|
第五篇 神の慈愛 <第三六章 高白山上の悲劇 (八六)>
|
|
2007/05/30(Wed)
|
|
第五篇 神の慈愛
<第三六章 高白山上(かうはくざんじやう)の悲劇 (八六)> 元照彦(もとてるひこ)は高白山(かうはくざん)に敗れ、部下の神軍を狩り集め、長駆(ちやうく)してローマに遁(のが)れ、ここにしばらく駐屯(ちうとん)し、モスコーをへて清照彦(きよてるひこ)の立てこもれる長高山(ちやうかうざん)に到着し、清照彦、末世姫(すゐよひめ)に会(くわい)し、荒熊彦(あらくまひこ)以下の反逆無道(はんぎやくぶだう)の詳細を物語つた。荒熊彦、荒熊姫は前述のごとく、清照彦の父母に当る神である。 ここに清照彦は父母の惨虐無道(ざんぎやくぶだう)なる行為を諫(いさ)め、善心に立返(たちかへ)らしめむとして侍臣(じしん)に命じ、天の鳥船(あまのとりふね)を遣(つか)はして、高白山の城塞に信書を送つたのである。その信書の意味は、 『父母の二神(にしん)は再生の大恩(だいおん)ある言霊別命(ことたまわけのみこと)に背き、かつ天地(てんち)の法則に違(たが)ひ大義名分(たいぎめいぶん)を忘れたる其(そ)の非理非行を諫め、かつわれわれは慈愛深き言霊別命の妹末世姫を娶(めと)りて今や長高山にあり。すみやかに悔(くい)あらためて常世姫(とこよひめ)をすて、恩神(おんしん)に従来の無礼を謝し、ただちに忠誠の意を表(へう)すべし。もし言霊別命にしてこれを許したまはざる時は、両神(りやうしん)は、すみやかに自決されむことを乞ふ』 といふ意味の信書であつた。 荒熊彦夫妻はこの信書を見て、清照彦の安全なるを喜び、またその信書の文意にたいして大いに驚きかつ悲しんだ。されど二柱(ふたはしら)はいかに最愛の児(こ)の言(げん)なりとて、直ちにこれを容(い)れ、言霊別命に帰順せむとせば、強力なる常世姫に討伐(たうばつ)されむ。また常世姫に随(したが)はば、最愛の児に捨てられむ、とやせむ角(かく)やせむと二柱は煩悶(はんもん)し、その結果つひに荒熊彦は病(やまひ)を発し、身体(しんたい)の自由を失ふにいたつた。荒熊姫は日夜に弱りゆく夫の容態を眺めて心も心ならず、かつ清照彦の忠告を思ひ浮べて、矢も楯もたまらず、胸に熱鉄(ねつてつ)を飲むごとく思ひわづらつた。この様子を怪しみ窺(うかが)ひゐたる駒山彦(こまやまひこ)は、荒熊姫の居間を訪(と)ひ、 『前(さき)ごろより貴下(きか)夫婦の様子をうかがふに、合点(がてん)のゆかざることのみ多し。貴下らにして吾子(わがこ)の愛に溺れ、常世姫に背きたまふにおいては、われは時を移さず委細を常世城に注進し、反逆の罪を問ひ、もつて貴下を討ち奉(たてまつ)るべし』 と顔色(がんしよく)をかへて詰めかけた。このとき天空高く、天の鳥船(あまのとりふね)に乗りてきたる美(うつく)しき神司(かみ)あり。こは長高山より翔(か)けきたれる第二の使者であつた。荒熊姫は駒山彦を賺(すか)して自ら応接の間(ま)に出(い)で、第二の使者より信書を受取り披見した。 その文面によれば、 『われ先に使(つかひ)をつかはして、父母二神(ふぼにしん)の改心帰順を勧め奉(たてまつ)りたり。されど使者は久しきに亘(わた)るも帰りきたらず。惟(おも)ふにわが言(げん)を用ゐたまはざるものとみえたり。われは骨肉の情(じやう)忍び難しといへども、大義名分上、やむを得ず貴下を天にかはつて討滅(たうめつ)せざるべからざるの悲境(ひきやう)に陥れり。あゝ、忠(ちう)ならむとすれば孝(かう)ならず。孝ならむとすれば忠ならず。わが万斛(ばんこく)の涙は何(いづ)れに向つて吐却(ときやく)せむ。されど大義(たいぎ)には勝つべからず。骨肉の情(じやう)をすて、天に代つて、すみやかに神軍を率(ひき)ゐ、海山(うみやま)の恩ある父母両神を滅ぼさむとす。不孝(ふかう)の罪(つみ)赦したまへ』 との信書であつた。 荒熊姫は第二の信書を見て、ただちに一室に入(い)り短刀を抜いて自刃(じじん)せむとする時しも、蒼惶(あわただ)しく戸を押し開(あ)け、「暫く、しばらく」と呼ばはりつつ駒山彦が現はれ、その短刀をもぎ取り言葉をはげまして曰(いは)く、 『主将は病(やまひ)の床に臥(ふ)し、高白山はその主宰者を失はむとす。加ふるに貴下は短慮を発(おこ)し、今ここに自刃して果てなば、当城はいづれの神司(かみ)かこれを守るべき。逃げ去りたる元照彦は、何時(なんどき)神軍を整へ攻め来(きた)るや図り難し。われはかかる思慮浅き貴下とは思ひ設けざりき。さきに怒(いか)りて貴下を滅ぼさむと云(い)ひしは、われの真意に非ず。貴下の決心を強めむがためなり。かかる大事(だいじ)の場合、親子の情(じやう)にひかれて敵に降(くだ)り、あるひは卑怯にも自刃してその苦を免(まぬが)れむとしたまふは、実(じつ)に卑怯未練の御振舞(おんふるまひ)なり。善に強ければ悪にも強きが将たるものの採(と)る途(みち)ならずや』 と涙とともに諫(いさ)める。病の床に臥したる荒熊彦は俄然(がぜん)起きあがり、 『最前(さいぜん)より始終の様子ことごとく聞きたり。今や詮(せん)なし、大義をかて、親子の情を破り、もつて常世姫に忠誠を捧げむ。荒熊姫の覚悟やいかん』 と言葉鋭く迫つたのである。荒熊姫は大声をあげて涕泣(ていきふ)し、狂気のごとく吾(わが)胸を掻(かき)むしり、 『われを殺せよ、わが苦痛を救(たす)けよ』 と藻掻(もが)くのである。ここに第一、第二の使者は、この様子を見て元のごとく、天の鳥船(あまのとりふね)に乗り西北の空高く長高山に帰つた。 (大正一〇・一一・四 旧一〇・五 外山豊二録) 万有(ばんゆう)に通ずる真(まこと)の神力(しんりき)は 自信の光に如(し)くものは無し 現し世(うつしよ)の濁りに濁り乱るゝは みな黄金(わうごん)の禍(わざは)ひなりけり |
|
第五篇 神の慈愛 <第三五章 南高山の神宝 (八五)>
|
|
2007/05/29(Tue)
|
|
第五篇 神の慈愛
<第三五章 南高山(なんかうざん)の神宝(しんぽう) (八五)> 竜宮城の表大門口(おもておほもんぐち)は花森彦(はなもりひこ)、道貴彦(みちたかひこ)二神司(にしん)が控へてゐた。この時、天下の形勢を憂へ、四方八方より神業(しんげふ)に参加せむとして集まる神司(かみがみ)は日増(ひまし)に殖(ふ)えてきた。折しも東の空より怪しき光を放つて入(い)り来(きた)る神司(かみ)があつた。この神司(かみ)を若豊彦(わかとよひこ)といふ。若豊彦は常世の国(とこよのくに)にありて、数多(あまた)の神司(かみがみ)と共に神界を救ふべく種々(しゆじゆ)の画策をなし、一時(いちじ)は一方の主将となり声望(せいばう)を遠近(ゑんきん)に轟(とどろ)かした神司(かみ)である。然(しか)るに時節(とき)非(ひ)にして大自在天(だいじざいてん)の忌諱(きゐ)にふれ、たちまち猛烈なる攻撃にあひ、カシハ城(じやう)をすて味方は四方(しはう)に散乱し、自分はわづかに身をもつて免(まぬが)れた。この神司(かみ)はいかにもして初志を達せむとし、散り失せたる味方の神将を集めむとしたが、カシハ城の陥落のために、目的を達することができなかつた。ここにおいて、地の高天原(ちのたかあまはら)に稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)あらはれ神政成就(しんせいじやうじゆ)の経綸を起(おこ)したまふと聞き、自分もその幕下(ばくか)に参加せむとし、はるばる尋ねてきたのである。道貴彦、花森彦は一見(いつけん)してその真偽を疑ひ、これを言霊別命(ことたまわけのみこと)に進言した。言霊別命はただちに神国別命(かみくにわけのみこと)に命じて、その正邪を審判せしめた。八咫(やあた)の大広間に連れゆき、ここに厳粛なる審神(さには)がはじまつた。若豊彦の肉体には数多(あまた)の邪神がひそかに憑依(ひようい)してゐた。大神(おほかみ)の神殿に端坐(たんざ)し、神国別命の審神を受くるや、たちまち憑霊(ひようれい)現はれて前後左右に飛びまはり、野天狗(のてんぐ)、野狐(のぎつね)、悪蛇(あくじや)、狸(たぬき)の類(るゐ)さかんに飛びだし、その数(かず)は幾十百とも数ふるに遑(いとま)なきほどであつた。これらの数多(あまた)の邪霊は美山彦(みやまひこ)の部下の魔神(ましん)であつて、若豊彦の体(たい)に憑依し竜宮城に深く忍び入(い)らむとした。ここに厳粛なる審神(さには)によつて邪霊は全部その正体を露(あら)はし、四方八方に逃げ散つた。 邪霊の退きさつた若豊彦は、はじめて本心にたちかへり、正しき神司(かみ)となつて竜宮城に奉仕することとなつた。そこで言霊別命は花森彦を神務(しんむ)につかしめ、若豊彦には、その後(あと)を襲はしめた。それより表大門(おもておほもん)は道貴彦、若豊彦の二神(にしん)が厳守することとなつた。若豊彦は漸次(ぜんじ)すすんで、言霊別命の帷幄(ゐあく)に参ずるやうになつた。 若豊彦は命(みこと)の内命(ないめい)をうけ天の高天原(てんのたかあまはら)にいたり、天上(てんじやう)において最も有力なる女神(めがみ)の高照姫命(たかてるひめのみこと)を百方力(ちから)をつくして説きつけ、竜宮城に下(くだ)つてきた。ここに高照姫命は城内の諸神司(しよしん)に迎へられ、鄭重(ていちやう)なる饗応(きやうおう)を受け、ついで稚桜姫命に謁(えつ)し、天上における混乱の状態を詳細に宣(の)り伝(つた)へ、かつ天上を修理固成(しうりこせい)し、真(しん)の天国たらしめむとせば、まづ地上の修祓(しうばつ)を第一着とするの必要なることを詳細に宣示(せんじ)された。 稚桜姫命はその真意を諒(りやう)し、ここに天地(てんち)相応(あひおう)じて、神業(しんげふ)に参加せむことを互ひに相(あひ)約された。この時、天の八衢(あめのやちまた)より高照姫命の様子をうかがひ、ひそかに跟(つ)けきたりし大魔我彦(おほまがひこ)はその場に現はれて、 『吾(われ)は両神(りやうしん)の秘密の計画を残らず聞きたり。さればこれよりこの一伍一什(いちぶしじふ)を八王大神(やつわうだいじん)に報告し、もつて根底より破壊せしめむ。後悔するな』 と言ひをはるとともに、姿を消し黒雲(こくうん)となつて逸早(いちはや)く東方(とうはう)の天(てん)に向つて去つた。両神司(りやうしん)は魔神(ましん)の神策の暴露せむことを恐れ、奥殿(おくでん)に入(い)つて深く戸を閉(と)ぢ、真澄姫(ますみひめ)を加へて種々(しゆじゆ)の協議ををへ、その結果、言霊別命を招き神界の秘策を授けられた。 言霊別命は高照姫命を先頭に神国別命、花照姫(はなてるひめ)、火水姫(かみひめ)、梅若彦(うめわかひこ)、広照彦(ひろてるひこ)、秋足彦(あきたるひこ)、村幸彦(むらさちひこ)、若豊彦以下五神将(ごしんしやう)をともなひ、長駆(ちやうく)して南高山(なんかうざん)に微行(びかう)することとなつた。このとき天の八衢(あめのやちまた)に待ち伏せたる大魔我彦一派は、一行の乗れる天の磐船(あめのいはふね)を覆(くつが)へさむとし、数多(あまた)の部下を引き連れ、醜の磐船(しこのいはふね)をあまた狩り集め、中空(ちうくう)にありて盛んに攻撃をはじめた。 高照姫命の一行は、ただちに方向を変じて北方(ほくはう)に引きかへし、東方(とうはう)の天(てん)にめぐり、つひに東北さして大空(おほぞら)高く、やうやくにして南高山に到着した。 南高山は天上より下(くだ)りたる種々(しゆじゆ)の神宝の秘蔵されし霊山である。五六七(みろく)神政成就のために使用すべき種々(しゆじゆ)の神物(しんもつ)が充満してゐる。高照姫命は一々その神宝を点検し、一切を言霊別命に授け、若豊彦を従へて一旦天上に帰られた。言霊別命一行は一切の秘密を固く守り、目出たく竜宮城へ帰還した。この南高山の神物は、他(た)の神司(かみがみ)には少しも点検を許さず、言霊別命ただ一柱(ひとはしら)がこれを旧(もと)のごとく秘めおかれた。 (大正一〇・一一・四 旧一〇・五 桜井重雄録) |
|
第五篇 神の慈愛 <第三四章 義神の参加 (八四)>
|
|
2007/05/27(Sun)
|
|
第五篇 神の慈愛
<第三四章 義神(ぎしん)の参加 (八四)> ここに常世姫(とこよひめ)は竜宮城(りゆぐうじやう)に入(い)りて種々(しゆじゆ)の策をめぐらし、巧言令辞(こうげんれいじ)をもつて諸神司(しよしん)を薬籠中(やくろうちう)のものにせむとした。されど城内の諸神(しよしん)の大半は依然として言霊別命(ことたまわけのみこと)、神国別命(かみくにわけのみこと)に心服してゐたのである。されど執拗(しつえう)なる常世姫の魔の手は、油(あぶら)のにじむがごとく暗々裡(あんあんり)に拡がつてゆく形勢となつた。 ここに言霊別命は神国別命と謀(はか)り、花森彦(はなもりひこ)をして神務(しんむ)を総轄せしめ、二神司(にしん)は各自に天下の義神を募るべく東西に袂を分(わか)つた。 茲(ここ)にペテロの都に声望(せいばう)高き道貴彦(みちたかひこ)といふ義勇の神司(かみ)があつた。言霊別命は村幸彦(むらさちひこ)を遣(つか)はして味方に参加せしめむとし、大神(おほかみ)の御経綸(ごけいいりん)を詳細に説明せしめた。道貴彦は謹んでその神慮(しんりよ)を奉(ほう)じ、ペテロの館を捨て妻(つま)葭子姫(よしこひめ)とともに、村幸彦を介してつひに竜宮城に出仕(しゆつし)することとなつた。 これより先(さ)き言霊別命はペテロの道貴彦の館にいたり、神界の経綸を逐一(ちくいち)説明し、道貴彦はすでに決心を定め、今や竜宮城にむかつて出発せむとするとき、その弟なる高国別(たかくにわけ)きたりて之(これ)を妨げ出発を妨害せむとした。高国別は大酒(おほざけ)を煽(あふ)りきたりて道貴彦の愚蒙(ぐもう)を罵り、かつ葭子姫(よしこひめ)をとらへて、 『汝(なんぢ)は何ゆゑに夫の館を捨て怪しき竜宮の神人(かみ)に誑惑(けうわく)され、つひには噬臍(ぜいせい)の悔(くい)を残さむことを知りながらこれを諫止(かんし)せざるや』 と声も荒く睨(ね)めつけた。葭子姫は言葉をつくして、 『神界の一大事は刻々に迫りつつあり、わたくしはこの大事を看過(かんくわ)するに忍びず、むしろ妾(わらは)より進んで夫に勧め、もつて神業(しんげふ)に参加せむとしたるなり。貴下(きか)も一身(いつしん)の利慾(りよく)を捨て一切の宝を擲(なげう)ち、吾(われ)らとともに神界のために尽されよ』 と事(こと)をわけ裡(り)をつくして説き諭した。高国別はますます怒(いか)り、 『女神(によしん)と小神(せうしん)とは養ひがたしとは汝(なんぢ)がことなり。女性(をんな)の世迷言(よまひごと)、耳をかすに足らず』 といふより早く盃(さかづき)を取つて葭子姫めがけて打ちつけた。その時、仲国別(なかくにわけ)走りきたりて高国別をとつて押へた。この神司(かみ)は勇力無比(ゆうりよくむひ)の巨神司(きよしん)であつた。 高国別はこの巨神司(きよしん)に取押(とりおさ)へられ、無念の歯を喰(く)ひしばりながらも、口をきはめて言霊別命、道貴彦らを悪罵(あくば)し、かつ、 『吾(われ)はたとひ汝(なんぢ)に生命(せいめい)を奪はるるとも、吾(わが)精魂(せいこん)は再生して汝らの計画を破壊すべし』 と声を励まして叫んだ。このとき村幸彦(むらさちひこ)は顔色(がんしよく)を和らげ、言葉も穏やかに仲国別にむかひ、 『まづ高国別を許し、吾(わが)言(げん)を心(こころ)静めて聞かれよ』 といつた。 仲国別はこの言葉を機(しほ)に、高国別を捻伏(ねぢふ)せたる手を放ち、しづかに座についた。高国別は直ちに起きあがり、仲国別にむかつて、血相をかへて死物狂ひの体(てい)で飛びついた。村幸彦は襟髪(えりがみ)とつて引きもどし、静かに端坐(たんざ)せしめ、怒りに狂ふ高国別をなだめて大義名分(たいぎめいぶん)を説き、かつ、 『貴下(きか)の、祖先の館を大切に保護せむとせらるるその誠意は大いに愛するにあまりあり、されど神界は危急存亡(ききふそんばう)の場合に瀕せり。一身(いつしん)をすて総ての執着を葬つて義(ぎ)に殉(じゅゆん)ずるは、大丈夫の本懐たらずや。吾(われ)も今まで住の江(すみのえ)の館に、心安く親子楽(たのし)き日を送りたるものなるが、今回の神界の大望(たいまう)にたいし、すべてを捨てて神業(しんげふ)に参加せしものなり。貴下(きか)もいま一つ心を取り直し、想(おも)ひをかへ、冷静に天下の大勢(たいせい)を顧みられなば、道貴彦の今回の決心は氷解せむ』 と諄々(じゆんじゆん)として説き諭したのである。ここに高国別ははじめて悟り、 『貴下の言葉実(げ)にもつともなり。吾(われ)はしばしこの館にありて固く守るべし。なにとぞ道貴彦以下の神将、くれぐれも頼みたてまつる』 と顔色(がんしよく)をやわらげ心底より感謝した。一場(いちぢやう)の波瀾は平和に納まり、ここに盛大なる祝宴を開き、道貴彦は言霊別命の諸神司(しよしん)に従ひて、竜宮城にむかつて参向(さんかう)した。 言霊別命は有力なる神将をえて大いに喜び、ここに道貴彦、花森彦(はなもりひこ)をして、新(あらた)に竜宮城の大門(おほもん)の部将として、入(い)り来(きた)るあまたの神々の正邪善悪を審判せしむる重要な職務を命じた。一方、常世姫は魔我彦(まがひこ)、魔我姫をして城内の様子を隈(くま)なく探らしめ、かつ言霊別命以下の神司(かみがみ)の動静を監視せしめおき、みづからは一先(ひとま)づ常世城に帰つた。 (大正一〇・一一・四 旧一〇・五 加藤明子録) 躊躇(ためらひ)の心(こころ)打捨(うちす)て勇ましく 思ひし善事(よごと)遂ぐる義(ただ)しさ 国人(くにひと)を幸(さちは)ふために身を忘れ 難(なや)みに殉(とな)ふ心義(ただ)しさ 聖霊よ我(わが)言霊(ことたま)を諾(うべな)ひて 神の柱と使はせ玉(たま)へ |
|
第五篇 神の慈愛 <第三三章 焼野の雉子 (八三)>
|
|
2007/05/25(Fri)
|
|
第五篇 神の慈愛
<第三三章 焼野(やけの)の雉子(きぎす) (八三)> 高白山(かうはくざん)の陣営は、元照彦(もとてるひこ)代(かは)つてアラスカ全土を治めてゐた。 ここに常世姫(とこよひめ)の部将猿世彦(さるよひこ)は、スペリオル湖において一(いつ)たん救(たす)けられたが、たちまち変心して常世姫の命(めい)をふくみ、駒山彦(こまやまひこ)の高白山下(かうはくさんか)の隠れ家にいたり、ふたたび高白山占領の計画を執拗にも企ててゐた。 まづ第一に荒熊姫(あらくまひめ)を説きおとす必要を感じ、種々(しゆじゆ)の手段をもつて荒熊姫に密会した。荒熊姫は元照彦にその子清照彦(きよてるひこ)の亡ぼされしことを、常に恨んでゐた。彼にとつて、仇敵(きうてき)を主将と仰ぎつかふるは、実(じつ)に無限の苦痛であった。ある時はその寝室にしのび入(い)り、一刺(ひとさし)にこれを刺殺(さしころ)し、吾児(わがこ)の仇(あだ)を報いむと考へたこともしばしばであつた。 かかる考へを抱(いだ)いてゐる荒熊姫にひそかに面会をもとめた。猿世彦、駒山彦は、荒熊姫にとっては実に強大なる味方を得たごとく感ぜられた。 猿世彦、駒山彦は荒熊姫にむかひ、 『貴下(きか)は子の愛を知れりや』 と問ふた。荒熊姫は涙を腮辺(しへん)に垂らしつつ、 『焼野(やけの)の雉子(きぎす)夜(よる)の鶴、子を憐(あはれ)まざるはなし。ましてや天にも地にも杖柱(つゑはしら)とたのむ最愛の子を討たれ、老(おい)の身の味気(あじけ)なき世を送る吾(われ)らの境遇、推量されよ』 とその場によよと泣きたふれた。 ふたりは策のあたれるを喜び、さも同情の念に堪(た)へざるごとく、ひそかに両眼に唾(つばき)をぬり、泣顔(なきがほ)をつくり、さも悲しさうにオイオイと泣きくづれた。荒熊姫は居(ゐ)たたまらず、共に声を放つて泣き叫んだ。 荒熊彦はその泣声(なきごえ)を聞いて馳(は)せきたり、見れば三柱(みはしら)のこの状態である。荒熊彦は声を励まして、 『かかる太平の御代(みよ)にあたつて何を悲しむか』 と尋ねた。三柱はその声に驚いて一度に顔をあげた。見れば敵軍の駒山彦、猿世彦がその場にあつた。 荒熊彦は大いに憤(いきどほ)り、荒熊姫にむかつて、 『汝(なんぢ)は何故(なにゆゑ)にわれの承認をも得ず、男性(をのこ)をわが居間に引入(ひきい)るるのみならず、このふたりは敵方の謀将(ばうしやう)である。実に汝(なんぢ)の挙動こそ訝(いぶか)しきかぎりなれ』 と怒りとともにその不都合を詰(なじ)つた。ここに荒熊姫は泣きたふれつつ、 『愛児(あいじ)の清照彦(きよてるひこ)を亡ぼせしは元照彦の部下である。しかるに今や何の因果ぞ、吾子(わがこ)の仇(あだ)を主将として仰ぎ、これにまめまめしく仕ふるは実(じつ)に残念である。時世時節(ときよじせつ)とは云ひながら、かかる悲惨なことが何処(いづく)にあらうか』 と、いと悲しげにいふのであつた。猿世彦、駒山彦はすかさず荒熊彦にむかひ、今日(こんにち)までの無礼を謝した。さうして、 『吾(われ)らふたりは最愛の独児(ひとりご)を彼(かれ)元照彦の部下の神々に殺され、無念やるかたなく、いかにしてもこの仇を報ぜむと日夜肺肝(はいかん)をくだいてゐた。貴下(きか)は勇壮活発にしてわが児(こ)の愛には溺れたまはず、時世時節とあきらめて、仇敵(きうてき)にまめまめしく奉仕さるるは、実(じつ)にお心の美(うるは)しき次第である。されど金銀珠玉(きんぎんしゆぎよく)、その他(た)あまたの宝ありといへども、吾児(わがこ)にまさる宝は、天地(てんち)の間(あひだ)にあらじと思ふ。貴下はこれでも愛児の仇(あだ)を討ちたまふ御心(みこころ)はなきや』 といつて、荒熊彦の顔色(がんしよく)いかにと見詰めてゐた。 荒熊彦は黙然として何の変事(いらへ)もなく、さしうつむいて思案にくれてゐたが、たちまち両眼よりは豆のごとき涙がはふり落つる。 元来、荒熊彦は言霊別命(ことたまわけのみこと)を亡ぼし、自分がとつて代らむとし、駒山彦に一時(いちじ)欵(くわん)を通じたる関係上、今は敵味方と区別はあれど、子を思ふ一念は少しも変りはない。同病相憐(どうびやうあいあはれ)むの念より、叛心(はんしん)をおこし、駒山彦らとともに元照彦を亡ぼし、みづから主将となりアラスカの王たらむとした。 ここに荒熊姫は偽つて元照彦を殺さむとし、事(こと)をかまへて命(みこと)に拝謁(はいえつ)を乞ふた。元照彦は何の気もなく面会を許した。見れば荒熊姫は表面笑(えみ)を含み、何心(なにごころ)なき体(てい)を装ふてゐたるが、その面上(めんじやう)には陰険(いんけん)なる毒気(どくき)を含んでゐた。 元照彦はこれを怪しみ、ただちに荒熊姫の両手を後(うしろ)へ捻(ねぢ)まはし、堅く柱に縛りつけ酷(きび)しく訊問(じんもん)をはじめた。荒熊姫は知らぬ知らぬの一点張りである。勝敗いかにと気遣ひたる荒熊彦、猿世彦、駒山彦はこのとき折戸(をりど)を押しわけ乱入し、矢庭(やには)に元照彦を目がけて斬つてかかつた。 元照彦は三柱(みはしら)を相手に、しばしは火花を散らして闘ふたが、つひに山を下(くだ)り、身をもつて逃れ、ローマをさして遠く落ちのびた。かくして高白山は全く荒熊彦の手に落ちた。 (大正一〇・一一・三 旧一〇・四 谷口正治録) 登りゆく神路(かみぢ)の山の山松(やままつ)に 神の恵(めぐみ)の露(つゆ)の玉(たま)散る 八島(やしま)国島(くにしま)の悉々(ことごと)照り渡る 神の威徳(みいづ)に隈蔭(すみかげ)もなし |
|
第五篇 神の慈愛 <第三二章 言霊別命の帰城 (八二)>
|
|
2007/05/24(Thu)
|
|
第五篇 神の慈愛
<第三二章 言霊別命の帰城 (八二)> 神山彦(かみやまひこ)は威儀(ゐぎ)を正し、言葉を改め、 『稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の直使(ちよくし)として貴神(きしん)に伝ふべきことあり。貴神はローマ、モスコーにあまたの神軍を配置し、今またこの高白山(かうはくざん)に陣営をかまへ、久しく竜宮城へ帰りきたらざるは何故(なにゆゑ)ぞ。一時(いちじ)も早くローマ、モスコーの神軍を解散し、当城をすてて竜宮城に帰り、稚桜姫命の疑(うたがひ)を晴らすべし』 と気色(けしき)はげしく鼻息たかく述べたてた。言霊別命(ことたまわけのみこと)は答へて、 『稚桜姫命の真意はさることながら、今や魔神(ましん)は天下に跋扈跳梁(ばつこてうりやう)して、勢(いきほひ)なかなか侮(あなど)るべからず。吾(われ)らが今、ローマ、モスコーに神軍をあつめ、また当山に城塞(じやうさい)をかまへて神軍を集むるは、地の高天原(ちのたかあまはら)を守り奉(たてまつ)らむがためなり。いかに稚桜姫命は聡明(そうめい)におはしますとも、元来は婦神(ふじん)の悲しさ、比較的その御神慮浅く疑念深く、常に常世姫(とこよひめ)のごとき奸侫邪智(かんねいじやち)の神を信任し、つひには根底より神政を覆(くつが)へされたまふは、火をみるより瞭(あきら)かなり。われはこの災禍(わざはひ)を前知し、実は天使(てんし)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)、真澄姫(ますみひめ)と謀(はか)り、万一(まんいち)に備へむとして苦慮(くりよ)せるなり。思慮浅き女神(によしん)、小神(せうしん)の知るところに非(あら)ず』 と憤然として席をけり、一間(ひとま)に駆(か)け入(い)らむとした。このとき神山彦は懐中(くわいちう)より短剣を取りいだし、両肌(もろはだ)を脱いで割腹(かつぷく)せむとした。真倉彦(まくらひこ)以下二神司(にしん)も、吾(われ)後(おく)れじと一時(いちじ)に両肌を脱ぎ短刀にて腹を掻ききらむとす。 言霊別命はこれを見ておほひに驚き、 『諸神(しよしん)しばらく待たれよ。逸(はや)まりたまふな』 ととどめむとした。四柱(よはしら)は、 『しからば命(みこと)は竜宮城へすみやかに帰りたまふや』 と問ひつめた。命はいかに答へむと太息(といき)をもらし、思案にくれた。神山彦は決心の色をあらはし、 『われは帰りて稚桜姫命にたいし奉(たてまつ)り、陳弁(ちんべん)の辞(じ)なし。如(し)かず、ここに潔く諸共(もろとも)に自殺して、その責任を明らかにせむ』 と又もや短刀を逆手(さかて)に持ち、四柱(よはしら)一度に割腹せむとする。 このとき言霊別命は心中にて、吾(われ)は天下を救はむと思へばこそ、寒風(かんぷう)強き極北(きよくほく)に種々(しゆじゆ)の苦難を嘗(な)めつつあるのである。されど眼前(がんぜん)に、かかる忠誠なる神司(かみ)の自殺の惨状を看過(かんくわ)するに忍びず、アゝいかにせむと、その刹那(せつな)の苦痛は実(じつ)に言辞(げんじ)の尽すべきかぎりでなかつた。 命(みこと)は意を決し、 『しからば神山彦の言葉を容(い)れ、すみやかに帰城すべし』 と決心固くのべた。ここに一行は大いによろこび自殺を思ひとどまり、その場は無事に治まつたのである。言霊別命はやむをえず、一(ひと)まづ神山彦一行とともに帰城せむとするに際し、元照彦(もとてるひこ)を一間(ひとま)に招き、清照彦(きよてるひこ)の所在(ありか)を教(をし)へ、かつわが妹の末世姫(すゑよひめ)を娶(めあは)し、斎代彦(ときよひこ)を相(あひ)そへて、海峡をこえ、長高山(ちやうかうざん)の北方(ほくぱう)に都を開き、時期を待ちつつあることを密かに告げた。 しかして高白山は元照彦を主将とし、荒熊彦(あらくまひこ)を部将としてこれを守らしめ、天の磐樟船(あまのいはくすぶね)に乗りて、神山彦一行とともに芽出度(めでた)く竜宮城に帰還した。 竜宮城はにはかに色(いろ)めきたつて、諸神司(しよしん)の悦(よろこ)びはたとふるにものなき有様で、春陽の気は城内に溢(あふ)れた。常世城(とこよじやう)よりきたれる常世姫のみは、何ゆゑか顔色(がんしよく)が平常(つね)よりも冴えなかつた。 言霊別命はただちに奥殿(おくでん)に入(い)り、稚桜姫命に謁(えつ)した。かたはらに常世姫、竜世姫(たつよひめ)、真澄姫は侍(じ)してゐた。言霊別命は帰城の挨拶を慇懃(いんぎん)にのべた。稚桜姫命は帰城を悦び、いろいろの飲食(おんじき)を出して饗応(きやうおう)された。 常世姫はたちまち口を開(ひら)いて命にむかひ、 『高白山は全く滅亡し、汝(なんぢ)は進退きはまり九死一生(きうしいつしやう)の悲境(ひきやう)にありしを、稚桜姫命の大慈悲心(だいじひしん)より窮場(きふば)を救はれしは、定めて満足ならむ。すみやかに命にその大恩(たいおん)を謝したまへ』 と言葉を鼻にかけて嘲笑(あざわら)ひつつ、いと憎気(にくげ)に言ひはなつのであつた。 言霊別命は立腹のあまり、高白山の実情を述べむとし、口を開(ひら)かむとする時、常世姫は遮(さへぎ)つて、 『敗軍の将(しやう)は兵を語らず。黙(もく)したまへ』 と頭(あたま)から押(おさ)へつけた。また言葉をついで、 『汝は命(みこと)に背き、ローマ、モスコーに陣営を構へたが、これまた荒熊彦のために一敗地に塗(まみ)れ、汝(なんぢ)にしたがひし諸神将卒(しよしんしやうそつ)は四方(しはう)に散乱して、今は残らず天下に放浪のあはれ果敢(はか)なき者となつてゐる。汝はこの失敗に省み、今後は心を改めて命(みこと)の厳命(げんめい)に服従し、かつ吾(われ)は女性(をみな)なれども、わが言も少しは用ゐられよ』 と舌長(したなが)に上から被(かぶ)せかけるやうに言つた。 言霊別命は怒りを忍び、わざと笑つてその場をすました。今後この二神司(にしん)の関係はどうなるであらうか。 (大正一〇・一一・三 旧一〇・四 外山豊二録) |
|
第五篇 神の慈愛 <第三一章 手痛き握手 (八一)>
|
|
2007/05/22(Tue)
|
|
第五篇 神の慈愛
<第三一章 手痛き握手 (八二)> 神山彦(かみやまひこ)は決心の色(いろ)あらはし言霊別命(ことたまわけのみこと)にむかつて、 『貴神(きしん)は美(うるは)しき天女(てんによ)のごとき妻ありと聞く、冀(こひねが)はくは吾(われ)らに拝謁(はいえつ)を許したまはずや』 と出(だ)しぬけに申しこんだ。言霊別命は案(あん)に相違し、 『こは奇怪なることを承(うけたま)はるものかな、わが妻は汝(なんぢ)の知らるるごとく竜宮城(りうぐうじやう)にあり』 と答へた。神山彦は、 『そは既に承知せり。第二の妃神(きさきがみ)に面会したし。秘(か)くさせたまふとも、秘(か)くすよりあらはるるはなし。すでに妃神のあることは竜宮城に雷(らい)のごとく響きわたれり。命(みこと)は吾(われ)らにむかつて詐言(さげん)を用ゐたまふや』 と詰問(きつもん)した。命(みこと)はおほいに困り、 『吾(われ)は汝の言はるるごとく第二の妃神を持てる覚えなし。吾(われ)高白山(かうはくざん)の戦ひに敗れ、危機に迫れるとき、天上より乙女の天使下(くだ)りきたりて吾(われ)を救ひ、かつ吾(わ)が身辺に侍(じ)してこれを保護せり。常世姫はこれを伝へ聞きて、第二の妃神と思ひ誤りしならむ。疑はしくば今ここに天使を招き、もつて汝の蒙(もう)を啓(ひら)かむ』 とたちまち立つて一室に入(い)り、『照妙姫殿(てるたへひめどの)、照妙姫殿』と呼んだ。何の返事もなく、そこらには影だに見えぬ。命(みこと)は不思議にたへず今度は、『乙女の天使絹子姫殿(きぬこひめどの)、絹子姫殿』と名をかへて呼びかけた。されども音沙汰(おとさた)も返辞(へんじ)もない。命は荒熊彦(あらくまひこ)に命じて乙女の行衛(ゆくゑ)を厳探(げんたん)せしめた。が何処(いづこ)にも乙女の姿を認めることばできなかつた。 命(みこと)は是非なく一間(ひとま)へ帰り、神山彦らに向つて、 『今まで吾(わ)が前にありし乙女はいかがなりけむ。声のかぎりに呼べど叫べど、何の答へもなし。城内くまなく探せどもその影さへも認めず』 と答へた。神山彦はニヤリと笑ひ、 『天女のごとき妃神二柱(ふたはしら)までも、左右に侍(はべ)らせたまふ命(みこと)の身の上こそ実(じつ)に羨(うらや)まし。からかはずと早くわれらに会はせたまへ』 としきりに嘲笑(てうせう)の色(いろ)をうかべて促(うなが)すのである。命はおほいに当惑した。ここに元照彦(もとてるひこ)は戸を排(はい)して入(い)りきたり、密室を開(ひら)きたてまつり、 『吾(われ)は申しわけなき次第なれど、大変事(だいへんじ)出来(しゆつたい)せり』 と顔色(がんしよく)をかへ進言するのであつた。命は、 『変事(へんじ)とは何事(なにごと)ぞ』 と反問した。元照彦は、 『ただいま照妙姫命は白雲(はくうん)と化し、月宮殿(げつきうでん)に帰りたまへり』 といつた。言霊別命はおほいに驚き、思はずその場を立ち上がらむとした。このとき神山彦は言霊別命の袂(たもと)をひかへ、 『暫く待たれよ、その計略はもはや古(ふる)し、吾(われ)らはかかる奸策(かんさく)に誤らるる神司(かみ)にあらず、誠心誠意、善心に立ちかへり、もつて事実の真相を明白に述べられよ』 と追窮(つゐきう)ますます烈(はげ)しくなつた。真倉彦(まくらひこ)、村雲彦(むらくもひこ)、武晴彦(たけはるひこ)は一斉に立つて刀の柄(つか)に手をかけ、満面憤怒(ふんど)の色(いろ)をあらはし、 『われを偽る悪神(あくがみ)の張本(ちやうほん)、目に物(もの)見せてくれむ』 と三方(さんぱう)より詰めよつた。神山彦は声を荒(あら)らげ、 『第二の妃神絹子姫をわが前に出せ。第三の妃神照妙姫をこのところに現はせ。汝は竜宮の使神(つかひがみ)を弁舌をもつて胡魔化(ごまくわ)さむとするか、無礼者、斬つて捨てむ』 とこれまた刀の柄に手をかけ気色(けしき)ばみて四方(しはう)より迫つた。命は進退谷(きは)まり、いかにしてこの疑ひを晴らさむかと焦慮し、かの国世姫(くによひめ)より賜はりし種々物(くさぐさもの)の領巾(ひれ)を懐中(くわいちう)より取りいだし、左右左(さいうさ)に打ちふつた。たちまち天に嚠喨(りうりやう)たる音楽がきこえ、乙女は閉(とざ)したる戸のまま、何の障(さはり)もなく入(い)りきたり、言霊別命の前に平伏した。 ここに神山彦は、‘したり’顔(がほ)に命にむかひ、 『こは照妙姫にあらずや、最早(もはや)かくなる上は絹子姫も現はし、吾(われ)らの疑ひを晴らされよ』 と迫つた。困りはてたる命は、左右左(さいうさ)に前の如くに領巾(ひれ)を振つた。たちまち嚠喨(りうりやう)たる音楽聞え、あまたの天女その場に現はれきたつて、四柱(よはしら)の手を把(と)り跳(をど)り狂ふた。手をとられた四柱は身体(しんたい)たちまち強直(きやうちよく)してその場に仆(たふ)れ、ここに全く疑ひを晴らし、重々の無礼を陳謝したのである。真倉彦、村雲彦は大いに弱り、 『いかに美(うるは)しき天女なりとて、かかる強き手にて握られては、実(じつ)にたまつたものにあらず。命はよくもかかる怪物を相手にしたまひしぞ』 と目と目を見あはせ、舌をまきうち驚く。命は、 『汝らの疑ひ全く晴れたるは相互の幸(さいは)ひなり。いざこれより遠来の労(らう)を犒(ねぎら)はむため、奥殿(おくでん)にて饗応(きやうおう)せむ』 と先に立つてゆかむとした。そのとき神山彦は、 『しばらく待たれよ。申し上げたき仔細あり』 と引きとどめ、 『これから肝心要(かんじんかなめ)の正念場(しやうねんば)なり。この返答承はりしのち饗応に預からむ』 と四柱はともに声を揃へていきまきながらいつた。 (大正一〇・一一・三 旧一〇・四 桜井重雄録) |
|
第五篇 神の慈愛 <第三〇章 十曜の神旗 (八〇)>
|
|
2007/05/20(Sun)
|
|
第五篇 神の慈愛
<第三〇章 十曜(とえう)の神旗(しんき) (八〇)> 高白山(かうはくざん)を中心とするアラスカ国(こく)はふたたび平和に治まつた。常世姫(とこよひめ)はいかにもしてこれを占領せむと、多くの探女(さぐめ)醜女(しこめ)を放つて、種々(しゆじゆ)の計画を立ててゐるので、少しの油断もできぬ有様であつた。 天使として下(くだ)り来(きた)れる絹子姫(きぬこひめ)は言霊別命(ことたまわけのみこと)の身辺を衛(まも)り、かつ不測(ふそく)の出来事を排除せむために、ここに侍女と身を変じ名を照妙姫(てるたへひめ)と改称し、命(みこと)の側(そば)近く奉仕した。 常世姫の部将駒山彦(こまやまひこ)はこのことをうかがひ知り、ただちにこれを常世姫に通告した。常世姫は好機逸(いつ)すべからずとなし、みづから竜宮城(りうぐうじやう)にいたつて稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)に謁(えつ)し、 『言霊別命は高白山に城塞を構へ、ローマ、モスコーの神軍と相(あひ)呼応(こおう)して常世城を屠(はふ)り、ついで竜宮城を占領せむとし、照妙姫といふ怪しき女性(をみな)を妻となし、神政(しんせい)を怠(おこた)り、国土は乱れ、昼夜間断(かんだん)なく酒色(しゆしよく)に耽(ふけ)り、荒淫(くわういん)いたらざるなし。かつ言霊姫(ことたまひめ)を極力誹謗(ひばう)し、かつ天地(てんち)に容(い)れざるの大叛逆を企てをれり』 と誣奏(ぶそう)した。 稚桜姫命は常世姫の言(ことば)を信じ、たちまち顔色(がんしよく)を変じて、天使(てんし)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)、真澄姫(ますみひめ)、言霊姫、神国別命(かみくにわけのみこと)その他(た)の諸神将(しよしんしやう)を集めて言霊別命の非行を伝へ、かつ神軍をもつてこれを討亡(うちほろ)ぼさむことを厳命(げんめい)された。 ここに小島別(こじまわけ)、竹島彦(たけしまひこ)は大いに喜び、雙手(さうしゆ)をあげて賛成をとなへた。城内の諸神将は常世姫の言(げん)を疑ひ、大広間に諸神司(しよしん)をあつめて、高白山攻撃に関する協議を開いた。 そのとき末席(まつせき)よりあらはれたる神山彦(かみやまひこ)、村雲彦(むらくもひこ)、真倉彦(まくらひこ)、武晴彦(たけはるひこ)は一斉に立ち、大八洲彦命に向つて発言をもとめ、言葉も穏やかに、 『高白山討伐(たうばつ)の儀(ぎ)はしばらく吾(われ)らに委(まか)したまはずや』 といつた。小島別、竹島彦はたちまち立つて、 『汝(なんぢ)がごとき微力(びりよく)なる神司(かみ)の、いかでかこの大任(たいにん)を果(はた)し得(う)べきぞ。冀(こひねが)はくは吾(われ)に少しの神軍を与へたまはば、吾(われ)は神変不可思議(しんぺんふかしぎ)の妙策(めうさく)をもつて、言霊別命以下を捕虜とし面縛(めんばく)して、彼らを諸神司(しよしん)の眼前(がんぜん)に連れ帰らむ』 と述立(のべた)てた。神山彦は憤然(ふんぜん)色(いろ)をなし、 『常世の国に使ひして、言霊別命以下をとり失ひ、失敗の恥を晒(さら)したる汝(なんぢ)ら諸神司、いかなる妙策あるとも散々に討ち悩まされ、ふたたび恥辱(ちじよく)を重ぬるは火をみるよりも瞭(あきら)かなり。いらざる言挙(ことあ)げして失敗をとるなかれ』 と睨(ね)めつけた。 大八洲彦命は、相互(たがひ)の争論のいつ果(は)つべきやうもなきを見、この場をはづして直ちに稚桜姫命に拝謁(はいえつ)し、 『いづれの神司(かみ)を遣(つか)はさむや』 と教(をしへ)を請(こ)はれた。稚桜姫命はこれを聞きて頭(かうべ)をかたむけ、やや思案の体(てい)であつた。このとき真澄姫、言霊姫、竜世姫(たつよひめ)は異口同音(いくどうおん)に、 『神山彦を遣はしたまふべし。彼は忠勇無比(ちうゆうむひ)の神将にして、かつ至誠至実(しせいしじつ)の神司(かみ)なり』 と奏上した。かくしてつひに神山彦の進言は容(い)れられた。 ここに神山彦は、村雲彦、真倉彦、武晴彦を伴ひ、従臣を引連(ひきつ)れ、天之磐樟船(あまのいはくすぶね)に打乗(うちの)りて天空高く高白山にむかふた。 時しも言霊別命は、高白山城塞に安居(あんきよ)し、照妙姫を侍臣(じしん)とし、荒熊彦(あらくまひこ)、荒熊姫(あらくまひめ)、元照彦(もとてるひこ)らの勇将とともに高台(たかだい)にのぼり、月を賞(しやう)してゐた。空(そら)には一点の雲もなく、星はほとんどその姿を隠し、えもいはれぬ光景であつた。 折から東南(とうなん)の蒼空(さうくう)より一点の黒影(こくえい)があらはれ、おひおひ近づいてくる。一同は何者ならむと一心(いつしん)にこれを眺めてゐた。たちまち音響が聞えだした。見れば天之磐樟船(あまのいはくすぶね)である。この船には白地(しろぢ)に赤(あか)の十曜(とえう)を染めだしたる神旗が立つてゐた。ややあつてその船は城内に下(くだ)つてきた。これは神山彦一行の乗れる船であつた。 このとき照妙姫は何思ひけむ、にはかに白雲(はくうん)と化し、細く長く虹(にじ)のごとく身を変じて月界(げつかい)に帰つた。 荒熊彦は神山彦の一行を出迎へ、慇懃(いんぎん)に遠来(ゑんらい)の労(らう)を謝し、かつ使節(つかひ)の趣旨(おもむき)をたづねた。神山彦は威儀(ゐぎ)を正して、 『我(われ)は稚桜姫命の直使(ちよくし)なり。言霊別命に面会ををはるまでは、何事も口外することあたはず』 と意味ありげに答へ、 『ただちに命(みこと)の前に吾(われ)らを導くべし』 といつた。荒熊彦は何思ひけむ、得意気に微笑(びせう)を洩(も)らしつつ、この由(よし)を命(みこと)に伝へた。 命はただちに応諾(おうだく)して、神山彦一行を居間に導き、まづ来意(らいい)を尋ねた。神山彦は、 『一大事あり、冀(こひねが)はくは隣神司(りんしん)を遠ざけたまへ』 と申込んだ。ここに言霊別命は隣神司を遠ざけ、 『一大事とは何ぞ』 とあわただしく尋ねた。 (大正一〇・一一・三 旧一〇・四 谷口正治録) |
|
第五篇 神の慈愛 <第二九章 乙女の天使 (七九)>
|
|
2007/05/19(Sat)
|
|
第五篇 神の慈愛
<第二九章 乙女の天使 (七九)> 言霊別命(ことたまわけのみこと)は、高白山(かうはくざん)を中心として仁慈(じんじ)をもつて神政(しんせい)をほどこし、諸神(しよしん)は鼓腹撃壌(こふくげきじやう)してその堵(と)安(やす)んじ、実(じつ)に地上の天国といふべき聖代(せいだい)を現出した。命(みこと)の威望(ゐばう)は旭日昇天(きよくじつしようてん)の勢(いきほひ)であつた。荒熊彦(あらくまひこ)は荒熊姫(あらくまひめ)の使嗾(しそう)により、内心(ないしん)時(とき)をうかがひ、大恩(だいおん)ある言霊別命を陥れ再び自分が取つて代らむと企(たく)みてゐた。かれ荒熊彦は、常世城(とこよじやう)に密使(みつし)を立て、常世姫(とこよひめ)の力を借りて、再生の恩神(おんしん)、言霊別命を亡ぼさむとした。 一旦敗走(はいそう)したる駒山彦(こまやまひこ)は兵備(へいび)を整へ、遮二無二(しやにむに)高白山に攻めかけた。言霊別命は荒熊彦に命じてこれを防がしめた。しかるに荒熊彦はすでに敵軍に欵(くわん)を通じてゐた。 ここに荒熊彦の子に清照彦(きよてるひこ)といふ正しき神司(かみ)があつた。この度(たび)の戦ひに大敗(たいはい)して元照彦(もとてるひこ)のために滅ぼされたりとの風評たかく荒熊姫のもとに届いた。この時元照彦はローマ、モスコーの視察ををへ、高白山の危急に迫れることを聞きて、はるかに神軍(しんぐん)を率ゐて応援に来たのである。荒熊姫は清照彦の、元照彦に亡ぼされし噂を聞きてますます怒(いか)り、ここに言霊別命の神軍を率ゐて南方(なんぱう)に陣(ぢん)し、敵軍を防ぐと見せかけ、高白山を陥れむとした。折しも、竜馬(りうめ)にまたがり天空を翔(かけ)り、高白山の城塞(じやうさい)目がけて下りきたる女神使(によしん)があつた。年(とし)いまだ若く容貌(ようばう)秀麗(しうれい)なる天使である。案内もなく馬を乗りすてて、言霊別命の御座(ござ)近くにすすみ、 『吾(われ)は天津神(あまつかみ)の使神(ししん)なり。高白山は、今や荒熊彦の変心(へんしん)によつて、危機一髪の間(あひだ)に迫り、命(みこと)の生命(いのち)は瞬時(しゆんじ)に迫りつつあり。命(みこと)にして吾(わ)が天使の言(げん)を信じたまはば、われに全軍の指揮を命(めい)じたまへ』 といふのである。言霊別命は荒熊彦、荒熊姫を深く信じ、全軍の指揮を委任したるくらゐなれば、今この天使の言葉を聞いて大いに訝(いぶか)り、 『汝(なんぢ)は天使に化して吾(われ)を偽(いつは)る邪神(じやしん)には非(あら)ざるか、汝は常世姫の魔術によりて現はれたる魔神(ましん)ならむ』 とただちに剣(つるぎ)を抜きてその女神使(によしん)に斬りつけた。電光石火(でんくわうせきくわ)今や天使は頭上より真二(まふた)つになりしと思ふ瞬間、天使の頭上より異様の光輝(くわうき)あらはれ、剣(つるぎ)は三段に折れて命(みこと)の手には柄(つか)のみ残つた。言霊別命は呆然(ばうぜん)として乙女の天使を眺めてゐた。乙女の天使は笑ひとともに命にむかひ、 『もし吾(わ)が言(げん)を疑ひたまはば、高白山は直ちに滅亡すべし。吾(われ)は天津神の命(めい)により、正しき神人(かみ)に味方せむとて天(てん)より救援に来(きた)りしものぞ』 と天神(てんしん)の神慮(しんりよ)を詳細に述べられたのである。言霊別命はやうやく乙女を天使と信ずるに至(いた)つた。時しも門外騒がしく、足音高く命(みこと)の前に近づき来(きた)るものがある。命は怪しみて見るに、荒熊彦、鉄棒を打ち振りつつ御座(ござ)近く迫りきたつて、 『言霊別命にただいま更(あらた)めて見参(けんざん)せん。高白山はすでに常世姫の有力なる応援と、駒山彦の巧妙なる戦略と、加ふるに吾(われ)ら夫婦の変心とによりほとんど全滅せり。もはや命の運命は尽きたり。潔(いさぎよ)くこの場にて自決さるるや。いたづらに躊躇逡巡(ちうちよしゆんじゆん)して時を移さるるにおいては、畏(おそ)れながら吾(われ)は、この鉄棒をもつて命を粉砕し奉(たてまつ)らむ。返答いかに』 と詰め寄つた。見るより乙女の天使絹子姫(きぬこひめ)はその仲に入(い)り、 『荒熊彦、しばらく待て』 と柔(やさ)しき女神使(によしん)に似ず、言葉鋭く眦(まなじり)を釣(つ)つて叫んだ。荒熊彦はかよわき乙女と侮(あなど)り嘲笑(あざわら)つていふやう、 『大廈(たいか)の覆(くつがへ)らむとするとき、一木(いちぼく)のよく支ふべきに非(あら)ず。いはんや若き乙女のただ一柱(ひとはしら)の如何(いか)でか力(ちから)及ばむや、邪魔ひろぐな』 と乙女を突き倒さむとした。乙女の天使は声をはげまし、 『汝(なんぢ)天使に向つて挑戦するか。目に物(もの)見せむ』 といふより合掌した。勇猛なる神卒(しんそつ)はたちまち天より下(くだ)り、荒熊彦を前後左右に取囲(とりかこ)み、つひにその場に引据(ひきす)ゑた。荒熊彦は胆(きも)をつぶし、救ひを求め、かつ総(すべ)ての罪状を自白し、全軍の指揮権を返上した。荒熊姫はかかる出来事を夢にも知らず、南麓(なんろく)の原野(げんや)において元照彦と鎬(しのぎ)を削つてゐたのである。この時元照彦は深く進みて重囲(ぢうゐ)に陥り、ほとんど全滅せむとする間際(まぎは)であつた。 駒山彦の魔軍はますます勢(いきほひ)を得て今や城内に入(い)らむとする。常世姫の応援軍は鬨(とき)をつくつて勢を煽(あふ)り、侮りがたき猛勢(まうせい)である。この時言霊別命は、乙女の天使に全軍の指揮を命じた。ほとんど絶望に瀕(ひん)したる味方の神軍は、にはかに天使の現はれしに勇みたち、勇気はここに百倍した。乙女の天使は金(きん)の采配(さいはい)を打振(うちふ)り全軍を指揮し、駒山彦の魔軍にむかつて、驀地(まつしぐら)に突入した。敵軍は雪崩(なだれ)をうつて、倒(こ)けつ転(まろ)びつ数多(あまた)の死傷者を出(いだ)しつつ、山麓(さんろく)目がけて逃げ散つた。 荒熊彦は改心の上(うへ)一方の部将となり、常世姫の援軍にむかつて厳(きび)しく攻め入り、奮闘のすゑ足部(そくぶ)に大負傷(だいふしやう)をなし、身体(しんたい)の自由を失ひ、従臣に救はれやうやく城塞に逃げ帰つた。乙女の天使は駒山彦の魔軍を破り、再び転じて荒熊姫の頭上より攻撃をはじめた。荒熊姫は周章狼狽(あわてふため)き、つひに乙女の天使にむかつて降(かう)を乞(こ)うた。ここに乙女の忠告により元照彦に無礼を謝し、高白山は目出たく平和に帰(き)し、敵は四方(しはう)に散乱した。 (大正一〇・一一・三 旧一〇・四 加藤明子録) |
|
第五篇 神の慈愛 <第二八章 高白山の戦闘 (七八)>
|
|
2007/05/17(Thu)
|
|
第五篇 神の慈愛
<第二八章 高白山の戦闘 (七八)> ここに言霊別命(ことたまわけのみこと)は元照彦(もとてるひこ)と共に、猿世彦(さるよひこ)の木乃伊(ミイラ)にむかひ、前後より神言(かみごと)を奏上し息を吹きかけられた。たちまち猿世彦は体温次第にまし、辛うじて蘇生(そせい)した。 猿世彦はわが前に、言霊別命以下の神将(しんしやう)の姿を見て大いに驚き、ひたすらに生命(いのち)を救ひ罪を赦(ゆる)されむことを嘆願(たんがん)した。言霊別命は仁義を重んじ生命(いのち)を救ひしうへ、一片(いつぺん)の信書を認(したた)め、これを常世姫(とこよひめ)に伝達せむことを命じた。 猿世彦は唯々(ゐゐ)として命(めい)を拝(はい)し、かつ救命の大恩(だいおん)を感謝し、尾をふり嬉々(きき)として帰国した。 その信書の文面は、 『言霊別命、元照彦は、勇猛無比(ゆうまうむひ)の神将をあまたに引率(ひきつ)れ、スペリオル湖を中心として陣営を造り、大挙して常世城(とこよじやう)を占領せむとす。汝(なんぢ)常世姫すみやかに善心に立帰(たちかへ)り、前非(ぜんぴ)を悔い心底(しんてい)より悔い改めよ。しからざれば、われはここに天軍を興(おこ)して汝を鏖滅(あうめつ)せむ』 との意味であつた。猿世彦は虎口(ここう)を免(のが)れ、頭(かしら)をさげ、腰をまげ尾をふりつつ南方(なんぱう)さして遁(に)げかへつた。スペリオル湖畔の陣営は、港彦(みなとひこ)をしてこれを守らしめ、命(みこと)は元照彦とともに長躯(ちやうく)して高白山(かうはくざん)に進んだのである。ここには荒熊彦(あらくまひこ)、荒熊姫(あらくまひめ)の二神司(にしん)があつた。 この二神司(にしん)は高白山の守将(しゆしやう)である。 高白山は常世姫一派の魔軍に攻め悩まされ、二神司(にしん)はすでに捕虜となり、岩窟(がんくつ)を掘つて取りこめられてゐた。 このとき言霊別命は、山上より白雲(はくうん)の立上(たちのぼ)るを見て正しき神司(かみ)ありと知り、近づき見るに、常世姫の部下駒山彦(こまやまひこ)が包囲してをつた。言霊別命は南方より、元照彦は西方(せいはう)より迂回(うかい)して北方(ほくはう)の背後に出(い)で、前後より高白山を攻撃した。駒山彦は不意の強力なる援軍に背後を衝(つ)かれ不覚をとり、はうはうの体(てい)にてわづかに身をもつて免(まぬ)がれ、全軍はほとんど四方(しはう)に潰走(くわいそう)した。 言霊別命、元照彦は、南北両面より高白山にのぼり、白雲(はくうん)の立てる岩窟の戸を打砕(うちくだ)き、二神司(にしん)を救ひ出した。 ここに荒熊彦、荒彦姫は再生の恩を謝し、みづから乞(こ)ふて従臣となり、高白山の城塞を言霊別命に奉献(たてまつ)つた。 言霊別命は元照彦をローマ、モスコーに遣(つか)はして、味方の情勢を偵察せしめ、みづからは荒熊彦を部将としてここに根拠を定められた。 高白山は常世の国の北極にして、世界経綸の神策上もつとも枢要(すうえう)なる地点である。 (大正一〇・一一・二 旧一〇・三 外山豊二録) 世を救ひ国を開(ひら)きて曲津(まがつ)まで すくふ言霊別の雄々(をを)しさ |
|
第四篇 常世の国 <第二七章 湖上の木乃伊 (七七)>
|
|
2007/05/15(Tue)
|
|
第四篇 常世の国
<第二七章 湖上の木乃伊(ミイラ) (七七)> 元照彦(もとてるひこ)は裸体のまま辛うじて常世城(ことよじやう)を逃れいで、草を編んで蓑笠(みのかさ)を作り、紅(くれなゐ)の館(やかた)に落ちのび美濃彦(みのひこ)の門を叩いた。美濃彦の門戸(もんこ)には立熊別(たてくまわけ)といふ守将(しゆしやう)が、少数の神卒(しんそつ)と共に厳守(げんしゆ)してゐた。そこへ元照彦は顔に桑(くは)の実の汁をぬり、容貌を変へ、蓑笠の‘みすぼ’らしい姿にて現はれたのである。立熊別はこの姿を見て悪神(あくがみ)の落ちぶれ者と信じ、大いに叱咤(しつた)して門戸の出入(しゆつにふ)を拒んだ。 元照彦は、 『吾(われ)は美濃彦の同志である。すみやかにこの旨(むね)を美濃彦の神に伝へられよ』 といつた。立熊別はこれを信ぜず、 『すみやかにここを立ち去れ』 と厳命し、元照彦が何ほど弁明しても聞き入れぬ。そこで元照彦は一策を案じ、 『実は吾(われ)は浮浪神(さすらひがみ)である』 と言つて、‘そろそろ’竜世姫(たつよひめ)の故智(こち)をまねて歌を唄ひだした。 『常世の城を逃げだして 身は身で通る裸ン坊 蓑(みの)着て笠(かさ)着て身の終り どうして会はしてくれなゐの 館の神の門番は 身のほど知らぬ蓑虫(みのむし)か わが身の姿の落ちぶれて 乞食(こじき)のやうに見えたとて 結構な神ぢやぞ見のがすな わが身の仇(あだ)となることを 知らずに門(もん)に立つ熊が わけも知らずにハネのける 今は曇りしこの身体(からだ) 元は照彦身(み)は光る 光が出たら紅(くれなゐ)の 館はたちまち夜(よ)が明ける 開けて口惜(くや)しい玉手箱 美濃彦今に泣き面(づら)を かわくを見るが気の毒ぢや 会はにや会はぬでそれもよい 後でビツクリして泡を吹くな 後でビツクリして泡を吹くな』 と繰返しくりかへし踊つたのである。 立熊別は不思議な奴が来たものと、面白半分にからかつてゐた。美濃彦はあまり門口(かどぐち)の騒がしさに立ち出(い)で、‘じつ’と様子を考へてみた。合点(がつてん)のゆかぬはこの浮浪神(さすらひがみ)である。顔の色こそ変つてゐるが、どことなく見覚えのある顔である。またその声は何となく聞き覚えのある声である。不思議に思つて、ともかくもこれを門内(もんない)に通した。門内に入(い)るや否や、美濃彦にむかひ、 『吾(われ)は元照彦である。常世の城に敗(はい)をとり、全軍四方(しはう)に解散し、吾(われ)はわずかに身をもつて免(まぬが)れ、やうやくここまで落ちのびたのである』 と一伍一什(いちぶしじふ)を物語つた。 美濃彦は驚いて大地に平伏し、立熊別の無礼を陳謝し、ただちに奥殿(おくでん)へともなひ種々(しゆじゆ)の饗応(きやうおう)をなし、かつ新しき衣服を出し来(きた)りてそれを着用させた。さうして元照彦を正座(しやうざ)に直し、自分は左側(さそく)に端坐し、侍者(じしや)をして立熊別を招き来(きた)らしめた。立熊別は美濃彦の前に出頭した。正座に立派な神のあるのを見て驚き、不審さうに顔を打見(うちみ)まもつてゐる。美濃彦は立熊別に向つて、先程の浮浪神は此方(こなた)であると、上座(じやうざ)の方を指(さ)し示した。立熊別はつくづくこれを眺め、はじめて元照彦なりしことを知り、尻を花立(はなたて)にして以前の無礼を陳謝した。 ここに美濃彦と密議の結果、元照彦は服装を変じ、、館の従臣港彦(みなとひこ)をともなひ、スペリオル湖のほとりに船頭(ふながみ)となつて往来の神司(かみがみ)を調べ、味方をあつめ、かつ敵の情勢を探らむとした。 常世姫(とこよひめ)の軍は、八方に手分けして言霊別命(ことたまわけのみこと)、元照彦の所在(ありか)を厳密に探らむとし、猿世彦(さるよひこ)は言霊別命の後(あと)を追ふて、いま此処(ここ)に現はれた。猿世彦は船を命じこの湖水を渡らむとした。港彦はただちに船を出した。船は湖の中ほどまで進んだ。にはかに暴風吹きおこり、浪(なみ)高く船はすでに浪に呑(の)まれむとする。猿世彦は顔色(がんしよく)蒼(あお)ざめ震ひ戦(おのの)いてゐた。これにひきかへ、港彦は平気の平左(へいざ)で歌をうたつてゐる。さうして常世の城は言霊別命、元照彦といふ神将のために再び陥落(かんらく)し、常世姫(とこよひめ)は竜宮城(りうぐうじやう)に行つたといふ噂が専(もつぱ)らであると、他事(よそごと)に話しかけた。猿世彦は心も心ならず、速やかにこの船を元へ返せと命じた。風はますます烈(はげ)しく、浪はおひおひ高くなつてきた。猿世彦は気が気でなく、しきりにかへせかへせと厳命した。港彦は少しも騒がず、ますます北方(ほくはう)へ漕ぐのであつた。そして港彦は容(かたち)を正し、猿世彦にむかひ、 『吾(われ)は卑しき船頭(ふながみ)となつて汝(なんぢ)らの来るのを待つてゐたのである。実は言霊別命、元照彦の謀将(ぼうしやう)である。今ここで南へ引きかへさむか、言霊別命は数多(あまた)の神軍を整へて汝を滅ぼさむと待ちかまへてゐる。北へ進まむか、北岸(ほくがん)には元照彦が神軍を整へ汝の到着を待つてこれを滅ぼさむとしてゐる。この湖は両神軍の部将が東西南北に手配(てくば)りして、蟻のはひでる隙間(すきま)もない状況である。吾(われ)は汝に教(をし)ふべきことがある。袖振り合ふも他生(たしやう)の縁といふではないか。汝と吾とはいはば一蓮托生(いちれんたくしやう)、いつそこの湖に両人投身しては如何(いかん)。なまじひに命を長らへむとして恥をかくは男子たるものの本意ではあるまい。また卑怯未練な心をおこし身を逃(のが)れむとして捕虜(とりこ)となり、恥をさらさば、汝一人(いちにん)の恥のみではない。常世姫の一大恥辱(ちじよく)である。覚悟はいかに』 と問詰(とひつ)めた。猿世彦は進退きはまり卑怯にも声を放つて、男泣きに泣きだし、手を合せて救ひを乞ふた。港彦は愉快でたまらず、 『しからば汝の願ひを聞き届けてやらう。その代りに、吾の一つの願ひを聞いてくれるか』 といつた。猿世彦は、 『命あつての物種(ものだね)、たとへ貴下(きか)が山を逆様(さかさま)に上(あが)れと言はれても、吾が命さへ助けたまへば決して違背(ゐはい)は申さじ』 と答えへた。港彦は、 『しからば汝の衣類を脱ぎすて、この湖の中へ投入し、裸になれ』 と命じた。 寒気の激烈なるこの湖上に、かてて加へて身を切るやうな寒風が吹き荒(すさ)んでゐる。されど命(いのち)が大事と猿世彦は、命(めい)の‘まにまに’衣を脱ぎ捨てた。たちまち蒟蒻(こんにやく)の幽霊が地震の孫のやうに、ブルブル慄(ふる)ひだし、つひには手足も凍り息さへ絶えて、完全なる木乃伊(ミイラ)になつてしまつた。港彦は言霊別命の土産(みやげ)として、この木乃伊を乗せて乗場(のりば)に引きかへしたのである。 (大正一〇・一一・二 旧一〇・三 桜井重雄録) 老人(おいびと)も若き男子(をのこ)も女子(をみなご)も 上(のぼ)る神路(かみぢ)の山は変らじ あし原の中(なか)つ御国(みくに)は異人(ことびと)の 夢にも知らぬ宝ありけり 教(をしへ)とは人の覚(さと)りの及ばざる 神の言葉の御告(みつげ)なりけり |
|
第四篇 常世の国 <第二六章 信天翁 (七六)>
|
|
2007/05/13(Sun)
|
|
第四篇 常世の国
<第二六章 信天翁(あはうどり) (七六)> 元照彦(もとてるひこ)の攻撃は進退きはまり、金毛八尾白面(きんまうはちびはくめん)の悪狐(あくこ)となりてロッキー山(さん)の方面に雲をおこして逃げ帰りしと見えしは、まつたく常世姫(とこよひめ)の魔術であつた。常世姫は依然として城内の奥深く潜んでゐた。常世姫は盛装をこらし悠然として竜世姫(たつよひめ)、竹熊彦(たけくまひこ)らの前に現はれた。竹熊彦は死者の蘇(よみがへ)りし如く狂喜した。諸神司(しよしん)もともに歓喜の声をあげて踊躍(ゆうやく)した。城内はにはかに、枯木(かれき)に花の咲きしがごとく陽気となつた。これに反し小島別(こじまわけ)、竹島彦(たけじまひこ)、松代姫(まつよひめ)は稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)にたいし、この失敗をいかにして陳謝せむやと、思案にくれ、顔の色までかへて青息吐息(あおいきといき)の体(てい)であつた。竜世姫は可笑(をか)しさに堪(た)へかねて失笑(ふき)だした。さうしてまた面白く歌を唄つて踊りだした。 その歌の文句は、 『竹島彦の顔見れば 閻魔(えんま)が抹香(まつかう)喰(く)つたやうに 何が不足でそんな顔 ここは地獄か極楽か 常世の城ではないかいな お地蔵さまでも呼んで来て お酌(しやく)さしたらどうであろ 小島別の神さまの お顔を一寸(ちよつと)眺むれば 青瓢箪(あおべうたん)か干瓢(かんぺう)か 朝瓜(あさうり)、鴨瓜(かもうり)、唐茄子(たうなすび) 南瓜(かぼちや)の一寸ひねたのか ここは畑ぢやあるまいに 青息吐息の仏掌薯(つくねいも) つくづく思案をして見れば うそでつくねた其(そ)の罪で 真赤(まつか)な恥を柿のへた 下手な巧(たくみ)はせぬがよい 宵(よひ)に企(たく)むだ梟鳥(ふくろどり) 夜食に外れてお気の毒 これが真(まこと)の信天翁(あはうどり) 一つの取得(とりえ)泣き寝入り 煎豆(いりまめ)花咲く時もある この縮尻(しくじり)は身の因果 因果応報(いんぐわおうはう)目のあたり 当り散らして怒(いか)つても 私(わたし)は一寸も知らぬ顔 顔が立たうが立つまいが いが栗頭が割れやうが 用が無いのはお前さま 三度の食事も二度にして 指をくはへて寝るがよい よいよいよいのよいとさつさ さつさと竜宮(りうぐう)に逃げ還(かへ)れ 帰れば竜宮の神さまに 頭(あたま)をはられて可笑(をか)しかろ をかし可笑しと笑はれて 腹を立てなよ小島別 笑ふ門(かど)には福きたる 来(きた)る時節を楽(たのし)みに 今度は改心するがよい よいよいよいのよいとさつさ』 諸神司(しよしん)は小島別、竹島彦の心配さうな顔つきを眺め、いろいろと言葉を尽して慰めた。常世姫はあまたの珍しきものを二柱(ふたはしら)に与へ、かつ慇懃(いんぎん)にその労を謝し、竜世姫には麗しき宝玉を与へ、稚桜姫命の御土産(おみやげ)としては、種々(くさぐさ)の珍宝を取り出して、これを竜世姫に伝献(でんけん)せしむることとなし、ここに四柱(よはしら)はまづ竜宮城へ還(かへ)ることとなり、はるかに海山川(うみやまかは)を打渡(うちわた)りやうやく帰城した。竜世姫は何の恐れ気(げ)もなく稚桜姫命の御前(ごぜん)に出(い)で、常世姫より預かりしくさぐさの珍宝を奉(たてまつ)り、かつ小島別、竹島彦らの今回の失策を詳細に、面白く進言した。稚桜姫命は大いに怒(いか)り、 『小島別以下の二神司(にしん)、すみやかに吾(わ)が前に来(きた)れ』 と厳命(げんめい)せられた。三柱(みはしら)は猫に追はれた鼠(ねずみ)のごとく縮みあがり、蚤(のみ)か虱(しらみ)のその如く、頭(あたま)を隠して戦慄(をのの)いてゐた。言霊姫(ことたまひめ)はこの状態を見て気の毒にたへず、いかにもして稚桜姫命の怒りを和らげむと百方焦慮し、竜世姫は面白き歌を作り、言霊姫は怪しき手つきをなして踊り狂ひ、命(みこと)を抱腹絶倒せしめ、この場のごみを濁さむとした。その歌は、 『大蛇(だいじや)に追はれた蟇蛙(ひきがへる) こんなこと‘ぢや’と知つたなら 使ひに行くの‘ぢや’なかつたに 何‘ぢや’かん‘ぢや’とだまされて ‘ぢや’ぢや馬神(がみ)に‘ぢや’ぢやにされ 元照彦に邪魔されて 善‘ぢや’悪‘ぢや’と争ひつ たがひに邪推の廻し合ひ 相(あひ)も変らぬ邪智(じやち)深き 常世の邪神に尾をふつて 尻までふつて腰抜いて 輿(こし)を取られて輿を舁(か)き 輿に乗せたる神さまに さんざん膏(あぶら)を搾(しぼ)られて その上(うへ)腰を揉まされて 越(こし)の国をば腰抜け顔して竜宮へ 帰つた姿を眺むれば 青菜(あをな)に塩か蛭(ひる)に塩 血を吐く思ひの時鳥(ほととぎす) ほつと一息(ひといき)休む間(ま)も なくてこの場に一同引き出され 何の云(い)ひわけ荒男(あらをとこ) 男の顔も竜世姫 立つ時えらい勢(いきほひ)で 帰つた時のその姿 姿かくして泣いてゐる これが深山(みやま)の時鳥 ほうほけきやうの呆(はう)け面(づら) 面(つら)を隠して尻(しり)を出し 尻の締(しま)りはこの通り 通り越したる大阿呆(おほあはう) 阿呆々々(あはうあはう)と暁(あかつき)に 鳴いた烏(からす)の惚(とぼ)け声 どうぞ許して下(くだ)しやんせ 三人寄れば文殊(もんじゆ)の智慧(ちゑ)といふものを この三人の神さまは 年は取つても虫喰(く)はぬ 目に見ぬ智慧は稚姫(わかひめ)の 若布(わかめ)のやうな弱腰(よわごし)で 向うも見ずにべらべらと 云はぬは云ふにいや勝(まさ)る 猿が三匹飛んで出て 常世の国で恥を‘かき’ なほまた帰つて頭(あたま)掻く 木から落ちたる猿のよに 空を眺めて泣くよりも 一先(ひとま)づこの場を‘さる’がよい よいよいよいのよいとさつさ』 といふ戯歌(ざれうた)であつた。三柱(みはしら)はこの歌の言霊(ことたま)によつて、稚桜姫命のお怒(いか)りを和らげ、言霊別命(ことたまわけのみこと)を失つたる失敗の罪を赦された。 (大正一〇・一一・一 旧一〇・二 加藤明子録) 奇魂(くしみたま)智慧(ちゑ)の光は村肝(むらきも)の 心の暗(やみ)を照明(てりあか)すなり 奇魂智(さとり)の道の程々(ほどほど)に 世の物事を裁く義(ただ)しさ |
|
第四篇 常世の国 <第二五章 蒲団の隧道 (七五)>
|
|
2007/05/12(Sat)
|
|
第四篇 常世の国
<第二五章 蒲団(ふとん)の隧道(トンネル) (七五)> 言霊別命(ことたまわけのみこと)の夜陰(やいん)にまぎれて城中(じやうちう)を遁(に)げ出(い)でたる藻脱(もぬ)けの殻(から)のあとの祭りの光景は、実(じつ)に惨憺(さんたん)たるものであつた。神司(かみがみ)は残らず八方に派遣された。後(あと)には常世姫(とこよひめ)、諸神司(しよしん)を集め竜世姫(たつよひめ)の行動を怪しみ、いろいろと詰問(きつもん)をした。竜世姫は何といはれても平気の平左(へいざ)で鼻唄を謡(うた)ひ、素知(そし)らぬ顔に誤魔化(ごまくわ)すのであつた。常世城(とこよじやう)の重神(ぢうしん)猿世彦(さるよひこ)は、竜世姫にむかひ、 『大切なる玉(たま)を、眠れる間(ま)に失ひたるは貴神司(きしん)の責任なり。貴神司はこれより常世姫に事実を述べ、所在(ありか)を詳(つまびら)かに自白せられよ』 と迫つた。竜世姫は飽くまで白(しら)を切り、ネル尽(づく)しの歌を作つて怪しき手真似(てまね)をなし、臀(しり)を振りつつ面白く踊りくるふのであつた。 その歌は、 『長途(ちやうと)の旅に疲れてグツと寝る 素人(しろうと)按摩(あんま)が肩ひねる 竹島彦(たけじまひこ)が腰ひねる 寝るは寝るは他愛もなしに 寝る間(ま)に飛び出た目の玉は 尋ねる由(よし)も泣き寝入(ねい)り こねる理屈も立ちかねる 呆れてわたしは尻(しり)ひねる なんぼ理屈をこねるとも わたしは何とも言ひかねる 言霊別の神さまは 竜宮城へは往(い)にかねる 行衛(ゆくゑ)はどこぢやと尋ねるも 妾(わたし)は知らぬで言ひかねる 寝床(ねどこ)の後(あと)を眺むれば 布団(ふとん)の隧道(トンネル)開(あ)いてある あまり寝るにもほどがある 常世の国の神さまの わたしは心を解きかねる ねつてねつてねりさがし 百度も千度もねるがよい わたしに何を尋ねるも 白川夜船(しらかはよぶね)のネル尽し 白川夜船のネル尽し』 と奥殿(おくでん)目がけて踊り入(い)る。常世姫も呆れはて、やうやくに疑ひを晴らした。 常世の城はほとんど空虚となり、守将(しゆしやう)は大部分出城(しゆつじやう)して、言霊別命の跡(あと)を追うて不在中である。にはかに城下に聞ゆる鬨の声(ときのこゑ)。常世姫は高台(たかだい)に上(のぼ)つて城下をきつと打見(うちみ)やれば、豈(あに)はからむや、元照彦(もとてるひこ)はあまたの神軍を引(ひき)つれ、十重二十重(とへはたへ)に取囲(とりかこ)んでいまや火蓋(ひぶた)を切らむとする勢(いきほひ)であつた。 常世姫は進退これきはまり、直ちに和睦(わぼく)をなさむとて、竜世姫を軍使(ぐんし)として、元照彦の神軍に遣(つか)はした。竜世姫は元照彦の前に出(い)で、たがひに顔を見合せ、微笑(びせう)しつつ常世姫の命(めい)を伝へた。 元照彦は和議(わぎ)に関する信書をしたため、常世姫に送達した。その文意は、 『すみやかに城を捨て、汝(なんぢ)はウラル山(さん)に退却せよ』 といふのであつた。常世姫はいよいよ進退谷(きは)まり、ただちに黒雲(こくうん)を呼び、金毛八尾(きんまうはちび)の悪狐(あくこ)と化して東北(とうほく)の空高く遁(に)げのびた。 元照彦は常世の城に入城した。常世姫の部下の神軍は、残らず元照彦に降伏した。元照彦は諸神司(しよしん)の勤労を慰めむとして酒宴を催(もよほ)した。このときロッキー山(さん)の南方(なんぱう)に立籠(たてこも)りたる常世姫の部下なる竹熊彦(たけくまひこ)、安熊(やすくま)といふ勇猛なる魔神(ましん)があつた。彼(かれ)は常世城の陥落し、かつ常世姫の身をもつて免(まぬが)れたるを憤慨(ふんがい)し、再びこれを回復せむとして身をやつし、城下近く進んで様子を考へたのである。 このとき元照彦は心(こころ)ゆるめ、丸裸(まるはだか)のまま酔ひ倒れてゐた。竹熊彦、安熊は突然城内に侵入し、頭槌(くぶつち)をもつて元照彦の部下を目がけて打ちまくつた。今まで元照彦に帰順せし常世城の神司(かみがみ)は総立(そうだち)となり、四方(しはう)より討ちかかつた。これらの諸神司(しよしん)は初めより酒を呑(の)み酔ひしと見せて、その実(じつ)水を呑み酒に酔ひし風(ふう)をしてゐた。元照彦は驚きのあまり酔(ゑひ)もにはかに醒め、生命(いのち)からがら裏門より逃げだし、壕(ほり)を泳いで裸のまま後(あと)をも水(みづ)に、浪(なみ)を打たせつつ震(ふる)ひにふるふて、北方(ほくはう)さして影を隠してしまつた。元照彦の運命はどうなるであらうか。 元照彦の神軍はにはかに驚いて酔(ゑひ)を醒まし、蜘蛛(くも)の子を散らすがごとく四方(しはう)に遁(に)げ散つたのである。 (大正一〇・一一・一 旧一〇・二 外山豊二 録) |
|
第四篇 常世の国 <第二四章 藻脱けの殻 (七四)>
|
|
2007/05/11(Fri)
|
|
第四篇 常世の国
<第二四章 藻脱(もぬ)けの殻(から) (七四)> 常世(とこよ)の都には荘厳瀟洒(そうごんせうしや)なる大神殿が建てられ、天地(てんち)の諸神を鎮際し奉(たてまつ)つた。ここに常世姫(とこよひめ)は斎主(さいしゆ)となり、言霊別命(ことたまわけのみこと)は諸神司(しよしん)を率ひ副斎主の職を奉仕した。荘厳なる祭典はやうやくにして済んだ。ただちに直会(なほらひ)の宴(えん)にうつり、常世姫は首座(しゆざ)に、八百万(やほよろづ)の神司(かみがみ)は順次宴席(えんせき)に着いた。さしもの広大なる広前(ひろまへ)も立錐(りつすゐ)の余地もなきまでに塞(ふさ)がつた。 言霊別命は竜宮城(りうぐうじやう)の大切なる賓客(ひんきやく)として、常世姫の次席(じせき)の座を占(し)めることとなつた。このとき竜世姫(たつよひめ)は顔色(がんしよく)を変へ、常世姫の前にて言霊別命を尻目(しりめ)にかけ、 『かかる腰抜け神司(がみ)を正座(しやうざ)に着かしむるは吾(われ)を侮辱するものなり。吾(われ)は稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の娘なり。席を代らせたまへ』 と申し込んだ。衆神(しうしん)はこの形勢を見て不安の念にかられた。言霊別命は大いに怒(いか)り、 『女神(めがみ)の分際(ぶんざい)にて吾(われ)の上座(じやうざ)に着かむとするは、僭越(せんえつ)もはなはだし。汝(なんぢ)は最下座(さいげざ)にかへり、吾(われ)に接待の役(やく)を務めよ』 といつた。かくして二神(ふたり)の争ひは再発した。 言霊別命はつひに一歩を譲つて、竜世姫を上座(じやうざ)にすえた。このとき、山野河海(さんやかかい)の美味(うま)し物は諸神司(しよしん)の前へ運ばれてきた。常世姫は一同にむかひ、祭典の無事終了せしことを祝し、かつ直会(なほらひ)の宴(えん)を開きたる次第を細々(こまごま)と述べたてた。 言霊別命はこれに答へて竜宮城を代表し、慇懃(いんぎん)なる挨拶を述べ、いよいよ酒宴(しゆえん)の箸(はし)をとることとなつた。このとき竜世姫は、言霊別命の前にある種々(くさぐさ)の馳走(ちそう)を見、怒(いか)つて曰(いは)く、 『かかる腰抜け神司(がみ)に、山野河海の珍物(ちんもつ)を饗応(きやうおう)するは分(ぶん)に過ぎたり』 といひつつ、命(みこと)の前に据ゑたる膳部(ぜんぶ)を残らず転覆(ひつくり)かへした。そして自分の懐中(ふところ)より蛙(かわづ)の形したる味よきパンを取りだし、 『これは蛙(かわづ)の木乃伊(ミイラ)なり。汝(なんぢ)はこれにて充分なり』 といひも終らず、ただちに言霊別命の口に捻(ねぢ)こんだのである。うちかへされたる膳部の羹(あつもの)よりは青色(せいしよく)の火焔(くわえん)が立ち昇つた。常世姫以下の神司(かみがみ)は、二神(にしん)の間(あひだ)が犬猿(けんゑん)もただならざることを知り、竜世姫に心を許してゐた。 宴会は無事にすんだ。神司(かみがみ)は各自わが居間に帰つた。言霊別命は主賓として、奥殿(おくでん)のもつとも美(うるは)しき居間にて寝(しん)につくこととなつた。小島別(こじまわけ)、竹島彦(たけじまひこ)は侍者(じしや)として枕辺(まくらべ)に保護することとなつた。命(みこと)は腰部の苦痛はなはだしければ、ふたりに命じて夜(よ)深くまで腰を揉ましめた。ふたりは疲れはてて高鼾(たかいびき)をかきだした。そこへ竜世姫来(きた)りて、ふたりに対して一間(ひとま)に休息せよと命じた。ふたりは喜んで命(めい)のまにまに一間(ひとま)へはいつて、白河夜船(しらかはよぶね)を漕(こ)いで、華胥(くわしよ)の国へ遊楽(いうらく)してゐた。 その間(ま)に竜世姫は言霊別命に武装せしめ、夜(よる)ひそかに裏門より逃(のが)れしめた。門外には元照彦(もとてるひこ)あまたの従者(じゆうしや)とともに待ち伏(ふ)せて、天の羽車(あめのはぐるま)に乗り、北方(ほくはう)めがけて逃げ出したのである。たちまち奥殿(おくでん)に声が聞えた。諸神司(しよしん)は目を覚まし、何事の突発せしかと怪しみながら駆(か)けつけた。 このとき竜世姫は大音声(だいおんじやう)にて、 『われ今、言霊別命に殺されむとせり。われは女神(めがみ)ながらも死力をつくして争ひたれば、命(みこと)は力つき逃げゆくとたんに、階段より辷(すべ)り落ち、いまこの深き壕(ほり)に溺没(できぼつ)したり。神司(かみがみ)来(きた)りてこれを救ひ上げよ』 と叫びつつあつた。神司(かみがみ)は言霊別命のひそかに逃(のが)れしを夢にも知らず、右往左往(うわうさわう)に走りまはり、舟をいだして壕(ほり)を捜索したが、つひにはその影だにも認(みと)むることができなかつた。 小島別、竹島彦、松代姫(まつよひめ)は大いに驚き、 『吾(われ)らは稚桜姫命に対し奉(たてまつ)り、何とも陳弁(ちんべん)の辞(ことば)なし』 と頭(あたま)をかたむけ吐息をつくのであつた。時しも急報あり、 『言霊別命は元照彦と共に、神軍(しんぐん)を率ひて逃げ失(う)せたり』 との報告である。常世姫、小島別、その他(た)あまたの神司(かみがみ)は、八方に手配(てくば)りして命(みこと)の所在(ありか)を厳探(げんたん)したが、つひにその影を認(みと)むる事はできなかつた。あゝ言霊別命の運命はどうなるであらうか。 (大正一〇・一一・一 旧一〇・二 桜井重雄録) |
|
第四篇 常世の国 <第二三章 竜世姫の奇智 (七三)>
|
|
2007/05/10(Thu)
|
|
第四篇 常世の国
<第二三章 竜世姫の奇智 (七三)> 小島別(こじまわけ)、竹島彦(たけじまひこ)は、言霊別命(ことたまわけのみこと)の輿(こし)をかつぎながら、猿が渋柿(しぶがき)を喰(く)つたやうに、子供が苦い陀羅助(だらすけ)を呑(の)んだやうな面構(つらがま)へして嫌々ながらかついでゆく。心中の不平不満は察するにあまりがあつた。やうやく嶮(けは)しい坂に差しかかつた。ふたりは汗水(あせみづ)垂(た)らして登りゆく。松代姫(まつよひめ)は竹島彦の後棒(あとぼう)を押しながら助けてゆく。竜世姫は滑稽諧謔(こつけいかいぎやく)の神司(かみ)である。後(うしろ)からこの状態を見(み)、手を打ちつつ笑ひ、いろいろの面白き手まね、足踏みしながら、 『言霊別(ことたまわけ)の神さまは こしの常世(とこよ)へ使(つか)ひして 道に倒れて腰を折り 輿に乗せられ腰痛む こしの国でも腰抜かし 腰抜け神(こしぬけがみ)と笑はれる 他(ひと)の事なら何ともない こしやかまやせぬ こしやかまやせぬ』 と声を放つてからかふ。 小島別(こじまわけ)以下の一行は、登り坂にあたつて苦しみつつある際、この歌を聞きて吹きだし、笑ひこけ、足まで倦(だ)るくなつて一歩も進めず、ここらに立往生(たちわうじやう)をなし、つひには腰をまげ腹を抱(かか)へて笑ふのであつた。輿の中よりは、言霊別命の声としてさも愉快げに、 『こいでこいでと松代(まつよ)は来(こ)いで 末法の世がきて籠(かご)をかく 小島(こじま)、竹島(たけじま)お気の毒 さぞやお腰が痛からう お腹(はら)が竜世(たつよ)が倒れうが 他(ひと)のことなら何ともない こしや構(かま)やせぬ、かまやせぬ』 と歌つた。小島別、竹島彦はその歌を聞くなり大いに怒(いか)つて輿をそのまま谷底へ投げ棄てた。 輿は転々として谷底へ落ち木葉微塵(こつぱみぢん)に砕けてしまつた。小島別らは手を打つて快哉(くわいさい)を叫び舞ひをどつてゐた。 言霊別命は懐中に持てる、種々物(くさぐさもの)の領巾(ひれ)の神力(しんりき)により、少しの負傷だもなく、悠然として谷を登り、小島別一行の立てる前に現はれた。竜世姫は口をきはめて言霊別命を熱罵(ねつば)した。ここに二神(にしん)のあひだに大争論がはじまり、つひには摑(つか)みあひとなつた。この争論は全く両神(りやうしん)の八百長(やほちやう)である。真意(しんい)を知らざる小島別、竹島彦らは、竜世姫に怪我させじと仲に分けいり、言霊別命を双方より乱打した。それより竜世姫、言霊別命は後(あと)になり先になり悪口(あくこう)の限りをつくし、犬猿(けんゑん)もただならざる様子を示した。一行はおひおひ常世(とこよ)の都に近づいた。常世姫(とこよひめ)はあまたの神司(かみがみ)をして言霊別命の一行を迎へしめた。そして二台の輿がきた。一台には言霊別命これに乗り、一台には竜世姫がこれに乗つた。小島別、竹島彦は迎への神司(かみがみ)に命じ、言霊別命の輿を前後左右に揺りまはし、あるひは高く頭上に上げ、ときどきは低く地上に落とし苦しめた。命(みこと)はほとんど眩暈(めまひ)するばかりであつた。常世姫の宮殿に着いたときは、言霊別命は劇烈(げきれつ)なる動揺のため疲労し、咽喉(のど)をかわかせ、急ぎ水(みづ)を求めた。常世姫の侍者(じしや)は黄金(わうごん)の器(うつは)に水を盛り、渇ける命(みこと)に捧呈(ほうてい)した。このとき竜世姫は輿より降り、この様をみて、 『かかる尊き玉水(ぎよくすゐ)を腰抜神(こしぬけがみ)に呑(の)ますの必要なし。われは大いに渇きたり。この水はわが呑むべき水なり。腰抜神は泥水(どろみづ)にて充分なり』 といひながらその水を横合(よこあひ)よりやにはに奪ひ、松代姫(まつよひめ)の神を目がけて打(うち)かけた。松代姫の袖よりは火煙(くわえん)を発し、熱さに悶えつつ壕(ほり)に飛込み火を消し、辛うじて這ひ上(あが)つてきた。諸神司(しよしん)は驚いて松代姫の方に走り新しき衣(ころも)を着替へさせこれを労(いた)はり慰めた。言霊別命は竜世姫の剛情我慢(がうじやうがまん)を詰(なじ)つた。竜世姫はしきりに『腰ぬけ、腰ぬけ』と嘲笑(てうせう)した。言霊別命は憤懣(ふんまん)の色(いろ)をあらはし、剣(つるぎ)の柄(つか)に手をかけ切つて捨てむと竜世姫に迫つた。小島別、竹島彦は二神司(にしん)の仲に割つていり、百方(ひやくぱう)弁をつくして仲裁の労(らう)をとり、この紛争は無事に治まつたのである。この争ひは竜世姫が言霊別命の毒殺されむとするを救ふための深慮に出(い)でたる一場(いちぢやう)の狂言(きやうげん)であつた。 (大正一〇・一一・一 旧一〇・三 加藤明子録) 手も足も出し様(やう)は無し偽(にせ)やまひ 寝て走る様な偽病(にせやまひ)に手を盡(つく)し |


