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第三篇 神戦の経過 <第一六章 梟の宵企み (六六)>
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2007/04/30(Mon)
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第三篇 神戦の経過
<第一六章 梟(ふくろ)の宵企(よひだく)み (六六)> ここに言霊別命(ことたまわけのみこと)は、疑惑まつたく晴れて蜂の室屋(むろや)を再び出(い)で、神業(しんげふ)に奉仕せられた。されど疑惑の念深き稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)は、言霊別命の心中に野望を抱(いだ)けるものと、日夜疑心(ぎしん)を抱(いだ)いてをられたのである。かてて加へて小島別(こじまわけ)、田依彦(たよりひこ)の一派は心中穏(おだや)かならず、命(みこと)の神務(しんむ)にたいし、いちいち反対的態度を持(ぢ)し種々(しゆじゆ)の妨害を加へ、かつ非難を放つて止(や)まなかつた。神国別命(かみくにわけのみこと)以下の神司(かみがみ)も、小島別の言(げん)に賛同して、つひに言霊別命を排斥せむとするに立(たち)いたつた。 うたがひの黒雲(くろくも)おほふも何かせむ天津日(あまつひ)さへも曇る世(よ)なれば されば言霊別命は、天使(てんし)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)、真澄姫(ますみひめ)とはかりたまひ、天道別命(あまぢわけのみこと)、天真道彦命(あめのまみちひこのみこと)とともに一時(いちじ)竜宮城を立退(たちの)き、ローマの都に下(くだ)りて、国魂(くにたま)の神(かみ)花園彦(はなぞのひこ)の御舎(みあらか)に潜み、時の到(いた)るを待ちたまふこととなつた。このとき八島彦(やしまひこ)、元照彦(もとてるひこ)、正照彦(まさてるひこ)らの諸神司(しよしん)は、共にローマの都に集まり、天道別命(あまぢわけのみこと)、天真道彦命(あめのまみちひこのみこと)の教(をしへ)を四方(しはう)に宣伝し、声望(せいばう)天下にふるひ、驍名(げうめい)つひに竜宮城にまで高く達した。 稚桜姫命は大いに驚きたまひ、小島別、田依彦、安川彦(やすかはひこ)、その他(た)諸々(もろもろ)の神司(かみ)をして、言霊別命の遺物(ゐぶつ)をヨルダン川の岸に持出(もちだ)さしめ、八方より火をかけてこれを焼燼(せうじん)せしめたまふた。 さるほどに、言霊別命はモスコーの都に出(い)で、諸神司(しよしん)を集めて、天津神(あまつかみ)の宣旨(みのり)を宣(の)べ伝へた。この時、ローマなる花園彦の急使(きふし)として、小島別、田依彦、安川彦の三神(さんしん)はあまたの神と共に出(い)できたり、片時(かたとき)もはやく還(かへ)りたまへと報告した。 言霊別命は八島彦をともなひローマに帰り、花園彦の神殿に到着した。待ちくたびれたる小島別の一行は、言霊別命の御殿(みあらか)に入(い)り、威儀(ゐぎ)を正し、容(かたち)をあらため、 『吾(われ)は稚桜姫命より重大なる任務を帯びてはるばる下(くだ)りきたれる神使(しんし)なり。汝(なんぢ)は今(いま)この地にありて諸々(もろもろ)の神司等(かみたち)を集め勢力日に加ふと聞く。思ふに後日(ごじつ)地(ち)の高天原(たかあまはら)を占領し覇権(はけん)を握らむとするの所存(しよぞん)ならむ。汝は命(みこと)の命(めい)に従ひ、この所(ところ)を捨てて竜宮城に帰還し、命(みこと)の命(めい)のまにまに悔改(くいあらた)めて神業(しんげふ)に従ひまつるか、万一これを拒むにおいては吾(われ)に覚悟あり』 と都牟刈太刀(つむがりのたち)の柄(つか)に手をかけ、三方(さんぱう)より返答きかむと詰めよつた。言霊別命は小島別らの尊大不遜(そんだいふそん)なる態度にあきれながら、小島別の鼻高く肩を揺(ゆ)りて折衝(せつしやう)する姿の可笑(おか)しさにたへず、抱腹絶倒(はうふくぜつたう)した。 小島別は大いに怒(いか)り、真赤(まつか)になつて、 『汝(なんぢ)大神(おほかみ)の神使を愚弄(ぐらう)するや。このままには捨ておかじ。覚悟をせよ』 と三方より刀を抜きはなちて切りかけた。 歎(なげ)きつついかい眼(め)をむく猿芝居(さるしばゐ) 言霊別命は偽(いつは)つてこの場をのがれ、後日の備へをなさむとし、降伏の神文(しんもん)をしたため、小島別に渡し、 『貴下(きか)は今より速やかに竜宮城に帰らせたまへ。吾(われ)は神軍(しんぐん)を解散しすべての後始末をなし、後(あと)より帰参(きさん)すべし』 と体(てい)よく答弁した。 小島別は得意満面にあふれ、勝ち誇つたる面持(おももち)にて、あたかも鬼の首を竹箆(たけべら)にて切りとりしごとく、意気傲然(いきごうぜん)として、他(た)の三神司(さんしん)とともに数多(あまた)の部下を引連(ひきつ)れ、竜宮城に帰還した。 三神司(さんしん)は肩にて風を切りつつ、手柄顔(てがらがほ)に稚桜姫命のこ御前(みまへ)に出(い)で、 『このたびは大神の御神威(ごしんゐ)により大勝利を得たり。やがて言霊別命は悄然(せうぜん)として、後(あと)より還(かへ)り来(きた)るべし。その詫状(わびじやう)は今ここにあり』 と鼻高々と得意気にその封書を命(みこと)に奉(たて)まつつた。稚桜姫命は大いに喜びたまひ、披(ひら)き見ればこはそもいかに、言霊別命は竜宮城に断じて帰還せず、稚桜姫命はまづ御心(みこころ)を改められて、嫉妬心を去り、冷静に復(かへ)り、赤心(せきしん)より悔(く)い、もつて一切の誤解を払拭(ふつしき)し、常世姫(とこよひめ)、小島別、魔我彦(まがひこ)、魔我姫(まがひめ)その他(た)の神司(かみがみ)をそれぞれ処罰し、もつて吾(わが)意のごとく改革の実(じつ)をあげたまふならむには、喜びて帰城すべし。万一この語(ことば)に御違背(ごゐはい)あらば、吾(われ)らはますますローマの都に根拠を固め、ここに天津神(あまつかみ)の命(めい)を奉じて、新(あらた)に地の高天原を開き、竜宮城を建設し、もつて貴神(きしん)に対抗し奉(たてまつ)り、花々しく雌雄(しゆう)を決し申さむ、との極めて強硬(きやうかう)なる信書であつた。 稚桜姫命は顔色(がんしよく)にはかにかはり、声もいとあららかに信書を引破(ひきやぶ)りて握りかため、小島別の面上(めんじやう)目がけて投げつけ、雉子(きぎす)の直使(ひたづかひ)なり、と神使の不明不覚を詰(なじ)りたまふた。 小島別以下の神司(かみがみ)は案に相違し、あたかも梟(ふくろどり)の夜食に外れしごとく、頭(あたま)をかいて小隅(こすみ)に引きさがり、今後の身の進退につき苦心してゐた。 ここに稚桜姫命は大いに憤(いきどほ)りたまひ、小島別、田依彦、安川彦をして数多(あまた)の神軍を引率(いんそつ)せしめ、言霊別命を討ち悩ましたまふことになるのである。言霊別命は巳(や)むをえず、花園彦、元照彦、正照彦、八島彦をして、これが防備に当らしめた。 (大正一〇・一〇・三〇 旧九・三〇 谷口正治録) 梟(ふくろう)や宵(よひ)になく声(こゑ)朝(あさ)のこゑ |
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第三篇 神戦の経過 <第一五章 山幸 (六五)>
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2007/04/29(Sun)
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第三篇 神戦の経過
<第一五章 山幸(やまさち) (六五)> 言霊別命(ことたまわけのみこと)の弟に元照彦(もとてるひこ)といふ放縦(はうじう)な神司(かみ)があつた。この神司(かみ)は、言霊別命が神業(しんげふ)に従事して神界を思ふのあまり、親兄弟を顧みざるのを憤慨してゐた。 ふるさとの空(そら)打ちながめ思ふかな国(くに)にのこせし母はいかにと 元照彦は山幸(やまさち)を好み、天の香具山(あめのかぐやま)の鉄(まがね)をもつて諸々(もろもろ)の武器を作り、あまたの征矢(そや)を製(せい)して大台ケ原(おほだいがはら)に立てこもり、大峡小峡(おほがひこがひ)にすむ熊、鹿、猪(しし)、兎などを打ちとり無上の快楽としてゐた。さうして伊吹彦(いぶきひこ)といふ供神(ともがみ)は常に元照彦に陪従(ばいじゆう)し、山幸を助けてゐた。 ここに伊吹山(いぶきやま)に立てこもり時節(じせつ)を窺(うかが)ひゐたる武熊別(たけくまわけ)の部下、八十熊(やそくま)、足熊(あしくま)、熊江姫(くまえひめ)、その他(た)多くの魔神(まがみ)も大台ケ原山(おほだいがはらやま)にわけ入(い)り、花々しく山幸を試(こころ)むれども、終日奔走(ほんそう)してただ一頭の獲物もなかつた。そのわけは元照彦が熟練せる経験により大小の鳥獣(てうじう)を一(ひとつ)も残らず狩(かり)とつた後ばかりを進んだからである。八十熊以下は方向を転じて山を越え、再び山幸を試みた。そこには伊吹彦がゐて征矢(そや)をもつて盛んに山幸をしてゐた。八十熊以下の者は伊吹彦に種々(しゆじゆ)の宝を与へて、しきりにその歓心(くわんしん)を買ひ、つひに伊吹彦をして元照彦に背(そむ)き、かつ征矢をもつて元照彦を殺さしめむと計(はか)つた。伊吹彦は八十熊らの慾(よく)に誘はれ、つひに八十熊の味方となつてしまつた。 元照彦は伊吹彦の変心(へんしん)せしことを知らず、常(つね)のごとく相伴(あひとも)なつて日の出ケ山(ひのでがやま)に登り、群がる猪(しし)にむかつて征矢を射(い)らしめた。伊吹彦はその猪にむかつて矢を射るがごとく装ひ、たちまち体(たい)を翻(ひるがへ)して元照彦目がけてしきりに射(い)かけた。元照彦は驚いて八尋(やひろ)まはりの大杉(おほすぎ)の蔭(かげ)にかくれ、征矢を防がむとした。この時、八十熊らの魔神軍(ましんぐん)八方より現はれ来(きた)りて、さかんに征矢を射かけた。元照彦は進退これ谷(きは)まり、身に十数創(じふすうさう)を負ひその場に仆(たふ)れた。 言霊別命は竜宮城にあり、弟の危難を知りて直ちに天の鳥船(あまのとりふね)に乗り、大台ケ原に駆(かけ)り進んだ。ただちに伊吹彦、八十熊以下の邪神軍(じやしんぐん)にむかひ種々(くさぐさ)の領巾(ひれ)を打ち振れば、伊吹彦始め他(た)の魔軍は黒雲(こくうん)をおこし、武熊別(たけくまわけ)の隠れたる伊吹山さして雲(くも)を霞(かすみ)と逃げ去つた。 元照彦は重傷を負ひ、つひに病(やまひ)の床(とこ)に臥(ふ)し、生命(せいめい)危篤(きとく)の状態におちいつた。このとき母神(ははがみ)の国世姫(くによひめ)は、 『汝(なんぢ)平素の放縦(はうじう)なる心を立替(たてか)へ、深く神を信じ、兄弟と共に神業(しんげふ)に参加せば、大神(おほかみ)の恵(めぐみ)によりて汝が病は立ちどころに癒えむ』 と懇(ねんごろ)に涙とともに諭(さと)された。 ここにはじめて元照彦は敬神(けいしん)の至誠(しせい)をおこし、数月(すうげつ)の間(あひだ)、苦痛を忍びつつ天地(てんち)の大神を祈り、つひに病床を離れ全く悔改(くいあらた)めて、山幸の快楽を捨てて苦しき神業(しんげふ)に参加し、言霊別命の蔭身(かげみ)に添ひて、神教(しんけう)を天(あめ)の下(した)四方(よも)の国々に宣伝し偉功(ゐこう)をあらはした。 邪神伊吹彦は八十熊と共に一時(いちじ)は伊吹山に逃れ去り、やつと息継ぐ暇もなく、どこともなく飛びくる白羽(しらは)の征矢に当り、山上(さんじやう)より転落して終焉(しうえん)を告げ、伊吹山の邪鬼となつた。 (大正一〇・一〇・三〇 旧九・三〇 桜井重雄録) |
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第三篇 神戦の経過 <第一四章 水星の精 (六四)>
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2007/04/29(Sun)
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第三篇 神戦(しんせん)の経過
<第一四章 水星(すゐせい)の精(せい)> ここに田依彦(たよりひこ)、中裂彦(なかざきひこ)は麗(うるは)しき庭園を造り、稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)を慰(なぐさ)め奉(たてまつ)らむとし、ヨルダン河の上流にあまたの神々を引きつれ、千引(ちびき)の岩(いは)をとり、広き石庭(いしには)を造らむとした。稚桜姫命はにはかに身体(しんたい)に大痙攣(だいけいれん)を発し、劇烈なる腹痛に悩まされたまふた。諸神司(しよしん)は驚き集まりて、あるひは天に祈り、あるひは薬を献(けん)じ、百方(ひやくぱう)手を尽せども、何の効(かう)をも奏(そう)せなかつた。このとき小島別(こじまわけ)は言霊別命(ことたまわけのみこと)の前に出(い)で、命(みこと)の重病に罹(かか)り給(たま)ひし原因につきて神界に奉伺(ほうし)し裁断(さいだん)を請(こ)ひ、神示を得むことを依頼した。言霊別命は大いに驚き、ただちに神言(かみごと)を奏上し神示を請ひ奉(たてまつ)つた。天津神(あまつかみ)の神示によれば、 『ヨルダン河の上流に、水星の精より出(い)でたる長方形にして茶褐色(ちやかつしよく)を帯(お)べる烏帽子型(ゑぼしがた)の霊石(れいせき)あり、これを掘りだし持ち帰り、汚(けが)れたる地上に奉置(はうち)し、その上にあまたの岩石を積みたり。水星の霊(れい)苦しみにたへず、これを諸神司(しよしん)に知らさむがために稚桜姫命に病(やまひ)を発せしめ、もつて警告せるなり。すみやかに種々(しゆじゆ)の厳石(がんせき)を取り除きて、その霊石を黄金水(わうごんすゐ)にて洗い清め、宮(みや)を作りてこれを鎮祭(ちんさい)せば、命(みこと)の病(やまひ)はたちまち恢復(くわいふく)せむ。しかしてこれを掘り出したるは中裂彦にして、これを汚(けが)したるもまた同神司(どうしん)なり。田依彦以下の神司(かみがみ)も共に、水星の祟(たた)りを受(う)くべきはずなれども、その責任は主神(しゆしん)たる稚桜姫命に負(お)はせたまへるなり。されば諸神司(しよしん)は慎(つつし)みて水星の神に陳謝し恭(うやうや)しくこれを祭れ』 との神示であつた。 小島別はこれを聞きて大いに恐れ慎みてその命(めい)のごとく取計(とりはか)らつた。不思議なるかな稚桜姫命の病苦は霊石を洗ひ清めて恭しく神殿に祭るとともに拭ふがごとく癒(い)えたのである。 ヨルダン河の上流に、この水星の精なる烏帽子型(ゑぼしがた)の霊石ありしため、河広く水深く、清鮮(せいせん)の泉(いづみ)ゆるやかに流れて、あたかも水晶の如くなりしを、この霊石を掘り出してより、山上(さんじやう)よりは土砂を流し河を埋(うづ)め、濁水(だくすゐ)の流れと変化してしまつた。そして中裂彦はここに心(こころ)狂ひてヨルダン河に身を投じ、その霊は悪蛇(あくじや)と変じ、流れて死海に入(い)り、変じて邪鬼(じやき)となつた。水星の精を祭りたる水(みづ)の宮(みや)は、言霊別命特に斎主(さいしゆ)として日夜奉仕さるることとなつた。 一時(いちじ)霊石を祭りて恢復(くわいふく)し給ひし稚桜姫命は、その後(ご)健康勝(すぐ)れたまはず、時々病床に臥(ふ)したまふことがあつた。茲(ここ)に常世姫(とこよひめ)は信書を認(したた)め、熊鷹(くまたか)の足に結びこれを放ち、真道知彦(まみちしるひこ)に何事かを報告した。真道知彦は稚桜姫命の長男であつた。この信書を見てたちまち顔色(かほいろ)を変じ、怒髪天(どはつてん)を衝(つ)き竜宮城に参入(さんにふ)し、神国別命(かみくにわけのみこと)、花森彦(はなもりひこ)、真鉄彦(まがねひこ)、小島別その他(た)の神司(かみがみ)を集めて、何事か凝議(ぎようぎ)したのである。そしてその結果は、稚桜姫命に進言(しんげん)された。稚桜姫命はこれを聞きて大いに怒(いか)り、言霊別命にむかひ、 『汝(なんぢ)は水星の霊石を祭りもつて吾(われ)を苦しめ、或(ある)ひは呪詛(じゆそ)し、つひに取つて代らむとの野心ありと聞く、実(じつ)に汝の心情疑ふにあまりあり。もし汝にして誠意あり、吾(わ)が疑ひを晴らさむとせば、すみやかに水星の宮(みや)を毀(こぼ)ち、その神体(しんたい)なる霊石を大地(だいち)に抛(なげう)ち、これを砕(くだ)きて誠意を示せ』 と厳しく迫られたのである。あまたの従神(じゆうしん)は集まり来(きた)りて、異口同音(いくどうおん)に宮を毀(こぼ)ちて、神体を打ち砕けと迫るのであつた。 言霊別命は衆寡(しうくわ)敵(てき)せず、涙を呑んで天に訴へ、霊石に謝し、恭(うやうや)しく頭上に奉戴(ほうたい)し、ついで麗しき芝生の上に擲(な)げつけた。敬神(けいしん)に厚き言霊別命は、このとき熱鉄(ねつてつ)を呑む心地をせられたであらう。たちまち霊石より旋風(せんぷう)吹きおこり、その風玉(かざたま)は高殿(たかどの)に立てる稚桜姫命にあたり、高楼(かうらう)より地上に吹き飛ばされ、腰骨(えうこつ)を挫(くじ)き身体(しんたい)の自由を失ひ、非常に苦悶したまふた。諸神司(しよしん)は群がりきたりて命(みこと)を介抱し、奥殿(おくでん)に担ぎ入れ、心力(しんりよく)をつくして看護に余念がなかつた。稚桜姫命は久(ひさ)しうしてやや恢復(くわいふく)され、神務(しんむ)に差支(さしつかへ)なきにいたられた。されど遂に不具(ふぐ)となり、歩行に苦痛を感じたまふに立ちいたつた。 言霊別命は庭園の八重梅(やへうめ)の枝を切り、御杖(おんつゑ)を作りてこれを奉(たてまつ)つた。これが老衰者(らうすゐしや)の杖を用(もち)ふる濫觴(らんしやう)である。ここに言霊別命は神威(しんゐ)を恐れ千引(ちびき)の巌(いはほ)を切り、うるはしき石造(いしづくり)の宮(みや)を造り、月読命(つきよみのみこと)の従神として永遠に鎮祭(ちんさい)し置かれた。 (大正一〇・一〇・三〇 旧九・三〇 加藤明子録) |
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第二篇 善悪正邪 <第十三章 蜂の室屋 (六三)>
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2007/04/28(Sat)
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第二篇 善悪正邪
<第十三章 蜂の室屋(むろや) (六三)> 言霊別命(ことたまわけのみこと)は常世姫(とこよひめ)一派の奸計(かんけい)におちいり、蜂の室屋(むろや)に投げ込まれ、熊蜂(くまばち)、雀蜂(すずめばち)、足長蜂(あしながばち)、土蜂(つちばち)の悪霊(あくれい)どもは、昼夜の区別なく襲ひきたりて、尻尖(しりさき)の剣(つるぎ)をもつて刺し迫る。 外には言霊姫(ことたまひめ)、黄金竜姫(こがねたつひめ)の身魂(みたま)に感じ、蜂の領巾(ひれ)を作りて夜(よる)ひそかに室屋(むろや)の内(うち)に差入(さしい)れた。言霊別命(ことたまわけのみこと)はその領巾(ひれ)を持ちて八方より攻めきたる悪蜂(あくほう)を払ひ退けた。されど数万の悪蜂は隙(すき)をねらうて、室屋の外に群がり集まり、少しの油断あれば直ちに入(い)りて、これを刺さむとするがゆゑに、少しも眠ることはできなかつた。ここに田依彦(たよりひこ)、中裂彦(なかざきひこ)は小島別(こじまわけ)を誑(たぶら)かし、三柱(みはしら)の神(かみ)、共に室屋の外にきたつて命(みこと)が不倫の行跡(ぎやうせき)を詰(なじ)り、かつ改心を迫つた。しかして改心の意を表(へう)するために、蜂の領巾(ひれ)を吾(われ)らに渡せと脅迫した。 命(みこと)はその無実を細々(こまごま)と弁じた。されど三柱(みはしら)はこれを信ぜず、つひには辞(ことば)を荒(あら)らげ顔色(がんしよく)を紅(あか)くして、罵詈雑言(ばりざふごん)を頻発(ひんぱつ)し侮辱した。命は無念やるかたなくただ首を垂れて、悲憤(ひふん)の涙を押さへつつあつた。このとき常世姫室屋の前に現はれ、命にむかつて言葉きたなく雑言(ざふごん)を並べ、かつ速(すみや)かに改心の情を表はし、職を去り常世の国に落ちゆくべしと宣言した。言霊別命は天(てん)にむかひ、・・・・・正邪理非(せいじやりひ)曲直(きよくちよく)を明らかにしたまへ、もしわれに邪(じや)あれば、わが生命(せいめい)を断(た)ち、常世姫に邪あれば今この場において常世姫を罰し、もつてわが疑ひを晴らしたまへ・・・・・と祈願をこめた。この時いづくともなく神の御声(みこゑ)命(みこと)の耳に入(い)つた。神の御声のまにまに蜂の領巾を常世姫にむかつて打振(うちふ)つた。常世姫の身体(しんたい)はにはかに動揺をはじめ、悪寒悪熱(をかんをねつ)を感じ、その場に転倒し苦悶をはじめた。 ここに小島別、田依彦、中裂彦は驚いて常世姫を籠(かご)に乗せ、担いで稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の御前(みまへ)にいたり、事の顛末を報告した。常世姫は病勢(びやうせい)刻々と募(つの)り、口より泡を吹きつひには黒血(くろち)を吐いて苦悶しだした。稚桜姫命はこれを見て言霊別命の復讐的悪行(あくかう)となし、大いに怒(いか)つて大神(おほかみ)に賞罰を明らかにされむことを祈願された。 このとき言霊姫は愉快気(ゆくわいげ)に微笑(びせう)を洩(も)らし、神司(かみがみ)の狼狽(らうばい)するを傍観(ばうかん)してゐた。稚桜姫命以下の神司(かみがみ)は、大宮(おほみや)の前に額(ぬか)づきて祝詞(のりと)を奏上し、病気平癒(びやうきへいゆ)の祈願を凝(こ)らし、五日五夜(いつかいつや)に及んだ。されど連夜の祈願も寸効(すんかう)無く、常世姫の生命(せいめい)は瀕死の状態に立ちいたつた。 ここに稚桜姫命は気色(けしき)を変へ、みづから蜂の室屋の前に立ち、言霊別命にむかつて、 『常世姫の苦しみは汝(なんぢ)が怨霊(おんりやう)の祟りならむ。すみやかに前非(ぜんぴ)を悔いて、かれが病(やまひ)を癒やし天地(てんち)の神に謝せよ』 と言葉厳(おごそ)かにきめつけられた。されど言霊別命はその言を用ゐず、空吹く風と聞き流してゐた。折しも常世姫の居室(きよしつ)に当つて、大(だい)なる叫び声がおこつた。諸神司(しよしん)は周章狼狽(あわてふため)きながら、その居室に集まつた。そのとき既に常世姫は身体冷(ひ)え渡りて‘こと’切れてゐた。ここに稚桜姫命は神慮(しんりよ)を疑ひ、ただちに国治立命(くにはるたちのみこと)に正否(せいひ)を奉伺(ほうし)された。 国治立命は言葉おごそかに宣(の)りたまふやう、 『邪は正(せい)に勝たず、神は善を助け邪を罰す。邪は常世姫にあり。言霊別命は正しき神人(かみ)なり。汝(なんぢ)すみやかに小島別をして言霊別命の前にいたり、謝罪せしめよ』 との神勅(しんちよく)であつた。小島別は正邪の判別に迷ひ、心は五里霧中(ごりむちう)に彷徨(はうくわう)しつつ大神の命(めい)を拒むに由(よし)なく、つひに我を折りて言霊別命、言霊姫に前の誤解と無礼を陳謝した。命(みこと)は答へて、 『正邪の判別したる上は、われ何をか恨(うら)まむ』 とて直ちに天に向つて謝罪したまふと同時に、常世姫はたちまち蘇生(そせい)した。 ここに稚桜姫命以下の諸神司(しよしん)は、常世姫に向つて謝罪せむことを勧めた。されど頑強(ぐわんきやう)なる常世姫はこれを拒み、ふたたび苦悶をはじめ、口から泡を吹き血を吐くこと前の通りである。 さすがの常世姫もつひに我を折り、生々(なまなま)に室屋の前にきたりて叩頭陳謝(こうとうちんしや)した。命の怒(いか)りは忽(たちま)ち解けて常世姫の病(やまひ)は全快した。ここに言霊別命は諸神司(しよしん)の進言により、室屋の中より救ひ出され、ふたたび元の聖職に就(つ)かれた。 常世姫はこの事件のために竜宮城を退(やら)はれ、つひに常世国(とこよのくに)に遁(に)げ帰つた。されど常世姫の悪意は容易に改まらず、執拗(しつえう)にも種々(しゆじゆ)の画策(くわくさく)をめぐらし、はるかに常世国(とこよのくに)より醜女(しこめ)を放ちて、ふたたび言霊別命夫妻を陥(おとしい)れむと、画策これ日(ひ)も足らぬ有様であつた。 (大正一〇・一〇・三〇 旧九・三〇 外山豊二録) |
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第二篇 善悪正邪 <第十二章 醜女の活躍 (六二)>
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2007/04/27(Fri)
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第二篇 善悪正邪
<第一二章 醜女(しこめ)の活躍 (六二)> 常世姫(とこよひめ)は稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の厚き信任を得(え)、城内の諸神司(しよしん)を種々様々(しゆじゆさまざま)の方法をもつて吾(われ)に信頼せしめ、声望(せいばう)並ぶものなく、つひに竜宮城内の花と謳(うた)はるるにいたつた。ゆゑに常世姫の一言一行(いちげんいつかう)は諸神司を支配し、その威望(ゐばう)と信徳(しんとく)は四方(しはう)に喧伝(けんでん)さるることとなつた。 これに反し言霊別命(ことたまわけのみこと)、言霊姫(ことたまひめ)、斎代彦(ときよひこ)、斎代姫(ときよひめ)の威信(ゐしん)は、邪神(じやしん)の讒言(ざんげん)のために今は全く地に墜(お)ちてしまつた。常世姫は魔我彦(まがひこ)、魔我姫(まがひめ)に陰謀の真意(しんい)を含め、ひそかに美山彦(みやまひこ)、国照姫(くにてるひめ)に対して一切の秘密の打ち合せをなし、漸(ぜん)をもつて竜宮城の主(しゆ)たらむとし、画策(くわくさく)これ日(ひ)も足らぬ有様であつた。 常世姫のために最も妨害となるべき目の上の瘤(こぶ)は、言霊別命以下の神司(かみがみ)である。ここに魔我彦、魔我姫は藤姫(ふぢひめ)、八百姫(やほひめ)の醜女(しこめ)をして、言霊別命を魔道(まだう)におとしいれむとした。(醜女とは色情(しきじやう)をもつて敵を堕落せしめむとする心の醜悪(しうあく)なる女性(をんな)のことである) ある時、言霊別命は風邪(ふうじや)に罹(かか)り、病床に呻吟(しんぎん)してゐた。藤姫の醜女は甘言(かんげん)をもつて近く傍(かたはら)に侍(じ)し、看護に務めながら身に盛装を凝(こ)らし、命(みこと)の心を動かさむとした。命は藤姫の醜女たることを夢にも知らず、病(やまひ)の床(とこ)を立ち出(い)で厠(かはや)に入(い)らむとせし時、藤姫は手をとつて命を支へつつ厠に送つた。命は厠より出(い)で眩暈(げんうん)、危(あやう)く地に倒れむとし、前後も知らず藤姫の肩にもたれかかつた。藤姫は甲(かん)だかき声をあげて救ひを求めた。一間(ひとま)にあつてこの様子を聞きゐたりし魔我彦は、その場に現はれ、 『言霊別命は藤姫を後(うしろ)より抱(だ)きしめたり。かならず汚き心あらむ』 とただちに走つて、常世姫に尾に鰭(ひれ)をつけ仰山(ぎやうさん)らしく報告した。常世姫は烈火(れつくわ)のごとく憤(いきどほ)り、藤姫を招き委細(ゐさい)を厳しく訊問(じんもん)した。藤姫は涙ながらに、 『吾(われ)は今日(けふ)まで何事も包みゐたりしが、今や現状を見届けられて何の辞(ことば)もなし。実は命のために常に脅迫され、夫ある身の不倫とは知りつつも、今まで命(みこと)の命(めい)に盲従せしは、全く吾(わ)が重ねがさねの罪なり』 と声を放つて泣く。常世姫はえたりと喜び、心中(しんちう)ひそかに小躍(こをど)りしながら、表面はどこまでも物憂(ものう)げに稚桜姫命の御前(みまへ)に出(い)でて、言霊別命の不倫の行為を針小棒大(しんせうぼうだい)に報告した。これを聞かれし稚桜姫命はおほいに怒(いか)らせたまひ、諸神司(しよしん)を集めてその顛末(てんまつ)を語り、言霊別命を神退(かむやら)ひに退(やら)はむとしたまふた。言霊姫は泣いてその無実を証明し、佐倉姫(さくらひめ)もまた走(は)せきたつて、その無実を涙とともに証言した。稚桜姫命は二柱(ふたはしら)の女神(ぢよしん)の証言により、言霊別命の処罪(しよざい)を赦(ゆる)し給ふた。しかし疑雲(ぎうん)は容易に晴れないばかりでなく、常世姫の誣言(ぶげん)はますます甚(はなは)だしく、つひには諸々(もろもろ)の神司(かみがみ)まで、言霊別命の真意、行動を疑ひはじめ、たがひに耳に口を寄せては囁(ささや)きあひ、命(みこと)の悪評は城内はおろか四方(しはう)の国々までも、油の滲(にじ)むがごとく広まつていつた。 ここに言霊別命は憂悶(いうもん)やるかたなく、ただ一柱(ひとり)神苑(しんゑん)を逍遥(せうえう)しをられしとき、松の小蔭(こかげ)に女の叫び声が聞えた。命は何事ならむと急ぎ声する方へ走りゆく。大空(おほぞら)の月は黒雲(くろくも)に包まれ光も薄く星影(ほしかげ)一つ見えぬ朧月夜(おぼろづきよ)であつた。フト見れば八百姫(やほひめ)が地上に倒れて七転八倒(しちてんはつたう)してゐた。命は女の苦悶する様(さま)を見て、そのままそこを立去(たちさ)るに忍びず、いかにもしてその苦痛を救ひ助けむものと、八百姫の手を取り助け起さむとした。八百姫は悲しき声を放つて助けを叫んだ。たちまち松の小蔭より邪神(じやしん)魔我彦が忽然(こつぜん)として現はれ、 『狼藉者(らうぜきもの)見届けたり』 と燈火(ともしび)を点(てん)じて、言霊別命が八百姫の手を取り脇に抱(かか)へたその一刹那(いちせつな)を捉へて、不倫の行為と罵(ののし)り、無理に引き立てて常世姫の前に突き出した。常世姫は謀計(ばうけい)の図(づ)にあたりしを喜びながら何喰(なにく)はぬ顔にて、言霊別命、八百姫を前におき、厳しく事実の審問(しんもん)をはじめた。ここに言霊別命は答ふるに、事実の真相を委細に述べた。されど魔我彦は首を左右にふり、 『否々(いないな)、吾(われ)はたしかなる証拠を握る。命(みこと)は八百姫を手込(てご)めになし、既に非を遂げむとせり。委細は八百姫に問はせたまへ』 と気色(けしき)ばみて誣言(ぶげん)した。八百姫は同じ穴の狐である。魔我彦の言ふところを事実なりと強弁(がうべん)し、かつ涙を流して、 『吾(われ)は今まで幾度となく命のために辱(はづかし)められたり。今日(こんにち)かぎり吾(われ)に暇をたまへ』 と、しきりに嘆願(たんぐわん)した。 城内の諸神司(しよしん)は集まり来(きた)りて、あゝ言霊別命はかかる不倫の神人(かみ)に非(あら)ざりしに、いかなる邪霊の魅入(みい)りしやと、命の前途を悲しんだ。常世姫は魔我彦、八百姫をともなひ奥殿(おくでん)に進みて稚桜姫命に謁(えつ)し、事実を曲げて言霊別命の日夜(にちや)の悪行(あくかう)を針小棒大に進言した。稚桜姫命はおほいに憂(うれ)ひたまひ、諸神司(しよしん)を集めて協議の結果、命を蜂(はち)の室屋(むろや)に投げ入れたまうた。 あゝ、言霊別命の運命や如何(いかん)。 (大正一〇・一〇・二九 旧九・二九 桜井重雄録) しこめとは我(わが)大神(おほかみ)を‘おしこめし’ からの身魂(みたま)の使(つかひ)なりけり 蜂(はち)かこむ室屋(むろや)を出(いで)て大巳貴(おほなむぢ) 須世理(すせり)りの姫の比礼(ひれ)に免(のが)れつ |
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第二篇 善悪正邪 <第十一章 狸の土舟 (六一)>
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2007/04/25(Wed)
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第二篇 善悪正邪
<第十一章 狸(たぬき)の土舟(つちぶね) (六一)> ここに高虎姫(たかとらひめ)の偽名(ぎめい)なる国照姫(くにてるひめ)は、常世国(とこよのくに)に時(とき)めきわたる常世姫(とこよひめ)を動かして自分の目的を達せむとした。この常世姫は稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の第三女(だいさんぢよ)にして、もつとも野心の強い神司(かみ)であつた。国照姫は竜宮城の寵神(ちようしん)言霊別命(ことたまわけのみこと)、言霊姫(ことたまひめ)を排除し、みづから代(かは)つてその地位に立たむとしてゐたのである。ここに国照姫は偽(にせ)の美山彦(みやまひこ)とともに常世国(とこよのくに)にいたり常世姫の意を迎へ、もつて竜宮城に帰還せしめむとした。しかるに彼らは、天使(てんし)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)、言霊別命にその大敵(たいてき)たることを悟られをるをもつて、自分の部下なる魔我彦(まがひこ)、魔我姫(まがひめ)とともに母神(ははがみ)に会見し、その目的を達すべく常世姫を教唆(けうさ)した。 常世姫は久しぶりにて魔我彦、魔我姫をともなひ数多(あまた)の神司(かみがみ)に送られて無事に竜宮城に帰還せむと、黄金橋(こがねばし)の袂(たもと)にさしかかりしとき、神威(しんゐ)にうたれて容易に橋を渡ることができなかつた。常世姫はやむをえず信書を認(したた)め烏(からす)の足に縛りつけ、黄金橋畔(わうごんけうはん)まで帰りきたりしことを稚桜姫命に奏上した。稚桜姫命は従臣に命じ、新しき黄金(わうごん)の船を出してこれを迎へしめられた。常世姫は何の障(さはり)もなく竜宮城に到着し、種々(しゆじゆ)の珍しきものを八足(やたり)の机代(つくゑしろ)に盛足(もりた)らはして、これを命(みこと)に奉(たてまつ)つた。命は久しぶりの親子の対面を非常によろこばれ海山(うみやま)の話に夜(よ)を徹し、常世姫は常世国の事情を詳しく述べ、珍しき話に花が咲き、和気靄々(わきあいあい)として春陽(しゆんやう)の気分にみたされたのである。その翌日、ただちに数多(あまた)の神司(かみがみ)を集め歓迎の宴(えん)をはつた。神司(かみがみ)は先を争ふて宴席に現はれ無事の体面を祝した。 さて常世姫は、稚桜姫命にむかひ、一度ヨルダン河に黄金(こがね)の船を浮べ、神司(かみがみ)とともに船遊(ふなあそ)びせむことを希望した。稚桜姫命は直ちにその請(こひ)を容(い)れ、諸神司(しよしん)に命じ、その準備に着手せしめられた。 御馳走(ごちそう)にヨルダン川の舟遊び教(をしへ)の舟にヨルものは無し 今日(こんにち)のヨルダン河は河幅(かははば)もあまり広からず、流れもまた清からず、濁りをおびをれど、神界にて見たるヨルダン河は水清く流れも緩(ゆる)やかにして、広きこと揚子江(やうすかう)のやうである。これは神界におけるヨルダン河の光景である。黄金(こがね)の船は幾艘(いくそう)となく準備された。上流には、かの金色(きんしよく)燦然(さんぜん)たる黄金(こがね)の大橋(おほはし)が、太鼓を並べたやうにその影(かげ)水に映(うつ)り、実(じつ)に荘厳を極めてをる。常世姫を主賓として周囲に数多(あまた)の船をならべ、珍酒佳肴(ちんしゆかかう)に酔ひて諸神司(しよしん)交(かは)るがはる面白き歌舞音楽(かぶおんがく)を奏(そう)し、実(じつ)に賑(にぎ)はしき底抜け騒ぎの大散財(おほさんざい)であつた。 そこぬけのさわぎに舟の底(そこ)いため この時、竜宮城の神司(かみがみ)は大部分出遊(しゆついう)し、猫も杓子(しやくし)もみな船遊びに耽(ふけ)つた。言霊別命は何となく心に不安を感じ、船遊びの列に加はらなかつた。その時稚桜姫命は色(いろ)を作(な)し、 『汝(なんぢ)は常世姫の久しぶりに帰城せるを喜ばざる面持(おももち)あり』 と不満の意を表(あら)はされた。折しも常世姫の使(つかひ)なりとて魔我彦は礼をつくし言霊別命を迎ひにきた。言霊別命は否(いな)むに由(よし)なく斎代彦(ときよひこ)、斎代姫(ときよひめ)とともに船遊びの列に加はることとなつた。あまたの神司(かみがみ)は命(みこと)の河畔(かはん)に現はれしを見て大いによろこび、手を拍(う)つて喝采した。この時魔我彦は新しき黄金(こがね)の船に搭乗を勧めた。命は虫が知らすか何となくこの船に乗ることを否(いな)む色(いろ)があつた。ふたたび魔我彦はしきりに搭乗を勧めてやまぬが、他(ほか)の船には神司(かみがみ)満乗(まんじやう)してすこしも空席がない。己(や)むをえずこれに乗り中流に棹(さを)さしてすすんだ。魔我彦は常世姫の乗れる大船(おほふね)の側近く寄るよとみるや、この船を捨てて常世姫の用船(ようせん)に飛び入(い)つた。言霊別命を乗せた船は、表面堅固(けんご)に見えてその実(じつ)はもろき狸(たぬき)の土船(つちぶね)であつた。土製(どせい)の船に金箔(きんぱく)を塗りたる偽船(ぎせん)である。たちまち船は崩壊沈没した。言霊別命は水に溺(おぼ)れ深みに沈まむとして九死一生(きうしいつしやう)の態(てい)である。神司(かみがみ)はアレヨアレヨと声を放つて叫ぶばかりである。この時斎代彦(ときよひこ)は水練(すゐれん)に妙(めう)を得たるをもつて、からうじて岸に泳ぎついた。 斎代姫(ときよひめ)は身を犠牲として激浪(げきらう)の中に飛び入り、言霊別命の頭髪を握り、流れ渡りに此方(こなた)の岸についた。ここに国照姫の謀計(ばうけい)は全く破れた。 常世姫は船遊びををへ、諸神司(しよしん)と共に竜宮城に帰還した。 『斎代姫(ときよひめ)は夫の斎代彦(ときよひこ)に目もくれず、言霊別命を命(いのち)をかけて救ひたる義侠(ぎけふ)と勇気は感ずるにあまりあれども、また一方より考ふる時は、まことに怪しき節(ふし)あり』 と言霊姫および稚桜姫命に種々の言葉を設けて誣告(ぶこく)した。 きりまくる舌の剣(つるぎ)のおそろしさ これより言霊別命は稚桜姫命の大(だい)なる疑惑を受けた。されど妻神(つまがみ)はこれを信じなかつた。それより稚桜姫命、常世姫と、言霊別命、言霊姫の間(あひだ)に面白からぬたかき垣(かき)が築かれた。 (大正一〇・一〇・二九 旧九・二九 加藤明子録) 虎(とら)よりもおそろしき口を人は持ち 大本(おほもと)の厳(いづ)の教(をしへ)をまつぶさに 世につたへたり神の任(よ)さしに |
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第二篇 善悪正邪 <第十章 タコマ山の祭典 その二 (六〇)>
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2007/04/25(Wed)
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第二篇 善悪正邪
<第十章 タコマ山(やま)の祭典 その二 (六〇)> 竜宮城には言霊別命(ことたまわけのみこと)の侍臣(じしん)に田野姫(たのひめ)といふのがあつた。田野姫は表面忠実にたち働き、つねに言霊別命の身の廻(まは)り一切の世話をしてゐた。田野姫は実は高虎姫(たかとらひめ)の偽名(ぎめい)国照姫(くにてるひめ)の探女(さぐめ)として入(い)り込んでゐたのである。 田野姫は竜宮城の内事(ないじ)に関し、非常な信任と勢力があつた。ここに田野姫の発案によつてタコマ山祭典の祝祭(しゆくさい)を行ふことになつた。天使(てんし)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)は、言霊別命の帰城(きじやう)の後(のち)に祝祭を執行せよと命ぜられた。そのとき田野姫は命(みこと)の前に進みいでて、顔色(がんしよく)を和(やはら)げ甘言(かんげん)追従(つゐしやう)いたらざるなく、 『諺(ことわざ)にも善は急げといふことあり、タコマ山の祭典の時間を考へ、同時刻に祭事(さいじ)を行ふには双方(さうはう)一致の真理に適(かな)ふべし』 と言辞(げんじ)も滑らかに奏上した。 大八洲彦命はまづ大神(おほかみ)に奏上して、その上にて決(けつ)せむと座をたち奥にいり、稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)に伺はれた。命(みこと)は嬉々(きき)として直ちにこれを許したまうた。一方田野姫は竜宮城の諸神将(しよしんしやう)にむかつて、一時(いちじ)も早く祝宴を開くべきことの可(か)なるを、言葉たくみに進言した。上下(しやうか)一致の賛成に、城内(じやうない)はにはかに色めきたちて祝祭の準備に着手し、膳部(ぜんぶ)の献立はすべて田野姫が監督することに一決(いつけつ)し、神前(しんぜん)の祭典は荘厳に開かれ、祭典をはつて諸神司(しよしん)の談話会(だんわくわい)に移り、ついで直会(なほらひ)の宴(えん)を開く順序となつた。 梅若彦(うめわかひこ)、正照彦(まさてるひこ)は上座(じやうざ)に立ちて言霊別命の功績を賞(ほ)めたたへ、つぎに田野姫の斡旋(あつせん)努力を激賞した。つぎに梅若彦も双方一時(いちじ)の祭典については、田野姫の斡旋努力おほいに功(こう)ありと感謝した。城内は神国別命(かみくにわけのみこと)をはじめ一同の神司(かみがみ)手を拍(う)つて賛同した。そのまに田野姫は鴆(ちん)の羽(はね)を取(とり)だし、膳部(ぜんぶ)の羹(あつもの)に一々(いちいち)これを浸してゐたのである。様子をうかがひし神島彦(かみしまひこ)は芳子姫(よしこひめ)に命じ、その羹(あつもの)を呑(の)み試(ため)さしめた。たちまち芳子姫は黒血(くろち)を吐いて七転八倒(しちてんはつたう)苦悶しはじめた。諸神司(しよしん)は驚き水よ薬よと騒いだ。芳子姫は羹(あつもの)を指さして、自分の口を苦しきうちに押さへて見せた。神司(かみがみ)は芳子姫の心を知らず、羹を要求するものと早合点(はやがつてん)し、膳部の羹を取りて口を捻開(ねぢあ)け、無理に飲ました。芳子姫の苦しみはますます激烈になつてきた。そこへ言霊別命は生命(いのち)からがら遁(に)げ帰つてこられた。しかして自分の口を押さへて、その羹を用心せよとの意を示された。諸神司(しよしん)は命(みこと)の羹を要求したまふものと信じて、恭(うやうや)しく机(つくゑ)に之(これ)をのせて献上した。 言霊別命はその羹を手にとるやいなや、庭園の草木(さうもく)に注ぎかけられた。見るみる草木(さうもく)は白煙(はくえん)を発し枯死(こし)してしまつた。ここに諸神司(しよしん)ははじめて気がつき、田野姫の悪逆無道(あくぎやくぶだう)の所為(しよゐ)たることを悟り、これを捕(とら)へむとした。田野姫は早くも風(かぜ)をくらつて姿をどこかに隠してしまつたのである。 そこへ時野姫(ときのひめ)はやうやく病気恢復(くわいふく)し、宮比彦(みやびひこ)以下の諸神司(しよしん)とともに、鼈(すつぽん)に尻を吸はれたる如き恍惚(とぼ)けた顔つきして帰つてきた。一同はアフンとして、開(あ)いた口が塞(すぼ)まらぬばかりであつた。注意すべきは実(じつ)に飲食物である。 神国別命は驚いてただちに神前(しんぜん)に祝詞(のりと)を奏上し、大神に祈願しをはるとともに、言霊別命、時野姫および芳子姫の病気は、たちまち拭(ぬぐ)ふがごとく全快した。 (大正一〇・一〇・二九 旧九・二九 外山豊二録) 毒よりも氣(き)の毒としれ曲(まが)つ神(かみ) 毒々(どくどく)し曲津(まがつ)の毒の巧(たく)みごと 氣(き)を付(つ)けよ味方の中に敵(てき)潜(ひそ)む 世の中の総(すべ)ては区々(くく)の感情の 争ひなりせば神に在(あ)れ人(ひと) |
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第二篇 善悪正邪 <第九章 タコマ山の祭典 その一 (五九)>
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2007/04/23(Mon)
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第二篇 善悪正邪
<第九章 タコマ山(やま)の祭典 その一 (五九)> あるとき言霊別命(ことたまわけのみこと)は神命(しんめい)を奉じて、宮比彦(みやびひこ)、谷山彦(たにやまひこ)、谷川彦(たにがはひこ)以下あまたの神軍(しんぐん)を率ゐてタコマ山に登り、宮比彦(みやびひこ)をして国魂之神(くにたまのかみ)の鎮祭(ちんさい)を行はしめられた。谷山彦(たにやまひこ)、谷川彦(たにがはひこ)は大祓(おほはらひ)の神事(しんじ)を奉仕し、恭(うやうや)しく太祝詞(ふとのりと)を奏上し、八百万(やほよろづ)の神々は神集(かむつど)ひに集ひて、盛大なる祭事(さいじ)は執行された。天地六合(てんちりくがふ)いよいよ澄み渡り、空中一点の雲翳(うんえい)をもとどめざる、えもいはれぬ朗(ほがら)かな光景であつた。 ここに従臣なる速虎彦(はやとらひこ)、速虎姫(はやとらひめ)、唐玉彦(からたまひこ)、島田彦(しまだひこ)の四神(よんしん)は、国照姫(くにてるひめ)、田野姫(たのひめ)にひそかに気脈(きみやく)を通じてゐた。この四柱(よはしら)は言霊別命の深き恩恵に浴(よく)し、しばしば危難を救はれた関係があつて、命(みこと)は彼らの恩神(おんしん)である。祭事(さいじ)も目出度(めでた)くすみて、一行は下山(げざん)し海岸に出かけられたとき、右の四柱(よはしら)はあまたの者と共に、山野河海(さんやかかい)の珍味をもつて、言霊別命一行の諸神司(しよしん)を招待した。その理由とするところは、今回言霊別命は首尾よく国魂(くにたま)の鎮祭(ちんさい)を終へ給ひ、吾(われ)ら諸神司(しよしん)は歓喜に堪へず、さればその御祝(おいはひ)として、ここに吾々(われわれ)祝宴を張るは、一(いつ)は神々に感謝し、他(た)は諸神司(しよしん)の労苦に報いむがためなりといふのであつた。 宮比彦(みやびひこ)は速虎彦(はやとらひこ)以下の諸神司(しよしん)の誠意をよろこび、その由(よし)を谷山彦(たにやまひこ)、谷川彦(たにがはひこ)とともに諸神司(しよしん)に伝達した。諸神司(しよしん)は大いに喜び、海辺の広場に出(い)でて、宴席に加はり、歓喜(よろこび)のかぎりをつくし、いたく酔(ゑひ)つぶれて、前後の区別もなく、あるひは唄ひ、あるひは舞ひ、面白さうに踊り狂ふてゐた。 小雀(こすずめ)やささのかげにて踊り出し このとき速虎彦(はやとらひこ)、速虎姫(はやとらひめ)、唐玉彦(からたまひこ)、島田彦(しまだひこ)は威儀(ゐぎ)を正(ただ)し、言霊別命に拝謁(はいえつ)を請(ねが)ふた。さらに美(うつく)しき新殿に招待し、山野河海(さんやかかい)の珍味を出(いだ)して命(みこと)を饗応(きやうおう)せむことを宮比彦を通じて請(こ)ふた。ここに言霊別命は何心(なにごころ)なくその殿内に入(い)り、四方山(よもやま)の話に打ち耽(ふけ)り、かつ速虎彦らの好意を感謝し、心地よげに一間(ひとま)に入(い)りて休息してをられた。たちまち天の一方に黒煙がたちのぼつた。爆然(ばくぜん)たる大音響につれて、みるみる一大火柱(いちだいくわちう)は天に冲(ちう)し、岩石の雨を降らし、実(じつ)に壮観をきはめた。これぞエトナ大火山(だいくわざん)が爆発したはじまりである。 言霊別命はその光景に見惚(みと)れてゐられる。その隙(すき)をうかがひ速虎彦、唐玉彦(からたまひこ)は器(うつは)に毒薬を投げ入れ、素知らぬ顔をしてゐた。 『まづ一服召し喫(あが)られよ』 と、毒薬の入(い)りたる器に湯をそそぎ言霊別命に奉献(たてまつ)つた。命(みこと)は何(なん)の気(き)もなく、ただ一口飲まむとする折しも、息せき切つて走りよつたる時野姫(ときのひめ)はその湯を奪ひ、ただちに自分の口に飲みほした。時野姫(ときのひめ)はたちまち顔色(がんしよく)蒼白(さうはく)となり、七転八倒(しちてんはつたう)して苦悶しはじめ、黒血(くろち)を多量に吐きその場に打ち倒れた。言霊別命は小量ながら口に入(い)りし毒薬の湯に中(あ)てられ、言葉を発すること能(あた)はず、ただちにその場を逃れ出(いで)むと早々(さうさう)に座を立ちかけた。速虎彦以下の三柱(みはしら)の謀計(ばうけい)の暴露(ばくろ)せむことを惧(おそ)れて、言霊別命を捕(とら)へ隠さむとし、命の跡を追つかけた。 火を出して毒湯(どくゆ)すすめる曲津神(まがつかみ) 万(よろづ)の神司(かみがみ)は、前述のごとく、みな残らず酔(ゑ)ひ潰れて足の立つものは一柱(ひとはしら)もなかつた。言霊別命は、自分が毒にあてられて言語(げんご)を発することも叶(かな)はぬのみならず、時野姫の苦悶昏倒(くもんこんたう)せることを、手真似(てまね)をもつて衆神司(しうしん)にさとらせむとし、いろいろ工夫を凝らし表情をもつて知らせども、衆神司(しうしん)はその何の意たるか察するものなく、ただ単に言霊別命は酒に酔ひ戯(たはむ)れ踊りなし給ふものと信じ、己(おのれ)もまた起(た)つて、おなじく手を振り、口を押へ、種々(いろいろ)と身振(みぶり)をまねて平気になつてゐる。アゝ言霊別命のもどかしさは、察するにあまりありといふべしである。 速虎彦、唐玉彦以下の叛臣(はんしん)は、さすがに衆神司(しうしん)列座(れつざ)の前なれば、言霊別命を押さへ隠すをえずして時のいたるを待つてゐた。 言霊別命はいかに焦慮するも言語を発することができないので、己(や)むをえず意を決してただ一柱(ひとはしら)竜宮島(りうぐうじま)さして逃げ帰らうとせられた。さすがの勇神猛卒(ゆうしんまうそつ)も今は酒のためにその精神を奪はれ、かかる危急の場合に一柱(ひとはしら)としてその大将を護(まも)るものはなかつた。宮比彦、谷山彦、谷川彦は少しも酒を飲まず、言霊別命の身辺を気づかひ、後(あと)よりしたがひ竜宮島に安全に送り奉(たてまつ)るべく、その座を立たむとするや、酒に酔ひつぶれ足は千鳥(ちどり)の覚束(おぼつか)なく、腰も碌(ろく)に立ちえざる衆神司(しうしん)は、三神司(さんしん)の手をとり足をとり、かかる芽出度(めでた)き酒宴(しゆえん)に列して神酒(みき)を飲まざるは神司(かみがみ)にたいし御無礼なり。ゆるゆる神酒(みき)をいただきたまへと、寄つてたかつて三神司(さんしん)を遮(さへぎ)り離さなかつた。三神司(さんしん)は心も心ならず、言霊別命遭難の実情を告げ、衆神司(しうしん)の酔(ゑひ)をさまさむと心を焦(あせ)つた。されど島田彦、速虎姫が眼(まなこ)を光らせて側(そば)を離れざるに心をひかれ、その真相を述ぶることができない。そこで三神司(さんしん)は或ひは喩言(たとへごと)を引き、あるひは諷歌(ふうか)を唄ひ、あるひは手真似(てまね)を用ゐて、速虎彦以下の陰謀と、言霊別命の御遭難の次第を衆神司(しうしん)に悟らせやうとつとめた。いづれも酔ひつぶれてこれを覚(さと)る者は一柱(ひとはしら)もないばかりか、三神司(さんしん)の動作をながめて、喜んで歌を詠(よ)み、戯(ざ)れ踊りをなすものと思ひ違ひ、手をとり足をとり、三神司(さんしん)を席の中央に誘(いざな)ひゆきて胴上げまでして立ち騒ぐもどかしさ。 言霊別命は万難(ばんなん)を排し、からうじて竜宮島にたち寄り、国御柱命(くにのみはしらのみこと)に保護されて、やうやく竜宮島城に御帰還せられた。この竜宮島の地下は、多くの黄金(わうごん)をもつて形造(かたちづく)られてゐるのである。これが今(いま)地理学上の豪州大陸(がうしうたいりく)に当るので、一名(いちめい)また冠島(かむりじま)といふのである。 (大正一〇・一〇・二九 旧九・二九 谷口正治録) 冠(かんむり)を足にはきつつよろこびて 沓(くつ)をかしらにかぶる世(よ)なるよ 良き人はしいたげられて曲者(くせもの)の もてはやさるる暗(やみ)の世の中 野も山も大海原も地の底も 一度にゑらぐ五六七(みろく)の大御代(おほみよ) |
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第一篇 神界の混乱 <第八章 嫉視反目(五八)>
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2007/04/20(Fri)
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第一篇 神界の混乱
<第八章 嫉視反目(しつしはんもく) (五八)> ここに言霊別命(ことたまわけのみこと)は天使(てんし)稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)、大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)の命(めい)を奉じ、天道別命(あまぢわけのみこと)、天真道彦命(あめのまみちひこのみこと)とともに神業(しんげふ)に奉仕し、大神(おほかみ)の勅(みことのり)を宇内(うだい)に宣伝し、神国別命(かみくにわけのみこと)は地の高天原にありて神政を総轄(そうかつ)することとなつた。 この時常世(とこよ)の国(くに)に武豊彦(たけとよひこ)といふ神司(かみ)あり、こは正しき神司(かみ)にして、言霊別命の神業を賛(さん)し、数多(あまた)の神司(かみがみ)を率ゐて、神業(しんげふ)に参加すべく馳(は)せ参じた。武豊彦(たけとよひこ)は全力を尽して奉仕した。また同じ常世の国より鬼雲彦(おにくもひこ)現はれ、神国別命(かみくにわけのみこと)の神政を輔翼(ほよく)せむとして、急ぎ群神司(ぐんしん)を率ゐて地の高天原に上(のぼ)り、神政に参加した。鬼雲彦(おにくもひこ)は米彦(よねひこ)、岡彦(をかひこ)を左右の補佐としてゐた。然(しか)るに鬼雲彦は神国別命の声望(せいばう)をみて深くこれを妬(ねた)み、米彦(よねひこ)、岡彦(をかひこ)をして常に神国別命の身辺をうかがはしめてゐた。米彦、岡彦は、神国別命の清廉潔白(せいれんけつぱく)にして、いささかも野望を懐(いだ)かず、智仁勇(ちじんゆう)の三徳(さんとく)を兼備(けんび)したる無比の神将にして、一意専心(いちいせんしん)大神(おほかみ)に奉仕し、身をもつて神政に奉職せるその至誠(しせい)に感ずるとともに、鬼雲彦の奸侫邪智(かんねいじやち)にして野心満々たるに心底より嫌気(いやき)を生じ、一度の諫言(かんげん)をも試みず鬼雲彦に背きて、神国別命の直轄の配下たらむとし、花森彦(はなもりひこ)を介して神国別命に臣従(しんじゆう)せむことを願ふた。 神国別命は一応(いちおう)鬼雲彦の承認を得たる上(うへ)にてこれを許さむとし、その旨(むね)を花森彦(はなもりひこ)に伝へた。花森彦は鬼雲彦のたうてい許さざるを悟り、かつ米彦(よねひこ)、岡彦(をかひこ)のすでに鬼雲彦にたいして心の離れたるを知悉(ちしつ)したれば、神国別命の旨(むね)を鬼雲彦に一言(いちごん)も伝へずして、二神司(にしん)を神国別命の従臣に推挙した。 ここに鬼雲彦は神国別命、花森彦の吾(われ)を排除せるものとなし、いたく怒(いか)りて常世(とこよ)の国より上(のぼ)りきたれる武豊彦(たけとよひこ)とともに、神国別命、花森彦を排除し、みづから代(かは)りて高天原の神政を総轄せむと計つた。ここに武豊彦は言葉を尽してその非を説き諭した。されど鬼雲彦の心はますます荒(すさ)びにすさびてこれを用ひず、つひには鬼雲彦を仇敵(きうてき)と見做(みな)すにいたつた。 ここに鬼雲彦は心を決し、言霊別命の前に出て口を極(きは)めて、神国別命、花森彦の讒誣(ざんぶ)を放ち、かつ反逆の準備あることを言葉たくみに進言した。言霊別命は彼我(ひが)両神司(りやうしん)の心中を推知(すゐち)し、鬼雲彦の野望を知りながら、今このとき正邪の裁決をなさば、かへつて平地(へいち)に浪(なみ)をおこすのおそれあり、若(し)かず、鬼雲彦に相当の地位を与へ互ひに和衷(わちう)協同せしめむと苦心した。されど彼我(ひが)の二神司(にしん)は言霊別命の真意(しんい)を悟らず、互ひに対立して正邪を争ひ、鬼雲彦はつひにその勢力を失墜して地の高天原を追はれ、悪鬼(あくき)と化して東方(とうはう)に去つた。 鬼雲彦は逃れて鬼城山(きじやうざん)にいたり、国照姫(くにてるひめ)と力を協(あは)せ、言霊別命を亡ぼし、つひに進んで地の高天原を占領せむことを凝議(ぎやうぎ)した。国照姫はここに有力なる味方を得たりと打ち喜び、偽(にせ)美山彦とともに八方に魔軍を募り、種々の準備に着手した。 ここに清熊(きよくま)といふものあり、神国別命にしたがひて神政に奉仕せしが、鬼雲彦の鬼城山(きじやうざん)に逃れ、反逆を企てをるを耳にし、われもこれに参加せむとてひそかに欵(くわん)を通じてゐた。清熊(きよくま)は利慾(りよく)に深き神なれば、清廉潔白(せいれんけつぱく)なる神国別命の部下にありては、わが欲望を満たすこと能(あた)はず、むしろ鬼雲彦に加担して吾(わ)が目的を達せむとした。しかるに清熊は言霊別命の神眼(しんがん)に心中を看破され、つひにゐたたまらずして自ら鬼城山に逃れ、美山彦の魔軍に加はり、その参謀役となつた。 (大正一〇・一〇・二八 旧九・二八 加藤明子録) 尻尾まで別れて逃げる古狐(ふるぎつね) いつはりの無き世なりせば斯(か)くばかり 心も身をも砕かざらまし 春霞(はるがすみ)棚引(たなび)きそめて久方(ひさかた)の 高天原に教(のり)の花咲く 久恵彦(くゑ彦ひこ)の足は行(ゆ)かねど天(あめ)の下(した) 世の悉々(ことごと)は覚(さと)りましけり 人(ひと)皆(みな)の夢にも知らぬ幽事(かみごと)を 覚(さと)すは神の教(をしへ)なりけり 惟神(かむながら)道(みち)の奥処(おくが)に別(わ)け入(い)れば 心の罪の恐ろしきかな |
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第一篇 神界の混乱 <第七章 天地の合せ鏡(五七)>
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2007/04/18(Wed)
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第一篇 神界の混乱
<第七章 天地(てんち)の合(あは)せ鏡(かがみ) (五七)> ここに天使(てんし)稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)は、天使(てんし)天道別命(あまぢわけのみこと)をして竜宮城を守らしめ、天使(てんし)天真道彦命(あめのまみちひこのみこと)、神国別命(かみくにわけのみこと)をして地の高天原を守らしめ、滝津彦(たきつひこ)をして橄欖山(かんらんざん)を守らしめ、斎代彦(ときよひこ)をして黄金橋(こがねばし)を守らしめ、はじめて後顧(こうこ)の憂ひなきをみて、稚桜姫命は金竜(きんりう)にまたがり、大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)は銀竜(ぎんりう)に、真澄姫(ますみひめ)は金剛(こんがう)に、芙蓉山(ふようざん)より現はれいでたる木花姫命(このはなひめのみこと)は劒破(ちはや)の竜馬(りうめ)にまたがり、あまたの従臣を率ゐて天馬(てんば)空(くう)を駆(か)けりて、高砂(たかさご)の島(しま)に出(い)で行(ゆ)きたまひ、新高山(にひたかやま)に下(くだ)らせたまふ。 天までも高く匂へよ梅の花 この高砂(たかさご)の神島(かみじま)は国治立命(くにはるたちのみこと)の厳(いづ)の御魂(みたま)の分霊(ぶんれい)を深く秘(かく)しおかれたる聖地であつて、神国魂(みくにだましひ)の生粋(きつすゐ)の御魂(みたま)を有する神々の永遠に集ひたまふ経綸地(けいりんち)で、神政成就の暁(あかつき)、この聖地の神司(かみ)の御魂(みたま)を選抜して使用されむがための、大神(おほかみ)の深き御神慮(ごしんりよ)に出(い)でさせられたものである。故にこの島は四方(しはう)荒波(あらなみ)をもつて囲み、みだりに邪神悪鬼の侵入を許されない。天地(てんち)の律法(りつぱう)まつたく破れて、国治立命御隠退(ごいんたい)ののちは邪神たちまち襲来して、ほとんどその七分(しちぶ)どほりまで体主霊従(たいしゆれいじゆう)、和光同塵(わくわうどうぢん)の邪神の経綸に全く汚(けが)されてしまつた。されど三分(さんぶ)の残りし御魂(みたま)は、今に神代(かみよ)のままの神国魂(みくにだましひ)を抱持(はうぢ)する厳正(げんせい)なる神々が、潜んで時節を待つてをらるるのである。稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)はこの中央なる新高山(にひたかやま)に到着し、あまたの正神司(せいしん)を集め、神界の経綸をひそかに教示しおかれた。 ここにこの島の正しき守り神、真道彦命(まみちひこのみこと)は岩石(がんせき)を打ち割り、紫紺色(しこんしよく)を帯(お)びたる透明の宝玉を持ちだし、これを恭々(うやうや)しく稚桜姫命に捧呈(ほうてい)された。この玉は神政成就の暁(あかつき)、ある国の国魂(くにたま)となる宝玉である。 つぎに奇八玉命(くしやたまのみこと)は海底に沈み日生石(につしやうせき)の玉を拾ひきたつて捧呈した。この玉は神人(しんじん)出生(しゆつしやう)の時にさいし、安産を守る宝玉である。この玉の威徳(ゐとく)に感じて生れいでたる神人(しんじん)は、すべて至粋至純(しすゐしじゆん)の身魂(みたま)を有する霊主体従(れいしゆたいじゆう)の身魂(みたま)である。そこで真鉄彦(まがねひこ)は谷間(たにま)へ下(くだ)りて水晶の宝玉を取りだし、これを稚桜姫命に捧呈した。この玉は女の不浄を清むる珍(うづ)の神玉(しんぎよく)である。ここに武清彦(たけきよひこ)は山腹の埴(はに)を穿(うが)ちて黄色(わうしよく)の玉を取りいだし恭(うやうや)しく命(みこと)に捧呈した。この玉は神人(しんじん)の悪病(あくびやう)に罹(かか)れるとき、神気(しんき)発射して病魔を退(しりぞ)くる宝玉である。つぎに速吸別(はやすゐわけ)は頂上の巌窟(がんくつ)を黄金(わうごん)の頭槌(くぶつち)をもつて静(しづか)に三回(さんくわい)打ちたまへば、巨巌(きよがん)は分裂して焔(ほのほ)となり中天(ちうてん)に舞ひのぼつた。空中にてたちまち紅色(こうしよく)の玉と変じ、宇宙を東西南北に疾走(しつそう)して火焔(くわえん)を吐き、ついで水気(すゐき)を吐き、雷鳴をおこし、たちまちにして空中の妖気を一掃し、美(うるは)しき紅色(こうしよく)の玉と変じ、命(みこと)の前にあまたの女性(をみな)に捧持(ほうぢ)させてこれを命に献(たてまつ)つた。この玉はある時は火を発し、ある時は水を発し、火水(ひみづ)をもつて天地(てんち)の混乱を清むるの神宝(しんぽう)である。 稚桜姫命の一行は、馬上はるかに海上を渡りて地の高天原に帰還したまへるとき、天の八衢(あめのやちまた)に鬼熊(おにくま)の亡霊(ばうれい)化(くわ)して鬼猛彦(おにたけひこ)となり、大蛇彦(だいじやひこ)とともに命(みこと)の帰還を防止し、かつその神宝を奪取(だつしゆ)せむと待ちかまへてゐた。ここに稚桜姫命は紅色(こうしよく)の玉を用ひるは、いまこの時なりとしてこの玉を用ひむとしたまひし時、木花姫命はこれをとどめていふ。 『この玉は一度使用せば再び用をなすまじ。かかる小さき魔軍にむかつて使用するは実(じつ)に残念なり。この魔軍を滅ぼすはこれにて足れり』 と懐(ふところ)より天(てん)の真澄(ますみ)の鏡(かがみ)をとりだして鬼猛彦(おにたけひこ)の魔軍にむかつて逸早(いちはや)くこれを照らしたまうた。魔神(まじん)はたちまち黒竜(こくりう)と変じ、邪鬼と化して、ウラル山目がけて遁走(とんそう)した。 天地(あめつち)の真澄(ますみ)の鏡(かがみ) 照りわたり 醜(しこ)の曲霊(まがひ)も逃げうせにけり 稚桜姫命一行は無事帰還された。さうしてこの玉を竜宮島の湖に深く秘(ひ)めおかれた。さきに木花姫命より大足彦(おほだるひこ)に賜はりしは国(くに)の真澄(ますみ)の鏡(かがみ)である。天地(てんち)揃うて合せ鏡といふ神示は、この二個の神鏡(しんきやう)の意である。また五個の神玉は海原彦命(うなばらひこのみこと)、国の御柱神(くにのみはしらかみ)二神(にしん)の守護さるることとなつた。 【附言】後世(こうせい)女神(めがみ)および婦人らの簪(かんざし)に玉をつけ、また玉を連ねて頸飾(くびかざ)りとなして、悪事を払ひ、幸福(かうふく)を求め、賢児(けんじ)を得むとするのはこの因縁に因(よ)るものである。 (大正一〇・一〇・二八 旧九・二八 桜井重雄録) |
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第一篇 神界の混乱 <第六章 モーゼとエリヤ(五六)>
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2007/04/18(Wed)
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第一篇 神界の混乱
<第六章 モーゼとエリア> 言霊別命(ことたまわけのみこと)は稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)、大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)の命(めい)を奉じ、海原彦命(うなばらひこのみこと)の部下の猛将(まうしやう)岩高彦(いはたかひこ)はオコツク海(かい)方面にありと知り、これを高天原に招致せむとされた。 言霊別命は天の磐楠船(あまのいはくすぶね)に乗りて、浪風(なみかぜ)荒き海原(うなばら)を酷烈(こくれつ)なる寒気(かんき)を冒(をか)して進まれた。ここに岩高彦は神命(しんめい)を聞きおほいに喜び、われに優渥(いうあく)なる神命の下(くだ)りしは実(じつ)に光栄身にあまる次第なり、しかしながら当方は邪神もつとも多く、寸時(すんじ)もわれの不在を許さず、あまたの悪竜神(あくりうじん)は今やオコツク海を八方より占奪(せんだつ)せむとするの真最中(まつさいちう)なり。ゆゑに折角の御神勅(ごしんちよく)なれども命(めい)に応ずることを得ず。もしこの一角(いつかく)を魔軍に占領されなば、竜宮城も地の高天原も保ちがたし。われはこの海に隠れて大神(おほかみ)のために死力をつくさむ。されども神命を拒否するは心許(こころもと)なければ、部下の神将(しんしやう)滝津彦(たきつひこ)をわれに代(かは)つて参向(さんかう)せしめむと答へた。 言霊別命は、 『理義(りぎ)明白(めいはく)なる貴下(きか)の御言葉、げにもつともなり。われは帰りて大神に貴下の赤誠(せきせい)を奏上し奉(たてまつ)らむ』 と満腔(まんこう)の感謝を述べられた。このとき天の一方より百雷(ひやくらい)の一時(いちじ)に轟(とどろ)くごとき大音響を発し、黒雲(こくうん)を押分(おしわ)け降(くだ)りくる巨神人(きよしん)あり。たちまち天上に群(むら)がる悪竜(あくりう)邪鬼(じやき)を、左右の手に鉄棒を振り廻(まは)し縦横無尽にうち悩ませ、悠々として降(くだ)りきたり、岩高彦に向つて、 『今や地上の世界は悪霊(あくがみ)のために大混乱に陥らむとするの兆(てう)あり。われは天神(てんしん)の命(めい)によりて地上の神政を輔翼(ほよく)し、国治立命(くにはるたちのみこと)とともに、天上の制度を地上に布(し)かむがために降(くだ)れり』 といと厳(おごそ)かに述べられたり。この神再来して後(のち)にモーゼの神人(かみ)となり、すべての神則(しんそく)を定められた。この神の御名(みな)は天道別命(あまぢわけのみこと)といひ、また天道坊(てんだうばう)と仮称する。 ここに遠く西方(せいはう)の海より雲霧(うんむ)立昇(たちのぼ)り、中天(ちうてん)において光芒(くわうばう)天地(てんち)を輝かす明玉(めいぎよく)となつて、大陸を越えオコツク海に落ち、水煙(みづけぶり)を立て、かつ海面に渦巻をたて、山岳のごとき波間(はかん)より現はれ出(いで)たる巨神人(きよしん)あり、これを天真道彦命(あめのまみちひこのみこと)といふ。また天真坊(てんまばう)と仮称する。 この神は国治立命の天地剖判(てんちばうはん)のとき、神命(しんめい)を奉じて海中に明玉となつて沈み、神命のくだるを待ちたまうた神である。いまや神界は混乱に混乱を重ね、邪神悪鬼(じやしんあくき)の跳梁跋扈(てうりやうばつこ)する時機(じき)なり、神司(かみがみ)は善悪正邪の区別なく右往左往の迷ふのをりからなれば、天地の諸神司(しよしん)にむかつて宇宙一切の道理を説き、因果の神律(しんりつ)を開示せむとして現はれたまうた。この神人(かみ)再生して天下に現はれ、予言警告を発して神人(しんじん)を戒めたまうた。これをエリヤの神(かみ)といふ。 言霊別命は二神人(にしん)の出現に力を得、天にも上(のぼ)る心地して四神人(ししん)相(あひ)ともなひ竜宮城に芽出度(めでた)く帰城(きじやう)し、ここにいよいよ大神の神慮を洽(あま)ねく天上天下(てんじやうてんか)に拡充された。 (大正一〇・一〇・二八 旧九・二八 外山豊二録) 神徳(しんとく)は山より高し天真坊(てんまばう) 天地(あめつち)の律法(おきて)を正(ただ)す天道坊(てんどうばう) |
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第一篇 神界の混乱 <第五章 黒死病の由来 (五五)>
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2007/04/16(Mon)
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第一篇 神界の混乱
<第五章 黒死病(ペスト)の由来 (五五)> 死海の悪霊(あくれい)となりし竹熊、木常姫(こつねひめ)は、再生して棒振彦(ばうふりひこ)、高虎姫(たかとらひめ)と化(な)り、ふたたび初志を貫徹せむため、神界に声望(せいばう)高き美山彦命(みやまひこのみこと)、国照姫(くにてるひめ)の神名(しんめい)を偽り、種々の謀計(ばうけい)をもつて正神界の諸神司(しよしん)を撹乱(かくらん)せむと必死の活動を続けてをる。茲(ここ)に美山彦命は諸神司(しよしん)の正邪去就(せいじやきよしう)の判別に迷はされむことを慮(おもんばか)り、稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の神命(しんめい)を奉じて言霊別命(ことたまわけのみこと)と改名し、これを諸神司に内報しおかれた。また国照姫も言霊姫(ことたまひめ)と改名されることになつた。したがつて以下述ぶるところの言霊別命(ことたまわけのみこと)は真(まこと)の美山彦命のことであり、言霊姫(ことたまひめ)は真(まこと)の国照姫のことである。さうして美山彦といふのは真(まこと)の棒振彦のことであり、国照姫といふのは真(まこと)の高虎姫であることをあらかじめ述べておく。 月の夜(よ)にそのに立出(たちい)でながむれば黄菊(きぎく)白菊(しらぎく)一つ色(いろ)なる 長白山(ちやうはくざん)の山腹に古くより鎮(しづ)まります智仁勇兼備(ちじんゆうけんび)の神将(しんしやう)に、神国別命(かまくにわけのみこと)、佐倉姫(さくらひめ)の二神人(にしん)があつた。その麾下(きか)には豊春彦(とよはるひこ)、猛虎彦(たけとらひこ)ありて一切の神務を掌握(しやうあく)し、八百万(やほよろづ)の神司(かみがみ)を集めて天下の趨勢(すうせい)を観望(くわんばう)し、鋭気を養ひ、潜勢力(せんせいりよく)を備へて天使の来迎(らいげい)を待ちわびてゐた。この神人(かみ)は国治立命(くにはるたちのみこと)の御系統にして、木星(もくせい)の精(せい)降(くだ)つてここにあらはれたのである。大八洲彦命は、一旦神界は平穏無事に治まりしといへども、執念深き僭偽(にせ)の実山彦、国照姫および鬼熊(おにくま)の再生なる鬼猛彦(おにたけひこ)、杵築姫(きづきひめ)等(とう)の、各所に魔軍を集めて、ふたたび世界を撹乱(かくらん)するの気勢(きせい)明らかとなりたれば、これらの魔軍を殲滅(せんめつ)し、世界の憂慮を除かむがために種々の神策をめぐらされた。そこで、言霊別命に滝津彦(たきつひこ)を副(そ)へて長白山(ちやうはくざん)にのぼり、神国別命(かみくにわけのみこと)、佐倉姫(さくらひめ)を地の高天原に招致せむと計りたまうた。神国別命は神命を奉じて豊春彦(とよはるひこ)、猛虎彦(たけとらひこ)をして長白山の神営にとどまつて守備せしめ、みづから進んで地の高天原の部将たることを拝受された。 このとき偽(にせ)美山彦の一味の邪神は、言霊別命の長白山に到りしことを探知し、あまたの邪鬼(じやき)悪竜(あくりう)毒蛇(どくじや)を遣(つか)はし、八方より言霊別命、神国別命を攻め悩まさむとした。神国別命は三徳兼備(さんとくけんび)の神将なれども、あまりの巧妙なる邪神の戦略にいかんともする能(あた)はず、言霊別命とともに非常なる苦境に陥つた。 偽(にせ)美山彦、国照姫は死海に沈みたる黒玉(こくぎよく)を爆発せしめ、山の周囲に邪気を発生せしめた。この邪気は億兆無数の病魔神(やまひがみ)と変じ、神国別命の神軍に一々憑依して大熱(だいねつ)を発せしめた。神軍はのこらず、この病魔(びやうま)に冒(をか)されて地上に倒れ、中には死滅する者も多数に現はれてきた。この病魔は漸次(ぜんじ)に四散(しさん)して世界の各所に拡がり、つひにペストの病菌となつた。 ここに佐倉姫は神軍の惨状を見るにしのびず、天(てん)の木星(もくせい)にむかつて救援を請(こ)ひ、神言(かみごと)を朗(ほがら)かに奏上された。このとき木星より一枝(いつし)の榊(さかき)の枝がくだつてきた。佐倉姫は天の与へと喜び勇んで感謝し、この榊葉(さかきば)に神霊を取懸(とりか)けて「左右左(さいうさ)」と打ちふられた。東風(とうふう)にはかに吹ききたり、長白山の邪気は遠く散逸してロッキー山の方に向つて消滅した。たちまち神軍は蘇生(そせい)しその元気は平素に百倍した。ここに神国別命は神恩の深きに感謝し、神授(しんじゆ)の榊葉(さかきば)を豊春彦に授け、猛虎彦とともに長白山を守らしめ、二神人(にしん)は地の高天原に参向(さんかう)さるることとなつた。 (大正一〇・一〇・二八 旧九・二八 谷口正治録) |
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第一篇 神界の混乱 <第四章 真澄の神鏡 (五四)>
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2007/04/15(Sun)
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第一篇 神界の混乱
<第四章 真澄(ますみ)の神鏡(かがみ) (五四)> ここに天使(てんし)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)は竜宮城の勇神(ゆうしん)、大足彦(おほだるひこ)、花照姫(はなてるひめ)に道貫彦(みちつらひこ)を添へて、木花姫命(このはなひめのみこと)の鎮(しづ)まりたまふ芙蓉山(ふようざん)を守らしめたまうた。 不二(ふじ)の山(やま)三国一(さんごくいち)で四方面(しはうめん) 汽車の窓半日のぞく不二の峰 ここに美山彦(みやまひこ)、国照姫(くにてるひめ)は鷹姫(たかひめ)とともに雲霧(うんむ)をおこして芙蓉山(ふようざん)に翔(か)けのぼり大足彦(おほだるひこ)に面会を求めた。大足彦は木花姫命(このはなひめのみこと)の神務(しんむ)を帯(お)びて、遠く安泰山(あんたいざん)に行(ゆ)かれた後(あと)である。そこで花照姫は道貫彦(みちつらひこ)をして代(かは)つて応接せしめた。 美山彦以下二神(にしん)は「一大秘密あり、願はくは隣神(りんしん)を遠ざけたまへ」と仔細ありげに申しのべた。 道貫彦は乞ふがまにまに隣神を遠ざけ一間(ひとま)に入(い)りて、 『その秘密はいかに』 と反問した。このとき美山彦は声を密(ひそ)めて、 『竜宮城も地の高天原も既に重囲(ぢうゐ)に陥り危機旦夕(たんせき)にせまる。稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)はわづかに身をもつて免(まぬが)れたまひ、万寿山(まんじゆさけん)に避難し、ここに再挙を図らせたまふ。しかるに大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)、真澄姫(ますみひめ)はすでに棒振彦(ばうふりひこ)に帰順(きじゆん)し、今や魔軍の将として万寿山(まんじゆざん)に押し寄せむとす。高天原(たかあまはら)の大事(だいじ)を救ふは今この時なり。智略縦横(ちりやくじうわう)の大足彦きたりて万寿山の主将となり、大勢(たいせい)を挽回し、大神(おほかみ)の神慮(しんりよ)を慰めよ、との稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)の御神命なり。貴神(きしん)の向背(かうはい)いかん』 と気色(きしよく)をはげまし、刀の柄(つか)に手をかけ決心の色(いろ)を見せながらヂリヂリと詰めよつた。 花照姫、道貫彦は始終を聞きて心も心ならず、ただちに天の鳥船(あまのとりふね)をもつて、豊彦(とよひこ)をして安泰山の大足彦にこの顛末(てんまつ)を報告せしめた。時をうつさず西方(せいはう)の天より、大足彦は豊彦とともに帰山(きざん)し、すでにすでに安泰山において美山彦命と会見してすべての様子を知りゐたるに、ここにまた美山彦命の来(きた)れるを聞きて、何となく怪しみに堪へず、山頂の木花姫命の宮にいたり神示を乞ひたまふた。 木花姫命の神示によりて、天使は心中(しんちう)深く期(き)するところのあるものの如く、花照姫、豊彦その他(た)の神司(かみがみ)を芙蓉山(ふようざん)に残して守備となし、美山彦一行と共に万寿山(まんじゆざん)に向うた。万寿山には、バイカル湖の邪神となりし鬼姫(おにひめ)の再来なる杵築姫(きづきひめ)は、美々(びび)しく変装を凝(こ)らして稚桜姫命と化(な)り、大足彦に向つて遠来の労を謝し、かつ地の高天原および竜宮城の回復を命ぜられた。 這(は)ふて出てはねる蚯蚓(みみづ)や雲の峰 大足彦は出発の際、木花姫命よりひそかに賜はりたる真澄(ますみ)の鏡(かがみ)をとりいだし、稚桜姫命を照(てら)しみれば、こはそも如何(いか)に、今まで優美にしてかつ尊厳なりし稚桜姫命は見るも恐ろしき鬼姫の後身(こうしん)バイカル湖の黒竜(こくりゆう)と現はれ、東北の天にむかつて黒雲(こくうん)を捲(ま)きおこし、雲を霞(かすみ)と逃げ失せた。美山彦はと鏡に照して見れば、こはそも如何に、竹熊(たけくま)の再来棒振彦の正体(しやうたい)あらはれ、高虎姫を見れば木常姫(こつねひめ)の再来なる金毛九尾(きんもうきうび)の悪狐(あくこ)と化(くわ)し、鷹姫の姿は大(だい)なる古狸(ふるだぬき)と現はれた。 大足彦は天を拝し地に伏し、芙蓉山にむかつて合掌し神徳の広大無辺(くわうだいむへん)なるを感謝した。その後(ご)棒振彦、高虎姫は諸方にかけ廻(めぐ)り、このたびは大足彦をいかにもして亡ぼし、真澄の鏡を得むと非常に苦心焦慮(くしんせうりよ)した。邪神の去りしあとの万寿山は実(じつ)に荒涼たる荒野(くわうや)と化(くわ)してゐた。あとに大足彦は地を踏み轟(とどろ)かして雄健(をたけ)びしながら、怒(いか)りを押さへ直(ただ)ちに鳥船に乗りて芙蓉山に帰還した。 (大正一〇・一〇・二七 旧九・二七 加藤明子録) 顕(あら)はれて間(ま)なく隠(かく)るる二日月(ふつかづき) 病神(やまひがみ)どこへうせたか春の風 |
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第一篇 神界の混乱 <第三章 美山彦命の出現 (五三)>
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2007/04/15(Sun)
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第一篇 神界の混乱
<第三章 美山彦命の出現 (五三)> ここに天使(てんし)大八洲彦命(おほやしまひこのみこと)、真澄姫(ますみひめ)のもつとも信頼せる神人(かみ)に、美山彦命(みやまひこのみこと)といふ智勇兼備(ちゆうけんび)の神将があつた。この神人(かみ)は常に帷幄(ゐあく)に参じて、すべての画策(くわくさく)を大八洲彦命にすすめてゐた。竜宮城の神司(かみがみ)は、大八洲彦命の参謀にして、かつ信任ある美山彦命のあることは仄(ほの)かに聞いてゐたが、その風貌に接した神司(かみ)は一柱(ひとはしら)もなかつた。しかしいつとはなしに美山彦命の智勇兼備の声望(せいばう)は、大八洲彦命の驍名(げうめい)とともに広く世界に喧伝(けんでん)されてゐた。 奸悪(かんあく)なる棒振彦(ばうふりひこ)はその消息を知つて、ここに美山彦命の名を偽(いつは)り、また木常姫(こつねひめ)の再来なる高虎姫(たかとらひめ)は美山彦命の妻神(つまがみ)国照姫(くにてるひめ)と偽り名乗つた。しかるに真正(しんせい)の美山彦命は、大八洲彦命、真澄姫の内命によりロッキー山(さん)に立てこもり、魔軍の内情を偵察してゐた。このとき、美山彦命の使(つかい)として、岡野姫(をかのひめ)は天の鳥船(あまのとりふね)に乗りて竜宮城にきたり、 『ロッキー山は棒振彦、高虎姫の魔軍のために八方より包囲せられ、美山彦命は危機一髪のあひだに立てり、一時(いちじ)もはやく真澄姫は援軍を率ゐて来(きた)りたまへ』 と密告した。真澄姫は大いに訝(いぶか)り、 『われはかよわき女(をみな)なり、しかるに大八洲彦命を差(さ)し措(を)き、われに救援のため出陣を乞ひきたるとは、実(じつ)にその意をえず』 として直ちにこの由(よし)を稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)に奏上したまふた。この美山彦命は全くの偽名であつて、実際は棒振彦の計略であつた。 稚桜姫命はこの密書(みつしよ)を怪しみ、大八洲彦命に報告された。大八洲彦命はただちに敵の奸策(かんさく)なることを看破(かんぱ)された。そのゆゑは、真(しん)の美山彦命は神示によつて、東方(とうはう)に位(くらゐ)する安泰山(あんたいざん)に第二の陣営をつくり、既に出陣してをつたからである。そして後(あと)には岩をもつてわが姿をつくり、また諸々の従臣の形をも岩にて作り、これをロッキー山の城塞に立ておいてのである。 一方、ロッキー山に駐屯せる美山彦命の危急は迫れりと伝へ聞きたる神司(かみがみ)は、とるものも取りあへず、ロッキー山さしてめいめい神軍を引率(いんそつ)し救援にむかふた。そのとき棒振彦、高虎姫は山腹に待ち伏せ、みづから美山彦命、国照姫と称し、あまたの正しき神司(かみ)を誑(たぶら)かしてわが勢力を集めむとした。味方の神将 香川彦(かがはひこ)、広足彦(ひろたるひこ)、滝彦(たきひこ)、豊彦(とよひこ)、神山彦(かみやまひこ)はそれを真(まこと)の美山彦と信じ、率先して棒振彦の魔軍に加はつた。美山彦《棒振彦の偽名》は諸神司(しよしん)に向つて言つた。 『竜宮城はすでに棒振彦、高虎姫の手に陥れり。これより進んで竜宮城を回復し、稚桜姫命以下の諸神司(しよしん)を救ひ奉(たてまつ)らむ』 と、いかにも言葉たくみに諸神司(しよしん)を詐(いつは)り、反対にふたたび竜宮城に迫らむとした。 この時、大八洲彦命は安泰山(あんたいざん)の実山彦命とともにロッキー山の麓に現はれ、 『真(まこと)の美山彦命はここにあり』 と大音声(だいおんじやう)に呼(よば)はりたまへば、棒振彦、高虎姫は謀計(ばうけい)の破れたるに驚き、散乱せむとする魔軍をかきあつめ、西方(せいはう)の海に向つて姿を隠した。かくして悪神(あくがみ)の計画は見事失敗に帰(き)した。 一旦棒振彦を真(まこと)の美山彦命と信じて参加した諸神将(しよしんしよう)は、ここに全く夢のさめたるごとく、大八洲彦命にその不覚不識(ふかくふしき)を謝し、美山彦命にしたがひて安泰山に出軍した。このとき早くも、ロッキー山は棒振彦の占領するところとなつてゐた。しかるに美山彦命以下の石像より常に火を発して、棒振彦の魔軍を滅茶々々になやませしかば、棒振彦はつひにロッキー山を捨てて、鬼城山(きじやうざん)の高虎姫の陣営に退却するの止(や)むをえざるに立ちいたつた。 こがらしや犬(いぬ)のほえつく壁(かべ)の蓑(みの) (大正一〇・一〇・二七 旧九・二七 桜井重雄録) 美山彦国照姫は名を替(か)へて 言霊別(ことたまわけ)や言霊姫(ことたまひめ)となりぬ |
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第一篇 神界の混乱 <第二章 邪神の再来 (五二)>
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第一篇 神界の混乱 <第二章 邪神の再来 (五二)> ここに竹熊の再来なる棒振彦(ばうふりひこ)と、木常姫(こつねひめ)の再来なる高虎姫(たかとらひめ)は八王大神常世彦(やつわうだいじんとこよひこ)を謀主(ばうしゆ)とし、盤古大神塩長彦(ばんこだいじんしほながひこ)の神政に覆(ふく)さむと欲し、艮の金神国治立命(うしとらのこんじんくにはるたちのみこと)を地上より退去せしめむとする一念は、竹熊の時よりも一層激烈の度を増した。棒振彦はここに美山彦(みやまひこ)と名を変じ、高虎姫は国照姫(くにてるひめ)と偽名して、大八洲彦命の部下の神軍を欺(あざむ)く手段をとつた。 この偽(にせ)美山彦には温順にして正直一図(いちづ)の玉能姫(たまのひめ)といふ妻神(つまがみ)があつた。美山彦の行動を見て、天地の道理に背反せるを歎(なげ)き、しばしば涙とともに善道(ぜんだう)に立帰(たちかへ)らむことを諫(いさ)めた。 しかるに美山彦は妻の諫言(かんげん)を一言(いちごん)も耳に入れず、偽(にせ)国照姫とともに種々の悪策を凝議(ぎようぎ)しつつあつた。玉能姫は夫の心を改めしめむと焦心し、一通の遺書(かきおき)を残し紅海に身を投げて帰幽(きいう)した。後(あと)に美山彦はわが目的の妨害者の亡び失せたるをかへつて愉快となし、偽(にせ)国照姫とともに相(あひ)謀(はか)りて最初の大望(たいまう)を達せむとした。 ここに国照姫は、自分の部下にしてもつとも奸智(かんち)に長(たけ)たる小杉姫(こすぎひめ)を美山彦の正妻とした。小杉姫は奸智にたけたる女なれば、棒振彦、高虎姫の奸計(かんけい)を探知しながら、素知らぬ顔をしたゐた。小杉姫の心中(しんちう)には万一の場合、両神の悪計を憤怒(ふんど)の極点に達したるとき、これを大八洲彦命に内々(ないない)奏上し、もつてその恨みを報ずるの準備としてゐた。アゝ女の瞋恚(しんい)ほど世に畏(おそ)ろしいものはない。 棒振彦、高虎姫は小杉姫の心中(しんちう)穏(おだや)かならざる色(いろ)あるを怪しみ、小杉姫の侍女(じぢよ)鷹姫(たかひめ)をして、その心中を探らしめた。 あるとき鷹姫は小杉姫にしたがひ、美(うる)はしき丘上(きうじやう)に上(のぼ)り、散歩を試みながら無花果(いちじく)の実を採(と)つて遊んだ。ふたりは山の頂(いただき)に草をしきて坐(ざ)し、四方山(よもやま)の景色を賞(ほ)め、かついふ、 『世の中に多くの神司(かみがみ)ゐませど |




