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第十二巻 第四篇 古事記略解 <第三十章 天の岩戸 (526)>
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2008/07/01(Tue)
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第四篇 古事記略解
<第三〇章 天の岩戸 (五二六)> 今迄耐(こら)へに耐へておいでになつた天照大御神(あまてらすおほみかみ)は、余りの事に驚き且(かつ)お怒(いか)り遊ばして是ではもう堪らぬといふので、天の岩屋戸(あまのいはやど)を建ててその中にお入りになり、戸を堅く閉してお籠(こも)りになつて了(しま)つた。是も亦(また)形容でありまして、小さく譬(たとへ)て見ますれば、この東京市(とうきやうし)は市長が治めて居(を)る。然るに到底私(わたくし)の力では東京は治まらない、仕方がないと言つて辞職して了ふ。市役所に出て来ない様になる。一国(いつこく)に就(つい)て言へば総理大臣が私(わたくし)の力ではこの国は治まらないからと言つて辞職して了ふ。一国にしても一市(いつし)にしても、主宰者が居(を)らぬでは外(ほか)の者にはどうする事も出来ないと云ふ其人(そのひと)に辞職されて了うたなら其国(そのくに)なり其市(そのし)なりはどうでせう。詰り此(この)只今でいふ辞職といふのが、天の岩屋戸へ天照大御神がお籠(こも)りになつたと同じ様なことであります。 『即ち高天原(たかあまはら)皆暗く葦原の中津国(なかつくに)悉(ことごと)に闇(くら)し』 真暗闇(まつくらやみ)では何(ど)うしようにも方針がつかない、葦原の中津国の大政府が仆(たほ)れた為に其(その)所在地たる高天原(たかあまはら)を初め全国が火の消えたる如くになつて了つた。下(しも)の方の者では施政の方針が分らない。どうもかうも手のつけ様がない。 『茲(ここ)に万(よろづ)の神のおとなひは、五月蝿(さばへ)なす皆湧き、万(よろづ)の妖(わざはひ)悉(ことごと)に発(おこ)りき』 今度はもう昼も夜もない真暗がりぢや。斯(か)うなつて来ると世の中はどうなり行くか、丁度今日に就(つい)て考へて見ると面白い。政治は勿論教育も経済も、内治(ないぢ)も外交も滅茶苦茶である。一切万事真暗がりの世になつてゐる。どこにどうしようにも見当がつかない。斯(か)うなつて来ると、此(これ)に発して来るのは各階級の風俗の紊乱(びんらん)であります。不良人民(ふりやうじんみん)が殖ゑ窃盗が横行し、強盗が顔を出す、神代(かみよ)に於(おい)ても、万(よろづ)の妖(わざはひ)が総ての事に、彼処(あちら)にも此処(こちら)にも五月(ごぐわつ)の蝿(はい)の如くに発生して来たのである。之(これ)を天の岩屋戸隠れと申すのでありますけれども、今日の世態(せたい)を考へますと、恰(あだか)も神代に於(お)ける岩屋戸の閉(た)てられた時と同じやうに思はれます。 『是(これ)を以て八百万の神(やほよろづのかみ)』 はどうする事も出来ないから、 『天の安河原(あまのやすかはら)に神(かむ)集ひに集ひて』 相談をなされた。之(これ)を高天原(たかあまはら)即ち天上の議場に集まつたのだと云ふ人もあります。平等なる神々様が、物を洗ふ、流すと云ふ意味の公平無私なる土地に集まつたのであります。安(やす)ということは安全と云ふことで、この安らかなる地点即ち風水火(ふうすゐくわ)なり饑病戦(きびやうせん)なりその他総ての禍災(くわさい)を防ぐことの出来る、然も何等(なんら)圧迫を被(かうむ)ることのない場所であります。さうしてこの清らかな場所へは、上下貴賤の区別なく総ての人々が、国を憂ひ、国家を救はなくてはならぬと云ふ、潔(きよ)らかな精神を以て集まつて来たのであります。 『高御産巣日(たかみむすび)の神の御子(みこ)、思兼(おもひかね)の神に思はしめて』 この思兼(おもひかね)の神は今日でいうと枢密院の議長といふ様な役目であります。一番思慮の深い人、さうして神の教(をしへ)を受けた人、この人に天の岩屋戸を開き天下を救ふべき方法を尋ねまして、その結果、 『常夜(とこよ)の長鳴鳥(ながなきどり)の集へて鳴かしめて』 常夜といふのは常闇(とこやみ)の世の事であります。即ち永遠無窮に日月(じつげつ)と共に、国事に就(つい)て憂ひ活動をして居(を)る神、此等(これら)の神等(かみたち)を集めて泣かせるといふのは各々(めいめい)に意見を吐かせると云ふ事である。その結果、 『天(あめ)の安の河の河上の天の堅岩(あまのかたいは)を取り、天の金山(あまのかなやま)の鉄(かね)を取りて、鍛人(かぬち)、天津麻羅(あまつまら)を求(ま)ぎて、伊斯許理度売の命(いしこりどめのみこと)に科(おほ)せて鏡を作らしめ』 この堅い石(いは)を取るといふことは、皇化万世(くわうくわばんせい)動かぬ岩に松といふ、天から下つた所の教(をしへ)を取るといふことである。天の金山(あまのかなやま)の鉄(かね)を取るといふことはどちらもカネである。鍛人(かぬ)、これは鍛治屋といふ意味でありますけれども、総て世を治めるに必要なる道具、一切の武器などを拵へたのであります。次に鏡を造らしめる。鏡は人物の反映である。霊能の反映である。故に歴代の天皇は之を御祀(おまつ)りになつて居(を)る。鏡は皇室の宝物になつて居(を)るのであります。鏡は神であります。さうして言霊(ことたま)であります。言霊七十五音(ことたましちじふごおん)を真澄の鏡(ますみのかがみ)と申します。三種の神器(しんき)の一(ひとつ)を八咫の鏡(やあたのかがみ)と申すのは即ち七十五声の言霊であります。それから言霊が日本人(にほんじん)のは非常に円満晴朗であるといふのは、是(これ)は日本(にほん)の国に金(きん)の徳があるからであります。地の中に金といふものが多い、外国と違うて黄金(わうごん)の精が多い。故に日本人の音声は清いのであります。鳴物でも金が入つて居(ゐ)ると善(よ)い音(ね)が出ます。金の多いと云ふ事の為に天の金山(あまのかなやま)の鉄(かね)を取りてと出て居(を)るのであります。それから伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に鏡を作らしめるとは、伊斯許理度売命の伊(い)は発音であつて、斯許理(しこり)といふのは熱中することで、一生懸命に国の為に奔走する神、さういふ神を寄せて言霊の鏡を作らせたのであります。次に、 『珠(たま)を作らしめ』 又 『天の香山(あまのかぐやま)の真男鹿(さをしか)』 の角(つの)を取つて占なはしめることになつた。天の香山(あまのかぐやま)といふのは鼻成山(はななすやま)と云ふ意義で、神人(しんじん)を生かす山の事であります。此(この) 『天の香山の真男鹿(さをしか)の肩を打抜きに抜きて』 さうして何(ど)ういふことをしたらよいか神勅を乞はれたのであります。今の神占(おみくじ)は殆んどそんなことはありませぬが、昔は鹿の骨を火に焼いて、その割目(われめ)で吉凶を占うた。実際八百万の神が集まつて、種々雑多なことをして国の為めにどうしたらよいかと考へた。其中(そのうち)には易(えき)を見る神もあつたので御座います。易を見て方針を決めたり、其他(そのた)いろいろに考へ、四方八方から考へて行(い)つた結果、そこで初めて、岩屋戸を開(ひら)くに就ては祭典をして天神地祇(てんしんちぎ)を祭らなくてはいかぬといふことに決つた。先づ、 『真賢木(まさかき)を、根抜(ねこぢ)に掘(こぎ)て、上枝(ほつえ)に八咫(やさか)の勾珠(まがたま)の、五百津(いほつ)の御統麻流(みすまる)の珠を取り著(つ)け、中枝(なかつえ)には、八咫鏡(やあたかがみ)を取りかけ、下枝(しづえ)に、白丹寸手(しろにぎて)、青丹寸手(あをにぎて)を取り垂(し)でて』 つまりこれは今日で言ふ神楽であります。伊勢神宮では昔から十二組の大神楽(だいかぐら)がありますが、これは岩屋戸開きの事をお示しになつて居(を)るのであります。 前にも申上げましたやうに現代の世態を考へますると今日は所謂(いはゆる)世界の大神楽を奏しなくてはならぬときであります。あのお神楽のときに出て参りまする翁獅子(おきなじし)、あれは既に大きなおそろしい面(つら)をした獅子を被つて、刀を口にくはへ毛を下(た)らして居(を)る。この形は何であるか。眼(め)は金(きん)、鼻の孔(あな)も金、歯も金、而(しか)も其(その)口を動かして、本当に恐ろしいやうであるけれど、真中(まんなか)に人が入(はい)つて操つて居(を)るばかりか、頭(あたま)の方こそ立派だが後(うしろ)の方には尾も何もない。だんだらの条(すぢ)のやうなものが入つてゐる布に過ぎない。そこにも人が隠れて居(ゐ)て前の者と調子を合せて操つて居(ゐ)る。これが獅子舞の真相であります。所で今日の世界の外交術は皆この獅子舞であります。表面は非常に大きないはゆる獅子口を開けて、今にも噛みつきさうにして、怖ろしいやうであるが、中に入つて見ると、人が獅子の口を開(あ)けて舞うてゐるのである。ちやうど今日(こんにち)は神楽をあげてゐるのである。それから大神楽のときに芸人が鞠を上げたり、下(おろ)したりする。これは霊(みたま)の上(あが)り下(さが)りを示して居(を)るのである。また一尺位の両端に布切れの付いた妙な棒のやうなものを上げたり下(おろ)したりする。これは世の中の柱が、上のものは下敷となり下のものは上になりて行く、即ち立替(たてかへ)をするといふことを示してあるのである。それから盆の上や傘の背に一文銭を転がせて一生懸命きりきり廻して居(を)る。これは何をして居(を)るのであるかといふと、今日の世の中は金融が逼迫(ひつぱく)して、一文(いちもん)の金(かね)も一生懸命に走り廻つてゐる。千円の財産でもつて一万円も二万円もの仕事をしてゐる。だから一朝(いつてう)経済界の変調が起るとポツツリ運転が止つて了(しま)。さう云ふ工合(ぐあひ)に金融が切迫してゐると云ふ事を表(あらは)してゐる。次に劔(つるぎ)の舞をやつて居(を)る。頭(あたま)を地につけて反(そ)り身になつて一生懸命にやつてゐる。これはいはゆる危険な相互傷(きずつ)き倒れると云ふ戦争をして居(を)る意味である。それから茶碗に水をつぎ込み長い細い竹の先にのせて、下から芸人がキリキリ廻して居(を)る。あの通り危(あやふ)い。茶碗が落ちたらポカンと割れる。無論水はこぼれる。所が落ちないのはこのキリキリ廻して居(を)る竹の所が要(かなめ)であるからで、すなはち要を握つて居(を)るからであります。要と云ふものは中心である。いはゆる神であるからして引(ひ)つくり覆(かへ)らぬ。又おやまの道中と云ふ事をやりますが神楽が出来て、獅子舞姿でおやまの道中をして居(を)る真似をする。ちやうど今日の世の中の様に男の頭の上に女が上(あが)つて居(を)るやうな工合になつて居(を)る。それから獅子舞の後持(あともち)といふのがある。さうしておやまの道中には傘をさして妙な獅子舞を致しますが、今日の世の中に於きましても男が下になり女が上になつて之を使つてるのと同じ事でありますが、またこの獅子舞は達磨大師(だるまだいし)の真似をして見せる。足を下にして大の字になつたり、逆様にひつくり返つたりして見せる。上になつたり下になつたりキリキリ舞をしてゐる。後持(あともち)が大の字になつて見せたり逆様になつて見せたりする。上のも大の字、中のも大の字、あとのも大の字逆様ぢやと申して一生懸命やつてゐる。一方では大神楽の親父と云ふのがあつて、片方で芸人の真似をしては邪魔をしたり、いらぬ口を叩いたりして、頭をポンと敲(たた)かれたり、突かれたりしてお客さまを笑はせる。笑はせる丈ならよいが大変な邪魔をする。この親父は啞(おし)や聾(つんぼ)の真似をして舞もせずに邪魔をする。今日の世の中にもかう云ふ獅子舞の親父がゐる。元老とか何とか言うて、若い屈強盛りの者が一生懸命に芸当をやつてゐる所へ口嘴(くちばし)を出したり、邪魔をしたりする、時には頭をポンとやられる。さうして一番しまひに弐円(にゑん)なり五円なりの金をせしめる。芸をすませて、親父はアバババと言うて帰つてしまふ。このアバババは言霊から申しますと、総ての物の終り、、大船(おほふね)が海上で沈没をした時や、開(あ)いた口が閉(ふさ)がらぬ様な困つて失望したとき、どうもこうも出来ぬやうな苦境に陥つてしまつたと云ふ時の表示であります。兎に角、今日の世の中は大神楽を廻して居(を)る時であります。神代(かみよ)の岩戸開きの神楽と、今日の世の神楽とは余程変つて居(を)りますけれども、その大精神に於ては同一であります。 神楽舞の時に囃子(はやし)が太鼓を打つのは大砲や小銃弾や爆裂弾の響き渡る形容であり笛を吹くのはラツパを吹き立てる形容であり、銅鉢(どうばち)を左右の手に持つてチヤンチヤン鳴らし立てるのは、世界が両方に別れて互(たがひ)に打合ふという事の暗示であります。 そこで、 『天の宇受売命(あめのうづめのみこと)、天の香山(あまのかぐやま)の天(あま)のひかげを、手次(たすき)に繋(か)けて、天の真析(あめのまさき)を鬘(かづら)として、天の香山の小竹葉(ささば)を手草(たぐさ)に結ひて、天の岩屋戸に空槽(うけ)伏せて』 いろいろの葉を頭につけたり、葛(かづら)を襷(たすき)にかけたりして、岩屋戸の前へ行つて、起きたり逆様になつたり、足拍子を取つてどんどん どんどんやつた。 『踏み動響(とどろか)し、神懸(かむがかり)して、胸乳(むなちち)を掻き出で、裳紐(もひも)を陰上(ほと)に押し垂れき』 岩屋戸を開く為に、宇受売の命が、起きたり、逆様になつたり、一生懸命に神懸(かむがか)りをやつた。神懸りに就いてはここには省略する。これはその人一人の事ではありませぬ。宇受売と云ふのは、女の事を申しますが、俗に男女(をとこをんな)と言はれる女であつて、男のやうな強い人をオスメまたはオスシと言ひます。これは宇受売から初まつたのである。女は女らしくしなければならないので御座いますけれども、然し乍ら、天の岩屋戸の閉つたと言ふ様な国の大事の際には、女だとて女らしくして居(ゐ)られない場合があります。男も女も神様がなされました様に一生懸命になつて国事に奔走せなければならぬ。総て女と云ふ者は人の心を柔げる所の天職を有(も)つて居(を)ります。今誰も彼(かれ)も、皆の者が岩戸開きの為に心配をしてゐる。顔をしかめて考へ込んでゐるその際に、宇受売命、すなはち男勝りの女が出て来て、とんだり、跳ねたり、腹匐(はらば)うたり、面白い事をして見せたり、いはゆる国家的大活動をした為に、 『かれ高天原(たかあまはら)、動(ゆす)りて八百万の神、共に咲(わら)いき』 一度にどつと笑つた。非常に元気づいて国家の一大難局を談笑快楽の中(うち)に治めて了つたのであります。現代に於ても女の方(かた)も活動して下されまして岩屋戸の開(ひら)く様にせなければならぬと存じます。昔もさうでありました。 『ここに天照大御神(あまてらすおほみかみ)、怪しと思ほして、天の岩屋戸を細目に開きて、内より告(の)り給へるは』 岩屋戸に隠れてゐられました大神様は、今私は岩屋戸に隠れて了つた以上は、葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)も、天地も共に真闇(まつくら)になつて、さぞ神々は困つてゐるであらう、と思ふに何故(なにゆゑ)か岩屋戸の外で、太鼓を打つ、鐘を叩く、笛を吹く、どんどん足拍子がする、宇受売の命が嬉しさうに騒ぐ、八百万の神たちが一緒になつてどつと笑ひ遊ぶ。余り不思議に思はれて中から仰せになつた。 『吾(あ)が隠れますに因(よ)りて、天の原(あまのはら)自(おのづか)ら闇(くら)く、葦原の中津国(あしはらのなかつくに)も皆闇(くら)けむと思ふを、何故(などて)天宇受売は楽(あそ)びし、亦(また)八百万の神、諸々(もろもろ)笑ふぞ』 何故(なにゆゑ)そんなにをかしいか。すると天宇受売命が、 『汝(な)が命(みこと)に益(まさ)りて、貴き神坐(いま)すが故に、歓咲(ゑら)ぎ楽(あぞ)ぶと申しき』 何でもその国に大国難が出来たときは皆(み)なの顔色(がんしよく)は変るものである。お筆先にも 『信仰がないと正勝(まさか)のときには大方顔色(かほいろ)が土のやうになるぞよ』とあります。信仰が出来て神諭の精神が解り神の御心に叶へばやれ来たそれ来たと、勇むで大国難を談笑遊楽の間(あひだ)に処理する事が出来るのである。私は永年間(ながねんかん)御神諭を拝し、かつ御神意を少し許(ばか)り了解さして頂いただけでも、心中平素に安く楽しき思ひに充ち、如何なる難事に出会(しゆつくわい)しても左迄(さまで)難事と思はず、何事も神の思召(おぼしめし)と信じて、人力(じんりよく)のあらむ限りを安々と尽さして頂いて居ります。凡(すべ)て事業は大事業だとか、大難事だとか思ふやうでは、回天の神業(しんげふ)は勤まらない。三千世界の立替立直しに対しても夫(そ)れが完成は浄瑠璃一切(ひとき)り稽古する位により思つて居らないのですから、実に平気の平左(へいきのへいざ)で日夜神業に面白く楽しく奉仕して居ります。然(さ)う云ふ工合に、総ての神様が信仰の下に、喜び勇んで元気よく活動されたのであります。それで何故、諸々笑ふぞとお尋ねになつた。そこで、あなたに優つた偉い神様がおいでになつたから喜び勇んで居りますと答へられた。 すでにその前に天の児屋根命、これは祭祀のことを掌(つかさど)つた神様、後(のち)には中臣(なかとみ)となつて国政を料理した藤原家の先祖であります。この神様がその時天神地祇(てんしんちぎ)にお供へをしたり、太玉命(ふとたまのみこと)が太玉串(ふとたまぐし)を奉(たてまつ)つて神勅を受け、一方占(うらなひ)の道によつて、万事万端、ちやんと手筈が整つたあつたので御座います。所へ案の如く天照大御神様は、 『愈(いよいよ)奇(あや)しと思ほして』 そつと細目に戸をお開けになつた。するとそれがパツと鏡に映つたので、 『天の手力男神、其手(そのて)を取りて引き出しまつりき』 その間(あひだ)に布刀玉命(ふとたまのみこと)が注連縄(しめなは)をその後(あと)に引き渡して、此処より中(うち)にはもうお入り下さいますなと申した。これで天地は照明になつた。この鏡に天照大御神の御姿(みすがた)が映つたとありますのは、つまり言霊(げんれい)で御座います。八咫の鏡(やあたのかがみ)は今は器物にして祀られて天照大御神の御神体でありますが、太古は七十五声の言霊(ことたま)であります。各々(めいめい)に七十五声を揃へて来た。すなはち八百万の誠の神たちがよつて来て言霊を上げたから岩屋戸が開(あ)いたのであります。天津神の霊をこめたる言霊によつて再び天上天下が明かになつたのであります。決して鏡に映つたから自分でのこのこ御出ましになつたと言ふやうな訳ではありませぬ。つまり献饌(けんせん)し祝詞を上げて鎮魂帰神の霊法に合致して、一つの大きな言霊と為して天照大御神を、見事言霊にお寄せになつたのであります。それから注連縄(しめなは)、これは七五三(しめなは)と書きます。その通り、この言霊と云ふものは総て七五三(しちごさん)の波を打つて行くものであります。さうして注連縄を引き渡してもう一辺岩屋戸が開(ひら)いた以上は、再び此(これ)が閉(ふさ)がらぬやうにと申上げた。 『かれ、天照大御神、出で坐(ま)せる時に、高天原(たかあまはら)も葦原の中津国(あしはらのなかつくに)も自(おのづか)ら照り明りき』 言霊の鏡に天照大御神の御姿(おすがた)が映つて、総ての災禍はなくなり、愈(いよいよ)本当のみろくの世に岩屋戸が開(あ)いたのであります。そこで岩屋戸開(びら)きが立派に終つて、天地照明、万神自(おのづか)ら楽しむやうになつたけれども、今度は岩屋戸を閉めさせた発頭人をどうかしなければならぬ。天は賞罰を明かにすとは此処で御座います。が岩屋戸を閉めたものは三人や五人ではない、殆ど世界全体の神々が閉めるやうにしたのである。で岩屋戸が開(ひら)いたときに、之を罰しないでは神の法(ほふ)に逆らふのである。併(しか)し罪(つみ)するとすれば総ての者を罪(つみ)しなければならぬ。総てのものを罰(ばつ)するとすれば、世界は潰れて了ふ。そこで一つの贖罪者(とくざいしや)を立てねばならぬ。総てのものの発頭人である。贖主(あがなひぬし)である。仏教でも基督教でも斯(か)う云ふので御座いますが、とにかく他(た)の総ての罪ある神は自分等(じぶんら)の不善なりし行動を顧みず、勿体なくも大神の珍の御子(うづのみこ)なる建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)御一柱(おひとはしら)に罪を負はして、鬚(ひげ)を斬り、手足の爪をも抜き取りて根の堅洲国(ねのかたすのくに)へ追ひ退(の)けたのであります。要するに大本の教(をしへ)は変性男子(へんじやうなんし)と変性女子(へんじやうによし)との徳を説くのであります。変性男子の役目と云ふものは総て世の中が治まつたならば余り六ケ敷(むつかし)い用は無い、統治さへ遊ばしたら良いのであります。之に反して変性女子の役はこの世の続く限り罪人の為めに何処までも犠牲になる所の役をせねばならぬので御座います。岩屋戸開きに就(つい)てはこれからさきに申し上げますと尚いろいろのことがありますけれども、今日(けふ)はまづ岩屋戸が開(ひら)いて結末がついた所まで申上げておきます。 (大正九・一〇・一五 講演筆録) (大正一一・三・七 旧二・九再録 高熊山御入山二十五年記念日 松村真友録) |
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第二十一巻 如意宝珠 申の巻 <総説>
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2008/06/25(Wed)
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総 説
霊界は想念の世界であつて、無限に広大なる精霊世界である。現実世界は凡(すべ)て神霊世界の移写であり、又縮図である。霊界の真象(かたち)をうつしたのが、現界、即ち自然界である。故に現界を称してウツシ世と言ふのである。例之(たとへば)一万三千尺の大富士山(だいふじさん)を僅か二寸四方位の写真にうつした様なもので、その写真が所謂(いはゆる)現界即ちウツシ世である。写真の不二山(ふじさん)は極めて小さいものだが、其(その)実物は世人(せじん)の知る如く、駿(すん)、甲(かふ)、武(ぶ)三国(さんこく)にまたがつた大高山(だいかうざん)であるが如く、神霊界は到底現界人の夢想だになし得ざる広大なものである。僅か一間(いつけん)四方位の神社の内陣(ないぢん)でも、霊界にては殆ど現界人の眼(め)で見る十里四方位はあるのである。凡て現実界の事物は、何(いづ)れも神霊界の移写であるからである。僅(わづか)に一尺足らずの小さい祭壇にも、八百万(やほよろづ)の神々や又は祖先の神霊が余り狭隘(けふあい)を感じ玉はずして鎮(しづ)まり給ふのは、凡て神霊は情動想念の世界なるが故に、自由自在に想念の延長を為し得(う)るが故である。三尺四方位の祠を建てておいて下津岩根(したついはね)に大宮柱太敷立(おほみやばしらふとしきたて)、高天原(たかあまはら)に千木高知(ちぎたかし)りて云々と祝詞を奏上するのも、少し許(ばか)りの供物(くもつ)を献じて、横山(よこやま)の如く八足(やたり)の机代(つくゑしろ)に置足(おきた)らはして奉(たてまつ)る云々とある祝詞の意義も、決して虚偽ではない。凡て現界はカタ即ち形(かたち)の世界であるから、その祠も供物も前に述べた不二山の写真に比(ひ)すべきものであつて、神霊界にあつては極めて立派な祠が建てられ、又八百万(やほよろづ)の神々が知食(きこしめ)しても不足を告げない程の供物となつて居(ゐ)るのである。凡て世界は霊界が主で現界即ち形体界が従である。一切万事が霊主体従的に組織されてあるのが、宇宙の真相で大神(おほかみ)の御経綸である。現実界より外(ほか)に神霊界の儼然(げんぜん)として存在(そんざい)する事を知らない人が斯(こ)んな説を聞いたならば定めて一笑に附して顧(かへり)みないでありませう。無限絶対無始無終の霊界の事象は、極限された現界に住む人間の智力では、到底会得(ゑとく)する事は出来ないでせう。 この物語は、現(げん)、幽(いう)、神(しん)、三界を一貫し、過去と現在 未来を透徹したるが故に、読む人々に由(よ)つて種々(しゆじゆ)と批評が出るでせうが、須(すべか)らく現実界を従とし、神霊界を主として御熟読あらば、幾分か其(その)真相を摑む事が出来るであらうと思ひます。 惟神霊倍坐世(かむながらたまちはへませ)。 大正十一年五月廿一日 於松雲閣 口述著者識 ○ 掌(てのひら)を覆(かへ)すが如くかはるなり 善と悪との報いはたちまち 惟神(かむながら)みちの奥処(おくが)に分け入れば 万代(よろづよ)散らぬ花の匂へる ○ 我身魂(わがみたま)われの所有(もの)とは思ふまじ 髪一筋も儘(まま)ならぬ身ぞ 百千々(ももちぢ)の心の曇り晴れにけり 雲井(くもゐ)の空の月をし見る夜(よ)に 思ひきや賤(しづ)が伏家(ふせや)に生(あ)れし身の 神の大道(おほぢ)に奉仕せむとは |
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第十巻 酉の巻 総説歌
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2008/06/08(Sun)
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第十巻 酉の巻 総 説 歌
世は常暗となり果てて 再び天(あま)の岩屋戸(いはやど)を 開く由(よし)なき今の世は 心も天(あま)の手力男(たぢからを) 神の御出(みで)まし松虫の 鳴く音(ね)も細き秋の空 世の憂事(うさごと)を菊月(きくづき)の 十(とう)まり八(や)つの朝(あした)より 述べ始めたる霊界の 奇(く)しき神代の物語 三(み)つの御魂(みたま)に因みたる 三筋(みすぢ)の糸に曳(ひ)かれつつ 二度目の岩戸を開き行く 一度に開く木の花(このはな)の 色香(いろか)目出度き神嘉言(かむよごと) 常世の国の自在天 高く輝く城頭(じやうとう)の 三ツ葉葵(あふひ)の紋所(もんどころ) 科戸(しなど)の風に吹きなびき 思想の洪水氾濫し ヒマラヤ山頂浸(ひた)せども 明(あけ)の烏(からす)はまだ啼(な)かず 長鳴鳥(ながなきどり)も現はれず 橄欖山(かんらんざん)の嫩葉(わかば)をば 啣(ふく)みし鳩の影もなし 天地(てんち)曇りて混沌と 妖邪の空気充ち充ちて 人の心は腐りはて 高天原(たかあまはら)に現はれし ノアの方舟(はこぶね)尋ね侘び 百(もも)の神人(かみびと)泣き叫ぶ 阿鼻叫喚の惨状を 救ひ助くる手力男(たぢからを)の 神は何(いづ)れにましますぞ 天(あめ)の宇受女(うづめ)の俳優(わざをぎ)の 歌舞音曲は開けども 五(い)つの伴男(とものを)はいつの日か 現はれ給ふことぞかし つらつら思ひめぐらせば 天(あま)の手力男(たぢからを)坐(ま)しませど 手を下(くだ)すべき余地もなく 鈿女(うづめ)舞曲を奏(そう)しつつ 独り狂へる悲惨さよ 三五教(あななひけう)の御諭(みさと)しは 最後の光明(くわうみやう)艮(とど)めなり ナザレの聖者キリストは 神を楯としパンを説き マルクス麺麭(パン)もて神を説く 月照彦の霊(たま)の裔(すゑ) 印度の釈迦の方便は 其侭(そのまま)真如実相か 般若心経を宗(しう)とする 竜樹菩薩(りうじゆぼさつ)の空々(くうくう)は これまた真理か実相か 物理に根ざせる哲学者 アインスタインの唱へたる 相対性の原理説は 絶対真理の究明か 宗教学者の主張せる 死神死仏(ししんしぶつ)を葬りて 最後の光は墓を蹴り 蘇へらすは五六七神(みろくしん) 胎蔵(たいざう)されし天地(あめつち)の 根本改造の大光明(だいくわうみやう) 尽十方無碍光如来(じんじつぱうむげくわうによらい)なり 菩提樹の下(もと)聖者をば 起(た)たしめたるは暁(あかつき)の 天明(てんめい)閃(ひらめ)く太白星(たいはくせい) 東の方(かた)の博士(はかせ)をば 馬槽(ばそう)に導く怪星も 否定の闇を打破(うちやぶ)る 大統一の太陽も 舎身供養の炎まで 残らず五六七(みろく)の顕現ぞ 精神上の迷信に 根ざす宗教は云ふも更 物質的の迷信に 根ざせる科学を焼き尽し 迷へる魂(たま)を神国(かみくに)に 復(かへ)し助くる導火線と 秘かに密かに唯一人 二人の真(まこと)の吾(わが)知己(ちき)に 注がむ為の熱血か 自暴自爆の懺悔火か 吾(われ)は知らずに惟神(かむながら) 神のまにまに述べ伝ふ 心も十(たり)の物語 はつはつ爰(ここ)に口車(くちぐるま) 坂の麓にとどめおく あヽ惟神々々 御霊(みたま)幸はへましませよ。 ○ 三箇の桃と現はれし 松、竹、梅の姉妹(おとどい)が 獅子奮迅の大活動 智仁勇をば万世(よろづよ)に 残す尊(たふと)き言の葉(ことのは)の いや永久(とこしへ)に茂りつつ 八洲(やしま)の国の礎(いしずゑ)を 造り固めしその如く 数多(あまた)の人を大神(おほかみ)の 誠の道に誘(いざな)ひて 雄々しき魂(たま)となさしめよ 黄泉比良坂大峠(よもつひらさかおほたうげ) 昔も今も同じこと 三(み)つの御魂(みたま)に神(かむ)習ひ 三月三日の桃の花 五月五日の桃の実と なりて御国(みくに)に尽せかし 神は汝と倶(とも)にあり 御仁慈(みなさけ)深き大神の 御手(みて)に曳かれて黄泉国(よもつくに) うとび来(きた)らむ曲神(まがかみ)を 誠の教(をしへ)の剣もて 善言美辞(ぜんげんびじ)に打払ひ その身その侭(まま)神となり 皇御国(すめらみくに)に御爲(おんため)に 力限りに尽せよや 神を離れて神に就(つ)き 道に離れて道守る 誠一つの三五教の 月の心を心とし 尽す真人(まびと)ぞ頼母(たのも)しき あヽ惟神々々 御霊(みたま)の幸(さち)を賜(たま)へかし。 大正十一年二月廿七日 旧二月一日 於竜宮館 王 仁 識 ○ 大神の御霊(みたま)の宿る肉の宮に 曲津の神のすぐふべしやは かむながらたふとき道を歩む身は 高天原(たかあまはら)に清処(すがど)を持つなり |
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第二十巻 如意宝珠 未の巻 <凡 例>
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2008/05/08(Thu)
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凡 例
ストーナー夫人は言つてゐる。『総(すべ)ての子供は生れながら、第六の感覚 − 諧謔(ユーモア)の感じを持つてゐる。しかし多くの者は、その育つ環境のためにこの感覚を鈍らされ、或(あるひ)は夙(と)くから失つてしまふものである。楽しいものを見ても、笑ふ − 心の底から笑ふことが出来ず、苦笑(にがわら)ひや忍び笑ひすら出来ない人間ほど哀れに思はれるものはない。顔面筋肉の痙攣(けいれん)のために、冷笑したやうな表情に苦しむ人の如く、絶えず歯を露(あら)はしてゐる必要は少しもない。が小さい時から愛とほほゑみに取りまかれて育つた子供は、実に自然に笑ひ、またユーモアに敏感である。彼は苦悩の真中(まんなか)に在(あ)つても、あらゆる事物の面白い半面を眺めることが出来る。彼は常に楽天家である。そしてこの事は、世の中で成功する男も女も、楽天家であるといふ事実を証明するものである。真(しん)の厭世家(えんせいか)が勝利を得(う)ることは決してない』と。実際夫人の言つてゐるやうに『笑ひ』位人間生活にとつて貴(たふと)いものはない。『笑ひ』は人間の本能である。殊(こと)に日本人(にほんじん)は一般に諧謔(ユーモア)好き、喜び好きで悲しみが嫌ひだといはれる。我々は何時(いつ)までもペシミズムの暗い室(へや)の中にうめいてゐる必要はない。『霊界物語』の読者は、このストーナー夫人の言(げん)を味はつて見る必要がある。『物語』を読んで笑ふことの出来る人は幸福である。馬鹿らしいと感ずる人は、きつと不幸な人に相違ない。 大正十二年三月三日 編 者 識 老若の区別(けじめ)もしらにゑらゑらと ゑらぎ親しむ神の道なり |



」と言って帰ってきました(笑)
