(がんしよく)美(うるは)しく勇気凛々(りんりん)たる男神(をとこがみ)が現はれた。つらつら見れば思ひがけなきわが父荒熊彦(あらくまひこ)であつた。第二の輿(こし)を開(ひら)いて母の荒熊姫(あらくまひめ)が現はれた。第三の輿よりは自殺せしと思ひし最愛の妻 末世姫(すゑよひめ)が現はれ、ただちに清照彦の手を取つてうれし泣きに泣く。清照彦は夢に夢見る心地して何と言葉も泣くばかり、ここに四人一度に声を放つて嬉し涙に時を移した。親子夫婦の目出たき対面に、高白山(かうはくざん)の木も草も空の景色も、一入(ひとしほ)光(ひかり)を添へるやうであつた。
 ここに言霊別命は懐中(くわいちう)より一書を取出(とりだ)し、声も涼しく神文(しんもん)を読み聞かした。その意味は、
 『長高山(ちやうかうざん)は汝(なんぢ)荒熊彦、荒熊姫これを主宰せよ。また高白山は清照彦永遠にこれを主宰せよ』
との神勅(しんちよく)である。


【‘附記’】末世姫は長高山の城中において自刃せむとしたるとき、たちまちその貞節(ていせつ)に感じ、天使来(きた)りて身代りとなり、末世姫は無事に言霊別命の傍(そば)近く仕へてゐた。

                   (大正一〇・一一・六 旧一〇・七 加藤明子録)


            身体(からたま)はよし死(まか)るとも霊魂(たましひ)は
                 幾千代(いくちよ)までも生きて栄ゆる


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第五篇 神の慈愛 <第三七章 長高山の悲劇 (八七)>
2007/06/01(Fri)
第五篇 神の慈愛


<第三七章 長高山の悲劇 (八七)>

 長高山(ちやうかうざん)の城塞には清照彦(きよてるひこ)、末世姫(すゑよひめ)、元照彦(もとてるひこ)とともに、高白山(かうはくざん)に遣(つか)はしたる使者の帰還を待つてゐた。そこへ第一、第二の使者は天空をかすめて一度に帰つてきた。
 様子いかにと待ちかまへたる清照彦は、ただちに使者を居間に通した。使者は荒熊彦(あらくまひこ)夫妻の反逆心ますます強く、かつ常世姫(とこよひめ)の圧迫はげしく、駒山彦(こまやまひこ)は容易に従はず、やむを得ず、言霊別命(ことたまわけのみこと)に反抗を継続するの決心確かなりと報告した。
 清照彦はしばし黙然(もくねん)として頭(かうべ)を垂(た)れ、吐息をつき思案にくれた態(さま)であつた。末世姫の顔には憂ひの雲が漂ふた。
 やがて清照彦は翻然(ほんぜん)としてたち上(あが)り、部下の神将を集めて、
 『吾(われ)らの強敵は高白山(かうはくざん)にあり。早く出陣の用意に取りかかれ』
と命令を発した。数多(あまた)の部将は時を移さず群臣(ぐんしん)を集め、部署を定め、命令一下(いつか)せばたちまち出発せむと、数万の鳥船(とりふね)を用意した。清照彦は一室(ひとま)に入(い)つて独語(どくご)した。
 『あゝ天(てん)なる哉(かな)。吾(わが)父母を救ひたる恩神(おんしん)にたいし、背(そむ)かばこれ天の道(みち)に非(あら)ず。さりとて又、山海(さんかい)の鴻恩(こうおん)ある父母を討たむか、これまた天の理(り)に反(そむ)くものなり。されど大義(たいぎ)は炳然(へいぜん)として日月(じつげつ)の如(ごと)し。あゝ、鴻恩(こうおん)ある父よ、母よ、吾(わが)不孝の罪を赦(ゆる)したまへ』
かく言ひて涙に暮るるをりしも、最前(さいぜん)より様子を窺(うかが)ひたる末世姫は、あわただしく入(い)り来(きた)つて、清照彦の袖をひかへ、
 『夫神(をつとがみ)、かくまで決心したまひし以上は、妾(わらは)はいかにとどめ奉(たてまつ)らむとするも、とどまりたまはざるべし。されど、父の恩は山より高く、母の恩は海よりも深しと聞く。いかに大義(たいぎ)を重んずればとて、現在骨肉の父母を殺したまふは、いかに時世時節(ときよじせつ)とは申しながら悲惨のきはみなり。冀(こひねが)はくはわが夫よ、今日(こんにち)の場合は厳正なる中立(ちうりつ)を守り、もつて忠孝両全の策を建てさせ給へ』
かく言つて末世姫は掻(か)き口説(くど)くのである。このとき清照彦、慨然(がいぜん)として立ち上(あが)り、
 『一旦、男子(だんし)の身(み)として決心の臍(ほぞ)を固めたる以上は、善悪正邪は兎も角(ともかく)、初志を貫徹せざれば止(や)まず。女子(によし)の喧(やかま)しく邪魔ひろぐな』
と云(い)ひも終らず、袖ふり払ひ、今や出陣の用意にかからむとした。末世姫はただちに一室(いつしつ)に入(い)り、懐剣(くわいけん)を逆手(さかて)にもち、咽喉(のど)を掻き切つてその場にうち倒れた。清照彦は怪しき物音にうち驚き、一室(いつしつ)に走り入り見れば、こはそも如何(いか)に、末世姫は朱(あけ)に染(そま)り、悶え苦しみつつあつた。
 清照彦はこの有様を見て何思ひけむ、たちまち大刀(だいたう)を抜き放ち、双肌(もろはだ)を脱ぎ、しばらくこれを打ち眺めてありしが、たちまち決心の色(いろ)をあらはすとともに、刀を逆手(さかて)に持ち、左腹部(さふくぶ)よりこれを突き切らむとする一刹那(いちせつな)、元照彦は差し足抜き足しのび寄り、その大刀(だいたう)をもぎとり声をはげまして、その不覚を戒しめた。
 時しも天空(てんくう)とどろきわたり、天の磐船(あまのいはふね)に乗りて降(くだ)りきたる神司(かみ)があつた。これは竜宮城より派遣されたる梅若彦(うめわかひこ)である。ただちに案内もなくツカツカと奥殿(おくでん)に入(い)りきたり、清照彦に大神(おほかみ)の命(めい)を伝へむとした。
 清照彦は使者の来臨(らいりん)に驚き、ただちに容(かたち)をあらため、襟(えり)を正(ただ)し、梅若彦を正座(しやうざ)に直し、自らは遠く引下(ひきさが)つてその旨(むね)を承(うけたまは)らむことを申し上げた。
 梅若彦は懐中(ふところ)より恭(うやうや)しく一書を取出(とりいだ)し、これを頭上に捧げ披(ひら)いてその文面を読み伝へた。その文意は、
 『荒熊彦、荒熊姫(あらくまひめ)、駒山彦(こまやまひこ)ら、常世姫に内通し、高白山を根拠とし、つひに竜宮城を占領せむとす。汝(なんぢ)は元照彦に長高山(ちやうかうざん)を守らしめ、みづから神軍を率ゐて高白山を攻め、彼ら魔軍(まぐん)を剿滅(さうめつ)せよ』
との厳命である。しかし言霊別命は大慈大仁(だいじだいじん)の神なれば、決して内心清照彦をして父母の両神(りやうしん)を討たしめむの心(こころ)なし、ただ清照彦をして父母両神を悔い改めしめ、最愛の児(こ)の手より救はしめむとの神慮であつた。清照彦は深き神慮を知らず大義名分(たいぎめいぶん)を重んじ、つひに父母両神を涙を振(ふる)つて攻撃した。すなはち清照彦の心中(しんちう)は熱鉄(ねつてつ)をのむよりも苦しかつた。されど大命(たいめい)は黙しがたく謹んで拝命の旨を答へた。
 梅若彦は吾(わ)が使命の遂げられるを喜び
 『時あつて親子兄弟となり主従となり、互ひに相(あひ)争ふも天(てん)の命(めい)ならむ。御心中察し入(い)る』
と温かき一言(いちごん)を残して再び磐船(いはふね)に乗り、蒼空(あをぞら)高く竜宮城さして帰還した。
 ここに、高白山の城塞には、高虎彦(たかとらひこ)の部下に大虎別(おほとらわけ)といふ忠勇にして誠実なる神があつた。この神は常に荒熊彦の悪事を嘆き、いかにもして悔改(くいあらた)めしめむと、陰(いん)に陽(やう)に全力をつくして注意したのである。今しも荒熊彦夫妻のあくまで神軍に対抗せむとする状(さま)を聞き、その場にあらはれ種々(しゆじゆ)の道理を説き、涙を流して諫言(かんげん)した。されど、荒熊彦は容易に肯(き)かむとする気色(けしき)がなかつた。
大虎別は、
 『吾(われ)かくの如く主(あるじ)の耳に逆らひ奉(まつ)るは、主および天下の大事を思へばなり。かくなる上は到底吾(わ)が力の及ぶべくもあらず。さらば』
といふより早く懐剣(くわいけん)をとり出し、手早く双肌(もろはだ)を脱ぎ、腹(はら)を掻(か)ききり、咽喉(のど)を突刺(つきさ)し、その場に縡切(ことき)れた。
 荒熊彦は冷笑の眼(め)をもつてこれを眺めてゐた。たちまち西北の天より数万の神軍、天の鳥船(あまのとりふね)にうち乗り、高白山の上空高く押寄せきたり、空中より火弾(くわだん)を投下した。ために駒山彦は戦死し、荒熊彦夫妻は天の磐船(あまのいはふね)に乗り、ローマを指して一目散に遁走(とんそう)した。この神軍はいふまでもなく清照彦の率ゐるものであつた。
 陥落したる高白山は清照彦代(かは)つてこれを守り、アラスカ全土はきはめて平和に治まつた。さうして長高山は元照彦これを守り、その地方一帯はこれまた平安によく治まつてゐた。後(のち)に清照彦はシオン山(ざん)の戦闘に加はらず、ここに割拠(かつきよ)し、言霊別命の了解をえて堅く守つた。

                 (大正一〇・一一・四 旧一〇・五 谷口正治録)


                咲く花の散り行く見ればいとど猶(なほ)
                     身の果敢(はか)なきを忍ばるゝかな


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