|
第一篇 幽界の探険 <第六章 八衢(やちまた)の光景>
|
|
2007/02/27(Tue)
|
|
第一篇 幽界の探険
<第六章 八衢の光景 (六)> ここは黄泉(よみ)の八衢(やちまた)といふ所で米(こめ)の字(じ)形(かた)の辻である。その真中(まんなか)に一つの霊界の政庁があつて、牛頭(ごづ)馬頭(めづ)の恐い番卒が、猛獣の皮衣(かはぎぬ)を身につけたのもあり、丸裸に猛獣の皮の褌(まはし)を締(し)めこみ、突棒(つくぼう)や、手槍(てやり)や、鋸(のこぎり)や、斧(をの)、鉄棒(てつぼう)に、長い火箸(ひばし)などを携(たづさ)へた奴が沢山に出てくる。自分は芙蓉仙人(ふようせんにん)の案内で、ズット奥へ通ると、その中の小頭(こがしら)ともいふやうな鬼面(おにづら)の男が、長剣(ちやうけん)を杖に突きながら出迎へた。そして芙蓉仙人に向って、 『御遠方の所(ところ)はるばる御苦労でした。今日(こんにち)は何の御用にて御来幽(ごらいいう)になりましたか』 と恐い顔に似合はぬ慇懃(いんぎん)な挨拶をしてゐる。自分は意外の感にうたれて、両者の応答を聞くのみであつた。芙蓉仙人は一礼(いちれい)を報いながら、 『大神(おほかみ)の命(めい)により大切なる修業者(しうげふしや)を案内申して参りました。すなわちこの精霊(もの)でありますが、今回は現(げん)、神(しん)、幽(いう)の三界的使命を帯(お)び、第一に幽界の視察を兼ねて修業にきたのです。この精霊(もの)は丹州高倉山(たんしうたかくらやま)に古来(こらい)秘めおかれました、三つ葉躑躅(みつばつつじ)の霊魂(れいこん)です。何とぞ大王(たいわう)にこの旨(むね)御伝達をねがひます』 と、言葉に力をこめての依頼であつた。小頭(こがしら)は仙人に軽く一礼して急ぎ奥に行つた。待つことやや小時(しばし)、奥には何事の起(おこ)りしかと思はるるばかりの物音が聞(きこ)ゆる。芙蓉仙人に、 『あの物音は何でせうか』 と尋ねてみた。仙人はただちに、 『修業者の来幽(らいいう)につき準備せむがためである』 と答へられた。自分は怪(あや)しみて、 『修業者とは誰ですか』 と問ふ。仙人は答へていふ、 『汝(なんじ)のことだ。肉体ある精霊(もの)、幽界に来(きた)るときは、いつも庁内の模様を一時(いちじ)変更さるる定めである。今日(けふ)は別(わ)けて、神界より前もつて沙汰(さた)なかりし故(ゆゑ)に、幽庁(いうちやう)では、狼狽(らうばい)の体(てい)と見える』 と仰せられた。しばらくありて静かに隔(へだ)ての戸を開(ひら)いて、前の小頭(こがしら)は先導に立ち、数名の守卒(しゆそつ)らしきものと共に出(い)できたり、軽く二人に目礼し前後に付添(つきそ)うて、奥へ奥へと導きゆく。上段の間(ま)には白髪異様(はくはついやう)の老神(らうしん)が、机を前におき端坐(たんざ)したまふ。何となく威厳(いげん)があり且(か)つ優しみがある。そしてきはめて美しい面貌(めんぼう)であつた。 芙蓉仙人は少しく腰を屈(かが)めながら、その右前側(うぜんそく)に坐して何事か奏上する様子である。判神(さばきがみ)は綺羅星(きらほし)のごとくに中段の間(ま)に列(なら)んでゐた。老神(らうしん)は自分を見て美(うる)はしき慈光(じくわう)をたたへ笑顔を作りながら、 『修業者殿、遠方大儀(たいぎ)である。はやく是(これ)に』 と老神の左前側(さぜんそく)に自分を着座(つか)しめられた。老神と芙蓉仙人と自分とは、三角形の陣(ぢん)をとつた。自分は座につき老神に向つて低頭平身(ていとうへいしん)敬意を表(へう)した。老神もまた同じく敬意を表して頓首(とんしゆ)したまひ、 『吾(われ)は根の国(ねのくに)底の国(そこのくに)の監督を天神(てんしん)より命ぜられ、三千有余年当庁に主(しゆ)たり、大王(たいわう)たり。今や天運循環(てんうんじゆんかん)、いよいよわが任務は一年余(あまり)にして終る。余(よ)は汝(なんじ)とともに霊界、現界において相(あひ)提携して、以(も)つて宇宙の大神業に参加せむ。しかしながら吾はすでに永年(ゑいねん)幽界を主宰したれば今さら幽界を探究するの必要なし。汝は今はじめての来幽(らいいう)なれば、現幽両界のため、実地について研究さるるの要(えう)あり。しからざれば今後において、三界を救ふべき大慈(だいじ)の神人(しんじん)たることを得ざるべし。是非々々根の国、底の国を探究の上帰顕(きけん)あれよ。汝の産土(うぶすな)の神を招き奉(まつ)らむ』 とて、天の石笛(あまのいはふえ)の音(ね)もさはやかに吹きたてたまへば、忽然(こつぜん)として白衣(びやくい)の神姿(しんし)、雲に乗りて降(くだ)りたまひ、三者(さんにん)の前に現はれ、叮重(ていちやう)なる態度をもつて、何事か小声(こごゑ)に大王(たいわう)に詔(の)らせたまひ、つぎに幽庁(いうちやう)列座の神にむかひ厚く礼を述べ、つぎに芙蓉仙人に対して、氏子(うぢこ)を御世話であつたと感謝され、最後に自分にむかつて一巻(いつくわん)の書(しよ)を授(さず)けたまひ、頭上より神息(しんそく)を吹きこみたまふや、自分の腹部ことに臍下丹田(さいかたんでん)は、にはかに暖(あたた)か味(み)を感じ、身魂(みたま)に全部の無限無量の力を与へられたやうに覚えた。 |
|
第一篇 幽界の探険 <第四章 現実的苦行>
|
|
2007/02/25(Sun)
|
|
第一篇 幽界の探険
<第四章 現実的苦行 (四)> つぎに自分の第一に有難く感じたのは水である。一週間といふものは、水一滴口に入れることもできず、咽喉(のど)は時々刻々(じじこくこく)に渇きだし、何とも言へぬ苦痛であつた。たとへ泥水でもいい、水気(みずけ)のあるものが欲しい。木の葉(このは)でも噛んでみたら、少々くらゐ水は含んでをるであらうが、それも一週間は神界から飲食一切を禁止されてをるので、手近にある木の葉一枚さへも、口に入れるといふわけにはゆかない。その上時々刻々に空腹を感じ、気力は次第に衰へてくる。されど神の御許(おゆる)しがないので、お土(つち)の一片(いつぺん)も口にすることはできぬ。膝は崎嶇(きく)たる厳上(がんじやう)に静坐せることとて、是(これ)くらゐ痛くて苦しいことはない。寒風(かんぷう)は肌身(はだみ)を切るやうであつた。 自分がふと空をあふぐ途端に、松の露がポトポトと雨後(うご)の風に揺られて、自分の唇辺(くちびる)に落ちかかつた。何心(なにごころ)なくこれを嘗(な)めた。ただ一滴の松葉の露のその味は、甘露(かんろ)とも何ともたとへられぬ美味(おいし)さであつた。 これを考へてみても、結構な水を火にかけ湯に沸(わか)して、温(ぬる)いの熱いのと、小言(こごと)を言つてゐるくらゐ勿体ないことはない。 草木(くさき)の葉一枚でも、神様の御許しが無ければ、戴くことはできず、衣服は何ほど持つてをつても、神様の御許しなき以上は着ることはできず、あたかも餓鬼道(がきだう)修業であつた。そのお陰によつて水の恩を知り、衣食住の大恩(たいおん)を覚(さと)り、贅沢(ぜいたく)なぞは夢にも思はず、有難い有難いで、平気で、社会に泰然自若(たいぜんじじやく)、感謝のみの生活を楽しむことができるやうになつたのも、全く修行の御利益(おかげ)である。 それについて今一つ衣食住よりも、人間にとつて尊く、有難いものは空気である。飲食物は十日や廿日(はつか)くらゐ廃(はい)したところで、死ぬやうな事はめつたにないが、空気はただの二三分間でも呼吸せなかつたならば、ただちに死んでしまふより途(みち)はない。自分がこの修行中にも空気を呼吸することだけは許されたのは、神様の無限の仁慈(じんじ)であると思つた。 人は衣食住の大恩(たいおん)を知ると同時に、空気の御恩を感謝せなくてはならない。しかし以上述べたるところは、自分が高熊山における修行の、現界的すなわち肉体上における神示の修行である。霊界における神示の修行は、到底前述のごとき軽い容易なものではなかつた。幾十倍(いくじふばい)とも幾百倍ともしれぬ大苦難的修練であつた。 万有(ばんいう)に恵みの露をまくばりて 神の御国(みくに)へすくふ真人(まさひと) 一日の吾(わ)が玉(たま)の緒(を)は世(よ)の人の 幾十年の生命(いのち)とぞ思ふ |
|
第一篇 幽界の探険 <第三章 現界の苦行>
|
|
2007/02/24(Sat)
|
|
第一篇 幽界の探険
<第三章 限界の苦行(くぎやう) (三)> 高熊山の修行(しうぎやう)は一時間神界の修行を命(さ)せられると、現界は二時間の比例で修行をさせられた。しかし二時間の限界の修行より、一時間の神界の修行の方が数十倍も苦(くるし)かつた。現界の修行といつては寒天(さむぞら)に襦袢(じゆばん)一枚となつて、前後一週間水一杯も飲まず、一食もせず、岩の上に静坐(せいざ)して無言でをつたことである。その間(あいだ)には降雨(かうう)もあり、寒風(かんぷう)も吹ききたり、夜中(よなか)になつても狐狸(こり)の声も聞かず、虫の音(ね)も無く、ときどき山も崩れむばかりの怪音(くわいおん)や、なんとも言へぬ厭(いや)らしい身の毛の震慄(しんりつ)する怪声(くわいせい)が耳朶(じだ)を打つ。寂しいとも、恐ろしいとも、なんとも形容のできぬ光景であつた。・・・・・たとへ狐でも、狸でも、虎狼(とらおほかみ)でもかまはぬ、生(せい)ある動物がでてきて生きた声を聞かして欲しい。その姿なりと、生物(いきもの)であつたら、一眼(ひとめ)見たいものだと、憧憬(あこが)れるやうになつた。アゝ生物(いきもの)ぐらゐ人の力になるものはない・・・・・と思つてゐると、かたはらの小篠(をざさ)の中からガサガサと足音をさして、黒い影の動物が、自分の静坐(せいざ)する、一尺(いつしやく)ほど前までやつてきた。夜眼(よめ)には、確(たしか)にそれと分りかねるが、非常に大きな熊のやうであつた。 この山の主(ぬし)は巨大な熊であるといふことを、常に古老(こらう)から聞かされてをつた。そして夜中(やちゆう)に人を見つけたが最後、その巨熊(おほぐま)が八裂(やつざ)きにして、松の枝に懸(か)けてゆくといふことを聞いてゐた。自分は今夜こそこの巨熊(おほぐま)に引裂(ひきさ)かれて死ぬのかも知れないと、その瞬間に心臓の血を踊らした。 ままよ何事も惟神(かむながら)に一任(いちにん)するに如(し)かず・・・・・と、心を臍下丹田(さいかたんでん)に落着けた。サアさうなると恐ろしいと思つた巨熊(おほぐま)の姿が大変な力となり、その呻声(うなりごゑ)が恋しく懐(なつか)しくなつた。世界一切の生物(いきもの)に、仁慈(じんじ)の神の生魂(いくみたま)が宿(やど)りたまふといふことが、適切に感じられたのである。 かかる猛獣でさへも寂しいときには力になるものを、況(いは)んや万物(ばんぶつ)の霊長(れいちやう)たる人においてをやだ。アゝ世界の人々を悪(にく)んだり、怒(おこ)らしたり、侮(あなど)つたり、苦しめたり、人を何とも思はず、日々(にちにち)を暮してきた自分は、何とした勿体ない罰当(ばちあた)りであつたのか、たとへ仇敵悪人(きうてきあくにん)どいへども、皆神様の霊が宿つたゐる。人は神である。否(いな)人ばかりではない、一切の動物も植物も、皆われわれのためには、必要な力であり、頼(たの)みの杖(つえ)であり、神の断片である。 人はどうしても一人で世に立つことはできぬものだ。四恩(しおん)といふことを忘れては人の道が立たぬ。人は持ちつ持たれつ相互(さうご)に助け合うてゆくべきものである。人と名がつけば、たとへ其(そ)の心は鬼(おに)でも蛇(じや)でもかまはぬ、大切にしなくてはならぬ。それに人はすこしの感情や、利害の打算上から、たがひに憎(にく)み嫉(ねた)み争ふとは、何たる矛盾であらう、不真面目であらう。人間は神様である。人間をおいて力になつてくれる神様がどこにあるであらうか。 神界には神様が第一の力であり、便(たよ)りであるが、現界では人間こそ、吾等(われら)を助くる誠の生きたる尊い神様であると、かう心の底から考へてくると、人間が尊く有難くなつて、粗末に取扱(とりあつか)ふことは、天地(てんち)の神明(しんめい)にたいし奉(たてまつ)り、恐(おそ)れありといふことを強く悟了(ごれう)したのである。 これが自分の万物(ばんぶつ)に対する、慈悲心(じひしん)の発芽であつて、有難き大神業(だいしんげふ)に奉仕するの基礎的実習であつた。アゝ惟神霊幸倍坐世(かむながらたまちはへませ)。 寝ながらに幽世(かくりよ)の事(こと)宣(の)べて行く 吾(われ)には夜の守(まも)りありけり ありがたき御代(みよ)にあふぎの末広(すゑひろ)く 開(ひら)け行(ゆ)く世をまちつつぞふる |
|
第一篇 幽界の探険 <第二章 業の意義>
|
|
2007/02/24(Sat)
|
|
第一篇 幽界の探険
<第二章 業(げふ)の意義 (二)> 霊界の業といへば世間一般に深山幽谷(しんざんいうこく)に入(い)つて、出世間的難行苦行(しゆつせけんてきなんぎやうくぎやう)をなすこととのみ考へてをる人が多いやうである。跣足(はだし)や裸になつて、山神(さんじん)の社(やしろ)に立籠(たてこも)り断食(だんじき)をなし、断湯(だんたう)を守り火食(くわしよく)をやめて、神仏に祈願を凝(こ)らし、妙(めう)な動作や異行(いぎやう)を敢(あへ)てすることをもつて、徹底的修行が完了したやうに思ひ誇る人々が多い。 すべて業(げふ)は行(ぎやう)である以上は、顕幽一致(けんいういつち)、身魂一本(しんこんいつぽん)の真理により、顕界(けんかい)において可及的大活動(かきふてきだいくわつどう)をなし、もつて天地(てんち)の経綸(けいりん)に奉仕するのが第一の行である。たとへ一ヶ月でも人界(じんかい)の事業を廃(はい)して山林に隠遁(いんとん)し、怪行異業(くわいぎやういげふ)に熱中するは、すなはち一ヶ月間の社会の損害であつて、いはゆる神界の怠業者(たいげふしや)もしくは罷業者(ひげふしや)である。すべて神界の業(げふ)といふものは現界において生成化育(せいせいくわいく)、進取発展(しんしゆはつてん)の事業につくすをもつて第一の要件とせなくてはならぬ。 大本(おほもと)の一部の人士(じんし)のごとく、何事も『惟神(かむながら)かむながら』といつて難(かた)きを避け、易(やす)きに就(つ)かむとするは神界より御覧になれば、実に不都合不届至極(ふつがふふとどきしごく)の人間といはれてもしかたはない。少しも責任観念といふものがないのみか、尽(つく)すべき道を(みち)をつくさず、かへつて神業(しんげふ)の妨害ばかりしながら、いつも神界にたいし奉(たてまつ)り、不足ばかりいつてゐる。これがいはゆる黄泉醜人(よもつしこびと)である。 神諭に、 『世界の落武者が出て来るから用心なされよ』 といふことが示されてあるを考へてみるがよい。神界の業(げふ)といふものは、そんな軽々しき容易なものではない。しかるに自分から山林に分入(わけい)りて修行(しうぎやう)することを非難しておきながら、かんじんの御本尊(ごほんぞん)は一週間も高熊山(たかくまやま)で業(げふ)をしたのは、自家撞着(じかどうちやく)もはなはだしいではないか・・・・・との反問も出るであらうが、しかし自分はそれまでに二十七年間(にじふしちねんかん)の俗界(ぞくかい)での悲痛な修行を遂行(すゐかう)した。その卒業式ともいふべきものであつて、生存中ただ一回のみ空前絶後の実修(じつしう)て゜あつたのである。 世には・・・・・釈迦(しやか)でさへ檀特山(だんとくざん)において数ケ年の難行苦行をやつて、仏教を開(ひら)いたではないか、それに僅(わず)か一週間ぐらゐの業(げふ)で、三世(さんぜ)を達観(たつくわん)することを得(う)るやうになつたとは、あまりの大言(たいげん)ではあるまいか・・・・・と、疑問を抱(いだ)く人々もあるであらうが、釈迦は印度国浄飯王(いんどこくじやうぼんわう)の太子(たいし)と生れて、社会の荒き風波(ふうは)に遇(あ)うたことのない坊ンさんであつたから、数年間の種々(しゆじゆ)の苦難を味(あじ)はつたのである。自分はこれに反し幼少より極貧の家庭に生れて、社会のあらゆる辛酸(しんさん)を嘗(な)めつくしてきたために、高熊山に登るまでに顕界(けんかい)の修行を了(を)へ、また幾分(いくぶん)かは幽界の消息にも通じてをつたからである。 神業(かむわざ)をなすのが原の若草は 踏まれにじられながら花咲く 世を救ふ神の稜威(みいづ)もたかくまの 露(つゆ)に潤(うるほ)ふ百(もも)の人々 |
|
第一篇 幽界の探険 <第一章 霊山修業>
|
|
2007/02/22(Thu)
|
|
第一篇 幽界の探険
<第一章 霊山修業 (一)> 高熊山(たかくまやま)は上古(じやうこ)は高御座山(たかみくらやま)と称し、のちに高座(たかくら)といひ、ついで高倉(たかくら)と書(しよ)し、つひに転訛(てんくわ)して高熊山となったのである。丹波穴太(たんばあなを)の山奥にある高台(たかだい)で、上古(じやうこ)には開花天皇(かいくわてんのう)を祭(まつ)りたる延喜式内(えんぎしきない)小幡神社(をばたじんじや)の在(あ)つた所である。武列天皇(ぶれつてんのう)が継嗣(けいし)を定めむとなしたまうたときに、穴太(あなを)の皇子(わうじ)はこの山中(さんちゆう)に隠れたまひ、高倉山に一生を送らせたまうたといふ古老(こらう)の伝説が遺(のこ)つてをる霊山である。天皇はどうしても皇子の行方(ゆくへ)がわからぬので、やむをえず皇族の裔(えい)を捜しだして、継体天皇(けいたいてんのう)に御位(みくらゐ)を譲りたまうたといふことである。またこの高熊山には古来一つの謎が遺(のこ)つてをる。 『朝日照る、夕日輝く、高倉の、三ツ葉躑躅(みつばつつじ)の其(そ)の下(した)に、黄金(こがね)の雞(にはとり)小判千両埋(い)けおいた』 昔から時々名も知れぬ鳥が鳴いて、里人(さとびと)に告げたといふことである。自分は登山するごとに、三ツ葉躑躅(みつばつつじ)の株は無いかと探してみたが、いつも見当らなかつた。大正九年(くねん)の春、再度登山して休息してをると、自分の脚下(あしもと)に、その三ツ葉躑躅(みつばつつじ)が生えてをるのを見出(みいだ)し、はじめてその歌の謎が解けたのである。 『朝日照る』といふ意義は、天津日の神(あまつひのかみ)の御稜威(みいづ)が旭日昇天(きよくじつしようてん)の勢(いきほひ)をもつて、八紘(はつかう)に輝きわたり、夕日輝くてふ、他の国々までも神徳を光被(くわうひ)したまふ黄金時代(わうごんじだい)の来(く)ることであつて、この霊山に神威霊徳(しんいれいとく)を秘めおかれたといふ神界の謎である。 『三ツ葉躑躅(みつばつつじ)』とは、三(み)つの御霊(みたま)、瑞霊(ずゐれい)の意である。ツツジの言霊(ことたま)は、萬古不易(ばんこふえき)の意である。『小判千両埋(い)けおいた』大判(おほばん)は上(かみ)を意味し、小判(こばん)は下(しも)にして、確固不動(かくこふどう)の権力を判(ばん)といふのである。すなはち小判は小幡(こばん)ともなり、神教顕現地(こばん)ともなる。穴太(あなを)の産土神社(うぶすなじんじや)の鎮座(ちんざ)ありしも、御祭神(ごさいじん)が開花天皇(かいくわてんのう)であつたのも深い神策(しんさく)のありませることと恐察(きようさつ)し得られる。これを思へばアゝ明治卅一年(さんじふいちねん)如月(きさらぎ)の九日、富士浅間神社(ふじせんげんじんじや)の祭神(さいしん)、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)の天使(てんし)、松岡芙蓉仙人(まつおかふようせんにん)に導かれて、当山に自分が一週間の修業を命ぜられたのも、決して偶然(ぐうぜん)ではないとおもふ。 神示のまにまに高熊山に出修(しゆつしう)したる自分の霊力発達の程度は、非常に迅速(じんそく)であつた。汽車よりも飛行機よりも電光石火(でんくわうせきくわ)よりも、すみやかに霊的研究は進歩したやうに思うた。たとへば幼稚園の生徒が大学を卒業して博士の地位に瞬間に進んだやうな進歩であつた。過去、現在、未来に透徹(とうてつ)し、神界の秘奥(ひおう)を窺知(きち)し得るとともに、現界の出来事などは数百年数千年の後(のち)まで知悉(ちしつ)し得られたのである。しかしながら、すべて一切神秘に属し、今日(こんにち)これを詳細に発表することのできないのを遺憾(ゐかん)とする。 千早振る(ちはやふる)神代(かみよ)のむかしの物語 あらたに悟るときは来にけり 朝日さす高熊山に来て見れば 世を警(いま)しむる松かぜの音 |
|
第一巻 <発 端> つづき
|
|
2007/02/21(Wed)
|
|
天(てん)の大神(おほかみ)は、最初に天足彦(あだるひこ)、胞場姫(えばひめ)のふたりを造りて、人体の祖となしたまひ、霊主体従の神木(しんぼく)に体主霊従(ちしき)の果実(くだもの)を実らせ、
『この果実(くだもの)を喰(く)ふべからず』 と厳命(げんめい)し、その性質のいかんを試みたまうた。ふたりは体慾(たいよく)にかられて、つひにその厳命を犯し、神の怒(いか)りにふれた。 これより世界は体主霊従(たいしゆれいじゆう)の妖気(えうき)発生し、神人界(しんじんかい)に邪悪分子の萌芽(ほうが)を見るにいたつたのである。 かくいふ時は、人あるひは言はむ。 『神は全智全能(ぜんちぜんのう)にして智徳円満(ちとくゑんまん)なり。なんぞ体主霊従(たいしゅれいじゅう)の萌芽(ほうが)を刈りとり、さらに霊主体従(れいしゅたいじゅう)の人体の祖を改造せざりしや。体主霊従の祖を何ゆゑに放任し、もつて邪悪の世界をつくり、みづからその処置に困(くるし)むや。ここにいたりて吾人(ごじん)は神の存在と、神力(しんりき)とを疑(うたが)はざるを得(え)じ』 とは、実に巧妙にしてもつとも至極(しごく)な議論である。 されど神明には、毫末(がうまつ)の依估(えこ)なく、逆行的神業(ぎやくかうてきしんげふ)なし。一度手を降(くだ)したる神業(しんげふ)は昨日(きのふ)の今日(けふ)たり難(がた)きがごとく、弓をはなれたる矢の中途に還(かへ)りきたらざるごとく、ふたたび之(これ)を更改(かうかい)するは、天地(てんち)自然の経緯に背反(はいはん)す。ゆゑに神代一代(かみよいちだい)は、これを革正(かくせい)すること能(あた)はざるところに儼然(げんぜん)たる神の権威をともなふのである。また一度出(い)でたる神勅(しんちよく)も、これを更改(かうかい)すべからず。神にしてしばしばその神勅を更改し給(たま)ふごときことありとせば、宇宙の秩序はここに全く紊乱(ぶんらん)し、つひには自由放漫の端(たん)を開(ひら)くをもつてである。古(いにしへ)の諺(ことわざ)にも『武士の言葉に二言(にごん)なし』といふ。いはんや、宇宙の大主宰(だいしゆさい)たる、神明(しんめい)においてをやである。神諭にも、 『時節には神も叶(かな)はぬぞよ。時節を待てば煎豆(いりまめ)にも花の咲く時節が参(まゐ)りて、世に落ちてをりた神も、世に出て働く時節が参りたぞよ。時節ほど恐いものの結構なものは無いぞよ、云々』 と示されたるがごとく、天地(てんち)の神明(しんめい)も『時(とき)』の力のみは、いかんとも為(な)したまふことはできないのである。 天地剖判(てんちぼうはん)の始めより、五十六億七千万年(ごじふろくおくしちせんまんねん)の星霜(せいさう)を経て、いよいよ弥勒(みろく)出現の暁(あかつき)となり、弥勒(みろく)の神(かみ)下生(げしやう)して三界の大革正(だいかくせい)を成就し、松の世を顕現(けんげん)するため、ここに神柱(かむばしら)をたて、苦・集・滅・道を説き、道・法・礼・節を開示し、善を勧め、悪を懲(こら)し、至仁至愛(しじんしあい)の教(をしへ)を布(し)き、至治泰平(しぢたいへい)の天則(てんそく)を啓示(けいじ)し、天意(てんい)のままの善政(ぜんせい)を天地(てんち)に拡充したまふ時期に近づいてきたのである。 吾人(ごじん)はかかる千万億歳(せんまんおくざい)にわたりて、ためしもなき聖世(せいせい)の過度時代(くわとじだい)に生れ出(い)で、神業に奉仕することを得ば、何の幸(さいはひ)か之(これ)に如(し)かむやである。神示にいふ。 『神は万物普遍(ばんぶつふへん)の聖霊(せいれい)にして、人は天地経綸(てんちけいりん)の司宰(しさい)なり』 と。アゝ吾人はこの時をおいて何(いづ)れの代(よ)にか、天地(てんち)の神業(しんげふ)に奉仕することを得む。 アゝ言霊(ことたま)の幸(さち)はふ国、言霊の天照(あまて)る国、言霊の生(い)ける国、言霊の助ける国、神の造りし国、神徳の充(み)てる国に生(せい)を禀(う)けたる神国(しんこく)の人においてをや。神の恩の高く、深きに感謝し、もつて国祖(こくそ)の大御心(おほみこころ)に報い奉(たてまつ)らねばならぬ次第である。 |
|
第一巻 <発 端>
|
|
2007/02/21(Wed)
|
|
自分が明治三十一年旧二月九日、神使(しんし)に伴(とも)なはれ丹波穴太(たんばあなを)の霊山(れいざん)高熊山(たかくまやま)に、一週間の霊的修業(しうげふ)を了(を)へてより天眼通(てんがんつう)、天耳通(てんじつう)、自他神通(じたしんつう)、天言通(てんげんつう)、宿命通(しゆくめいつう)の大要(たいえう)を心得(しんとく)し、神明(しんめい)の教義をして今日(こんにち)あるに至(いた)らしめたるについては、千変万化(せんぺんばんくわ)の波瀾(はらん)があり、縦横無限の曲折(きよくせつ)がある。旧役員の反抗、信者の離反(りはん)、その筋(すじ)の誤解、宗教家の迫害(はくがい)、親族(しんぞく)、知友(ちいう)の総攻撃、新聞雑誌、単行本の熱罵嘲笑(ねつばてうせう)、実に筆紙口舌(ひつしこうぜつ)のよくするところのものでない。自分はただただ開教後(かいけうご)廿四年間(にじふよねんかん)の経緯(いきさつ)を、きわめて簡単に記憶より呼び起して、その一端(いつたん)を示すことにする。
竜宮館(りゅうぐうやかた)には変性男子(へんじやうなんし)の神系(しんけい)と、変性女子(へんじやうによし)の神系との二大系統が、歴然として区別されてゐる。変性男子(へんじやうなんし)は神政出現の予言、警告を発し、千辛万苦(せんしんばんく)、神示を伝達し、水をもつて身魂(みたま)の洗礼を施(ほどこ)し、救世主(キリスト)の再生、再臨(さいりん)を待つてをられた。ヨハネの初めてキリストに対面するまでには、ほとんど七年(しちねん)の間(あひだ)、野(の)に叫びつつあつたのである。 変性男子(へんじやうなんし)の肉宮(にくみや)は女体男霊(によたいだんれい)にして、五十七才(ごじふしちさい)はじめてここに厳(いづ)の御魂(みたま)の神業(しんげふ)に参加したまひ、明治二十五年の正月元旦より、同(どう)四十五年(しじふごねん)の正月元旦まで、前後満二十年間の水洗礼(すゐせんれい)をもつて、現世(げんせ)の汚濁(をだく)せる霊体両系一切に洗礼を施(ほどこ)し、世界改造の神策(しんさく)を顕示(けんじ)したまうた。かの欧州大戦乱(おうしうだいせんらん)のごときは、厳(いづ)の御魂(みたま)の神業(しんげふ)発動(はつどう)の一端にして、三千世界(さんぜんせかい)の一大警告であつたと思ふ。 変性女子(へんじやうによし)の肉宮(にくみや)は瑞(みづ)の御魂(みたま)の神業(しんげふ)に参加奉仕し、火(ひ)をもつて世界万民(ばんみん)に洗礼を施(ほどこ)すの神務(しんむ)である。明治三十一年の旧二月九日をもつて神業(しんげふ)に参加し、大正七年(しちねん)二月九日をもつて前後満二十年間の霊的神業(れいてきしんげふ)をほとんど完成した。物質万能主義、無神無霊魂説(むしんむれいこんせつ)に、心酔塁惑(しんすゐるゐわく)せる体主霊従(たいしゆれいじゆう)の現代も、やや覚醒(かくせい)の域(いき)に達し、神霊(しんれい)の実在を認識するもの、日(ひ)に月(つき)に多きを加(くわ)へきたれるは、すなはち神霊の偉大なる神機発動(しんきはつどう)の結果にして、決して人智人力(じんちじんりょく)の致すところではないと思ふ。 変性男子(へんじやうなんし)の肉宮は神政開祖(ヨハネ)の神業に入(い)り、爾来(じらい)二十有七年間(にじふいうしちねんかん)神筆(しんぴつ)を揮(ふる)ひ、もつて霊体両界の大改造を促進(そくしん)し、今や霊界に入(い)りても、その神業を継続奉仕されつつあるのである。 つぎに変性女子(へいじやうによし)は三十年間の神業に奉仕して、もつて五六七神政(みろくしんせい)の成就(じやうじゆ)を待ち、世界を善道(ぜんどう)にみちびき、もつて神明(しんめい)の徳沢(とくたく)に浴(よく)せしむるの神業である。神業奉仕以来、本年をもつて満二十三年、残る七ケ年(しちかねん)こそ最も大(だい)なる任務遂行(にんむすゐかう)の難関である。神諭(しんゆ)に曰(いは)く、 『三十年で身魂(みたま)の立替(たてかへ)立直(たてなほ)しをいたすぞよ』 と。変性男子(へんじやうなんし)の三十年の神業成就(しんげふじやうじゆ)は、大正十一年の正月元旦である。変性女子(へんじやうによし)の三十年の神業成就(しんげふじやうじゆ)は、大正十七年(じふしちねん)二月九日である。神諭(しんゆ)に、 『身魂の立替立直し』 とあるを、よく考えてみると、主(しゆ)として水洗礼(すゐせんれい)の霊体両系の改造が三十年であつて、これはヨハネの奉仕すべき神業であり、体霊洗礼の霊魂的改造が前後三十年を要するといふ神示である。しかしながら三十年と神示されたのは、大要(たいえう)を示されたもので、決して確定的のものではない。伸縮遅速(しんしゆくちそく)は、たうてい免(まぬが)れないと思ふ。要するに、神界(しんかい)の御方針は一定不変(いつていふへん)であつても、天地経綸(てんちけいりん)の司宰(しさい)たるべき奉仕者の身魂(みたま)の研不研(けんふけん)の結果によつて変更されるのは止むをえないのである。 神諭(しんゆ)に、 『天地(てんち)の元の先祖の神の心が真実(ほんと)に徹底了解(わかり)たものが少しありたら、樹替樹直(たてかへたてなほ)しは立派にできあがるなれど、神界の誠が解(わか)りた人民が無いから、神はいつまでも世に出ることができぬから、早く改心いたして下されよ。一人(ひとり)が判(わか)りたら皆(みな)の者が判つてくるなれど、肝心のものに判らぬといふのも、これには何か一つの原因(わけ)が無けねばならぬぞよ。自然に気のつくまで待つてをれば、神業(しぐみ)はだんだん遅れるばかりなり、心から発根(ほつこん)の改心でなければ、教(をし)へてもらうてから合点(がつてん)する身魂(みたま)では、到底この御用は務まらぬぞよ。云々(うんぬん)』 実際の御経綸(ごけいりん)が分(わか)つてこなくては、空前絶後(くうぜんぜつご)の大神業に完全に奉仕することはできるものではない。御神諭に身魂の樹替樹直(たてかへたてなほ)しといふことがある。ミタマといへば、霊魂のみのことと思つてゐる人が沢山(たくさん)にあるらしい。身(み)は身体(しんたい)、または物質界を指(さ)し、魂(たま)とは霊魂(れいこん)、心性(しんせい)、神界(しんかい)等(とう)を指(さ)したまうたのである。すべて宇宙は霊(れい)が本(もと)で、体(たい)が末(すゑ)となつてゐる。身(み)の方面、物質的現界の改造を断行(だんかう)されるのは国祖大国常立神(こくそおほくにとこたちのかみ)であり、精神界、神霊界の改造を断行したまふのは、豊国主神(とよくにぬしのかみ)の神権(しんけん)である。ゆゑに宇宙一切の霊界が主であり、現界が従であるから、これを称して霊主体従(れいしゆたいじゆう)といふのである。 霊主体従の身魂を霊(ひ)の本(もと)の身魂(みたま)といひ、体主霊従(たいしゆれいじゆう)の身魂を自己愛智(ちしき)の身魂といふ。霊主体従の身魂は、一切天地(てんち)の律法に適(かな)ひたる行動を好んで遂行(すゐかう)せむとし、常に天下公共のために心身をささげ、犠牲的行動をもつて本懐(ほんくわい)となし、至真(ししん)、至善(しぜん)、至美(しび)、至直(しちよく)の大精神を発揮する、救世の神業に奉仕する神や人の身魂である。体主霊従(たいしゆれいじゆう)の身魂(みたま)は私利私慾(しりしよく)にふけり、天地(てんち)の神明(しんめい)を畏(おそ)れず、体慾(たいよく)を重(おも)んじ、衣食住にのみ心を煩(わずら)はし、利(り)によりて集まり、利によつて散(さん)じ、その行動は常に正鵠(せいかう)を欠き、利己主義を強調するのほか、一片(いつぺん)の義務を弁(わきま)へず、慈悲を知らず、心はあたかも豺狼(さいらう)のごとき不善の神や、人をいふのである。 −つづく− |
|
霊界物語 目次 <第一巻 子の巻>
|
|
2007/02/20(Tue)
|
|
霊 界 物 語 <第一巻 霊主体従 子の巻>
・序 ・発端 <第 一 篇 幽界の探検> ・第一章 霊山修業 ・第二章 業の意義 ・第三章 現界の苦行 ・第四章 現実的苦行 ・第五章 霊界の修業 ・第六章 八街の光景 ・第七章 幽庁の審判 ・第八章 女神の出現 ・第九章 雑草の原野 ・第十章 二段目の水獄 ・第十一章 大幣の霊験 <第 二 篇 幽界より神界へ> ・第十二章 顕幽一致 ・第十三章 天使の来迎 ・第十四章 神界旅行 (一) ・第十五章 神界旅行 (二) ・第十六章 神界旅行 (三) ・第十七章 神界旅行 (四) ・第十八章 霊界の情勢 ・第十九章 盲目の神使 <第 三 篇 天地の剖判> ・第二十章 日地月の発生 ・第二十一章 大地の修理固成 ・第二十二章 国祖御隠退の御因縁 ・第二十三章 黄金の大橋 ・第二十四章 神世開基と神息統合 <第 四 篇 竜宮占領戦> ・第二十五章 武蔵一派の悪計 ・第二十六章 魔軍の敗戦 ・第二十七章 竜宮城の死守 ・第二十八章 崑崙山の戦闘 ・第二十九章 天津神の神算鬼謀 ・第三十章 黄河畔の戦闘 ・第三十一章 九山八海 ・第三十二章 三個の宝珠 ・第三十三章 エデンの焼尽 ・第三十四章 シナイ山の戦闘 ・第三十五章 一輪の秘密 ・第三十六章 一輪の仕組 <第 五 篇 御玉の争奪> ・第三十七章 顕国の御玉 ・第三十八章 黄金水の精 ・第三十九章 白玉の行衛 ・第四十章 黒玉の行衛 ・第四十一章 八尋殿の酒宴 (一) ・第四十二章 八尋殿の酒宴 (二) ・第四十三章 丹頂の鶴 ・第四十四章 緑毛の亀 ・第四十五章 黄玉の行衛 ・第四十六章 一島の一松 ・第四十七章 エデン城塞陥落 ・第四十八章 鬼熊の終焉 ・第四十九章 バイカル湖の出現 ・第五十章 死海の出現 ・附記 霊界物語について ・口述日 大正一〇年一〇月一八日 〜 一〇月二六日 ・口述場所 綾部並松 松雲閣 |
|
第一巻 <序>
|
|
2007/02/19(Mon)
|
|
この『霊界物語』は、天地剖判(てんちぼうはん)の初めより天(あま)の岩戸(いはと)開(びら)き後(ご)、神素盞嗚命(かむすさのをのみこと)が地球上に跋扈跳梁(ばつこてうりやう)せる八岐大蛇(やまたをろち)を寸断(すんだん)し、つひに叢雲宝剣(むらくものほうけん)をえて天祖(てんそ)に奉(たてまつ)り、至誠(しせい)を天地(てんち)に表(あら)はし五六七神政(みろくしんせい)の成就、松の世(まつのよ)を建設し、国祖(こくそ)を地上霊界の主宰神たらしめたまひし太古の神代(かみよ)の物語および霊界探険の大要(たいえう)を略述(りやくじゆつ)し、苦(く)・集(しう)・滅(めつ)・道(だう)を説き、道・法(はふ)・礼・節(せつ)を開示せしものにして、決して現界の事象にたいし、偶意的(ぐういてき)に編述(へんじゆつ)せしものにあらず。されど神界(しんかい)幽界(いうかい)の出来事は、古今東西(ここんとうざい)の区別なく、現界に現(あら)はれ来(きた)ることも、あながち否(いな)み難(がた)きは事実にして、単に神幽両界の事のみと解(かい)し等閑(とうかん)に附(ふ)せず、これによりて心魂(しんこん)を清め言行(げんかう)を改め、霊主体従(れいしゆたいじゆう)の本旨(ほんし)を実行されむことを希望す。
読者諸士(しよし)のうちには、諸神(しよしん)の御活動にたいし、一字か二字、神名(しんめい)のわが姓名に似たる文字(もんじ)ありとして、ただちに自己の過去における霊的活動なりと、速解(そくかい)される傾向ありと聞く、実に誤(あやま)れるの甚(はなは)だしきものといふべし。切(せつ)に注意を乞(こ)ふ次第なり。 大正十年十月廿日 午後一時 於松雲閣 瑞 月 出口王仁三郎誌 |
|
基本宣伝歌
|
|
2007/02/18(Sun)
|
|
朝日は照るとも曇るとも 月は盈(み)つとも虧(か)くるとも
たとへ大地は沈むとも 曲津(まがつ)の神は荒(すさ)ぶとも 誠の力は世を救(すく)ふ 三千世界(さんぜんせかい)の梅の花 一度に開(ひら)く神の教(のり) 開(ひら)いて散りて実を結ぶ 月日(つきひ)と地(つち)の恩を知れ この世を救ふ生神(いきがみ)は 高天原(たかあまはら)に神(かむ)集(つど)ふ 神が表(おもて)に現はれて 善と悪とを立別(たてわ)ける この世を造りし神直日(かむなほひ) 心も広き大直日(おほなほひ) ただ何事(なにごと)も人の世は 直日(なほひ)に見直せ聞(きき)直せ 身の過(あやまち)は宣(の)り直せ。 |
|
| メイン |
|




