第五篇 御玉の争奪 <第四四章 緑毛の亀>
2007/03/31(Sat)
第五篇 御玉の争奪


<第四四章 緑毛(りよくまう)の亀 (四四)>

 亀若は緑の玉を生命(いのち)にかけて死守してゐた。いかなる名誉慾も、物質慾も眼中(がんちゆう)におかず、ただこの玉のみを保護することに心魂を凝らしてゐた。しかるに亀若は八尋殿(やひろどの)の酒宴のみぎり竹熊の奸計(かんけい)にかかり、毒虫(どくむし)を多く腹中に捻込(ねぢこ)まれたのが原因をなして、身体の健康を害し、病床に臥(ふ)し全身黄緑色(わうりよくしよく)に変じ、つひに帰幽した。亀若の妻亀姫(かめひめ)は、天地に慟哭(どうこく)し、足辺(あしべ)に腹這(はらば)ひ頭辺(かしらべ)に這ひまはり、涕泣(ていきふ)日を久(ひさ)しうした。その悲しみ泣き叫ぶ声は風のまにまに四方(しはう)にひびき、つひには悲風惨雨(ひふうさんう)の絶間(たえま)なきにいたつた。この間(あひだ)およそ百日百夜(ひゃくにちひやくや)に及んだ。
 この時ガリラヤの海より雲気立ち登り、妖雲を巻きおこして一種異様の動物現はれ、竜宮城近く進んできた。異様の動物は、たちまち美(うる)はしき神人(しんじん)と化した。そして亀姫の家に亀若の喪を弔うた。この者は其の名を高津彦(たかつひこ)といふ。亀姫は高津彦を見て大いに喜び、その手を取つて一間(ひとま)に導き、いろいろの酒肴(さけさかな)を出して饗応(きやうおう)し、かつ、
 『貴下(あなた)はわが最も愛する亀若ならずや』
と訝(いぶ)かり問ふた。高津彦は、
 『われは亀若なり、決して死したるに非(あら)ず、毒の廻(まは)りし体(からだ)を捨て、新(あらた)に健全なる体を持ち、汝(なれ)の前にきたりて偕老同穴(かいらうどうけつ)の契(ちぎり)を全くせむとすればなり』
と言葉たくみに物語つた。亀姫は高津彦の顔色(がんしよく)といひ、容貌といひ、言葉の色(いろ)といひ、その動作にいたるまで亀若に寸毫(すんがう)の差なきを見て、心底より深くこれを信ずるにいたつた。ここにふたりは水も洩(もら)さぬ仲のよき夫婦となつた。
 亀姫は再生の思ひをなし、一旦長き別れと断念した不運の身に、夫のふたたび蘇生しきたつて鴛鴦(ゑんあう)の契(ちぎり)を結ぶは如何なる宿世(すぐせ)の果報ぞと、手の舞ひ足の踏むところを知らなかつた。
 夫婦の仲は蜜のごとく漆(うるし)のどこく親しかつたが、ふとしたことより風邪(かぜ)のために高津彦は重い病の床についた。今まで歓喜に満ちた亀姫の胸は、ふたたび曇らざるを得なかつた。手を替へ品を換へ看病に尽した。幾日たつても何の効(かう)も見えず、病はだんだん重(おも)るばかりである。このとき高津彦の友の高倉彦(たかくらひこ)きたりて病床を見舞ひ、かつ医療の法(はう)をすすめた。百草(ひやくさう)を集め種々(しゆじゆ)の医薬をすすめた。されど病は依然として重(おも)るばかりである。亀姫の胸は、実に焼鉄(やきがね)を当(あて)るごとくであつた。不思議にも高倉彦の容貌、身長、言語は、亀若に酷似(こくじ)してゐた。ここに亀姫は、その真偽に迷はざるを得なかつた。そこで亀姫は、かつ驚き、かつ怪しみ、
 『貴下(あなた)はいづれより来ませしや』
といぶかり問ふた。高倉彦は、
 『われは竜宮城の神司(かみ)にして、亀若のふるくよりの親しかりし美(うる)はしき友なり』
と答へた。そこで亀姫は、
 『高倉彦の亀若に酷似(こくじ)したまふは如何なる理由ぞ』
と反問した。高倉彦は答へて、
 『実際吾(われ)は亀若とは双生児(ふたご)である、されど父母(ふぼ)は世間を憚(はばか)り、出産とともに他(た)に預けたのである。そして亀若と吾(われ)とは此の消息を少しも知らず、心の親友として幼少のころより交はつてゐた。然(しか)るにある事情より吾(われ)はこの事を感知せしが、今ここに病みたまふ亀若は、この真相を御存(ごぞん)じないのである。われは骨肉の情(じやう)に惹(ひ)かれて、同胞の苦しみを見るに忍びず、いかにもしてこの病を恢復(くわいふく)せしめ兄弟睦(むつま)じく神業(しんげふ)に奉仕せむと焦慮し、神務の余暇を得て、ここに病床を訪ねたのである』
とはつきり物語つたので、亀姫の疑ひは全く氷解した。
 高倉彦は、亀姫の信頼ますます加(くは)はつてきた。一方亀若の病気はだんだん重(おも)るばかりである。そこで亀姫はふたたび、
 『夫の病を救ふ妙術はなきや』
と面色(めんしよく)憂(うれ)ひを含んで高倉彦に相談をした。そのとき高倉彦は、実に当惑の面持(おももち)にて、
 『あゝ気の毒』
と長歎息(ちやうたんそく)をなし、腕を組んで頭(あたま)を垂れしばしは何の返答もなかつた。ややあつて思ひ出したやうに高倉彦は喜色(きしよく)を満面にたたへて、
 『その方法たしかにあり』
と飛び立つやうな態度をしながら答へた。亀姫は顔色(がんしよく)にはかに輝き、驚喜して、
 『いかなる神法なりや聞(き)かま欲(ほ)し』
と高倉彦の返辞をもどかしがつて待つた。
 高倉彦はわざと落着(おちつ)いて手を洗ひ口(くち)嗽(すす)ぎ、天に向つて永らくのあひだ合掌し、何事か神勅(しんちよく)を請ふもののやうであつた。病床にある亀若はしきりに苦悶の声を発し、既に断末魔の容態である。亀姫の胸は矢も楯(たて)もたまらぬやうになつた。たとへ自分の生命(いのち)は失ふとも最愛の夫、亀若の生命(いのち)を救はねばおかぬといふ決心である。一方高倉彦の様子いかにと見れば悠々として天に祈り、いささかも急ぐ様子がない。高倉彦はおもむろに祈りを捧げた後(のち)、室内に這入(はい)つてきた。このとき亀姫は渇きたる者の水を求むるごとくに、高倉彦の教示や如何(いか)にと待ち詫(わ)びた。高倉彦はこの様子を見て心中に謀計のあたれるを打ち喜び、外知(そし)らぬ顔にて左(さ)も勿体らしく言葉をかまへていふ、
 『当家には貴重なる緑色(みどりいろ)の玉が秘蔵されてある。この玉を取りだして月の夜(よ)に高台(たかだい)を設けてこれを奉安(ほうあん)し、月の水をこの玉に凝集(ぎやうしふ)せしめ、その玉より滴(したた)る一滴の水を亀若に呑(の)ましめなば、病(やまひ)癒(い)えなむとの月読神(つきよみのかみ)の神勅なり』
と誠(まこと)しやかに教示した。亀姫は天の佑(たす)けと喜び勇んで高台(たかだい)を造り、その玉を中央に安置した。その刹那(せつな)一天たちまち掻き曇り、黒雲(こくうん)濛々として天地をつつみ、咫尺(しせき)を弁ぜざるにいたつた。時しも雲中(うんちゆう)に黒竜(こくりゆう)現はれ、その玉を摑(つか)みて西方の天に姿をかくした。数日を経てこの玉は、竹熊の手に入(い)つたのである。今まで夫と思ふてゐた偽(にせ)の亀若は、にはかに大竜(だいりゆう)と変じた。また高倉彦はガリラヤの大(だい)なる鼇(すつぽん)に還元し、亀姫を後(あと)に残して雲をおこし姿をかくした。亀姫は地団駄(ぢだんだ)踏んで悔しがり、精魂(せいこん)凝(こ)つて遂に緑毛(りよくまう)の亀と変じ竜宮海に飛び入(い)つたのである。亀は万年の齢(よはひ)を保つといふ。亀若は八尋殿(やひろどの)の宴会において毒虫(どくむし)を食はせられ、それがために短命にして世を去つた。それから亀姫の霊(れい)より出(い)でし亀は、衛生に注意して毒虫を食はず、長寿を保つことになつた。

                  (大正一〇・一〇・二五 旧九・二五 加藤明子録)


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第五篇 御玉の争奪 <第四三章 丹頂の鶴>
2007/03/30(Fri)
第五篇 御玉の争奪


<第四三章 丹頂(たんちやう)の鶴 (四三)>

 鶴若(つるわか)は、黄金水(わうごんすゐ)の精なる赤色(せきしよく)の玉を得てより、信念ますます鞏固(きようこ)となり、ひそかに、シオン山(ざん)に登りて多年の修行をなし、ある時はシオンの滝に飛び込み、ある時はシオンの谷川を禊身(みそぎ)をなし、つひには、神通力(しんつうりき)を自由自在に発揮し得(う)るやうになつた。鶴若はその名のごとく、鶴と変じて空中を翺翔(こうしよう)し、天地間を上下して、神界の天使とならむと、一意専念に苦しき修行をつづけてゐた。
 ここに竹熊一派の悪神(あくがみ)は、鶴若の神通力(しんつうりき)を奪ひ、地上に落下せしめむとして苦心してゐた。鶴若は空中を一瀉千里(いつしやせんり)の勢(いきほひ)をもつて、諸方を翺(か)けめぐつた。ときに前方にあたつて紫雲(しうん)棚びく高山(たかやま)が目についた。山頂は雲の上に白く浮出(うきで)てゐる。鶴若は、その山に引きつけらるる心地していつの間にか、山上に翺(か)けりついた。折しも、山腹の紫雲の中より四方(しはう)を照らす鮮光あらはれ、光はおひおひ山頂を目がけて立騰(たちあが)つていつた。そして、それが一個の紅色(こうしよく)の玉となつた。このとき鶴若は、鶴の姿を変じて、荘厳なる神人(かみ)と化してゐたのである。その玉は、見るみる左右にわかれて、中より天女が現はれてきた。鶴若はこの天女の美貌に見惚(みと)れてゐると、天女はまた鶴若を見て秋波(しうは)を送り、無言のまま鶴若の側に立寄つてきた。この高山(かうざん)はアルタイ山(ざん)で、この天女は名を鶴姫(つるひめ)といふ。鶴若、鶴姫はここに夫婦の約(やく)を結んだ。これと同時に鶴若はたちまち通力を失ひ、空中飛行の術が利(き)かなくなつた。
 山の中腹には巨大な岩窟(がんくつ)がある。ふたりはこの岩窟を棲所(すみか)とし、遠近(をちこち)の山々の者を集めて、ここを中心として一つの国を立てた。さうして、広き岩窟の奥には赤玉(あかだま)を安置し、これを無二の神宝と崇(あが)め祀(まつ)つた。ふたりはたがひに相(あひ)親しみ、相(あひ)愛し、永き年月(としつき)をアルタイ山に送つてゐた。
 然(しか)るにふたりの若き姿は年とともにおひおひ痩(や)せ衰へ、頭(あたま)には白髪(しらが)が生えだし、何となく淋しさを感じてきた。ふたりは後継者たる子の生れ出でむことを希求するやうになつた。
 ここに竹熊の部下、鶴析姫(つるさきひめ)は、うるはしき天使の姿に変じてアルタイ山の山頂(いただき)にのぼり、雷鳴を発し大雨(だいう)を降らしめた。雨は滝の如くにふりしきり、たちまち山の一角(いつかく)を崩壊し、濁水(だくすゐ)は流れて岩窟の前に溢れいで、小時(しばらく)にして、その雨も歇(や)み、岩窟の前には、一つの柔かき麗しき鮮花色(せんくわしよく)の玉が残されてゐた。鶴若は手にとりてこれを眺むるに、あたかも搗(つ)きたての餅のやうな柔かさである。鶴姫はこれを見て、にはかにこの玉を食(く)ひたくなり、鶴若の手より之(これ)を奪(と)らむとして、つひに両方よりその玉を引き千切つてしまつた。この引き千切られた玉は、自然にふたりの口に入(い)り腹中に納まつてしまつた。それよりふたりは情慾(じやうよく)をさとることになり、鶴姫はつひに妊娠し、月満ちて玉のごとき女子(によし)が生れた。これを鶴子姫と名付けた。
 二人は鶴子姫を生んで、寵愛斜(ちようあいななめ)ならず、這(は)へば立て、立てば歩めの親心、鶴子姫の泣くにつけ、笑ふにつけても心を動かし、子のためには一切を犠牲にしても悔いないといふ態度であつた。鶴子姫は、両親の愛育によりて、追々(おひおひ)成長し、言語を発するやうになつて、初めて「ターター」と啼(な)きだした。両親はその啼声(なきごゑ)が気にかかり「ターター」とは、如何なる意味かと非常に苦心したが、到底その意味はわからなかつた。鶴子姫は、今度は「マーマー」と啼きだした。何の意味か、これも判らなかつた。しばらくすると鶴子姫は「タマ、タマ」と啼きだした。これを聞いて両親は、種々(しゆじゆ)の鳥類の卵を従臣に命じて集めさせたが、鶴子姫はしきりに首を左右に振り、卵を吸ふことを嫌つた。両親は昼夜(ちうや)膝を交へて、その鶴子姫のいふ「タマ」とは、如何なる意味かと首を傾け色々と考へたが、どうしてもわからなかつた。時に両親は万(よろづ)の従臣を集め、赤玉(あかだま)の祀(まつ)りある玉の宮の祭典をおこなひ、鶴子姫の無事成長せむことを祈つた。その時鶴子姫は、鶴姫に抱(いだ)かれて祭場(さいじよう)に列した。ここに鶴子姫は、はじめて笑顔をつくり「赤玉、々々」と喜んだ。両親は目の中へはいつても、痛くは思はぬ愛児(あいじ)の鶴子姫の笑顔に、満腔(まんこう)の喜びをおぼえ、鶴子姫の要求なれば、自分の生命(いのち)を捨てても惜くはないとまで愛してゐたのである。祭典は無事にすみ、ふたりは広大なる岩窟の居室(ゐま)に帰つた。万(よろず)の従臣は直会(なほらひ)の酒に酔ひ、万歳を連呼し、各自の住所に帰つた。あとに親子三名は奥の一室(ひとま)に入(い)り、やすやすと寝(しん)についた。夜半(よは)にいたり、鶴子姫はにはかに「タマ、タマ」と啼きだした。鶴姫は之を聞いて始めて其の意をさとり、鶴子姫が「タマ、タマ」といふのは、かの玉を要求してゐるに違ひなしと思ひ浮かべ、その旨を鶴若に話しかけた。鶴若はにはかに床上(しやうじやう)に起き上り、腕を組み、思案にくれて、一言(いちごん)も発せず伏向(うつむ)いてゐた。鶴子姫の啼(な)き声はますます激しくなり、両親の胸を引き裂かむばかりに聞えた。両親はゐたたまらず、夜中(やちゆう)をも顧みず、鶴若は起(た)つて玉の宮に入(い)り、御神体の赤玉を捧持(ほうじ)し、恭(うやうや)しく居室(ゐま)の机上に据ゑた。すると鶴子姫の啼き声は頓(とみ)にやんで笑ひ声と変じ、その玉に手を触れ、玉の周囲を嬉々として飛びまはつた。両親はそのまま玉を床上に据ゑ、鶴子姫の機嫌とりの玩具(おもちや)となつた。
 鶴子姫はかくてだんだんと成長したが、ある日たちまち其の姿を黒竜と変じ、その玉をとる否や、黒雲(こくうん)を捲きおこし雷雨をよび、大音響とともに、父母を捨て、西方の空高く姿を隠してしまつた。後(あと)に残りしふたりは驚き呆れ、かつ玉と愛児の行方を眺めて長嘆(ちやうたん)止(や)まなかつた。ふたりは鶴子姫が邪神の霊(みたま)の変化(へんげ)なりしことを悟りて、姫の身について断念せるものの、断念(あきら)め切れぬはかの赤玉である。かつて竹熊らの侮辱圧迫にたへ、生命(いのち)にかへて守護したる、かの宝玉を敵に奪はれては、大八洲彦命にたいして一言(いちごん)の申訳(まをしわけ)なしと、天地にむかつて号泣し、その一念凝(こ)つて、頭上に赤玉の痕(あと)をとどむるにいたつた。これを丹頂(たんちやう)の鶴といふのである。焼野(やけの)の雉子(きぎす)、夜の鶴、児(こ)を愛すること鶴に勝るものなきも、これが縁由(えんいう)である。

                (大正一〇・一〇・二五 旧九・二五 谷口正治 録)


               心より赤き御玉(みたま)も児(こ)の愛に
                    ひかれて玉をとられつる若


               怒(いか)らずにうつむきをれば芳彦(よしひこ)の
                    うら紫の玉をぬかれつ


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第五篇 御玉の争奪 <第四二章 八尋殿の酒宴の二>
2007/03/29(Thu)
第五篇 御玉の争奪


<第四二章 八尋殿(やひろどの)の酒宴の二 (四二)>

ここに竹熊(たけくま)、大虎彦(おほとらひこ)は威丈高(ゐたけだか)になり、高杉別(たかすぎわけ)、森鷹彦(もりたかひこ)、鶴若(つるわか)、亀若(かめわか)、時彦(ときひこ)を眼下(がんか)に見下(みくだ)し、
 『汝らは竜宮城の神司(かみ)とはいへ、その実は有名無実にして、糞土神(くそがみ)同様なり。玉なき者は、この席に列(つら)なる資格なし。あゝ汚(けが)らはしや』
と塩をふり、臀部(でんぶ)をまくり、あらゆる侮辱を加へた。五柱(いつはしら)の従臣は、堪忍に堪忍を重ね、これも畢竟(ひつけう)悪魔の世迷ひ言(ごと)に過ぎずとして、つひには少しも耳をかさなかつた。
 玉を差し出(いだ)したる竜宮城の五柱(いつはしら)の神司(かみ)も、竹熊一派の者も、共に声を揃へて、高杉別以下の神司(かみがみ)をさんざん罵倒した。酒宴はますます酣(たけなは)となつた。
 この時、竹熊は左より大虎彦は右より、彼我(ひが)の手を結びあはせ、円を描(ゑが)いて高杉別以下四柱(よはしら)の神司(かみ)を中に取(とり)まき、悪声を放ちつつ躍(をど)り狂ひはじめた。
 五柱(いつはしら)の神司(かみ)は、遁(のが)れ出(い)づる由(よし)なく、何時(いつ)また吾(わ)が玉を奪はるるやも知れずと、非常に苦心した。されど竹熊の執拗なる計略も、この五柱の神司(かみ)の玉のみは、どうしても奪(と)ることはできなかつた。そこで更に第二次会に臨まむことを告げた。酔(ゑ)ひつぶれた彼我(ひが)の者たちは、一も二もなく、手を打つて賛成した。
 要するに、玉を差し出したる五柱の神司(かみ)は、知らず知らずのまに、全く竹熊の捕虜となつたのである。高杉別以下四柱(よはしら)の神司(かみ)は、いかにして此の場を遁(にげ)出さむかと苦心すれども、彼らはなかなか油断はしない。やむなく引きずられて、第二次会の宴席に臨むことになつた。
 第二次の宴会は開かれた。ここは以前の席とは変つて、よほど大きな広間であつた。広間は上下(じやうげ)の二座(にざ)に別(わか)たれて、上座(じやうざ)には八重畳(やへだたみ)が敷きつめられ、種々(しゆじゆ)の珍宝が飾り立てられてある。席の中央には、得もいはれぬ美しき花瓶に、芳香馥郁(はうかうふくいく)たる珍らしき花樹(かじゆ)が立てられてある。これに反して、下座(げざ)には目もあてられぬやうな、汚い破れ畳が敷きつめてあつた。
 各自(めいめい)席に着くや、竹熊は立つて一同に向ひ、
 『この席は、玉を差し出したる心美しき者のみ集まる、神聖なる宴席である。玉を差し出さざる心汚き者は、下(しも)の席へ下(さが)れよ』
と、おごそかに言ひ渡した。
 そこで、一同は立つて、高杉別以下四柱(よはしら)の神司(かみ)を下座(げざ)に押しやつた。五柱(いつはしら)の神司(かみ)は、この言語道断(ごんごどうだん)なる虐待に慷慨悲憤(こうがいひふん)の念に堪(た)へなかつたが、深くこれを胸の中に秘めて、せきくる涙を‘ぢつ’と押へてゐた。
 上座(じやうざ)の席には、海河山野(うみかはやまぬ)の種々(くさぐさ)の珍らしき馳走(ちそう)が列(なら)べられ、一同は舌鼓(したつづみ)を打つて或ひは食(くら)ひ、あるひは飲み、太平楽(たいへいらく)のあらむかぎりを尽してゐた。下座(げざ)におかれた五柱の神司(かみ)の前には、破れた汚き衣(ころも)を纏(まと)へる年老いたる醜女(しこめ)数名が現はれて、膳部(ぜんぶ)を持ち運んできた。その酒はと見れば牛馬(ぎうば)の小便である。飯(めし)はと見れば虱(しらみ)ばかりがウヨウヨと動いてゐる。その他(た)の馳走(ちそう)は蜈蚣(むかで)、蛙(かわづ)、蜥蜴(とかげ)、蚯蚓(みみず)などである。五柱の神司(かみ)は、あまりのことに呆れかへつて、暫(しば)しは、ただ茫然と見詰めてゐるより外(ほか)はなかつた。
 その時、汚き老婆は、
 『竹熊さまの御芳志(ごはうし)である。この酒を飲まず、この飯を食(くら)ひたまはずば、竹熊さまに対して、礼を失するならむ、親交を温むるため是非々々、御遠慮なく、この珍味を腹一杯に召し上れ』
と、無理矢理に奨(すす)めておかない。上座(じやうざ)よりは、酒に酔ひつぶれた者が集まりきたりて、手を取り、足を取り、無理無体(むりむたい)に頭(かしら)を押へ、口を捻(ね)ぢ開(あ)け、小便の酒を飲ませ虱(しらみ)の飯を口に押込み、その他(た)いやらしい物を強(しひ)て食はせてしまつた。
 そこへ芳彦(よしひこ)座を立ち酔顔朦朧(すゐがんもうろう)として、高杉別以下の神司(かみ)にむかひ、
 『貴下(あなた)らは竹熊さまの誠意を疑ひ、玉を秘(かく)して出さざるため、かかる侮辱と迫害を受くるものならむ。よし玉を出したりとて、決して奪はるるものにあらず、もつて竹熊さまの心を柔(やはら)げられよ』
と忠告した。
 この時、高杉別は首を左右に振り声を励まし、
 『吾(われ)はたとへ如何なる侮辱を受くるとも、いかなる迫害に遭(あ)ひ、生命(せいめい)を絶たるるとも万古末代(まんごまつだい)、この玉は断じて離さじ』
と、キツパリ強く言ひはなつた。残りの四柱神司(よはしらがみ)も同じく、「高杉別の意見に同意なり」と答へた。をりしも、金色(こんじき)の八咫(やた)の烏(からす)数百千とも限りなく中空より、光を放つて現はれ、高杉別以下四神司(ししん)を摑んで、竜宮城へ飛び帰つた。
 つづいて数多(あまた)の怪鳥は天空に舞ひ乱れ、砂礫(されき)の雨しきりに降りきたり、屋根の棟(むね)を打ち貫き、宴席に列(なら)べる芳彦(よしひこ)、神彦(かみひこ)、倉高(くらたか)、杉生彦(すぎふひこ)、猿彦(さるひこ)の頭上を砕き、その場に悶死(もんし)せしめた。
 アゝ貴重なる竜宮の黄金水(わうごんすゐ)の玉(たま)は、惜しい哉(かな)、七個(しちこ)まで竹熊の手に渡つてしまつた。

                 (大正一〇・一〇・二四 旧九・二四 桜井重雄録)


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第五篇 御玉の争奪 <第四一章 八尋殿の酒宴の一>
2007/03/29(Thu)
第五篇 御玉の争奪


<第四一章 八尋殿(やひろどの)の酒宴の一 (四一)>

 竹熊は奸計(かんけい)を廻(めぐ)らし、やうやく二個の玉を手に入れたが、後(あと)にまだ十個の玉が残つてゐるのを手に入れねばならぬ。しかし是(これ)はなかなか容易の業(わざ)でないと悟つた竹熊一派は、一挙に十個の玉を得むことを企画した。そこで先(ま)づ第一に竜宮城の宰相神(さいしやうがみ)なる大八洲彦命を誑(たぶ)かる必要に迫られた。竹熊は大虎彦と共に種々(しゆじゆ)の珍しき宝を持ち、大八洲彦命の御前(みまへ)に出で、以前の悪逆犯行の重き罪を、空涙(そらなみだ)とともに謝罪した。
 その時の有様は、土間に両名四(よ)つ這(ばひ)となり、地(つち)に頭(あたま)を下げ、もつて絶対的帰順を装うたのである。大八洲彦命は元来仁慈(じんじ)無限の神にして、かつ戦闘を好まず、悪霊(あくれい)を善道にみちびき神界を泰平ならしめむと、日夜焦慮してをられた。そこへ両名の帰順の態度を見て心中深く憐れみ、邪悪無道(じやあくぶだう)の敵ながらも気の毒なりと、つひにその請(こ)ひを許し、将来は相(あひ)提携して神業(しんげふ)に奉仕せむことを教示せられた。両名は感謝の意を表(あら)はし、恭(うやうや)しく礼を陳(の)べこの場を立去(たちさ)つた。
 しかして竹熊、大虎彦は門外に出づるや否や、たがひに面(おもて)を見合(みあは)せて舌を出し、苦笑した。このとき大八洲彦命は、田依彦、玉彦が竹熊の奸計(かんけい)によりて、玉を奪取されたことを感知してゐなかつた。田依彦、玉彦は己(おの)が失策を責められむことを恐れて、たれにも口外せず、ただ独り煩悶(はんもん)してゐたからである。
 ここに竹熊、大虎彦は、新しき八尋殿(やひろどの)を建てて諸々の珍器を飾り、金銀珠玉をちりばめたる金殿玉楼(きんでんぎよくろう)を造り、平和帰順の目出度(めでたき)記念として大祝宴を張らむとし、第一に大八洲彦命を招待した。大八洲彦命は、玉照彦、大足彦(おほだるひこ)を左右にしたがへ、神彦、芳彦(よしひこ)、高杉別、森鷹彦、鶴若、亀若、倉高(くらたか)、時彦、杉生彦(すぎふひこ)、猿彦らと共にこの祝宴に臨まれた。また竹熊の方では、大虎彦をはじめ、玉若(たまわか)、繁若(しげわか)、坂熊(さかくま)、寅熊、桃作(ももさく)、木常姫(こつねひめ)、中裂彦(なかさきひこ)らが宴(えん)に侍(じ)した。
 大八洲彦命は竹熊らの歓待に満足し、大盃(たいはい)を挙(あ)げて祝された。しかして一同にむかひ、
 『斯(か)くのごとく互ひに打ち解け帰順和合の上は、もはや世界に敵味方の区別なし。たがひに力を協(あは)せ心を一(いつ)にし、親子兄弟のごとく相(あひ)和(わ)し相(あひ)親しみ、もつて神業(しかげふ)に奉仕せよ』
との訓示を伝へ、かつ竹熊、大虎彦らに厚く礼を述べ、玉照彦、大足彦(おほだるひこ)とともに鳥船に乗りて、竜宮城へ無事帰城された。
 大八洲彦命の退座されし後(のち)は、もはや少しの気兼(きがね)なく、たがひに心を打ちあけ無礼講をなさむとて、さかんに飲み食(くら)ひ、かつ乱舞に時を移した。時分はよしと竹熊は、田依彦、玉彦より奪ひたる玉に金箔を塗り、玉の一部分に生地を露(あら)はし、その生地のところに日月(じつげつ)の形を造り、宴席の上座(じやうざ)に持出(もちだ)して、
 『これは余(よ)がかつて天神(てんしん)より賜(たま)はりたる金剛水(こんがうすゐ)の玉(たま)なり、この玉ある時は世界は自由自在なり』
と誇り顔に陳(の)べたてた。竹熊の従臣は、「われにも斯(か)かる珍器あり」とて、円(まる)き石(いし)に種々(しゆじゆ)の箔(はく)を着せ、宴席に持出し、非常に玉の効用を誇つた。高杉別以下の竜宮城の神司(かみがみ)は面目(めんぼく)を失つた。たちまち負けぬ気になつた芳彦(よしひこ)は、懐(ふところ)より紫の玉を取出(とりいだ)し、
 『諸神よ、あまり軽蔑されな。われにも斯くのごとき宝玉あり』
と席上に持出し、これを机上に据ゑ肩をはり鼻息(はないき)たかく頤(あご)を振つてみせた。ここに神彦は、「われにも玉あり」とて、黄色の玉を持出(もちいだ)し、机上に据ゑてその珍宝を誇り、意気揚々として座に復した。
 そのとき大虎彦は席上に立ち、
 『われ等の部下にはかくの如き数多(あたま)の玉を有す。然(しか)るに竜宮城の神司(かみがみ)に玉(たま)少なきは如何(いかん)』
と暗(あん)に敵慨心(てきがいしん)を挑発せしめた。このとき負けぬ気の倉高(くらたか)は、
 『貴下(きか)らの玉は、吾(われ)らの所持する宝玉に比ぶれば、天地宵壤(てんちせうじやう)の差あり、天下無双、古今独歩、珍無類(ちんむるゐ)の如意の宝珠(ほつしゆ)の玉を見て驚くな』
と酒気(しゆき)にまかして、前後の弁(わきま)へもなく、鼻高々と机上に据ゑわが席に復(かへ)つた。竹熊は大いに笑ひ、
 『いかに立派なる竜宮の宝玉なりとて、ただ三個にては何の用をかなさむ。吾(われ)には無数の宝玉あり』
とて、なほ奥の間より一個の偽玉(にせだま)を持出(もちだ)してきた。
 一見実に立派なものであるが、その内容は粘土をもつて固められた偽玉(にせだま)である。羨望(せんばう)の念に駆(か)られたる杉生彦(すぎふひこ)、猿彦は負けぬ気になり、
 『斯くのごとき宝玉は、いかに光り輝くとも何かあらむ、今わが持ち出(い)づる玉を見て肝を潰すな』
と酒気にまかせて机上に持出し、玉の由来を誇り顔に物語つた。
 このとき高杉別、森鷹彦、鶴若、亀若、時彦は苦り切つた顔色(がんしよく)をなし、酒の酔(よひ)も醒め色(いろ)蒼白(あをざ)めて控へてゐる。竹熊、大虎彦は五柱(いつはしら)の神司(かみ)にむかひ、言葉汚く、
 『汝らは竜宮城の従臣なりと聞けども、ただ一個の宝玉も無し。ただ汝の持てるものは大(だい)なる肛門の穴か、八畳敷(はちぜふじき)の睾丸(きんたま)のみならむ』
と冷笑した。五柱(いつはしら)は怒(いか)り心頭に達した。されども深く慮(おもんばか)つて、容易にその玉を出さなかつた。

                (大正一〇・一〇・二四 旧九・二四 外山豊二録)


              朝日刺(さ)す夕日かがやく高熊の
                   神の光を照らすこの書(ふみ)


              いそのかみふるき神代(かみよ)のありさまを
                   貴(うづ)の神書(みふみ)は具(つぶさ)に教(をし)ふる


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第五篇 御玉の争奪 <第四〇章 黒玉の行衛>
2007/03/27(Tue)
第五篇 御玉の争奪


<第四〇章 黒玉(くろたま)の行衛 (四〇)>

 竹熊は謀計をもつて、田依彦の持てる玉を手に入れたるより大いに勢(いきほひ)を得、今度はすすんで玉彦の持てる黒色(こくしよく)の玉を、奪取せむことを企てた。玉彦は名誉慾が強く、つねに衆人(しうじじん)の下位(かゐ)に立ち不平満々で日を送つてゐたのである。
 しかるに茲(ここ)に黒玉(くろたま)を得て心中勇気を増し、意気揚々として竜宮城内を濶歩(くわつぽ)し、他(た)の者たちに対して、
 『われは位(くらゐ)の低き者なれども、大神より特に選ばれて、黄金水の黒玉を得たり。かならずや時きたらば、われは立派なる上の位地にのぼり、竜宮城の権力を掌握するにいたらむ』
と心ひそかに期待してゐた。
 竹熊は醜女(しこめ)、探女(さぐめ)を放ちて、玉彦の心中を探り、玉彦の持てる玉を奪(と)らむとすれば、まづ名誉慾をもつてこれにのぞまねばならぬことを知つた。そこで竹熊は大八洲彦命の部下の長彦を誑(たぶ)らかし、長彦の手より玉彦の妻(つま)坂姫(さかひめ)を説き、坂姫より玉彦の黒玉を得むとした。長彦は十二の玉のうち一個の玉も吾(わ)が手に入(い)らざりしを心(こころ)足(た)りなく思ひゐたる矢さきなれば、玉彦に対しても、やや嫉妬の念の萌(きざ)してゐた際(さい)である。そこへ自分の下位にある玉彦は、玉を得て高慢心を生じ、長彦の命(めい)を時どき拒むやうになつた。長彦はいかにもして玉彦の高き鼻をくじかむと、百方焦慮してゐたのである。
 そこへ竹熊の間者(かんじや)なる鳥熊は、大八洲彦命の命と佯(いつ)はり、かつ曰く、
 『玉彦のこのごろの行動もつとも不穏(ふおん)なり、彼(かれ)がごとき者に玉を抱(いだ)かしむるは、はなはだ危険なり。もしこの玉にして長彦の手に入(い)らば、玉の神力(ちから)はいやが上にも発揮せむ。何とぞ長彦はわれの内命を諾(うべ)なひ、かの玉を奪取せよ・・・・・との厳命(げんめい)なり』
と、私(ひそ)かに長彦の家にいたつて教唆(けうさ)した。
 ここに長彦は一計をめぐらし、玉彦の妻(つま)坂姫(さかひめ)を言葉たくみに説きつけ、坂姫の手よりこの玉を奪はしめむとした。坂姫は容色端麗なる竜宮城の美人であつた。玉彦は、平素より坂姫の美貌に恋々(れんれん)たる有様で、坂姫の一言一動(いちげんいちどう)は玉彦の生命(せいめい)の鍵であつた。そこを窺(うかが)ひ知つた長彦は、いかにもして坂姫の首を縦に振らしめむとした。坂姫はいたつて舞曲が好きであつた。
 そこで長彦と鳥熊は、シオン山において見たる天男(てんなん)、天女(てんによ)の舞曲を思ひだし、ひそかに舞曲の稽古にかかつた。百日百夜(ひやくにちひやくよ)の習練の結果は実に妙(めう)を得、神(しん)に達した。もはやこれならば坂姫の心を動かすに足らむと自信し、坂姫の住まへる室(へや)の庭先にいたつて、さかんに舞ひはじめた。坂姫は何心(なにごころ)なく押戸(おしど)を開(あ)けて庭先を眺めたが、ふたりの妙をえたる舞踏に胆を奪はれ、しばし恍惚(くわうこつ)としてこれに見惚(みと)れてゐた。つひには自分も立つてその場に顕(あら)はれ三巴(みつどもゑ)となつて、たがひに手を取り踊りまはつた。かくしていつの間にか坂姫は、長彦、鳥熊と無二(むに)の親友となつてしまつた。その翌日もまたその翌日も、三人はその庭前(ていぜん)に出(い)でて舞曲に余念なく、歓喜の声は四辺(しへん)にひびき、園内はにはかに陽気となつてきた。
 このとき別殿に控へたる玉彦は、最愛の妻坂姫(さかひめ)の舞ひ狂ふ優美なる姿に見惚れ、玉を奥殿に秘蔵しおき、三人の前に立現(たちあら)はれた。鳥熊、長彦は巧言令色(こうげんれいしよく)いたらざるなく、玉彦を主座に据ゑ、尊敬のあらむ限りをつくし、玉彦の歓心を求めた。ここに玉彦は、自分の上位にある長彦に尊敬されるのは、全く坂姫の舞曲の妙技の然(しか)らしむるところと心中に深く坂姫に感謝した。坂姫は玉彦にむかひ、
 『貴下(あなた)も共に舞ひたまへ』
と無理にその手を取つて舞踏せしめむとした。玉彦は坂姫の一言一句(いちごんいつく)は、常に微妙なる音楽と聞ゆるのである。少しでも坂姫の心に逆らへば、坂姫の顔色(かほいろ)はたちまち憂愁(いうしう)に沈む。いかにもして坂姫に笑顔を作らしめむと心を悩ましてゐた。
 ここに鳥熊、長彦は、「獅子王、玉を奪ふ」の舞曲を演ぜむことを申し込んだ。坂姫は第一に賛成の意を表(へう)し、玉彦に黒色(こくしよく)の玉を持ちいだし、舞曲の用に供せむことを懇請した。玉彦はいかに最愛の妻なればとて、
 『こればかりは許せよ。わが位地昇進のための重宝(じゆうほう)なれば』
と拒んだ。坂姫はたちまち顔色(がんしよく)曇り、地上に倒れ伏し声をあげて夫玉彦の無情に泣いた。玉彦はやむを得ず、坂姫の請(こひ)を容(い)れて、不安の内にも此の玉を奥殿より取り出した。坂姫は喜色満面に溢(あふ)れ、ここに四柱(よはしら)は、玉を争ふ獅子王の舞曲を奏しはじめた。四柱はただちに牡丹(ぼたん)の園(その)へ出て、各自獅子に変装した。まづ玉を坂姫の獅子に持たせた。鳥熊、長彦の変化獅子(へんげじし)は、坂姫を左右より取りまき、鳥熊はその玉を取るより早く、口に含み庭先の湯津桂(ゆつかつら)の樹上(じゆじやう)高くかけ登つた。つづいて長彦もかけ登つた。このとき鳥熊は足(あし)もて、長彦を地上に蹴落(けおと)した。長彦は、庭先の置石(おきいし)に頭を打ち砕きことぎれた。
 玉彦、坂姫は驚き周章(あわ)て狼狽(ふためき)ゐる其(そ)の間(あひだ)に、西方の天より空中をとどろかして、大虎彦の邪神は天(あま)の鳥船(とりふね)に乗りきたり、鳥熊を乗せて遠く西天に姿を没した。鳥熊の持てる黒玉は大虎彦の手に入(い)るとともに、鳥熊の身体(からだ)は鳥船より蹴落(けおと)され、シナイ山の深き谷間に落ちて、その肉体はたちまち粉砕の厄(やく)に遇(あ)うた。
 アゝ何処(どこ)までも巧妙なる邪神の奸策(かんさく)よ。いかに善良なる神人(かみ)といへども、心中に一片(いつぺん)の執着ある時はかならず邪鬼妖神(じやきえうじん)のために犯さるるものである。慎むべつきは一切の物に執着の念を断つべきことである。
 
                (大正一〇・一〇・二四 旧九・二四 加藤明子録)


                獅子王の舞曲(まひ)に御玉(みたま)を奪はれし
                     玉彦玉をとられけるかな


                坂姫の姿に魂(たま)を抜かれつつ
                     身は鳥羽玉(うばたま)の暗(やみ)にさまよふ



                鳥羽玉の黒き御玉(みたま)をとられけり
                     恋の暗路(やみぢ)に迷ふ玉彦


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第五篇 御玉の争奪 <第三九章 白玉の行衛> 
2007/03/26(Mon)
第五篇 御玉の争奪


<第三九章 白玉(しらたま)の行衛 (三九)>

 黄金水の精より出(い)でたる十二の宝玉は、個々別々に使用しては何の効用も現はれないものである。しかしこれを拾ひ得たる十二柱(じふにはしら)の神司(かみ)も、竹熊一派もその真相を知らず、一顧を得(う)れば一個だけの活用あり、二個を得れば二個だけの神力(ちから)の現はるるものといづれの者も確信してゐた。
 そこで竹熊は、第一番に田依彦の持つてをる白色(はくしよく)の玉を、手に入れむことを計画したが、どうしても田依彦を説服(せつぷく)して、その自分に譲らしむることの容易ならざるをさとり、ここに竹熊は一計を案出し、田依彦のもつとも信頼措(を)かざる魔子彦を、物質慾をもつて甘(うま)く自分の参謀にとりいれた。魔子彦は容姿端麗なる美男(びなん)である。さうして田依彦の姉にして豆寅の妻なる草香姫(くさかひめ)といふのがあつた。これもまた非常な麗しき容貌(ようばう)を備へていた。しかるに草香姫はいつとなく、魔子彦に思ひをかけてゐた。
 このとき竹熊は魔子彦の種々(くさぐさ)の珍しき宝を与へ、また非常に麗しき衣服を与へた。
 ここに魔子彦はその美衣(びい)を身に着(ちやく)し、薫香つよき膏(あぶら)を肉体一面に塗りつけ、草香姫が吾(われ)に恋愛の情(じやう)を深からしめむとした。この行動は竹熊の内命に従つたものである。
 ここに草香姫はますます恋慕の情が募つてきた。されども、あからさまに心の思ひを魔子彦に打ちあけることを愧(は)ぢて、日夜悶々の情に堪へかねてゐた。つひに草香姫は気鬱病(きうつびやう)になり、病床に臥(ふ)して呻吟(しんぎん)し、その身体(しんたい)は日一日と痩衰(やせおとろ)へ、生命(いのち)は旦夕(たんせき)に迫つてきた。弟田依彦は大いに驚き、かつ悲しみ、いかにもして草香姫の病(やまひ)を癒やし救はむと、百方苦慮しつつあつた。
 時に田依彦は自分の信ずる魔子彦が、内々(ないない)竹熊の参謀役になつてをることは夢にも知らず、魔子彦をよんで、草香姫の病気をいかにせば全快せむやと、顔の色をかへ吐息(といき)をつきながら相談しかけた。
 魔子彦は時節の到来と内心ひそかに打ち喜びつつ、田依彦に向つて言葉をかまへていふ。
 『われ一昨夜の夢に、高天原(たかあまはら)にまします国常立尊、枕頭(ちんとう)に現はれたまひて、言葉厳(おごそ)かに宣(の)り給ふやうは、・・・・・草香姫はもはや生命(せいめい)旦夕(たんせき)に迫る。これを救ふの道は、ただ単に田依彦のもてる白色(はくしよく)の玉を草香姫に抱(いだ)かしめ、日(ひ)十日、夜(よ)十夜(とうや)これを枕頭より離れざらしめなば、病はたちまち癒ゆべし・・・・・との大神のお告(つげ)であつた。しかし貴下(あなた)はわが夢に見しごとき美(うるは)しき白玉(はくぎよく)を果して所持さるるや、夢のことなれば信(しん)を措(を)くにたらず、痴人(ちじん)夢を語るものと失笑したまふ勿(なか)れ』と空とぼけて、田依彦の心を探つてみた。
 田依彦は平素信任する魔子彦の言(げん)を、少しも疑ふの余地なく、ただちに自分が件(くだん)の玉を拾つて珍蔵してをることを、あからさまに答へ、その玉の神力(しんりき)によつて姉の命が救はるるものならば、これに越したる喜びなしと雀躍し、肩を揺(ゆす)りながら直ちに草香姫の許(もと)にいたり、魔子彦の神夢(しんむ)の次第を語り、
 『この玉を十日十夜(とうかとうや)抱(いだ)きて、寝(い)ねよ』
と告げ、玉を草香姫に渡し、会心(くわいしん)の笑(ゑみ)を漏らして帰つてきた。
 ここに草香姫は田依彦の厚意を喜び、教(をし)へられし如くにして、五日を経過(くれ)た。しかるにその病気に対しては少しの効力もなく、身体(しんたい)は日夜衰へゆくのみであつた。時分はよしと魔子彦は、美麗(きらび)やかに衣服を着かざり、身に薫香を浴びつつ四辺(しへん)を芳香に化してしまつた。その香(かん)ばしき匂ひは、病の床(とこ)にあつて苦悶しつつある草香姫の鼻に、もつとも強く感じた。
 草香姫はこの匂ひを嗅ぐとともに、すこしく元気が恢復(くわいふく)したやうな心持(こころもち)になつた。しばらくあつて魔子彦は病気見舞と称して、いと静かに這入(はい)つてきた。さうして田依彦に偽り伝へた神夢を、さも真実(まこと)しやかに草香姫に物語つた。草香姫は真偽を判別するの暇(いとま)なく、一方は弟の言葉といひ、一方は日ごろ恋慕する魔子彦の親切なる言葉なれば、あたかも大慈大悲(だいじだいひ)の大神の慈言(じげん)の如く驚喜した。さうして玉の神力(しんりき)の数日を経(へ)ても、顕(あら)はれないにかかはらず、
 『貴下(あなた)の麗しき御姿(おすがた)を拝してより、にはかに元気恢復(くわいふく)して、精神涼しく爽快さを感じたり』
 と顔を赧(あから)めつつ、小声で呟くやうに心のたけをのべ伝へた。
 してやつたり、願望成就(ぐわんもうじやうじゆ)の時こそ今と、魔子彦は、後(うしろ)をむいて舌を出し、素知らぬ顔に言葉をもうけていふやう、
 『すべて神の授けたまふ神玉(しんぎよく)は、熱臭(ねつくさ)き病人の肌に抱(いだ)くは、かへつて神威を汚助K(をとく)するものなり。この玉を抱(いだ)いて、病を癒やさむとせば、まづ汝(おんみ)が身体(からだ)に薫香の強き膏(あぶら)を塗布し、芳香を四辺(しへん)に放ち、室(へや)の空気を一変し、天地清浄(てんちしやうじやう)ののちに非ざれば、効(かう)なかるべし』
と告げた。草香姫は、
 『薫香の膏(あぶら)は、いづれにありや』
と反問した。魔子彦はすかさず腮(あご)を‘しやくり’ながら、
 『この膏は容易に得らるべきものにあらず、シオン山の南方にある小さき峰の頂に、時あつて湧出(ゆうしゆつ)するものなり』と、その容易に得(う)べからざることの暗示を与へた。
 ここに草香姫は口ごもりつつ、
 『この玉を貴下(あなた)の肌に抱(いだ)きたまひて玉を清め、玉の神力(しんりき)を発揮せしめ給はずや』
と嘆願した。魔子彦はわざと躊躇(ちうちよ)の色を見せながら、内心欣喜雀躍(きんきじやくやく)しつつ、なまなまに玉を抱(いだ)くことを承諾した。不思議にも草香姫の病は、白色(はくしよく)の玉が魔子彦の懐(ふところ)に抱(いだ)かるるとともに、ほとんど癒えたやうな気分になつた。
 魔子彦は庭園の景色を賞(ほ)めつつ、何くはぬ顔にて徜徉(せうやう)しつつありしが、庭内に聳(そび)えたつ一本の老松(おいまつ)の枝に手をかけ、樹上に昇るや否(いな)や、西方より翺(か)けきたる天鳥船(あまのとりふね)に身を托し、雲上高く姿を隠した。しかるにこの玉を乗せたる鳥船(とりふね)は、中空(ちゆうくう)において大虎彦(おほとらひこ)の乗れる鳥船に衝突し、玉は飛んで大虎彦の鳥船に入(い)り、魔子彦は中空よりシナイ山の渓谷に墜落して、霊体ともに粉砕滅亡してしまつた。
 大虎彦の手に入(い)つた玉は、やがて竹熊の手に渡された。竹熊は謀計の後(のち)に破れむことを恐れて、中途に大虎彦(おほとらひこ)をして魔子彦を亡ぼさしめたのである。悪霊の仕組(しぐみ)は実にどこまでも注意深い、いやらしきものである。

              (大正一〇・一〇・二四 旧九・二四 谷口正治 録)


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第五篇 御玉の争奪 <第三八章 黄金水の精 (三八)>
2007/03/26(Mon)
第五篇 御玉の争奪


<第三八章 黄金水(わうごんすゐ)の精(せい) (三八)>

 ここに稚姫君命(わかひめぎみのみこと)、金勝要神、大八洲彦命は歓喜のあまり、シオン山の大峡小峡(おほがひをがひ)の木を切り新しき御船(みふね)をつくり、また珠をおさむる白木(しらき)の御輿(みこし)をしつらへ、恭(うやうや)しく顕国(うつしくに)の御玉(みたま)を奉按(ほうあん)し、これを御輿(みこし)もろとも御船(みふね)の正中(せいちゆう)に安置し、安河(やすかは)を下(くだ)りて竜宮城に帰還し、三重(みへ)の金殿(きんでん)に深く秘蔵したまうた。この御玉(みたま)はある尊貴(そんき)なる神の御精霊体である。
 話はもとへかへつて、高杉別、森鷹彦は大神の命を奉じ、黄金造(わうごんづくり)の器(うつは)にシオンの滝の清泉を盛り、御輿の前後に扈従(こじゆう)し目出度く帰城したまひ、この清泉は命の指揮の下(もと)に竜宮城の真奈井(まなゐ)に注ぎ入れられた。それよりこの水を黄金水(わうごんすゐ)といふ。
 顕国(うつしくに)の御玉(みたま)の竜宮城に御安着とともに、三方(さんぱう)より不思議にも黒煙天(てん)に冲(ちゆう)して濛々と立ち騰(のぼ)り、竜宮城は今(いま)将(まさ)に焼け落ちむとする勢(いきほひ)である。この時たちまち彼(か)の真奈井(まなゐ)より黄金水は竜の天に昇るがごとく中天(ちゆうてん)に噴きあがり、大雨(おほあめ)となつて降(ふ)り下(くだ)り、立ち上(のぼ)る猛火を鎮定(ちんてい)した。竜宮城の後(あと)の光景は不審にも何の変異もなく、依然として元形(げんけい)をとどめてゐた。
 金剛不壊(こんがうふえ)の顕国(うつしくに)の御玉(みたま)は、時々刻々に光景を増し、一時(いちじ)に数百の太陽の現はれしごとく、神人(しんじん)皆その光徳の眩(まば)ゆさに眼(め)を開(ひら)く能(あた)はず、万一眼(め)を開くときは失明するにいたるくらゐである。
 ここに国常立尊は、神威の赫灼(かくしやく)たるに驚喜したまひしが、さりとてこのまま竜宮城にあからさまに奉祭(ほうさい)することを躊躇(ちうちよ)したまひ、天運の循環しきたるまで、至堅至牢(しけんしらう)なる三重(みへ)の金殿に八重畳(やへたたみ)を布(し)き、その上に御輿(みこし)もろとも安置し、十二重(じふにへ)の戸帳(とちやう)をもつてこれを掩(おほ)ひ深く秘斎(ひさい)したまうた。
 それより三重の金殿はにはかに光を増し、その光は上は天を照(てら)し、下は葦原の瑞穂国(あしはらのみづほのくに)隈(くま)なく照り輝くにいたつた。金色(こんじき)の鵄(とび)は常に上空に鋤c翔(こうしよう)し、天地の諸善神、時に集まりきたつて、微妙の音楽を奏し戯れたまふ、実に五六七神世(みろくしんせい)の実現、天(あま)の岩戸開きの光景もかくやと思はるるばかりである。
 天(あめ)の真奈井の清泉はにはかに金色(こんじき)と変じ、その水の精は、十二個の美(うつく)しき玉となつて中空に舞ひ上(のぼ)り、種々(しゆじゆ)の色と変じ、ふたたび地上に降下した。このとき眼(め)ざとくも田依彦(たよりひこ)、玉彦(たまひこ)、芳彦(よしひこ)、神彦(かみひこ)、鶴若(つるわか)、亀若(かめわか)、高倉(たかくら)、杉生彦(すぎふひこ)、高杉別、森高彦、猿彦、時彦の十二の神司(かみ)は争うてこれを拾ひ、各自に珍蔵して天運循環の好期を待たむとした。
 この十二の玉はおのおの特徴を備へ、神変不可思議の神力(しんりき)を具有(ぐいう)せるものである。
 ここに竹熊の一派は、危急を救はれし大神の厚恩を無視し、生来(しやうらい)の野心をますます増長し、金殿に安置せる顕国(うつしくに)の御玉(みたま)を助K(けが)しくもらせ、無用の長物(ちやうぶつ)たらしめむとして四方(よも)の曲津神(まがつかみ)と語らひ、なほ懲りずまに計画を廻(めぐ)らしてゐた。この目的を達するには、その第一着手として黄金水の精より成り出でたる十二個の玉を手に入れねばならぬ。この玉をことごとく手に握れば、かれらの目的は達するものと深く信じたからである。ここにおいて竹熊は、将(しやう)を射(い)むとするものは先(ま)づその馬を射よとの戦法を応用せむとし、あらゆる方策を講じて竜宮城の従臣なる十二柱(じふにはしら)の神司(かみ)を説き落し、あるひは討ち亡ぼして、その玉をいよいよ奪ひ取らむとした。この玉は十二個のうち、一個不足しても何の用もなさないのである。

              (大正一〇・一〇・二三 旧九・二三 谷口正治録)


          天津日(あまつひ)の神の御魂(みたま)をあし原(はら)の
               四恩(シオン)の山にうつし国魂(くにたま)


          山清く草木もきよく水きよく
               神また清き四恩(シオン)神山(かみやま)


          神の代のいはれを分(わ)くる稚日女(わかひめ)の
               四恩(シオン)の峰に分け入らせけり


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第五篇 御玉の争奪 <第三七章 顕国の御玉 (三七)>
2007/03/25(Sun)
第五篇 御玉の争奪


<第三七章 顕国(うつしくに)の御玉(みたま) (三七)>

 国常立尊の厳命を奉じ、ここに天使(てんし)稚姫君命、同(どう)大八洲彦命、金勝要神の三柱(みはしら)は、高杉別、森鷹彦、田依彦(たよりひこ)、玉彦(たまひこ)、芳彦(よしひこ)、神彦(かみひこ)、鶴若(つるわか)、亀若(かめわか)、倉高(くらたか)、杉生彦(すぎふひこ)、時彦(ときひこ)、猿彦以下の神司(かみがみ)を引率し、流れも清き天の安河(あまのやすかは)の源に参上(まゐのぼ)りたまうた。この山の水上(みなかみ)にはシオンの霊山が雲表高く聳(そび)えてゐる。シオンの山の意義は、「浄行日域(じやうぎやうにちゐき)といつて天男天女(てんなんてんによ)の常(つね)に来(きた)りて、音楽を奏し舞曲を演じて、遊楽する」といふことである。この山の頂(いただき)には広き高原(かうげん)があつて、珍しき五色(ごしき)の花が馥郁(ふくいく)たる香気(かうき)をはなつて、春夏秋冬の区別なく咲き満ちてゐる。また種々(いろいろ)の美味なる果実は木々の梢(こづゑ)に枝もたわわに実つてゐる安全境である。この高原の中央に、高さ五十間(けん)幅五十間の方形の極めて堅固(けんご)なる岩石が据ゑられてある。これは国常立尊が天(あめ)の御柱(みはしら)の黄金(わうごん)の柱となつて星辰(せいしん)を生み出し給ひしとき、最初に現はれたる星厳(せいがん)である。神業祈念(かむわざきねん)のために最初の一個を地上にとどめ、これを地上の国魂(くにたま)の守護と定めて今まで秘めおかれたのである。
 天地剖判(てんちばうはん)の初めより、一週間ごとに十二柱(じふにはしら)の天人(てんにん)、この山上に現はれて遊楽する時、この星巌(せいがん)を中に置き、天男(てんなん)は左より、天女(てんによ)は右より廻(めぐ)りて音楽を奏し、舞曲を演ずる所である。そのとき天男、天女の薄衣(うすぎぬ)のごとき天(あま)の羽衣(はごろも)の袖にすり磨かれて、その星巌は自然に容積を減じ、今は中心の玉のみになつてゐたのである。この玉は直径三尺の円球である。これを見ても天地剖判の初めより幾万億年を経過したるかを想像される。
 稚姫君命以下の神司(かみがみ)は、天の安河原(あまのやすかはら)の渓流に御禊(みそぎ)の神業(しんげふ)を修(しう)したまひ、ただちに雲を起し、これに乗り、シオン山の頂に登りたまひ、山上の高原を残る隈なく踏査(たふさ)し、諸天神の御魂の各自の御座所(ござしよ)を定め、地鎮祭をおこなひ、神言(かみごと)を奏上し、永遠に神の霊地と定めたまうた。
 この高原の中央には、前記十二柱(じふにはしら)の天男天女が一個の星巌を中心に、左右より廻(めぐ)り遊んでゐた。ここに稚姫君命以下の神司(かみがみ)は、その星巌に近づきたまへば、天男天女ははるか後方に退き、地上に拝跪(はいき)して太古より今日(こんにち)まで星巌を磨き、かつ守護せしことの詳細を命(みこと)に進言した。
 稚姫君命は多年の労苦を謝し、かつ神勅に違(たが)はず、数万年間これを守護せしその功績を激賞し、種々(しゆじゆ)の珍しき宝を十二の天人にそれぞれ与へたまうた。
 一見するところ此の円き星巌(せいがん)は地球に酷似(こくじ)してゐる。大地の神霊たる金勝要神は、いと軽々しくその円巌(ゑんがん)を手にして三回ばかり頭上高く捧げ、天(てん)に向つて感謝し、ついでこれを胸先に下(くだ)し、息吹(いぶき)の狭霧(さぎり)を吹きかけたまへば、円巌(ゑんがん)はますます円(まる)く形を変化し、その上得もいはれぬ光沢を放射するにいたつた。このとき金勝要神はいかが思召(おぼしめし)けむ、この円巌を山頂より安河原(やすかはら)の渓流めがけて投げ捨てたまうた。急転直下、六合(りくがふ)も割るるばかりの音響を発して谷間に転落した。稚姫君命以下の諸神司(しよしん)は諸々の従臣と共に、星巌の跡を尋ねてシオン山を下(くだ)り、星巌の行方いかにと谷間の彼方(あなた)こなたを捜させたまうた。はるか上流に当つて、以前の十二の天人霧立ちのぼる谷間に面白く舞ひ狂うてゐる姿が目につき、玉の行方は確(たしか)にそこと見定め、渓流を遡(さかのぼ)りたまうた。幾百丈(いくひやくぢやう)とも知れぬ大瀑布の下(した)に、以前の星巌落ちこみ滝水(たきみづ)に打たれ、或ひは水上(すゐじやう)に浮び、あるひは水中に沈み、風船玉が水の力によつて動くがごとく、あるひは右に或ひは左に旋転(せんてん)して円(まる)さはますます円く、光はますます強く金剛不壊(こんがふふえ)の宝珠(ほつしゆ)と化してゐる。この時金勝要神はたちまち金色(こんじき)の竜体と化し、水中に飛びいり両手にその玉を捧げて、稚姫君命の御前(ごぜん)に捧呈(ほうてい)された。洗ひ晒(さら)された此の玉は、表面(おもてがは)は紫色にして、中心には赤、白、青の三(み)つの宝玉が深く包まれてゐるのを外部から透見(とうけん)することができる。これを顕国(うつしくに)の御玉(みたま)と称(とな)え奉(まつ)る。

             (大正一〇・一〇・二三 旧九・二三 加藤明子録)


           いのちに代(か)へて惜しけく思ふかな
                見果てぬ夢を覚ます松風(まつかぜ)


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第四篇 竜宮占領戦 <第三六章 一輪の仕組 (三六)>
2007/03/24(Sat)
第四篇 竜宮占領戦


<第三六章 一輪(いちりん)の仕組(しぐみ) (三六)>

 国常立尊は邪神のために、三個(さんこ)の神宝を奪取(だつしゆ)せられむことを遠く慮(おもんばか)りたまひ、周到なる注意のもとにこれを竜宮島(りゆうぐうじま)および鬼(上のツノのないオニ)門島(きもんじま)に秘(ひ)したまうた。そして尚も注意を加へられ大八洲彦命、金勝要神、海原彦神(うなばらひこのかみ)、国の御柱神(くにのみはしらのかみ)、豊玉姫神(とよたまひめのかみ)、玉依姫神(たまよりひめのかみ)たちにも極秘にして、その三顧の珠の体(たい)のみを両島に納めおき、肝腎の珠の精霊をシナイ山の山頂へ、何神(なにがみ)にも知らしめずして秘(かく)し置かれた。これは大神の深甚(しんじん)なる水も洩らさぬ御経綸であつて、一厘(いちりん)の仕組(しぐみ)とあるのはこのことを指(さ)したまへる神示である。
 武熊別(たけくまわけ)は元よりの邪神ではなかつたが、三(み)つの神宝の秘(かく)し場所を知悉(ちしつ)してより、にはかに心機一転して、これを奪取し、天地を吾(わが)ものにせむとの野望を抱(いだ)くやうになつた。そこでこの玉を得むとして、日ごろ計画しつつありし竹熊と語らひ、竹熊の協力によつて、一挙に竜宮島および大鬼(上のツノのないオニ)門島(だいきもんじま)の宝玉を奪略(だつりやく)せむことを申し込んだ。竹熊はこれを聞きて大いに喜び、ただちに賛成の意を表(へう)し、時を移さず杉若、桃作(ももさく)、田依彦(たよりひこ)、猿彦(さるひこ)、足彦(たるひこ)、寅熊、坂熊(さかくま)らの魔軍の武将に、数万の妖魅軍を加へ、数多(あまた)の戦艦を造りて両島を占領せむとした。
 これまで数度(あまた)の戦ひに通力(つうりき)を失ひたる竹熊一派の武将らは、武熊別を先頭に立て、種々(しゆじゆ)なる武器を船に満載し、夜陰に乗じて出発した。一方竜宮島の海原彦命も、鬼(上のツノのないオニ)門島の国の御柱神(くにのみはしらのかみ)も、かかる魔軍に計画あらむとは露だも知らず、八尋殿(やひろどの)に枕を高く眠らせたまふ時しも、海上にどつとおこる鬨(とき)の声、群鳥(むらどり)の噪(さは)ぐ羽音(はおと)に夢を破られ、竜燈(りゆうとう)を点(てん)じ手に高く振翳(ふりかざ)して海上はるかに見渡したまへば、魔軍の戦艦は幾百千とも限りなく軍容を整へ、舳艪(ぢくろ)相(あひ)啣(ふく)み攻めよせきたるその猛勢は、到底筆舌のよく尽すところではなかつた。
 ここに海原彦命は諸竜神に令を発し、防禦軍(ばうぎよぐん)、攻撃軍を組織し、対抗戦に着手したまうた。敵軍は破竹の勢(いきほひ)をもつて進みきたり、既に竜宮嶋近く押寄せたるに、味方の竜神は旗色悪く、今や敵軍は一挙に島へ上陸せむず勢(いきほひ)になつてきた。このとき海原彦命は百計尽きて、かの大神より預かりし潮満(しほみつ)、潮干(しほひる)の珠を取りだし水火(すゐくわ)を起して、敵を殲滅(せんめつ)せしめむと為し給ひ、まづかの潮満の珠を手にして神息(しんそく)をこめ、力かぎり伊吹放(いぶきはな)ちまたへども、如何になりしか、この珠の神力(しんりき)は少しも顕はれなかつた。それは肝腎の精霊(みたま)が抜かされてあつたからである。次には潮干の珠を取りだし、火をもつて敵艦を焼き尽くさむと、神力をこめ此の珠を伊吹(いぶき)したまへども、これまた精霊(みたま)の引抜かれありしため、何らの効をも奏さなかつた。
 鬼(上のツノのないオニ)門ケ島にまします国の御柱の神は、この戦況を見て味方の窮地に陥れることを憂慮し、ただちに神書を認(したた)めて信天翁(あはうどり)の足に括りつけ、竜宮城にゐます大八洲彦命に救援を請はれた。
 このとき地の高天原も、竜宮城も黒雲(こくうん)に包まれ咫尺(しせき)を弁せず、荒振神(あらぶるかみ)どもの矢叫びは天地も震撼(しんかん)せむばかりであつた。
 ここにおいて金勝要大神は秘蔵の玉手箱を開(ひら)きて金幣(きんぺい)を取りだし、天に向つて左右左(さいうさ)と打ちふり給へば、一天たちまち拭(ぬぐ)ふがごとく晴れわたり、日光燦爛(さんらん)として輝きわたつた。金勝要神は更に一片(いつぺん)を取欠(とりか)きたまひて信天翁(あはうどり)の背に堅く結びつけ、なほ返書を足に縛りて、天空に向つて放ちやられた。信天翁は見るみる中天(ちゆうてん)に舞ひ上がり、東北の空高く飛び去つた。信天翁はたちまち金色(こんじき)の鵄(とび)と化し、竜宮島、鬼(上のツノのないオニ)門島の空高く縦横無尽に飛びまはつた。今や竜宮島に攻め寄せ上陸せむとしつつありし敵軍の上には、火弾の雨しきりに降り注ぎ、かつ東北の天よりは一片(いつぺん)の黒雲(くろくも)現はれ、見るみる満天墨を流せしごとく、雲間よりは幾百千とも限りなき高津神(たかつかみ)現はれきたりて旋風をおこし、山なす波浪を立たしめ敵艦を中天に捲きあげ、あるひは浪と浪との千仭(せんじん)の谷間に突き落し、敵船を翻弄(ほんろう)すること風に木(こ)の葉の散るごとくであつた。このとき竹熊、杉若、桃作、田依彦の一部隊は、海底に沈没した。
 国常立尊はこの戦況を目撃遊ばされ、敵ながら不愍(ふびん)の至りと、大慈大悲の神心(かみごころ)を発揮し、シナイ山にのぼりて神言(かみごと)を奏上したまへば、一天にはかに晴渡(はれわた)りて金色(こんじき)の雲あらはれ、風凪(な)ぎ、浪静まり、一旦沈没せる敵の戦艦も海底より浮揚(うきあが)り、海面はあたかも畳を敷きつめたるごとく穏かになつてきた。
 このとき両島の神々も、諸善竜神も竹熊の敵軍も、一斉に感謝の声をはなち、国常立大神(くにとこたちのおほかみ)の至仁至愛(しじんしあい)の恵徳(けいとく)に心服せずにはをられなかつた。広く神人(しんじん)を愛し、敵を敵とせず、宇宙一切の衆生(しうじやう)にたいし至仁至愛(みろく)の大御心(おほみこころ)を顕彰したまふこそ、実に尊き有難ききはみである。

               (大正一〇・一〇・二三 旧九・二三 桜井重雄録)


               惟神(かむながら)スメール山(ざん)を笠にきて
                    無数の宇宙を踏破(たふは)せむとす


               天(あめ)の下(した)隈(くま)なく誠の大道(おほみち)を
                    教(をし)へ伝ふる瑞御魂(みづみたま)かな


               永久(とことは)の生命(いのち)の糧(かて)なる神の書(ふみ)
                    暇あるごとにいつけまめ人(ひと)


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第四篇 竜宮占領戦 <第三五章 一輪の秘密>
2007/03/23(Fri)
第四篇 竜宮占領戦


<第三五章 一輪(いちりん)の秘密 (三五)>

 厳(いづ)の御魂(みたま)の大神(おほかみ)は、シナイ山の戦闘に魔軍を潰走(くわいそう)せしめ、ひとまづ竜宮城へ凱旋されたのは前述のとほりである。
 さて大八洲彦命は天山(てんざん)、崑崙山(こんろんざん)、天保山(てんぽうざん)の敵を潰滅(くわいめつ)し、天教山(てんけうざん)に現はれ、三個の神宝を得て竜宮城に帰還し、つづいてエデンの園に集まれる竹熊の魔軍を破り、一時(いちじ)は神界も平和に治まつた。されど竹熊の魔軍は勢(いきほひ)やむを得ずして影を潜めたるのみなれば、何どき謀計をもつて再挙を試みるやも計りがたき状況(ありさま)であつた。まづ第一に魔軍の恐るるものは三個の神宝である。ゆゑに魔軍は百方画策(くわくさく)をめぐらし、或ひは探女(さぐめ)を放ち、醜女(しこめ)を使ひ、この珠(たま)を吾(わ)が手に奪はむとの計画は一時(ひととき)も弛(ゆる)めなかつた。
 茲(ここ)に艮(うしとら)の金神(こんじん)国常立尊(くにとこたちのみこと)は、山脈十字形をなせる地球の中心蓮華台上に登られ、四方(よも)の国型(くにがた)を見そなはし、天に向つて神言(かみごと)を奏上し、頭上の冠を握(と)り、これに神気(しんき)をこめて海上に投げ遣りたまうた。その冠は海中に落ちて一孤島を形成した。これを冠島(かんむりじま)といふ。しかして冠の各処(かくしよ)より稲を生じ、米もゆたかに穣(みの)るやうになつた。ゆゑにこの島を稲原(いばら)の冠といひ、また茨(いばら)の冠ともいふ。
 つぎに大地(だいち)に向つて神言(かみごと)を奏上したまひ、その穿(はか)せる沓(くつ)を握(と)り海中に抛(な)げうちたまうた。沓(くつ)は化して一孤島を形成した。ゆゑにこれを沓島(くつじま)といふ。冠島は一名竜宮島(りゆうぐうじま)ともいひ、沓島は一名鬼<上のツノのないおに>門島(きもんじま)ともいふ。
 ここに国常立尊は厳の御魂、瑞(みづ)の御魂および金勝要神に言依(ことよ)さしたまひて、この両島に三個(みつ)の神宝を秘め置かせたまうた。
 潮満(しほみつ)の珠(たま)はまた厳の御魂といふ。‘いづ’とは泉(いづみ)の‘いづ’の意であつて、泉のごとく清鮮(せいせん)なる神水(しんすゐ)の無限に湧出(ゆうしゆつ)する宝玉である。これをまたヨハネの御魂といふ。つぎに潮干(しほひる)の珠はこれを瑞(みづ)の御魂といひ、またキリストの御魂といふ。‘みづ’の御魂は‘みいづ’の御魂の意である。‘みいづ’の御魂は無限に火の活動を万有(ばんいう)に発射し、世界を清むるの活用である。要するに水の動くは火の御魂があるゆゑであり、また火の燃ゆるは水の精魂(せいこん)があるからである。しかして火は天にして水は地である。故に天は尊く地し卑(ひく)し。ヨハネが水をもつて洗礼を施すといふは、体(たい)をさして言へる詞(ことば)にして、尊き火の活動を隠されてをるのである。またキリストが霊(れい)《霊は火なり》をもつて洗礼を施すといふは、キリストの体(たい)をいへるものにして、その精魂たる水をいひしに非ず。
 ここに稚姫君命(わかひめぎみのみこと)、大八洲彦命、金勝要大神は、三個(みつ)の神宝を各自に携帯して、目無堅間(めなしかたま)の船に乗り、小島別、杉山別、富彦(とみひこ)、武熊別(たけくまわけ)、鷹取の神司(かみがみ)を引率して、まづこの竜宮ケ嶋に渡りたまうた。しかして竜宮ケ嶋には厳の御魂なる潮満の珠を、大宮柱太敷立(おほみやばしらふとしきた)て納めたまひ、また瑞の御魂なる潮干の珠とともに、この宮殿(みやどの)に納めたまうた。この潮満ま珠の又の名を豊玉姫神(とよたまひめのかみ)といひ、潮干の珠の又の名を玉依姫神(たまよりひめのかみ)といふ。かくて潮満の珠は紅色(こうしよく)を帯(お)び、潮干の珠は純白色(じゆんぱくしよく)である。
 国常立尊は冠島の国魂(くにたま)の神に命じて、この神宝を永遠に守護せしめたまうた。この島の国魂(くにたま)の御名(みな)を海原彦神(うなばらひこのかみ)といひ、又の御名を綿津見神(わだつみのかみ)といふ。つぎに沓島に渡りたまひて真澄の珠を永遠に納めたまひ、国の御柱神(みはしらのかみ)をして之を守護せしめられた。国の御柱神は鬼<上のツノのないおに>門ケ島の国魂の又の御名である。
 いづれも世界の終末に際し、世界改造のため大神の御使用になる珍(うづ)の御宝(みたから)である。しかして之を使用さるる御神業(ごしかげふ)がすなはち一輪(いちりん)の秘密である。
 この両島はあまたの善神皆竜と変じ、鰐(わに)と化して四辺(しへん)を守り、他神(たしん)の近づくを許されないのである。

              (大正一〇・一〇・二三 旧九・二三 外山豊二録)


            なつかしき御空(みそら)の月を見るよしも
                 なくなく過ごす此頃(このごろ)のわれ


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第四篇 竜宮占領戦 <第三四章 シナイ山の戦闘>
2007/03/23(Fri)
第四篇 竜宮占領戦


<第三四章 シナイ山の戦闘 (三四)>

 エデンの野(の)に敗れたる竹熊一派は、わづかに身をもつて難を免(まぬ)かれ、堂山(だうやま)の峡(かひ)に身をひそめ、遠近(をちこち)の山の端(は)より、ふたたび魔軍をかり集めて、シナイ山を攻撃せむことを企て、魔軍の猛将なる大虎彦(おほとらひこ)を辞(じ)を低(ひく)うし、礼を厚うして招待し、シナイ山攻撃の援軍を依頼した。もとより同じ心の大虎彦は、竹熊の願望を、一も二もなく承諾し、数万の蒙古軍を堂山の麓に召集し、旗鼓堂々(きこだうだう)として、士気冲天(しきちゆうてん)の概(がい)があつた。
 このとき竜宮城に帰還して神務を管理しゐたまひたる大八洲彦命は、シナイ山の攻撃軍を掃蕩(さうたふ)し、厳(いづ)の御魂(みたま)を救ひ奉(たてまつ)らむと、少数の神軍を引率して出陣せむとしたまうた。金勝要神(きんかつかねのかみ)は、命(みこと)の袖を控(ひか)へて、出陣を中止したまふべく懇請せられた。そのゆゑは竜宮城内に潜める竹熊の一派木常姫は深く城内に醜女(しこめ)、探女(さぐめ)を放ち、大八洲彦命の不在を機会に竜宮城を占領せむと、着々(ちやくちやく)と計画をすすめゐたる謀計を、金勝要神はよく看破しゐたまうたからである。
 また木常姫の応援として犬子姫(いぬこひめ)は、橄欖山(かんらんざん)の麓にひそみ、あまたの魔軍を駆(か)つて内外両面より竜宮城を占領せむとし、すでに事変の起らむとする間際(まぎは)であつた。しかるに城内の味方は、ほとんどシナイ山に登りて、竜宮城は守り手薄(てうす)になつてゐたからである。大八洲彦命は金勝要神の進言を容(い)れて、出陣を思ひとどまり竜宮城を固守せむことを決意した。
 しかし命(みこと)の心にかかるは、シナイ山にまします厳(いづ)の御魂(みたま)の御上(おんうへ)であつた。吾(われ)いま出陣せば竜宮城は敵手に落ちむ。出陣せざればシナイ山の危急を救ふことができぬ。進退これ谷(きは)まりし命の心中(しんちゆう)、実に想察(さうさつ)するにあまりありといふべしである。
 ここに竹熊は大虎彦の応援を得、数万の蒙古軍を引率して、シナイ山に八方より攻めよせた。竹熊は木純姫(こすみひめ)、足長彦(あしながひこ)に命じ、遠近(をちこち)の諸山(しよざん)より集まりきたれる悪竜を指揮して雲を起し、大雨(たいう)を降らせ、一直線にシナイ山の中腹に攻めよせた。しかるに一方山麓には、大虎彦の蒙古軍が十重二十重(とへはたへ)に取囲み、もつとも堅固に警戒の網(あみ)をはつて構えてゐる。ここに山上(さんじやう)にまします厳の御魂はこの光景を瞰下(かんか)し、事態容易ならずと見たまひ、高杉別を主将とし鶴若(つるわか)、亀若(かめわか)、鷹取(たかとり)、雁姫(かりひめ)、稲照彦(いなてるひこ)を武将として、防戦につとめたまうた。されど衆寡(しうくわ)敵(てき)しがたく、シナイ山の陥落は旦夕(たんせき)に迫り、厳の御魂の御身辺の危険は刻々に迫つてきた。このとき天上よりは大自在天大国彦(だいじざいてんおほくにひこ)の部下の魔軍無数に現はれ、火弾を投下し、厳の御魂の神軍を窮地(きゆうち)に陥(おとしい)れた。厳の御魂は鷹取、雁姫を急使として、竜宮城にまします金勝要神に味方の窮状を報告し、応援軍を差向けられるやう申し渡したまうた。
 大八洲彦命は進退ここに谷(きは)まつて、千考万慮(せんかうばんりよ)の末、真澄の珠を、鷹取、雁姫に托(たく)したまうた。鷹取、雁姫は天空高く、敵軍の上を飛揚してシナイ山頂に達し、真澄の珠を厳の御魂の大神(おほかみ)に奉(たてまつ)つた。厳の御魂は喜び勇んで珠を手に取りたまひ、攻めくる敵軍にむかつて珠を口にあて、力をこめて息吹(いぶ)きの神業(かむわざ)をおこなひたまうた。東にむかつて吹きたまへば、東の魔軍はたちまち潰れ、西にむかつて吹きたまへば、西の魔軍はことごとく散乱し、かくのごとくにして、八方の魔軍は真澄の珠の神力(しんりき)により、或ひは雲に乗つて逃れ、或ひは霞に包まれてかくれ、四方八方へ散乱し遁走(とんさう)し全く影をかくしてしまつた。
 今まで暗黒なりし天地はにはかに快明(くわいめい)となり、シナイ山の神軍はたちまち蘇生の思ひをなし、隊伍をととのへ堂々として無事竜宮城に凱旋した。

              (大正一〇・一〇・二二 旧九・二二 谷口正治録)



              常暗(とこやみ)の夜(よ)となり果てし竜宮も
                   うしとら神(かみ)の風(かぜ)に晴れつつ


              竹熊はエデンの城にこすみ姫
                   足長彦(あしながひこ)のながもちもせず


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第四篇 竜宮占領戦 <第三三章 エデンの焼尽>
2007/03/22(Thu)
第四篇 竜宮占領戦


<第三三章 エデンの焼尽(せうじん) (三三)>

 大八洲彦命は、天にも昇る心地し三個の珠を捧持(ほうじ)し、木花姫命より賜はりし天(あま)の磐船(いはふね)に乗りて空中はるかに西天を摩(ま)して、竜宮城に帰還した。一方エデンの園に集まれる竹熊をはじめ木純姫(こすみひめ)、足長彦(あしながひこ)の大将株は村雲別(むらくもわけ)の注進により、大八洲彦命の無事に帰城したることを知り、周章狼狽し鳩首謀議の上一計を案出し、ここに木純姫、足長彦はにはかに改心の状(じやう)をよそほひ、竜宮城に参向(さんこう)して、大八洲彦命の無事凱旋を祝するためにと詐(いつ)はりて盛(さかん)なる宴(えん)をひらき、大八洲彦命の御出席を請ひ奉(まつ)つた。大八洲彦命はもとより仁慈(じんじ)に深き義神(ぎしん)なれば、彼らの請(こひ)を容(い)れ、他意なき体(てい)にてエデンの園にいたりたまひ、八尋殿(やひろどの)の奥深く迎へられて酒宴の席につきたまうた。その時の従者は守高彦(もりたかひこ)、守安彦(もりやすひこ)、高見姫(たかみひめ)であつた。木純姫(こすみひめ)、足長彦(あしながひこ)は表面帰順をよそほひ、歓待いたらざるなき有様(ありさま)であつた。
 大八洲彦命は八塩折(やしほをり)の酒(さけ)に酔はせたまひて、八尋殿(やひろどの)の中に入(い)りて心ゆるして宿泊することとなつた。命(みこと)の熟睡の様子を窺(うかが)ひゐたる竹熊は、時分はよしと暗夜(あんや)に乗じ八方より八尋殿に火をかけて従者諸共にこれを焼殺(せうさつ)せむとした。時に三柱(みはしら)の従神はおのおの三個の珠を一個づつ捧持(ほうじ)して命の枕辺(まくらべ)に警護してゐた。火は猛烈に燃えさかつて八尋殿を今に焼きつくさむとする勢(いきほひ)である。
 このとき真澄の珠よりは大風(おほかぜ)吹きおこり、潮満の珠よりは竜水(りゆうすゐ)迸(ほとばし)りて、瞬(またた)くうちに殿(との)の火焔(くわえん)を打ち消した。また潮干の珠よりは猛火を吹出(ふきいだ)し、真澄の珠の風に煽(あふら)れてエデンの城は瞬くうちに焼け落ちてしまつた。竹熊一派は周章狼狽死力をつくしてヨルダン河を打ちわたり遠く北方(ほくはう)に逃れた。この時あまたの従神は河中(かちゆう)に陥り、その大部分は溺死してしまつたのである。

              (大正一〇・一〇・二二 旧九・二二 谷口正治録)


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第四篇 竜宮占領戦 <第三二章 三個の宝珠>
2007/03/22(Thu)
第四篇 竜宮占領戦


<第三二章 三個の宝珠(ほつしゆ) (三二)>

 神山(しんざん)の上に救はれた大八洲彦命は、天より下(くだ)りたまへる木花姫命(このはなひめのみこと)より真澄(ますみ)の珠(たま)を受け、脚下(あしもと)に現はれた新しき海面を眺めつつあつた。見るみる天保山は急に陥落して現今の日本海となり、潮満(しほみつ)、潮干(しほひる)の麻邇(まに)の珠(たま)は、稲山彦および部下の魔軍勢とともに海底に沈没した。稲山彦はたちまち悪竜(あくりゆう)の姿と変じ、海底に深く沈める珠を奪(と)らむとして、海上を縦横無尽に探りまはつてゐた。九山(きうざん)の上より之(これ)を眺めたる大八洲彦命は、脚下(あしもと)の岩石をとり之に伊吹(いぶき)の神法(しんぱふ)をおこなひ、四個(しこ)の石を一度に悪竜にむかつて投げつけた。悪竜は目敏(めざと)くこれを見て、ただちに海底に隠れ潜んでしまつた。
 この四(よつ)つの石は、海中に落ちて佐渡の島、壱岐(いき)の島および対馬(つしま)の両島となつたのである。
 そこへ地の高天原の竜宮城より、乙米姫命(おとよねひめのみこと)大竜体(だいりゆうたい)となつて馳せきたり海底の珠を取らむとした。稲山彦の悪竜は之を取らさじとして、たがひに浪を起し‘うなり’を立て海中に争つたが、つひには乙米姫命(おとよねひめのみこと)のために平(たひら)げられ、潮満(しほみつ)、潮干(しほひる)の珠(たま)は乙米姫命の手にいつた。乙米姫命はたちまち雲竜(うんりゆう)と化し金色(こんじき)の光を放ちつつ九山に舞ひのぼつた。この時の状況を古来(こらい)の絵師が、神眼(しんがん)に示されて「富士の登り竜」を描(えが)くことになつたのだと伝へられてゐる。
 乙米姫命の変じた彼(か)の大竜(だいりゆう)は山頂に達し、たちまち端麗荘厳なる女神(によしん)と化し、潮満、潮干の珠を恭(うやうや)しく木花姫命に捧呈した。
 木花姫命はこの神人(かみ)の殊勲(しゆくん)を激賞され、今までの諸々の罪悪を赦されたのである。これより乙米姫命は、日(ひ)出(い)づる国の守護神と神定(かむさだ)められ、日出神(ひのでのかみ)の配偶神(つまがみ)となつた。
 ここに木花姫命は大八洲彦命にむかひ、
 『今(いま)天(てん)より汝に真澄の珠を授け給ひたり。今また海中より奉(たてまつ)れる此の潮満、潮干の珠を改めて汝に授けむ。この珠をもつて天地の修理固成の神業(しんげふ)に奉仕せよ』
と厳命され、空前絶後の神業を言依(ことよ)さしたまうた。大八洲彦命は、はじめて三個の珠を得て神力(しんりき)旺盛となり、徳望(とくばう)高くつひに三ツの御魂大神(みつのみたまのおほかみ)と御名(みな)がついたのである。

               (大正一〇・一〇・二二 旧九・二二 桜井重雄録)


            人心(ひとごころ)神(かみ)の心(こころ)にかなひなば
                 ひとり開(ひら)けむ蜂(はち)の室屋(むろや)も

            よきことをなしてこの世を去る人の
                 霊魂(みたま)の幸(さち)ぞ羨(うらや)ましけれ

            世(よ)の為(ため)に尽す御魂(みたま)をおしこむる
                 醜(しこ)のつかさの胸(むね)の暗さよ


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第四篇 竜宮占領戦 <第三一章 九山八海>
2007/03/22(Thu)
第四篇 竜宮占領戦


<第三一章 九山八海(きうざんはつかい) (三一)>

 大八洲彦命は、杉松彦、若松彦、時彦、元照彦の部将とともに、八島別の現はれし天教山に引きかへし、ここに防戦の準備に取りかかつた。稲山彦は大虎彦と獅子王の応援を得て勝(かち)に乗じ、天教山を八方より取りまいた。
 稲山彦は潮満(しほみつ)の珠(たま)をもつて、天教山を水中に没せしめむとした。地上はたちまち見渡すかぎり泥の海と一変した。このとき天空高く、東の方(かた)より花照姫、大足彦(おほだるひこ)、奇玉彦(くしたまひこ)は天神(てんしん)の命(めい)によりてはるかの雲間(くもま)より現はれ、魔軍にむかつて火弾を発射し、天教山の神軍に応援した。されど一面泥海(どろうみ)と化したる地上には、落ちた火弾も的確にその功を奏せなかつた。ただジユンジユンと怪しき音を立てて消えてゆくばかりである。されど白煙(はくえん)濛々(もうもう)と立ち昇りて、四辺(しへん)を閉ざすその勢(いきほひ)の鋭さに敵(てき)しかねて、敵軍は少なからず悩まされた。
 このとき稲山彦の率ゆる魔軍は天保山に登り、まづ潮満(しほみつ)の珠をもつて、ますます水量(みづかさ)を増さしめた。天教山は危機に瀕し、神軍の生命(せいめい)は一瞬の間(あひだ)に迫つてきた。折しも杉松彦、若松彦、時彦は、天教山にすむ烏(からす)の足に神書(しんしよ)を括(くく)りつけ、天保山に向つて降服(かうふく)の意を伝へしめた。烏の使(つかひ)を受けた稲山彦は、意気揚々として諸部将を集め会議を開いた。
 『大八洲彦命が竜宮城管理の職を抛(なげう)つか、さもなくば自殺せよ。しからば部下の神軍の生命は救助せむ』
との返信となつて現はれた。この返信を携へて烏は天教山に帰つてきた。神書を見たる杉松彦、若松彦、時彦は密かに協議して、自己の生命を救はむために大八洲彦命に自殺をせまつた。
 大八洲彦命は天を仰ぎ地に俯(ふ)し、部下の神司(かみがみ)の薄情と冷酷と、不忠不義の行動を長歎(ちやうたん)し、いよいよ自分は天運全く尽きたるものと覚悟して、今や将(まさ)に自殺せむとする時しもあれ、東の空に当つて足玉彦(たるたまひこ)、斎代姫(ときよひめ)、磐樟彦(いはくすひこ)の三部将はあまたの風軍(ふうぐん)を引きつれ、
 『しばらく、しばらく』
と大音声に呼ばはりつつ、天教山にむかつて最急速力をもつて下(くだ)つてきた。忽然(こつぜん)として大風(たいふう)捲()まきおこり、寄せきたる激浪怒涛を八方に吹き捲(まく)つた。泥水(どろみづ)は風に吹きまくられて、天教山の麓は水量(みづかさ)にはかに減じ、その余波は大山(おほやま)のごとき巨浪(きよらう)を起して、逆(さか)しまに天保山に打ち寄せた。
 天保山の魔軍は潮干(しほひる)の珠(たま)を水中に投じて、その水を減退せしめむとした。西の天よりは道貫彦(みちつらひこ)、玉照彦(たまてるひこ)、立山彦(たてやまひこ)数万の竜神を引きつれ、天保山にむかつて大水(おほみづ)を発射した。さしもの潮干(しほひる)の珠も功を奏せず、水は刻々に増すばかりである。これに反して天教山は殆ど山麓まで減水してしまつた。南方(なんぱう)よりは白雲(はくうん)に乗りて、速国彦(はやくにひこ)、戸山彦(とやまひこ)、谷山彦(たにやまひこ)の三柱(みはしら)の神将は、あまたの雷神をしたがへ、天保山の空高く鳴り轟き天地も崩るるばかりの大音響を発して威喝(ゐかつ)を試みた。
 ここに稲山彦は、天保山上に立ちて、潮満(しほみつ)の珠(たま)を取りいだし、一生懸命に天教山の方にむかつて投げつけた。水はたちまち氾濫して天教山は水中に陥り、大八洲彦命の首のあたりまでも浸すにいたつた。
 泥水(どろみづ)はなほもますます増える勢(いきほひ)である。このとき東北に当つて、天地六合(てんちりくがふ)も崩るるばかりの大音響とともに大地震(だいぢしん)となり、天保山は見るみるうちに水中深く没頭し、同時に天教山は雲表(うんぺう)に高く突出した。これが富士の神山(しんざん)である。
 時しも山の頂上より、鮮麗たとふるに物なき一大光輝が虹のごとく立ち昇つた。その光は上に高く登りゆくほど扇を開きしごとく拡がり、中天(ちゆうてん)において五色(ごしき)の雲をおこし、雲の戸(と)開(ひら)いて威厳高く美(うるは)しき天人(てんにん)無数に現はれたまひ、その天人は山上に立てる大八洲彦命の前に降(くだ)り真澄(ますみ)の珠(たま)を与へられた。その天人の頭首(かしら)は木花姫命(このはなひめのみこと)であつた。
 この神山(しんざん)の、天高く噴出(ふきだ)したのは、国常立尊(くにとこたちのみこと)の蓮華台上(れんげだいじやう)に於いて雄健(おたけ)びし給ひし神業(しんげふ)の結果である。その時現代の日本国土が九山八海(きうざんはつかい)となつて、環海(くわんかい)の七五三波(しはがき)の秀妻(ほつま)の国(くに)となつたのである。
 天保山の陥落したその跡が、今の日本海となつた。また九山(きうざん)とは、九天(きうてん)にとどくばかりの高山(かうざん)の意味であり、八海(はつかい)とは、八方に海をめぐらした国土の意味である。ゆゑに秋津島根(あきつしまね)の国土そのものは、九山八海(きうざんはつかい)の霊地と称(とな)ふるのである。

              (大正一〇・一〇・二二 旧九・二二 加藤明子録)



             魔子彦(まごひこ)が殺されむとする源(みなもと)は
                  犯(をか)せしつみにヨルダンの川


             竹熊が神をあつめてかきまはす
                  さるとび彦の歯がゆき参謀(きつけ)


             世の人に好かれ慕はれ亦(また)人に
                  誤解せらるる身こそ苦しき


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第四篇 竜宮占領戦 <第三〇章 黄河畔の戦闘>
2007/03/21(Wed)
第四篇 竜宮占領戦


<第三〇章 黄河畔(くわうがはん)の戦闘 (三〇)>

 神界の場面はここに急転し、大八洲彦命は濁流みなぎる黄河の畔(ほとり)にすすまれた。ここには稲山彦(いなやまひこ)といふ金毛九尾の一派の部将が、鉄城(てつじやう)を築きて控へてをる。これは竹熊、木常姫らの部下である。
 今や大八洲彦命は黄河を渡つて竜宮城に帰還せられむとするところである。帰還されては竹熊の目的成就し難きをおそれ、ここに稲山彦に命じて、大八洲彦命を中途において亡ぼさむとしたのである。大八洲彦命はかかる企(たく)みのあらむとは寸毫(すんがう)も心づかず、少数の部下を引き率れて城下に近づいた。
 シナイ山に御座(おは)す厳(いづ)の御魂(みたま)はこの現状をはるかに見そなはし、救援のため高杉別に命じ杉松彦、若松彦、田子彦(たごひこ)、牧屋彦(まきやひこ)、時彦(ときひ